独立行政法人国立病院機構 大阪刀根山医療センター(以下、大阪刀根山医療センター)は、結核療養所として発足し、現在では呼吸器疾患、神経難病、運動器疾患の治療を得意とする病院として、大阪府北摂地域の医療の充実に貢献しています。
同院の特徴的な診療や在宅治療への対応、独自の災害対策などについて、病院長の奥村 明之進先生にお話を伺いました。
1917年に開設された当院は1960年代には1,000床以上を有する結核療養所でしたが、時代の移り変わりとともに結核治療の入院患者数は減少の一途をたどっています。
そのような経緯から、現在の当院では肺がんをはじめとする呼吸器疾患、運動器疾患、神経難病の治療に注力する病院として活動しています。
当院の呼吸器領域は、呼吸器腫瘍内科、呼吸器内科、呼吸器外科の三つの診療科に分かれています。呼吸器内科で慢性閉塞性肺疾患(COPD)や気管支喘息、間質性肺炎などの肺疾患や感染症の診療を行い、他院からの紹介など、患者さんの多い肺がんに関しては呼吸器腫瘍内科と呼吸器外科が協力して治療にあたります。
肺がんの検査では128スライスCTを用いた画像診断や、さらに精査する場合は気管支鏡検査(BFS)を行っています。超音波気管支鏡(EBUS)を用いた生検にも対応しており、縦隔リンパ節の腫大から末梢の腫瘤までを調べることができます。場合によっては、CTガイド下における肺針生検も行っています。内科での診断が困難な場合は全身麻酔下での胸腔鏡検査を積極的に行い、早期に肺がんの確定診断ができるよう努めています。
治療の際は抗がん剤・分子標的薬を考慮に入れながら、放射線治療、放射線化学療法(放射線治療と化学療法を同時に行う治療)も実施しています。進行がんではない、早期の肺がんに対しては胸腔鏡を用いた手術(VATS)を行います。手術の際はポートとして体壁に三つあるいは四つの孔を開けますが、できるだけ低侵襲にするためにウィンドウという一つの孔以外は3~5mm程度の小さなポートにしており、傷跡も小さく、患者さんの負担を軽減しています。昨年からは、Single port VATS(単孔式胸腔鏡手術)を開始して、一つのポートだけで肺がんの手術も行えるようになっています。
睡眠時無呼吸症候群の診療にも力を入れており、睡眠センターを設置しています。
当院の整形外科では、特に脊椎や関節に関する病気の治療に注力しています。たとえば、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症の手術です。これらは内視鏡下で行うことで傷が小さく済み、患者さんの術後の痛みが軽減されます。これによって、術後早期から離床してリハビリテーション(以下、リハビリ)を開始できるというメリットが生まれています。特に高齢の患者さんでは、リハビリを始めるのが遅くなるとその間に筋力が衰えてしまい、手術したにもかかわらず運動機能が回復しないことがあります。これを防ぐためにも、低侵襲な内視鏡手術は運動器疾患の治療として理にかなっていると考えています。
また、関節リウマチの治療は薬物療法がメインとなっていますが、薬物抵抗性によって治療限界が来た症例などに対し手術を行うこともあります。当院では整形外科医の視点から、関節リウマチの薬物治療と外科治療を行っています。関節リウマチの患者さんには呼吸器疾患を併発している方が多いため、日本呼吸器学会専門医が在籍している当院で関節リウマチの治療をしながら呼吸器疾患の診療も行うことができるのも特徴です。
骨粗鬆症外来も、当院整形外科における柱のひとつとして機能しています。問診からレントゲン検査、DXA法を用いた骨密度測定を行い、骨粗しょう症と診断が確定された後、血液検査や尿検査の結果を踏まえたうえで患者さんにとって適切と考える治療法を提案いたします。骨粗しょう症の治療は長期にわたるため、かかりつけ医の先生と連携し、継続的な投薬やフォローアップをしていただくことをすすめています。
当院では神経難病のひとつである“筋ジストロフィー”を発症している患者さんのため、人工呼吸管理や介護的ケアを行っています。また、筋ジストロフィーに起因する心不全の進行を抑制するような投薬治療も実施しています。筋ジストロフィーの入院病棟以外に、パーキンソン病やギラン・バレー症候群、重症筋無力症などの神経難病を扱う病棟も設置し、薬物療法、食事療法、睡眠時のケアなどを行っています。療養上のアドバイスだけでなく、合併症にも対応しています。
当院のリハビリテーション科では、パーキンソン病などの神経筋疾患に対する脳血管リハビリテーション、関節リウマチや骨折など運動器疾患に対する運動器リハビリテーション、筋ジストロフィーなどの患児に対する障がい児リハビリテーション、COPDや肺結核後遺症に対する呼吸器リハビリテーションなどに対応しています。
ロボットスーツを用いたリハビリも取り入れております。ロボットスーツを装着して歩行訓練などを行うことで、筋力や、筋肉と神経のつながりを回復させる狙いがあります。また、QOLの向上を実感していただくことでリハビリのモチベーションアップにも効果的です。
2015年度からは“歩行分析装置”も新たに導入し、より患者さん一人ひとりに合わせたリハビリプランが作成できるようになりました。
当院には睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)をはじめとする睡眠関連疾患の外来として睡眠センターが設置され、診療を行っています。土日に短期検査入院を実施し、そのときに終夜睡眠ポリグラフを導入して診断ができ、仕事や学業に支障のない形で診断・治療を進めることができます。
当院では人工呼吸器を利用した在宅治療の患者さんなどを対象に、訪問診療・看護を実施しています。
当院から遠隔地に住んでいらっしゃる患者さんの在宅治療管理も数多く行っていますが、定期的に診察をしながら、状況に応じて短期入院を行っています。また、在宅看護を行っているご家族のために、一時的に患者さんを受け入れるレスパイト入院も行っています。
当院では災害発生時に在宅治療患者さんを受け入れられるよう、体制を整備しています。広範囲に停電が数日続くなどといった状況下では優先的に電力復旧をしていただくことになっています。その場合、周辺地域において在宅で人工呼吸器などを利用している患者さんを、当院で受け入れられるよう“どのあたりに、どのような機器を利用している患者さんが、何人いるのか”ということが分かるマップを作成しました。これによって、停電のある地域が分かれば受け入れる準備が必要な患者さんの数がすぐに把握できます。また、安全面から、近隣で在宅治療をしている患者さんに対しては、電力不足を数日しのげるような自家発電機の購入も提案しています。
こういった取り組みは、国立病院機構内にて1年の取り組みを発表する場で優秀演題に選ばれました。災害の多い日本において安全な医療を届けるためには、必要不可欠な取り組みであると自負しております。
当院は大阪大学医学部附属病院と協力関係にある関連病院のひとつとして、医療データベースの構築に協力しています。電子カルテをオンラインでつなぐことで、治療効果や治療実績を分かりやすくしていこうという取り組みです。治療法の確定しない領域の病気では、小規模施設で治療を細切れに受けている患者さんもいます。これでは治療の実態を把握することは難しいため、できるだけ専門の施設で治療を受けていただき、データベースを通じその治療実績を多施設で共有して治療法を明らかにしていこうと試みています。
当院では医療従事者の労働環境改善策の一環として、省力化と労働時間の削減に取り組んでいます。そのひとつが、電子カルテの音声入力です。まだ試験運用段階ですが、外来に専用の端末を数台導入しています。外来の診療は非常に忙しく、時間に追われてしまいます。そのようななかで、たとえば長文の紹介状を書くときなどに音声入力が非常に役立っています。また整形外科では、患者さんの診察をするときにマイク付きのヘッドセットをつけて、「腱反射異常なし」「何度の角度まで曲がる」など、診察をしながらカルテ入力が行えるようなシステムも試行されています。
当院は結核療養所としてスタートし、現在では呼吸器や神経疾患、整形外科疾患に特化した病院となっています。扱う領域は狭いですが、この分野に関しては専門性の高い病気だけではなく慢性的な病気についても地域に根ざした病院として機能していきたいと考えていますし、私たちの力が及ぶ範囲に関しては皆さんの健康を守り信頼される病院になりたいと思っています。
北摂、豊中北部に住む皆さんが、「刀根山医療センターの近くに住んでんねん!」と誇りにできるような病院を目指してこれからも精進したいと考えています。
“凌雲の志”。これは私が大学で研究を続けていた頃からずっと座右の銘にしている言葉なのですが、この言葉と関連して若手医師の皆さんには現状に満足せず「常にもう一歩先を」「もうワンランク上を」と高いところを目指していってほしいと思っています。日本の中にずっといるのではなく、留学したり、海外で研究したり働いてみたりするのもよいのではないでしょうか。多様な経験を積むことは、医師としてのキャリア形成に非常に役立ちます。
また、医師の仕事だけではなく、幅広くいろいろな分野に目を向けてほしいと思います。歴史や語学、サイエンス全般など見聞を広めて、取り入れられることがあれば医療の世界に積極的に持ち込んでいただけたら嬉しいです。