前の記事「精子凍結保存について(1)―がん治療前の精子凍結とは?」では、がん治療前の精子凍結の概要と、その方法についてお話ししました。続いて今回の記事では、凍結した精子が安全に使用できるのか・使用するにあたってどのような注意点があるのかを詳しく解説します。また、横浜市立大学附属市民総合医療センターの精子凍結データも併せてご紹介します。引き続き、横浜市立大学附属市民総合医療センター・生殖医療センター部長の湯村寧先生にお話を伺いました。
精子を凍結すること自体は大きな合併症はありませんが、以下3つの問題点があります。
凍結後の精子の運動率は通常精液の30~60%、受精率は70~75%に低下します。また、凍結した精巣組織中の精子の生存率も低下します。さらに、凍結前の状況によっては解凍後の妊孕性の保証が出来ない場合もありますし、凍結開始前に精液所見が悪かった方は解凍後の精子が全滅している可能性もあります。
精子・精巣組織は使用直前まで液体窒素で凍結しています。それゆえ、凍結した施設と別の施設で治療を行う患者さんは、液体窒素に精子を保管したままで輸送をすることになります。
多くの施設は魔法瓶などを使用しており、患者さん自身が輸送を行っていますが、この輸送方法は危険だという意見も最近出始めています。
液体窒素は、直接触れれば皮膚の凍傷が起きます。
もしも車の運転中に液体窒素が漏れたりすれば、患者さんが凍傷を起こすだけでなく事故につながる恐れがあります。バス・電車の中で漏れれば、患者さんだけでなく他のお客さんにまで迷惑がかかる恐れもあります。
また、エレベーターなどの密室で大量に液体窒素が気化した場合、空気中の酸素濃度が相対的に低下します。すると周囲にいる方は酸素欠乏症をきたし、場合によっては死に至る場合もあります。
現在多くの不妊治療施設はそれほど輸送に関して危険視をしてはいませんが、将来液体窒素の輸送に関しては規制がかかる可能性もあります。最近ではその可能性を見越して、輸送を専門とする業者も出てきているほどです。
「がんは完全に治っていないと使えないのか」「再発してしまっているが使って大丈夫か」といった使用時期や、「使用する相手は配偶者のみで、同棲相手ではだめなのか」といった使用相手、精子返還の手順なども患者さんにとって心配の種かと思いますが、これらの基準は凍結施設によって異なります。いずれも担当医師から説明があると思いますのでそちらをよく確認して下さい。
横浜市立大学附属市民総合医療センターでは、2012年より精子の凍結を行っており、現在までに120名の患者さんに対応しています。以下は凍結患者さんの疾患などの内訳です。
患者数 118人
平均年齢31.6歳13-60歳
内訳疾患患者数
精巣癌41人
白血病24人
悪性リンパ腫15人
肉腫11人
肺がん6人
大腸癌4人
前立腺癌3人
骨髄腫3人
脳腫瘍2人
その他9人
表でも分かるように全員が凍結可能なわけではありません。凍結できなかった患者さんの内訳(疾患、出来なかった理由など)は以下の通りです。
凍結施行99人
凍結できず19人
凍結完遂率83.9%
また、凍結前の抗癌剤治療の施行、未施行による凍結できなかった患者数は以下です。
凍結できなかった理由総数施行未施行
無精子症10人5人5人
運動精子が少ない、ない8人5人3人
その他1人0人1人
全ての抗がん剤治療に言えるわけではありませんが、表で見ますと、精子を凍結できなかった患者さんの半数以上は「すでに抗がん剤治療を始めていた」ということがわかります。もちろん、疾患や治療によっては、治療後に精子形成が復旧する場合もありますし、早くがん治療を始めなければ命に関わる、と言うこともありますので一概にはいえません。しかし、可能であればがん治療を開始する前に精子凍結をしておくことをお勧めします。
もし抗がん剤治療後に無精子症となった場合、通常の無精子症患者さんと同様に、「精巣内精子回収術(TESE(Micro TESE))」を行うことになります。なお、その場合の精子回収率は30~40%程度です。逆に言えば60~70%の患者さんは精子を回収できないことになり、かなり高い割合で精子回収が不可能となることがわかります。このような分析結果からも、やはり治療前に精子を回収・凍結しておくことをお勧めします。
凍結時の精液中に精子がいなかった場合・射精できなかった場合などは、患者さんの精巣を直接切開して精子を探す方法もあります(OncoTESEと呼ばれる手術です)。術式は通常のTESE(もしくはMicro TESE)と変わりありません。患者さんの抗がん剤治療のスケジュール・その施設の手術スケジュール・患者さんの希望等によって施行するかが決定されますが、現状では精巣内精子回収術(TESE)まで行える施設でないと行うことは難しいです。
がん治療前の精子凍結は、がん治療のなかで非常に重要なオプションであると考えます。
凍結してからがん治療に望んだ患者さんからは「安心して治療を受けることが出来た」、「がん治療へのモチベーションが上がった」という声も聞かれます。ひとりでも多くの患者さんが、精子の凍結保存をおこなってからがん治療に望まれることを祈ります。
横浜市立大学附属市民総合医療センター 生殖医療センター 泌尿器科部長・准教授、田園都市レディースクリニック 臨時職員
横浜市立大学附属市民総合医療センター 生殖医療センター 泌尿器科部長・准教授、田園都市レディースクリニック 臨時職員
日本泌尿器科学会 泌尿器科専門医・泌尿器科指導医日本生殖医学会 生殖医療専門医日本癌治療学会 会員日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医(泌尿器科)の一人であり、男性不妊治療の専門家。横浜市の不妊相談などを担当し、男性不妊の啓発活動に努めている。また、横浜市立大学附属市民総合医療センターの生殖医療センター部長を務める。同センターは泌尿器科、婦人科に日本生殖医学会認定 生殖医療専門医(泌尿器科)が在籍しており、パートナーと一緒に治療を受けられる神奈川県内の施設である。
湯村 寧 先生の所属医療機関
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