がんの治療は、外科手術、化学療法、放射線治療の大きく3種類に分けられます。そのなかでも放射線治療は、臓器の形態や機能を温存することができ、副作用も少ないため患者さんにとって体の負担が少ない治療法です。しかし日本では放射線治療への理解が遅れており、先進国のなかで最も放射線治療を受けている患者さんの割合が低いのが現状です。
がん患者さんが放射線治療を適切に受けるためには、放射線治療を正しく理解する必要があります。本記事では放射線でどのようにがんを治療していくのか、放射線の種類や照射方法など、放射線治療について東京女子医科大学 放射線腫瘍学講座 教授・講座主任 唐澤久美子先生にお話しいただきました。
放射線治療はがんの3大治療法のひとつで、放射線を照射することで、体表や体内にある病巣を治療します。100年以上の歴史がある治療法ですが、日本では放射線治療に対する理解が遅れており、放射線治療を受けているがん患者さんの割合は先進国で最も低いのが現状です。
日本で放射線治療の普及が遅れた原因としては、原爆の歴史による放射線への偏見や、外科手術に適した消化器がんの患者さんが多かったということが考えられます。現在も放射線治療の専門医が少ないことなど課題はありますが、新しい放射線治療の開発や治療技術の進歩によって、今後放射線治療を受ける患者さんは増加するのではないかと予想されます。
がん細胞は特有のDNAをもっており、これががんを増殖させます。放射線治療とはこのDNAに作用し、がん細胞を死滅させる治療法です。
細胞はDNAが損傷を受けても、数時間で修復する力を持っています。そのため少量の放射線による損傷であれば自力で回復することができますが、がん細胞は正常細胞に比べると回復が遅く、繰り返し放射線を照射することで修復不可能となって死滅します。また、放射線は細胞の増殖が高まっているところに効果が出やすいという特徴があります。ですから放射線は細胞分裂が亢進(こうしん)しているがん細胞に効果的に作用し、正常細胞にはあまり作用しません。
放射線治療は、がんの根治を目指す以外にも外科手術と組み合わせてがんの再発を予防したり、がん症状を緩和(除痛効果や止血、狭窄の改善等)したりすることを目的として行うことがあります。
がんの治癒を目的に行う照射を根治照射といいます。根治照射には、放射線治療単独で治療を行う場合と、薬物や手術と併用する場合があります。また、外科手術で切除しきれなかった腫瘍に照射する場合や、術後に再発を予防するために行う照射も根治照射に含まれます。
症状寛解照射(姑息照射)は、患者さんの生活の質(Quality of Life)の向上のため、症状の改善や緩和(除痛効果や止血、狭窄改善など)、または延命効果を期待して行われます。症状寛解照射(姑息照射)では、根治照射よりも線量や照射範囲を減らして副作用の発現を最小限に留めます。
外科手術による切除は、がんのある臓器を切除するため、臓器の機能や形態が損なわれてしまいます。しかし放射線治療では、体にメスを入れることなく治療を行い、治療前と同じような生活を送ることが可能です。
外科手術では、直後に痛みが出たり傷跡が残ったりと体への負担が大きいですが、放射線治療ではメスを入れることなくがんを治療できるので、患者さんは治療中も普段通りの生活を送ることができる場合が多いです。例外的に、全身性エリテマトーデス(SLE)や強皮症など、活動性が高い膠原病の患者さんが受けられない場合がありますが、基本的には高齢の方や合併症の心配があって外科手術を受けられない場合でも受けられる治療です。
放射線治療は、化学療法と併用する場合には入院が必要となることがありますが、病状によっては外来通院で行うことができる治療です。また、治療の内容によって生活上の注意点はありますが、基本的には治療前と同じような日常生活を続けられます。ですから放射線治療を受けながら働くことも可能で、患者さんの生活の質(Quality of Life)を保つ治療法として選択されることもあります。
放射線治療に使われる放射線には、エックス線やガンマ線、電子線を用いた一般的な放射線治療の他に高度な物理工学の知識を要する粒子線治療があります。
放射線治療で使われる放射線の種類は、病変によって分けられます。たとえば、体表(体の表面)に近い病変にはやや低いエネルギーの高エネルギーエックス線や電子線を照射します。それに対して、体の深部の病変には体の深部に線量が集中するように比較的高いエネルギーの高エネルギーエックス線を照射します。
放射線治療において、放射線の照射方法は外部照射、小線源治療の大きく2つに分けられます。
がん治療の放射線治療のうち、約95パーセントは外部照射で行われています。外部照射は放射線発生装置を用いて体の外から放射線を照射する方法で行われます。治療する部位や方法によって使用する装置やエネルギーを選択します。
小線源照射とは放射線源(放射線を出す物質)を体内に入れる放射線治療で、多くの場合、外部照射と組み合わせて行われます。小線源照射は、腔内照射と組織内照射に分けられます。
・腔内照射:体腔内に線源を挿入することで体内からがんへ放射線を照射します。主に子宮頸がんの治療で行われます。
・組織内照射:粒状の線源を針で組織に直接刺入して放射線を照射します。主に前立腺がんの治療で行われます。
この他に、甲状腺がんや骨の転移、悪性リンパ腫などには、放射性医薬品を静脈内あるいは経口投与する内用療法という放射線治療が行われることがあります。
粒子線治療とはサイクロトロンやシンクロトロンなどの大型加速器から得られる陽子、炭素などの重粒子を用いた放射線治療の一種で、陽子線と重粒子線はそれぞれ効果と線量集中性が異なっています。また、通常の放射線治療に用いられるエックス線は体の内部にいくに従って弱まっていきますが、陽子線や重粒子線は、がんのあるところに線量を集中させることができるという特徴があります。粒子線治療は従来のエックス線での治療と同様に体に負担が少ないため高齢の方でも治療を受けることが可能です。
陽子線治療は、従来のエックス線による放射線治療に比べて線量集中性に優れています。陽子線の生物学的効果はエックス線と同様(エックス線の約1.1倍)であり、エックス線治療の経験を生かして治療が可能ですので、将来的にはエックス線治療に置き換わる放射線治療であると考えます。2016年より小児腫瘍で健康保険の適応になっています。
重粒子線はエックス線の約3倍の生物学的効果があり、従来のエックス線治療では十分な効果が得られなかった腫瘍にも有効です。しかも治療は短期間で終了します。2016年より切除不能な骨軟部腫瘍で健康保険の適応になっています。しかし強い生物学的効果があるということは、それだけがんに接する正常組織にも影響があるため、現在の技術ですと適応が限られます。
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)とは、原子炉等から発生する中性子と腫瘍内投与されたホウ素との核反応を利用する放射線治療です。がん細胞に集積する特性のあるホウ素薬剤を注射し、中性子を照射することでがん細胞を破壊する新しい放射線治療で、現在は京都大学などで試験的に行われています。
粒子線治療は従来のエックス線治療にはない線量集中性を有しており、病巣に線量を集中させることが可能ですが、技術的に発展段階の部分もあります。陽子線治療・重粒子線治療のための施設・装置、運転維持費は高額であり、粒子線治療分野の人材も不足しているなどの課題があります。しかし他に適切な治療手段がない腫瘍や、従来の治療法より明らかに治療効果が高い腫瘍に対しては、健康保険によりどなたでも粒子線治療を受けられるようにするべきであると考えています。また重粒子線治療は、世界のなかでも特に日本で研究が進んでいますので今後は海外への技術提供も期待されます。
東京女子医科大学 放射線腫瘍学講座 教授・講座主任
東京女子医科大学 放射線腫瘍学講座 教授・講座主任
日本医学放射線学会・日本放射線腫瘍学会 放射線科治療専門医日本乳癌学会 乳腺専門医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
放射線療法のなかでも最先端分野である「粒子線治療」のエキスパート。世界で初めて乳がんの重粒子線治療を行い、従来の常識を覆す。大学卒業後、東京女子医科大学、順天堂大などを経て、2011年 放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター病院治療課第三治療室長に就任、2015年 東京女子医科大学放射線腫瘍学講座 教授・講座主任に就任。
放射線療法に関わる、放射線腫瘍医のみならず、医学物理士、放射線治療専門看護師などの育成にも力を入れている。
唐澤 久美子 先生の所属医療機関
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