横浜市南区にある横浜市立大学附属 市民総合医療センターは1871年の開設以来、地域の中核的な病院としての役割を担ってきました。2000年に現在の場所で新築し、2005年より現体制での診療をスタートした同センターの役割や今後について、病院長である榊原 秀也先生に伺いました。
当センターは1871年、明治期に活躍した実業家・早矢仕 有的氏によって全国で2番目の洋式病院として設立されました。その後何度か病院の名称が変わる中で厚労省より高度先進医療の承認を受け、救急センターや熱傷センターの稼働をスタートさせるなど、医療体制の充実に努めてきました。2000年には現在の場所に新築し、2005年より横浜市立大学附属 市民総合医療センターとして新たなスタートを切りました。
ここ横浜市南区は、横浜市の中でも高齢化の進むエリアであり、高齢者が多くお住まいになっている印象があります。一方で、北のほうに目をやると若い世代が多くいらして、人口も増加傾向にあるようです。このように地域の医療ニーズはさまざまではありますが、当センターは“地域医療最後の砦”として、地域の皆さまに信頼を寄せていただけるような存在でありたいと考えています。三次救急医療や先進医療を行うだけでなく、お産や生殖医療(不妊治療)にも積極的に取り組むなど、時代の変化や患者さんのニーズに合わせた医療の提供を目指してまいります。
当センターは救急医療の中でも重症例を担当する三次救急医療機関です。南区は救急医療に対応する医療機関が限られているため、「地域のどこで倒れても、最高水準の救急医療を提供する」ことを掲げて、地域の救急医療の“最後の砦”としての役割を担っています。高度救命救急センターで対応する代表的なものとしては、熱傷(やけど)や四肢の切断などの重症外傷、心不全や脳卒中をはじめとした呼吸器・循環器の病気が挙げられます。
当センターは横浜市重症外傷センターにも指定されており、横浜横須賀地域の医療機関からの転院搬送件数が多いことも特徴です。コロナ禍ではエクモ(体外式模型人工肺)による治療を積極的に行うだけでなく、各医療機関にエクモカーを派遣するなど地域医療に貢献しました。また総合周産期母子総合医療センターとして、地域の医療機関で発生した分娩後出血ショック症例などに対する初期治療を行うなど、産科救急にも尽力しています。
呼吸器病センター・消化器病センターで実施する手術件数は高いレベルで推移しています。当センターでは2020年にda Vinci Xi(ダヴィンチ:手術支援ロボット)を2台導入して各種がん手術などに活用しています。患者さんへの負担が少ない低侵襲手術はこれまで腹腔鏡下手術が主流でしたが、ダヴィンチを用いることによって合併症のリスクが低減するとともに、術後の入院日数を大幅に短縮できるようになりました。また近年は治療技術・治療機器ともに進化しており、お腹を切らず内視鏡を使って腫瘍(がん)を切除できるケースも少なくありません。
一方で今後の高齢化社会を見据えると、退院後の患者さんをシームレスにサポートできるような体制づくりが急務です。この点については新たに加入した“横浜医療連携ネットワーク”などを活用しつつ、地域の患者さんを地域の中で診ていく取り組みを続けていきたいと考えています。
晩婚化に伴って初産年齢の上昇傾向がみられる現代において、お産や不妊治療に対応していることも当センターの特徴です。総合周産期母子医療センターでは、妊婦さんからのニーズにお応えする形で無痛分娩に対応しており、麻酔科医による適切な管理のもとで妊婦さんの痛みや不安を抑えつつ、元気な赤ちゃんを迎えられるようサポートしています。正常分娩であれば母乳育児や1日24時間母子同室を推奨しており、2003年には大学附属病院として全国で初めて、“赤ちゃんにやさしい病院”に認定(ユニセフ・WHO)されました。若い女性に多くみられる甲状腺の病気やIBD(炎症性腸疾患)があってお薬を飲んでいる妊婦さん、糖尿病をはじめとした合併症リスクのある妊婦さんのお産にも対応できますのでご相談ください。
不妊治療については、それまで分かれていた診療科を統合する形で2014年春に生殖医療センターを新設しました。かつては男性不妊については泌尿器・腎移植科で、女性不妊は婦人科で対応しておりましたが、当センターではパートナーと一緒に治療を受けていただくことが可能です。2019年にはAI(人工知能)による精子判別・評価システムを開発するなど、男性にも積極的に治療に取り組んでいただける環境を整えています。
国が旗振り役となって医療DXが進められていますが、当センターでも患者さんにより快適に受診していただけるようにさまざまな取り組みを行っています。その1つが、LINEを活用した受診予約です。これは、かかりつけの先生に当センターへの紹介状を書いてもらった患者さんに、LINE経由で直接予約を入れていただけるシステムです。患者さんは診療の空き時間を確認し、ご自分の都合に合わせて予約を入れることができますので、受診のハードルがぐっと下がるのではないでしょうか。また、比較的若い世代が受診される総合周産期母子医療センターや生殖医療センターでは、問診にタブレットを活用するなどして“時短”に努めるほか、外国籍の患者さんのための通訳サービスなどもご用意しています。
また最近では、メールマガジンやYouTubeの動画を活用して積極的に情報発信しています。たとえば「不妊症とは…?」といったテーマの動画があったら、患者さんは正しい知識を得ることができ、疑問が解消するまで何度も繰り返しご覧いただくことができるでしょう。こうした施策は全て、月に2回開催する“経営戦略会議”において現場の声を拾い上げ、アイデアを形にしたものです。日々医療の現場に立つスタッフたちが直面する課題を解決することは、患者さんによりよい医療を提供することにもつながっていくと考えています。
私が病院長に就任したのはちょうど、コロナ禍が始まった2020年4月でした。2月にダイヤモンド・プリンセス号の船内において新型コロナウイルスの集団感染が発生し、就任当初から対応に追われたことを昨日のことのように思い出し、地域の災害拠点病院でもある当センターの役割を再認識します。救急医療や先進医療を実践する一方で、近隣にお住まいの皆さまが安心してかかれるような、地域の中核的な病院としての役割を担っていくことが私たちのミッションだと考えています。
地域の皆さまに支えられて発展してきた当センターとしては、今後も引き続き地域の医療ニーズにお応えしつつ、時代の変化に柔軟に対応しながら、よりいっそう質の高い医療の提供を目指してまいります。今後直面するであろう2025年問題、その先に控える2040年問題に備えつつ、地域の皆さまの健やかな暮らしをしっかりと支えてまいります。