記事1『花粉症とは。花粉症の対策には何があるのか? ヨーグルトやマスクの効果から薬物治療まで』で、花粉症の治療には免疫療法が効果的であることをご紹介しました。免疫療法には現時点で皮下免疫療法と舌下免疫療法があり、さらに現在では経口免疫療法に関する研究が進められています。今回は、済生会福岡総合病院耳鼻咽喉部長の村上大輔先生に、スギ花粉症における免疫療法の最新研究「経口免疫療法」についてお話しいただきます。
アレルゲン免疫療法とは、アレルギーの原因物質となるアレルゲンを少量ずつ体内に吸収させることで、体をアレルゲンに慣らし、アレルギー反応などの症状を弱めていく治療法です。食物アレルギーやアレルギー性鼻炎をはじめ、花粉症の治療に対しても、このアレルゲン免疫療法が用いられる場合があります。花粉症に対する免疫療法には、記事1『花粉症とは。花粉症の対策には何があるのか? ヨーグルトやマスクの効果から薬物治療まで』で紹介した通り、皮下免疫療法・舌下免疫療法・経口免疫療法の3種類があります。
抗原が体のどの箇所に投与されるかによって名称が変わります。それぞれの免疫療法の特徴は以下のとおりです。
名称/抗原を投与する場所
皮下免疫療法/皮下
舌下免疫療法/舌下
経口免疫療法/口~腸管
経口免疫療法とは、その名の通り口から抗原を摂取するという免疫療法です。投与部位から直接吸収される皮下免疫療法や舌下免疫療法とは異なり、口から抗原を飲み込み、食道や胃を経由して腸管から吸収されるため、実際の免疫反応は口腔内ではなく腸管で起こります。
経口免疫療法のメリットは、抗原の大量摂取ができるという点にあります。
皮下免疫療法で行われている「急速減感作療法」は、一度に大量の抗原を皮下投与して、短時間で治療してしまう方法ですが、経口免疫療法ではさらに抗原の大量摂取が可能です。
腸管には、体にある免疫担当細胞のうち約7割が密集しています。その中でも腸管には、抗原提示細胞や免疫寛容の誘導に深くかかわる「制御性T細胞」という細胞が多く含まれています。この制御性T細胞が抗原提示細胞に取り込まれた抗原を認識し、免疫反応を抑えるように誘導するため、抗原が腸管で効率よく大量に取り込むことができれば、早期に免疫寛容を誘導することが可能であると考えられています。
私たちが普段食事を摂る様子を考えるとわかりやすいと思いますが、人は毎日1~2㎏程度の飲食物を経口摂取しています。それだけの量を経口摂取しているということは、摂取したすべての抗原が吸収されるかどうかは別としても、物理的には大量の抗原を摂取することが可能であるということです。つまり、短期間で大量に抗原を摂取する方法として、経口は有用な投与ルートということができます。
経口免疫療法では口から腸を介して抗原を吸収しますが、皮膚や舌下から抗原を吸収させる皮下免疫療法や舌下免疫療法とは異なり、抗原が唾液や消化液などの消化酵素にさらされてしまいます。その結果、経口摂取した抗原の多くが分解されてしまい、大量に摂取したとしてもすべてが抗原として吸収されない可能性があるのです。
以上のことから経口免疫療法が有効な治療法になるためには、消化酵素が抗原を消化・分解することで吸収率が低下することを防ぐために、消化酵素の影響を受けづらい抗原の構造を考える必要がありました。
また、花粉症は一種のアレルギー反応であり、花粉症の方はアレルギー体質であるといえます。アレルギー体質の方は人工の化合物によってアレルギー症状が出やすい傾向があるため、副作用としてアレルギー反応のような症状が生じにくいように、可能な限り天然の素材を利用して化学試薬を一切使用しない方法(メイラード型の多糖修飾法といいます)で抗原の構造を考える必要がありました。スギ抗原―ガラクトマンナン複合体は、これらの条件を満たした新しい経口免疫寛容薬です。
使用しているガラクトマンナンは私たちが日常的に口にしているグアガム由来の物質で、添加物(増粘剤など)に使われており、安全な多糖体です。このガラクトマンナンは、抗原の抗原抗体反応が起こる場所を覆う役割を果たします。つまり、抗原を経口摂取しても、ガラクトマンナンの覆いによってすぐにはその抗原に抗体が結合しないため(結合性の減少といいます)、副作用であるアレルギー反応を抑えられるのです。
また、ガラクトマンナンは抗原の吸収率を向上させる働きも持っています。
腸管には、異物を取り込むための樹状細胞(マクロファージ)が存在します。この樹状細胞にガラクトマンナンが結合されると、マクロファージ細胞膜上に発現するマンノースレセプターという糖鎖認識受容体を介して抗原が一気に取り込まれるため、抗原を効率的に吸収することができます。
ガラクトマンナンのような多糖体を抗原に付加することで、消化抑制作用ももたらすことができます。多糖体の抗原付加により、抗原自体が胃酸や腸液で分解されてしまうことを防ぎ、抗原が効率よく腸管まで届きます。
ガラクトマンナン自体にも整腸作用や高血圧、高脂血症など、生活習慣病に対する予防効果があります。
スギ抗原―ガラクトマンナン複合体は、スギ花粉症の治療薬です。ヒノキやヨモギなど、別の花粉症に対する経口免疫寛容薬の場合、開発は可能ですが、開発が進められるだけの抗原量を確保できるかどうかが課題となります。
スギ花粉の場合、花粉が飛散する前段階のスギの雄花を伐採して企業が回収し、それらを水耕栽培することで大量に回収できます。しかし、イネ科の花粉やヨモギ科の花粉の場合、いずれも自然界に存在している植物であるため、天然の抗原をどう確保するかが課題になります。大量の天然抗原が必要なので、今のところ花粉症に対する天然抗原を使用した経口免疫療法の臨床試験を実施している施設、研究機関は我々のグループ以外にはありません。
【コラム】
実は、1980年代にも経口免疫療法は開発が進められており、当時は通常の抗原をそのまま投与していました。しかし副作用が強く、そのうえ効果も見込めなかったため、開発が中断されてしまったのです。その後、2010年から再び研究が開始され、現在に至ります。
経口免疫療法は、侵襲がなく、簡便で早期に治療効果が期待できるので、非常に有望な治療法ですが、現在のところ適切な抗原量や投与法が確定していないのが現状です。そのため、花粉症に対する治療法としては臨床試験段階であり、今すぐ経口免疫療法をスギ花粉症の患者さんに提供することはできません。
今後経口免疫療法が実際にスギ花粉症の治療法として用いられるためには、いくつかの課題を解決する必要があります。
第一にコストの課題です。経口免疫療法に用いる経口免疫寛容薬は、投与されるアレルゲンがそれだけ多くなるため、実際に治療に導入された際は、コストの面が課題になる可能性があります。また、できるだけ少ない抗原量で効果を発揮させるためには抗原の吸収率についてもさらに改善する必要があるでしょう。
現在開発中のスギ抗原―ガラクトマンナン複合体ではガラクトマンナンをスギ抗原に結合させていますが、これから先、ガラクトマンナン以上に経口免疫寛容薬に適した多糖体が見つかるかもしれません。
経口免疫療法が確実なものになるためには、抗原を大量に摂取するだけではなく、副作用がなく、かつしっかりと抗原が腸管より体内に取り込まれ、抗原に対する免疫寛容を引き起こすようになることが大事です。
経口免疫療法は非常に簡便で侵襲性がない方法のため、ガラクトマンナンなどの多糖体を付加して抗原が安全に効率よく腸管内で大量に取り込まれるようになれば早期に免疫寛容を誘導することが可能であり、画期的な治療法になると考えられます。経口免疫療法が治療に導入されるにはさらに研究を進める必要がありますが、これがきっかけになり、他施設での共同研究や最適な多糖体を見つけるための研究が進めばよいと考えています。
九州大学病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 講師
九州大学病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 講師
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 耳鼻咽喉科専門研修指導医・耳鼻咽喉科専門医・補聴器相談医
九州大学病院にて耳鼻咽喉科、頭頸部外科分野の主に鼻科学を担当し、幅広い臨床を行う傍ら、免疫反応やアレルギーについての研究を行う。なかでも花粉症のアレルゲン免疫療法の研究に力を注いでおり、経口免疫療法の確立に向けて活動を進めている。手術においては内視鏡下鼻副鼻腔手術を専門としている。また2018年より脳神経外科と合同で頭蓋底外科チームを結成し、耳鼻咽喉科部門のチーフとして経鼻内視鏡的にアプローチする下垂体や傍鞍部腫瘍の手術を中心に頭蓋底疾患の治療にも携わっている。
村上 大輔 先生の所属医療機関
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