よく、「お酒を飲むと肝臓を悪くする」と言われています。アルコールを頻繁に飲んでいる方に対しては「アルコールをやめましょう」とも言われます。
実際は肝臓とアルコールにはどのような関係があるのでしょうか? 長年にわたり肝硬変治療を行い、非常に豊富な臨床経験をお持ちの湘南藤沢徳洲会病院肝胆膵・消化器病センター長、岩渕省吾先生にお話をお聞きしました。
かつては、肝硬変の原因といえば半分程度がお酒であると思われていた時代がありました。その後B型肝炎ウイルスがみつかり、1989年にC型肝炎ウイルスが見つかって以降、実は肝硬変の方は大体70%程度がC型肝炎ウイルスを持っていることが分かりました。実際には、お酒だけが原因となっている肝硬変患者さんは10~15%程度だと考えられています。
お酒・アルコールによる肝臓の病気は以下の4種類に大きく分けられます。
いずれの病型にしろお酒の飲み過ぎで起こりますが、多くの方は1の「脂肪肝」の状態から始まります。これは断酒や節酒とバランスのとれた食生活、運動療法で改善します。しかし、脂肪肝から慢性肝炎が起こってくると2の「線維化」が起きます。線維化は肝臓が炎症を繰り返すことにより引き起こされる現象です。炎症が起こると治まった後が硬くなる、ヤケドや傷跡の「ひきつれ」をイメージしてください。これが線維化です。
そして、柔らかかった肝臓が絶えず炎症を繰り返して線維化が進行すると、4の「肝硬変」になってしまいます。肝硬変はお酒に限らず、すべての原因によって肝臓の線維化が進んだ結果起こるものです。
ちなみに3は、元々1や2の状態だった方に大酒を飲むなどの増悪因子(肝臓の状態を悪化させる要因)が加わることで、発熱や腹痛、黄疸などを伴った強い肝炎を起こすことです。
日本では現在、お酒だけが原因で肝硬変になる人は少なくなってきました(生活の状況から、欧米と比較して大酒飲みが少ないからです)。しかし、それでも明らかにお酒が原因で肝硬変になった人は肝硬変の10数%みられます。また近年では、アルコ-ル性肝硬変における女性の比率が増える傾向にあり、注目されています。
お酒による肝臓病の起こりやすさには当然個人差がありますが、飲酒量と肝臓病との間にはおよその比例関係があります。またアルコ-ル性肝障害の程度には、1回に飲む量もさることながら、人生の中でお酒を飲むようになってからの積算飲酒量が関係していると言われます。この積算飲酒量とは、お酒の量を純アルコールに換算して、何歳ぐらいから一日平均何グラム、週に何グラム、そして月にどれぐらいの量摂取することを何年続けて来たかということです。
酒量の計算の方法は後述しますが、若い頃から飲み始めた方には早い年代で肝機能異常が現れ、逆に30才を過ぎてから飲酒の機会が増えたという方は、50歳を過ぎても肝機能異常が出にくいという傾向があります。
このように、積算飲酒量は肝機能に深く関係しています。そのため、お酒が病気の原因と思われる患者さんを診察する際には、まず何歳ぐらいからどのようなお酒の飲み方をされてきたかをうかがいます。そして以下に述べる、お酒のアルコール換算法を説明し、年代別にこれまでに飲んできた純アルコール量の概容をメモしてきてもらいます。
お酒と肝臓病の関係を考えるうえでは、トータルの飲酒量、つまりエタノールに換算した積算飲酒量が重要であるとお話ししました。それを分かりやすく計算するのに、アルコール摂取量の単位化をすすめています。アルコール医学会では肝障害の起こる飲酒量の目安として、常習飲酒家、大酒家という区分をもうけていています。常習飲酒家というのは,日本酒換算で1日あたり3合以上を5年以上飲みつづけている人をいい、肝障害の出現頻度も増えてきます.
日本酒1合は純エタノール量に換算すると20g弱(180mlx14%)であり、これに相当するのはビール大瓶(633ml)1本、焼酎(25%)120ml 0.6合、ワインでは200ml強でグラス軽く2杯、ウイスキーのダブル一杯60mlというところでしょうか。このエタノール20gを1単位とすると、一日3単位、週に21単位を5年以上続けていると肝臓病の現れる頻度が高くなるというわけです。
また、大酒飲みのことを大酒家といい,日本酒換算で5合以上、つまり一日5単位、週に35単位以上を10年以上続けて飲んでいる人のことで、高い割合で肝障害を起こします。さらに積算飲酒量が純エタノール量で1トンを超えると、肝硬変になる確率が高くなると言われています.これは一日5単位を20年ほど続けた量です。一日に日本酒だけで5合、週に一升瓶3.5本(35単位)というと相当多いと思われますが、ビールや焼酎、ウイスキー、ワインなど色々なお酒を飲んでいると、思いのほかに多い量を飲んでいる可能性もあります。
一方、一日2単位、週14単位以下であれば、肝臓を悪くする方の割合は減り、これ以下が一応の安全域と言えます。色々なお酒を飲む方は、この単位という考えを習慣づけ、週に14単位以内、多くても21単位と、週単位で考えることをお勧めします。
ただし、以下に説明するように女性は男性よりも肝障害を起こしやすいといわれており、注意が必要です。
女性のほうが平均的にアルコールに弱く、およそ男性の2/3程度の積算飲酒量で肝障害を起こすと言われています。つまり女性の場合、男性の場合の常習飲酒家に相当するのは、一日2単位、週14単位を飲む場合ということです。一日3単位強を20年飲み続ければ肝硬変になる可能性が高く、それ以上飲めばもっと早く肝硬変になるということです。
女性の飲酒安全域は一日1.3単位、週に9単位程度と考えた方が良いでしょう。最近では女性もお酒を飲む機会が増えたため、女性の隠れ肝硬変が昔よりも増えていると言われています。
肝臓を痛めない上手なお酒の飲み方は、第一に飲酒量を調整することです。つまり、ここまでにお話ししてきたように、肝臓を痛めない安全域を知り、週単位で合計何単位飲んでいるかを意識して、危険域を超えないことです。「休肝日」という言葉がありますが、週に1日~2日飲まない日を設けることは週の合計単位を減らすこととなり、当然とても良いことです。ただし積算飲酒量の観点からは、その前後に倍量飲んでいてはあまり効果はないでしょう。
第二に、昔からよく言われることですが、食べながら飲むことと、ゆっくり飲むことで、どちらもアルコール血中濃度を急に上げないことにつながります。しばらくお酒を口にしないで久しぶりに飲むと酔いが早く回るようになることは、よく経験されます。これは、しばらく飲まないうちに肝臓のアルコール分解系が休んでいたために、処理速度が鈍ってしまい、血中濃度の上がりが早くなったためです。アルコールの分解には幾つかの系が働いていますが、常習飲酒家の場合は常にフル回転しており、処理速度が速くなっているわけです。
また、それまであまりお酒を飲まず少量で酔っていた方が、お酒を飲む機会が増えるにつれてお酒が強くなる、ということもよく経験されることでしょう。これもアルコ-ル分解系がトレーニングにより処理速度が上がったためであり、たくさん飲まなければ酔わないようになってしまうのです。そこでだんだん酒量が増え、肝障害を起こすことになることがあるのです。ですから、繰り返しになりますが、週単位で積算飲酒量を意識し、酒量が知らないうちに増えることがないよう注意することが大切です。
どんなにお酒を飲んでも身体を痛めない薬などはあり得ません。一生お酒を楽しむためには、いつも飲み過ぎず、ほろ酔い加減で楽しむことを心がけてください。
近年、長い経過の中で、C型肝炎の患者さんのうちアルコールを3単位以上飲んでいる方は肝臓病の進行が早いことが分かってきました。そのため、C型肝炎の患者さんは飲酒量を2単位以下に控えるのがよいでしょう。
かつてお酒と肝臓の関係の研究は盛んでした。しかし、その後C型肝炎の方が肝硬変の原因として重要であったことが分かったため、C型肝炎ウイルスを治療するために世界中で研究が行われました。そして、これからはC型肝炎ウイルスが治る時代になります。こうなると、次はまた肝硬変の原因としてお酒がクローズアップされるようになってきます。そうなると、またお酒と肝臓の研究も再度進んでいくのかもしれません。
また、現在ではお酒を飲まなくともに脂肪肝(非アルコール性脂肪性肝炎:NASH)になるケースがあることが知られつつあります。日本人でもこのNASHは増加しており、原因は食生活が欧米化していることと考えられています。
かつては、NASHのようなアルコールに関係ない脂肪肝は放っておいても肝硬変にはならないと言われてきました。しかし、このタイプの脂肪肝も、アルコール性慢性肝炎と同様の経過をとることがあります。
湘南藤沢徳洲会病院 肝胆膵消化器病センター センター長
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