抗菌薬とは、その名の通り体内に潜む菌を攻撃し治療する薬です。1929年に開発されて以来、感染症をはじめとしたさまざまな治療に用いられてきました。
しかし、近年この抗菌薬の多用が原因で、抗菌薬への耐性を持つ菌が現れるようになり、抗菌薬の効かない「薬剤耐性菌」が増殖していることが問題になっています。
今回は抗菌薬と薬剤耐性菌の関係性、小児領域での課題や展望について新潟大学医学部小児科学教室 教授の齋藤 昭彦先生にお話いただきました。
抗菌薬には抗生物質と合成抗菌薬がある
抗菌薬は感染症の治療に有効な薬剤として知られています。抗菌薬と一言にいっても、微生物が産生した物質が原料となっている抗生物質と、微生物が産生した化学物質に人工合成の化学物質を合わせた合成抗菌薬とがありますが、ここでは総称して抗菌薬と呼ぶことにします。
抗菌薬は1929年に開発されてから今日に至るまで、さまざまな疾患の治療に使用されてきました。しかし、近年は抗菌薬を多用することによってリスクが生じることもわかってきました。
抗菌薬を多用することのリスクは大きく分けて2つあります。1つは抗菌薬の使用によって、ヒトの体内にもともと備わっている細菌が攻撃され、保たれていたバランスが崩れてしまうことです。これによって症状が出たり、また、幾つかの疾患のリスクが上がったりすることが分かってきました。
もう1つは、患者さんの体内にあるさまざまな菌がこれらの薬剤を使用することによっていろいろなメカニズムから、その薬剤に対しての耐性(抵抗する力)を持ってしまうことです。特定の薬剤に対し耐性を持つ菌のことを薬剤耐性菌といいます。
特にご年配の保護者の方に多いのですが、お子さんが風邪をひき、医療機関を受診したときに、医師が抗菌薬を処方しないと「抗菌薬はもらえないのですか?」「抗生物質は使わないのですか?」とお尋ねになる方がいらっしゃいます。確かに以前は、それが細菌感染症、ウイルス感染症に関わらず、多くの発熱疾患に対して抗菌薬による治療が行われてきました。
しかし、抗菌薬を多用することによるリスクが理解されるようになってからは、医療の現場でも抗菌薬の適応をよく考えるようになってきました。抗菌薬でなければ治療できない重篤な感染症などに抗菌剤を投与するのは致し方ないことですが、風邪や、時間をかければ自然治癒で治る感染症では抗菌薬を使わず、症状に対する適切な対症療法がその治療の中心です。また、インフルエンザウイルスやライノウイルスなど、ウイルスが原因で罹患する疾患の場合、抗菌剤は全く効果を発揮しません。診断に応じて、適応を考えて処方することが求められています。
ですから保護者の方々も、抗菌剤や抗生物質が処方されなかったとしても不安に思わず、また少しでも気になることがあれば気軽に相談していただきたいと思います。
抗菌薬を多用すると、身体にさまざまな影響を及ぼします。ここでは小児領域の疾患に絞って抗菌薬の引き起こす影響についてご説明します。
前述の通り、抗菌薬の多用は身体の中の細菌のバランスを乱す可能性があります。たとえば、腸内には乳酸菌や酵母菌などさまざまな細菌が共存していることが知られています。とりわけ子どもに抗菌薬を多用すると、これらの腸内細菌のバランスが崩れ、下痢をしたり、幾つかの病気にかかりやすくなったりすることもあります。
また、妊娠前、妊娠中や乳児期に抗菌薬を服用することで、児にミルクアレルギーの頻度が上がるということがわかってきています。近年、フィンランドの疫学的なデータで、妊娠前、妊娠中や乳児期に抗菌薬を複数回服用した場合、児は、そうでない場合と比べてミルクアレルギーの発生頻度が服用回数によって増加し、児が3回以上の服用をした場合、なんと2-3倍も高いということが明らかになってきました。(Metsala J, et al. Epidemiol 2013;24:303-9.より)
これは抗菌薬の使用で腸内細菌のバランスが崩れ、元来腸内細菌によって排除されるべきアレルゲンが、誤って血中に取り込まれ、アレルギーの原因になってしまうためではないかと考えられています。
このデータは疫学的なもので、どの抗菌薬がそれを引き起こすのか、どれくらい服用すると児に影響が出るのかなど、細かい解析は今後期待される部分ではあります。しかし、これから妊娠・出産を考える女性が、安心して元気なお子さんを産むことができるよう、妊娠前、妊娠中、そして児への抗菌薬の処方を慎重に行っていくべきだと思います。
小児の髄膜炎や敗血症は抗菌剤による治療が必要です。しかし、近年抗菌薬の効かない薬剤耐性菌の増加により、それが原因となる感染症に対して、従来の最善の治療をしても完治せず後遺症が残ってしまったり、最悪の場合、命を落としてしまったりすることも見受けられます。
薬剤耐性菌増加の原因は、抗菌薬が今日まで多用されすぎたことにあります。耐性菌は、抗菌薬を使わないと出現しません。その適用は抗菌薬でなければ治らない疾患から、時間をかければ自然治癒でも十分回復の見込みがあるものまで多岐にわたっていました。このように抗菌薬が万能薬のように使用されたあまり、抗菌薬が効かない薬剤耐性菌が増えてきたのです。
薬剤耐性菌はほとんどの場合、それを保持している方の尿・便・涎(よだれ)など、代謝物に他者が触れてしまうこと(接触感染)で、手を介して感染します。そのため保護者や看護師による密接なケアなしには生活できない新生児や乳幼児をはじめ、子どもは他者と触れる機会も多く、薬剤耐性菌が広がりやすいといわれています。
そのため、小児感染症を防ぐためにはまず、薬剤耐性菌を作らないことが大切です。薬剤耐性菌は抗菌薬を使用しなければ発生しません。抗菌薬の投与が本当に必要な疾患を見極め、正しく使用できる医師を育てていくことがこれからの私たちの使命です。
抗菌薬は種類も豊富であり、どの菌にどの抗菌薬が効くのか熟知していなければ正しい処方をすることができません。アメリカの小児医療の中では、小児感染症の専門家が主治医の先生と相談し、適切な抗菌剤の処方に関するアドバイスをする小児感染症のコンサルテーションシステムが確立しています。こちらについては詳しくは記事2『小児感染症のスペシャリストを育てる-薬剤耐性菌から子どもたちを守るために』をご覧ください。
一方で従来、主治医の先生の判断で抗菌薬を処方してきた日本では、抗菌薬を適正に使うことへの理解が十分ではありません。アメリカで小児感染症のコンサルテーションに携わり、その重要性を認識してきた私としては、現在の日本の状況を変える必要があると強く思います。
私の勤務する新潟大学小児科では、教室に入った若手小児科医を集め、年に4回、ベーシックコアレクチャーという講演会を実施しています。この講演会では、全国各地で活躍している著名な先生を招き、お話ししていただくことで、現在の日本の小児医療のスタンダードを若い医師に体感してもらい、それを実際の臨床の現場で実践してもらうことを目的としています。
特に上記のような小児感染症・抗菌剤の適正使用については、毎年必ずテーマとして取り上げ、若い医師たちに向けてその考え方、知識の整理をしています。
新潟大学 大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授
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