胆道(たんどう)が生まれつき、あるいは出生後すぐに詰まってしまう病気を胆道閉鎖症といいます。肝臓で作られた胆汁が流れていかない胆道閉鎖症の患者さんの中には、肝移植を行わねば救命できないお子さんもいます。
小児を対象とした肝臓移植の適応基準やドナーの条件、移植を受けるタイミングについて、自治医科大学移植外科教授(当時。現埼玉県立小児医療センター)の水田 耕一先生にお伺いしました。
18歳未満の小児に対する肝臓の移植手術を小児肝移植といいます。肝移植研究会の調査によると、これまで日本で行われた小児肝移植の原因疾患の内訳は、以下のようになっています。
●胆道閉鎖症をはじめとする胆汁うっ滞性肝疾患:約7割
●ウィルソン病やOTC欠損症などの先天代謝異常症:約1割
●急性肝不全(劇症肝炎):約1割
●その他(小児のがんである肝芽腫、先天性門脈欠損症):約1割
胆道閉鎖症は小児肝移植の代表的な適応疾患であり、自治医科大学のデータでも全小児肝移植のうち73%を占めています。
小児肝移植の適応疾患の内訳は、医療の進歩とともに変化しています。過去には先天代謝異常症のひとつ、ウィルソン病が一定の割合を占めていましたが、現在は薬物療法で治癒を目指せるようになったため、肝移植を受ける方は減りました。
一方、尿素サイクル異常症(OTC欠損症やCPS1欠損症など)、従来、小児科で診ていた先天代謝異常症が肝移植の適応となるケースは、近年に入り増加しています。
また、肝芽腫という小児のがんの移植症例数も増えつつあります。かつて、肝芽腫の治療の中心は肝切除でした。しかし、肝芽腫のなかには切除不能型と呼ばれる型があり、再発と切除術を繰り返し、命を落としてしまう患者さんもおられました。
このような症例に対し、現在では化学療法と肝移植を組み合わせる手法が用いられるようになっています。
日本国内にも研究班(日本小児肝癌スタディグループ)が作られ、化学療法で腫瘍を縮小させた後の画像をみて、肝移植と切除術のどちらを選択すべきかディスカッションが行われています。
肝芽腫は数万人から数10万人に1人しか見つからない特殊な小児腫瘍ですが、上記のような取り組みの結果、今では過去に救えなかった症例も救えるようになっています。
小児肝移植の定義上の対象年齢は18歳以下ですが、実際に移植を受ける患者さんの年齢は0~1歳が過半数となっています。
この理由は、原因疾患の約7割を占める胆道閉鎖症が、新生児から乳児期に発症する疾患だからです。胆道閉鎖症の患者さんは年間に約100人生まれ、このうち3分の1は1歳になる前に肝移植の適応となります。
明らかに肝移植の適応があるとわかる場合は、肝移植を待つ理由がないため、2歳以下の時点で手術に踏み切る患者さんが圧倒的に多くなっているのです。
ただし、胆道閉鎖症は全例肝移植の適応となるわけではありません。肝移植研究会や肝移植研究会の統計によると、胆道閉鎖症の患者さんのうち約5割(※)が肝移植を受けており、残りの半数の患者さんは葛西手術やそのほか付随する治療を受けて、自己肝のまま成長します。しかしながらこれら患者さんの中にも肝硬変と“共存”しながら成長している人もいて、将来への不安を抱えています。
(関連記事:「葛西手術について」 https://medicalnote.jp/contents/151221-000025-ZRHOGO )
かつては、胆道閉鎖症の治療法は葛西手術とされていましたが、現在では葛西手術だけでなく肝移植も含めて治療していく病気という考え方が一般的になりつつあります。
これは、胆道閉鎖症のうち肝硬変が進んでいる症例の場合、早期にみつかり葛西手術を行ったとしても肝臓を健康な状態に戻すことができないことや、肝移植の良好な長期予後がわかるようになったためです。
胆道閉鎖症のうち明らかに肝移植が必要と判断できるのは、次のような症状がみられ、成長障害や腹水により日常生活に支障を来している場合です。
●黄疸(おうだん):皮膚が黄色くなる症状
●消化管出血
●胆管炎
ただし、これらの症状が軽度もしくは時々しかみられない場合は、即座に移植適応とは判断できないグレーゾーンに分類されます。現在私たちが最も問題視しているのは、このグレーゾーンの患者さんの管理です。
ある程度成長してから肝移植の適応となる方とは、一度は黄疸が消失しており、後から繰り返す胆管炎や消化管出血が生じる方です。
しかし、年齢が上がってから移植が必要となった場合(特に18歳を超えている場合)、適切なドナーがみつからないこともあります。
また、主治医から紹介を受けたときには、既に肝移植を受けるには極めて厳しい状態にまで悪化している患者さんもおられます。
そのため、私は肝移植の適応とタイミングをわけて考えることを最も重要視しています。
外見や肝機能がよい胆道閉鎖症患者さんのなかには、腹部CT検査を行うと肝硬変によって門脈が狭窄(細くなること)している方や、肝生検を行うと肝硬変がみつかる方もいます。このような患者さんの大半は将来的に非代償性肝硬変となり、肝移植を受けています。
ですから、上記に該当する場合は移植の適応があると診断し、患者さんやご家族にご説明することが理想的です。移植の適応があると知っていることは、その時点ですぐに移植に移行しないにしても、患者さんやご家族にとって利となります。これが、適応とタイミングをわけて考えるということです。
定期的な腹部CT検査、肝生検による肝硬変の有無の検査のほか、胆道閉鎖症の肝移植適応を見極める際にはM2BPGiという線維化マーカーが参考になります
(Yamada N, Sanada Y, Tashiro M, Hirata Y, Okada N, Ihara Y, Urahashi T, Mizuta K. Serum Mac-2 binding protein glycosylation isomer predicts grade F4 liver fibrosis in patients with biliary atresia. J Gastroenterol. 2017 Feb; 52(2): 245-252)
M2BPGi値が3.0以上の場合は潜在性の肝硬変があるため、当院では肝機能が比較的安定していても肝移植を勧めています。この逆に、数値が一定以下(2.0以下)の場合は肝移植の必要性は低いと判断できるため、当科の外来に来ていただく頻度を1年もしくは半年に1回程度に落としています。
肝移植手術が決まったら、麻疹や水疱瘡、BCGなどの予防接種を一通り終わらせる必要があります。移植手術を行う際には、拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を投与しますが、これにより感染症に罹患するリスクが上がるからです。
0歳児の肝移植を行う場合には、通常の予防接種スケジュールを前倒しし、生ワクチンを接種します。
ドナーにとって最も負担のない術式は、外側区域切除です。外側区域は全肝のおよそ20%ほどですので、お腹に縦方向の傷をまっすぐ作る正中切開のみで行うことができます。
肝臓の左葉を移植に用いる場合、傷は12~13cmほどの長さになります。
※右葉を移植に用いる場合は、L字型の切開線をいれる施設もあります。
ドナーの手術時間は5~6時間で、術後は早い人で1週間、ほとんどの方は10日~2週間で退院することが可能です。
しかし、100gほどの肝臓を必要とする体重3~4kgのお子さんにとっては、200~300gある大人の外側区域グラフト肝(移植する肝臓)は大きすぎます。
そのため、私たちは外側区域切除したグラフト肝をさらに半分に削ぎ落として移植するという工夫を行っています。
前項に記した約200~300gの外側区域グラフト肝を移植する場合、レシピエントの体重は10kgほどであることが理想的です。また、移植技術が進歩した現在でも、低体重の子どもに対する肝移植は、一般の小児肝移植の成績に比べると難しいといわざるを得ません。
そのため、紹介を受けた時点で患者さんの体重が5kgほどと低かった場合は、術前に栄養管理を行い、目標体重である7~8kgになるのを待って肝移植を行います。
低体重のお子さんが将来大きくなるかどうかは、肝臓の予備能や門脈の血流をみることである程度予測することができます。そのため目標体重である7~8kgになるポテンシャルがあるとわかった場合、当院では通常のミルクから吸収効率のよい経腸栄養剤に切り替え、栄養管理を行っています。
この手法により、ミルクでは体重が増えなかった小さなお子さんでも、術前2~3か月で1.0~1.5kgほど大きくなることが多々あります。
栄養をつけることは、合併症への抵抗力や手術に耐える基礎体力をつけること、血管を太くすることにも繋がります。
肝移植を成功させるために重要な要素は様々ありますが、たとえば患者さんの血液型を変えることは、人間の手にはできません。一方、術前の栄養状態は私たち医師の介入により改善できるものです。
患者さんのご家族は早期の手術を望まれますが、数か月待っていただき、患者さんをなるべくよい状態に導いてから手術に臨むことが重要だと私たちは考えています。
小児肝移植の特徴は、ドナーの約95%がご両親のいずれかということです。また、当院ではドナーの年齢を20歳~60歳と定めているため、年齢の若い祖父母がドナーとなることもあります。
日本移植学会の定める生体ドナーの条件は、患者さんの6親等以内の親族となっていますが、当院では2親等以内(親子・兄弟・祖父母)の親族と配偶者に条件を絞り、何らかの事情で叔父や叔母がドナーとなる場合は、倫理委員会を通すこととしています。また、18歳、19歳の兄弟や両親しか適切なドナー候補がいない場合は、自施設の他、日本移植学会の倫理委員会に意見を求める必要があります。
0~2歳ほどの乳幼児の場合、免疫機能が十分に発達しておらず、体内に入ってきた異物を攻撃する力も弱いため、血液型不適合の肝移植でも成績はよいという、成人間肝移植とは異なる背景があります。
そのため、過去には血漿交換などの前処置をせずに血液型不適合の肝移植を行っていた時代もありました。しかし、今日では血液型不適合の肝移植に起因すると推測される合併症が、長い年数を経て出てくることがわかっています。
そのため、私たちは、現在では血液型不適合の成人間生体肝移植に使うリツキシマブ(分子標的薬)を、0歳児の肝移植であっても用いています。
リツキシマブの登場により、血液型不適合の肝移植もほとんど問題なく行えるようになりました。
では、ABO式の血液型がレシピエントと合致しない血液型不適合の両親と、血液型が適合する祖父母では、どちらがドナーとして適しているのでしょうか。次項で詳しく解説します。
肝移植研究会がまとめた調査報告によると、レシピエントの年齢が高い場合でも、条件がよい場合は1年生存率が80%を超えています。つまり、レシピエントの年齢は肝移植の成績に大きな影響は及ぼさないということです。
ところが、ドナーが50歳~59歳の場合のレシピエントの1年生存率は80%以下、ドナーが60歳以上の場合は70%以下と、ドナーの年齢とレシピエントの生存率には相関関係がみられます。
そのため、血液型不適合の父母と血液型適合の祖父母では、年齢の若い父母のどちらかにドナーとなっていただいたほうが望ましいという立場を支持することができます。
ドナーとなる方を決める際には、HLA検査とリンパ球クロスマッチ検査と呼ばれる適合検査を事前に行います。
リンパ球クロスマッチ検査とは、レシピエントとドナーの免疫反応を事前にみる検査のことで、陽性を示した場合はリツキシマブを使用したりします。HLA検査は、白血球の血液型の検査で、極めてまれですが、レシピエントとの相性が悪い場合、ドナーを変更することがあります。
また、CT検査で肝臓の血管の太さや本数も観察しますが、画像所見によりドナー変更をお願いすることはほとんどありません。
しばしば、患者さんのご両親がご自身の肝臓を提供したいとぶつかることがありますが、実際には父母それぞれの肝臓によい点・悪い点があり、明らかに一方がよいというケースは滅多にみられないのです。
術前検査で血液と画像所見を念入りに調べ、脂肪肝などの問題がないか評価を行ったうえで生じるテクニカルな部分については、私たち移植医が最善を尽くしてカバーします。
ただし、上述したように、自分の肝臓を提供することが目的にすり替わってしまっているドナーの在り方については、移植医として歓迎できるものではありません。
肝臓移植におけるドナーのリスクはゼロではありません。また、ご両親いずれかがドナーとなることは、患者さんのご兄弟にも悪影響を及ぼすことがあります。
次の記事『小児肝臓移植、ドナーの術後後遺症-家族からの臓器提供を当然と捉える風潮への警鐘』では、ドナーのリスクやご家族に起こりうる問題について、お話ししたいと思います。
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