インタビュー

小児肝移植、ドナーの術後後遺症-家族からの臓器提供を当然と捉える風潮への警鐘

小児肝移植、ドナーの術後後遺症-家族からの臓器提供を当然と捉える風潮への警鐘
水田 耕一 先生

埼玉県立小児医療センター 移植センター センター長、移植外科 科長

水田 耕一 先生

脳死肝移植の普及が進まない日本には、「親が子のドナーとなることは当たり前」といった考え方が根付きつつあります。しかし、一度に親子二名が入院してしまうことは、そのご家族にとって大きな打撃となります。また、肝臓の一部を切除するドナー手術には合併症などのリスクも伴います。今回は、小児肝移植におけるドナーの身体的・精神的リスクと、脳死肝移植の普及を目指す理由について、自治医科大学移植外科教授(当時。現埼玉県立小児医療センター)の水田 耕一(みずた こういち)先生にお伺いしました。

日本では、生体をドナーとする生体肝移植が始まってから現在までに1例、ドナー死亡例が出ています。この死亡事故は、ドナーの方が非アルコール性脂肪肝炎(NASH)という特殊な病気だったことや、切除範囲の広さなどが関係しています。

死亡例に次ぐ重症例は、硬膜外麻酔による下半身麻痺です。脊髄の近くにある硬膜の外側に麻酔を打つ硬膜外麻酔により血腫ができ、脊髄の神経を圧迫したことにより、血腫を除去した後も麻痺が残り、ドナーの方は車椅子生活を余儀なくされています。

このような合併症報告があるため、自治医科大学を含む多くの施設では、ドナーの手術時に硬膜外麻酔は使用していません。

小児肝移植の場合、ドナー手術時には12~13cmの傷を縦にまっすぐ作る正中切開という切開法を選択します。10cmを超える傷を作る理由は、肝切除を行う際の視野を十分に確保し、手術の安全性を高めるためです。

術直後は傷口に痛みが生じますが、傷への局所麻酔や鎮痛剤(点滴と内服薬)を用いて、痛みを減らす工夫を行っています。

腹部をおさえて痛そうな顔をする大人

2005年に行われたドナーアンケート調査によると、過去にドナーとなった方が不都合であると感じている悩みのうち最も多いものは、傷に関する問題でした。具体的には、引き攣れによる痛みや感覚麻痺、傷跡がケロイド状になってしまったという声などが挙がっています。

こういった問題を防ぐため、現在多くの施設では、ステープラー(ホチキス)ではなく埋没縫合という縫合法を採用しています。

2017年に第2回ドナー調査が予定されており、私も調査委員会のメンバーの一人となっていますが、こうした縫合法の工夫により、傷に関する訴えは減っているものと予想しています。

 

小児肝移植のドナー手術では、主に左葉の外側区域切除を行います。外側区域切除は様々な肝切除の中でも最も負担の少ない術式ですが、肝臓の左葉に手を加えることで胃の通過障害が生じるリスクもあります。

前頭葉肝臓の外側区域のすぐ裏には胃が位置しています。そのため、肝臓の傷が癒着して治癒していく過程で、胃の位置にズレが生じる軸捻転(じくねんてん)が起こることがあるのです。これにより通過障害が生じ、痛みによって食事がうまく摂れなくなるドナーの方もいらっしゃいます。

胃の通過障害は左葉を切除した方の約5%に起こる合併症ですが、術後徐々に症状が緩和していくため、多くの方は気にされなくなります。胃の通過障害が生じた場合、通常のスケジュール通りに退院された後、胃の動きを活性化する内服薬を飲みつつ少量頻回に分けて食事をとり、少しずつ食事量を戻していくよう指導します。

大半の方は慣れて通常の生活に戻ることのできる症状ですが、なかには術前より通過が悪い状態が続くと訴えられる方もいらっしゃいます。

胃の通過障害は完全には予防できない症状ですので、左葉をご提供いただくドナーの方には必ず術前に説明を行っています。

ドナーの入院期間は平均すると10日~14日ほどです。その後の仕事復帰には個人差がありますが、退院後初めての外来診療時に肝機能が戻っており体調がよいようであれば、退院から約1か月で仕事に復帰される方もいます。

ただし、肝機能が回復しておらず疲れやすいといった症状がある場合は休養が必要です。そのため、当院ではドナーの方に対して、平均2か月ほどで仕事復帰される方が多いとお伝えしています。

術後に胃の通過障害などがない場合は、服用していただく薬剤はありません。飲酒も、ある程度の期間が経てば可能になります。また、患者さんのお母さんなど女性の方がドナーになった場合、その後妊娠・出産することも可能です。

2009年に臓器移植法が改正され、日本でも脳死判定を受けた子どもの肝臓を移植する脳死肝移植が可能になりました。

自治医科大学は、このような流れを受けて2010年に小児専門の脳死肝移植実施施設として認定された日本有数の施設です。とはいえ、日本では肝疾患を患う小児に対して脳死肝移植を行うことは、年間4~5件ほどしかありません。日本全体の生体肝移植に対する脳死肝移植の割合は、3~4%と極めて低い数値に留まっています。

諸外国では脳死肝移植が主流であるのに対し日本では生体肝移植が多い理由には、上述した法整備の遅れなどが挙げられます。また、小児に関しては元々小児の脳死ドナーが現れないことに加え、ご両親が積極的に生体肝移植を希望されることも関係しています。

ご両親の胸の内には、脳死肝移植登録をして待機していても、ご自分のお子さんにまで順番が回ってこないだろうという思いのほかに、ご自分の肝臓を提供したいという思いがあることがあります。実際に、ご自身がドナーとなりたいとご夫婦で揉めてしまうケースもあります。

また、現実には双方の予後は変わらないものの、生体肝移植のほうが脳死肝移植よりも予後がよいと思い込んでいる方もおられます。

このほか、全く知らない方の臓器をもらうことに対し、抵抗感を強く感じるご家族もいることでしょう。

しかしながら、私たちは移植医として生体肝移植と脳死肝移植を選べるならば、絶対的に後者を選んだほうがよいと考えています。その理由を以下に記します。

小児生体肝移植の場合、レシピエント(お子さん)とドナー(ご両親いずれか)の2人が入院し、残されたご両親のいずれかが、1人で2人をみることになります。この時、看護する方の抱える不安やストレスは非常に大きくなります。

一方、脳死肝移植であればご両親2人でお子さんをみることができるため、不安を共有することができます。健康な方にメスを入れないという身体的な理由だけでなく、このような看護に対する精神的な面においても、脳死肝移植の利点は非常に大きいといえます。

肝移植のうち、最もよいケースとは、脳死肝移植を受けて患者さんが生存することです。この逆に最も悪いケースは、生体肝移植の末に患者さんが亡くなってしまうことです。

日本における小児肝移植の生存率は極めて高く、数値上は9割を超えています。しかしこれは、裏を返せば10人に1人の割合で救えない命があるということです。

術後のお子さんの経過がよい場合、ドナーの方も痛みなどの諸問題を乗り越えられることがありますが、その反対にお子さんの経過が悪く、不安から体調を崩されるドナーの方もいます。

また、お子さんが亡くなってしまった後も体には傷跡が残り続けるため、ドナーとなった方はお風呂に入るときなど、傷跡をみるたびに深い悲しみに襲われます。

お子さんを亡くすという出来事に直面したご両親の悲しみは、ドナーであろうとなかろうと計り知れないものがありますが、手術時の傷跡がその悲しみを助長させ、一時も忘れさせてくれないがために心のバランスを崩してしまう方も現実にいるのです。

現在、日本には“親が子に臓器を提供することが当然”といった風潮ができつつあります。

しかし、上述した最悪の事態を回避するためには、このような世論の流れができてしまうことは避けねばならないと感じています。

私たちは現在、脳死肝移植の比率が増えるよう、患者さんのご両親にインフォームド・コンセントを行い、脳死肝移植登録をしてもらうようにしています。登録をすることではじめて、脳死ドナーが現れたとき臓器の提供を受けることができます。

しかし、日本では病院側の事情や制度上の理由により、脳死ドナーが発生したにも関わらず脳死肝移植を行えなかったというケースも起こっています。

小児の脳死肝移植とは、脳死判定された成人の肝臓の一部、もしくは小児からの全ての肝臓を提供していただくというものです。人間が脳死を経て亡くなる確率は、全死亡の1%程度です。小児の脳死の主な理由は事故であり、突然の悲劇に見舞われた親御さんの多くは、まだ温かいお子さんの臓器を提供しようとは考えられません。

また、医師の目線に立っても、今の今まで救命措置に全力を注いでいた患者さんのご家族に対し、その場で臓器提供の意思の有無を伺うことは、心情的に難しいものがあるといえます。そのため私たちは、患者さんが臨床的脳死となった場合、医師が一言ご家族に選択肢提示を行うことをルール化するべきであると考えています。

このように、小児脳死ドナーが現れにくい日本においても、臓器提供を許諾してくださる親御さんはいらっしゃいました。

ところが、実際にオファーがあった際に施設の受け入れ体制が整っておらず、結果お断りせざるを得なかったという事例が、現実に何十例か報告されています。これは、お子さんを亡くされた親御さんの痛切な思いと決断に、医療が応えられなかったという大変残念な出来事であるといえます。

脳死肝移植に関する問題を議論する際、しばしば韓国の事例が引き合いに出されます。韓国は、人口が日本の半分ほどであるにも関わらず、脳死ドナーは非常に多い国として知られています。

この理由のひとつとして、韓国にはアメリカなどと同様、臨床的脳死患者の報告義務があることが挙げられます。日本では脳死と思われる患者さんが発生した際の斡旋機関への報告は、義務ではなく任意とされています。そのため、臨床脳死の患者さんを前にしても、医師はご家族への選択肢提示を行いにくくなっています。

ご本人が脳死ドナーとなることや、脳死判定を受けたお子さんの臓器を提供することに対し、強い抵抗感を持つ人はもちろんいるでしょう。臓器提供とは、思想や宗教も関わる大変センシティブな問題でもあります。しかし、厚労省のアンケートによると、提供の意思を持つ人は年々増えています。

こうした現状がある今行うべきは、提供の意思がある方の最後の思いを、受け取るべき方に届けられるよう、制度に基づいた仕組みを作ることではないでしょうか。

このような想いから、現在日本移植学会では国会議員への意見陳述書などを作り、臨床的脳死報告の条例化、報告施設への保険点数加算などの提案を精力的に行っています。

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