秋田大学医学部附属病院 小児科 診療科長、秋田大学大学院医学系研究科 医学専攻機能展開医学系 ...
高橋 勉 先生
秋田大学医学部附属病院 小児科 外来医長 、秋田大学大学院医学系研究科医学専攻小児科学分野 助教
野口 篤子 先生
「リジン尿性蛋白不耐症」という遺伝性の希少疾患は、一部のアミノ酸の吸収が弱く、かつ腎臓からの排泄が過剰であるために体をつくるための成分が足りなくなることで、全身の臓器にさまざまな症状があらわれます。
たとえば肉や卵などを食べすぎると吐き気や嘔吐がある、体が大きくならず身長が伸びない、肝臓や腎臓に障害があらわれる、肺炎を引き起こしてしまう……など症状が挙げられます。どの症状があらわれるかは患者さんによって大きく異なり、幼いころから肺炎などで命の危険にさらされてしまうこともあれば、ほとんど症状があらわれないまま成長していくケースもあります。
一体なぜ、リジン尿性蛋白不耐症ではこのような多彩な症状があらわれるのでしょうか。リジン尿性蛋白不耐症がどういった疾患であるのか、秋田大学医学部附属病院 小児科 教授の高橋勉先生、同院 外来医長 助教の野口篤子先生にお話を伺いました。
リジン尿性蛋白不耐症とは、リジン・アルギニン・オルニチンという3つの種類のアミノ酸の吸収が弱く、かつこの3つのアミノ酸が尿に大量にでてしまうことで、体をつくるために必要なタンパク質をつくることができず、全身にさまざまな症状があらわれる遺伝性の疾患です。
リジン尿性蛋白不耐症の患者さんの尿のアミノ酸を調べると、この3つのアミノ酸がたくさん排泄されていることがわかります。特に3つのアミノ酸のなかでもリジンが尿中にでやすいことから「リジン尿性蛋白不耐症」とよばれています。
リジン尿性蛋白不耐症は非常にまれな疾患です。2010年に全国の主要病院 約3,000施設の小児科、神経内科、腎臓内科、内分泌内科を対象に行った調査では、30~40人の患者さんがいらっしゃることが報告されています。この病気の発症率には男女差はなく、男性でも女性でもどちらでも発症する可能性がある疾患です。
この疾患の特徴ともいえるのが、世界の3か所に比較的患者さんが多くみられるということです。フィンランド、南イタリア、北日本、この3つの地域で患者さんが多い傾向がみられます。
リジン尿性蛋白不耐症は常染色体劣性遺伝という遺伝形式の疾患です。
劣性形式の遺伝とは「父親と母親から受け継いだ遺伝子それぞれがどちらも発症に関連する遺伝子だった場合に発症する」というもののことを指します。
人間の体にある遺伝子の多くは2つペアになって存在しています。遺伝子には優性と劣性があり、下記のようにどのペアになっているかによって、あらわれる性質が異なります。
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ペアどちらもが優性(AA) →優性の性質
ペア片方が優性で片方が劣性(aA,Aa) →優性の性質
ペアどちらもが劣性(aa) →劣性の性質
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劣性の遺伝子(a)の性質が発現するには、父親・母親から受け継いだ遺伝子がどちらも劣性でなくてはなりません。このように両親から受け継いだ遺伝子がどちらも劣性遺伝子で、劣性遺伝子のペアをもって生まれてくることを劣性遺伝といいます。リジン尿性蛋白不耐症はこの劣性形式の遺伝によって発症します。
リジン尿性蛋白不耐症の発症にはSLC7A7という遺伝子が関連していることがわかっており、患者さんはSLC7A7の2本ともに変化がみられます。つまり、両親双方からリジン尿性蛋白不耐症を発症する遺伝子を受け継いだ可能性が高いと考えられます。(まれに患者さんの遺伝子変化の突然変異が起こったという可能性も考えられます。)
リジン尿性蛋白不耐症では、肺、肝臓、腎臓といったさまざまな臓器障害、体の免疫システムの異常などがみられ、あらゆるところに多様な症状があらわれる可能性があります。そのため「どこの臓器の病気」と言い表すことができる疾患ではありません。
そして症状のあらわれ方や重症度は患者さんによって大きく異なります。全身に症状があらわれる方もいれば、ほとんどあらわれず、長年リジン尿性蛋白不耐症を発症していることに気付かない方もいらっしゃいます。臨床症状と重症度は非常に多彩で、症状のあらわれる順番や年齢もひとそれぞれです。
大きな症状のひとつは、高アンモニア血症性脳症によるけいれん、意識障害などの神経症状です。リジン尿性蛋白不耐症の患者さんでは一部のアミノ酸が不足していることから、体にとって毒素になるアンモニアの代謝が困難になることがあります。すると体内血液中のアンモニア濃度が高まり「高アンモニア血症」を引き起こします。
血中のアンモニア濃度が高まると「高アンモニア血症性脳症」に至る可能性があります。脳症軽症例では覚醒レベルの低下や錯乱などがみられます。また脳症重症例では意識喪失・昏睡状態に陥り、患者さんによっては脳の後遺症が残ってしまうリスクがありますので、早急な対処が必要です。
またリジン尿性蛋白不耐症ではタンパク嫌いがみられることがあります。タンパク嫌いとはタンパク質を多く含む食べ物(肉、魚、卵など)を嫌いになる傾向のことです。
リジン尿性蛋白不耐症の患者さんではアンモニアの代謝が困難になっていることで、アンモニアの元となるタンパク質を多く含む食べ物を口にすると、体内のアンモニア濃度が高まり、吐き気、嘔吐、気分不快などの症状があらわれます。こうした「タンパク質摂取後の嘔吐や気分不快」というエピソードの繰り返しが、タンパク嫌いへとつながります。
リジン尿性蛋白不耐症の患者さんでは骨折を繰り返す方もいらっしゃいます。
リジンは骨の形成にも関わるアミノ酸です。そのためリジン尿性蛋白不耐症ではリジンを含めたアミノ酸バランスの破綻することで、骨密度が低下してしまう傾向がみられます。
またリジン尿性蛋白不耐症の患者さんのなかには低身長である方もいらっしゃいます。
2010年の全国調査によると、リジン尿性蛋白不耐症の成人男性の平均身長は157.9(±9.0)cm、成人女性では147.4(±5.7)cmと報告されています。上記のようなタンパク嫌いや、一部のアミノ酸の吸収が弱まっていることから、栄養不足に陥り、身長が伸びない、体が大きくならないという症状がみられることがあります。
ただし、リジン尿性蛋白不耐症であるから必ず身長が低いということではありません。嘔吐などそのほかの症状は全くなく、低身長だけという患者さんもなかにはいらっしゃいます。
そのほかリジン尿性蛋白不耐症では下記のようにさまざまな症状がみられます。
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【リジン尿性蛋白不耐症の主な症状】
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リジン尿性蛋白不耐症ではなぜこのように症状が多岐にわたるのでしょうか。それは体をつくるのに必要な「アミノ酸」が不足してしまうためです。
ヒトの体の多くはタンパク質によって構成されています。このタンパク質というのは、いくつもの種類のアミノ酸が組み合わされて作り出されます。そのためアミノ酸が不足すると、タンパク質が正常に作り出されず、肺、腎臓、肝臓などの臓器障害や、骨の形成、体の免疫システムの異常など、体にさまざまな症状があらわれる可能性があります。
リジン尿性蛋白不耐症ではアルギニンが不足することから、とくに「尿素サイクル」へ大きな影響を及ぼすことが多いです。
尿素サイクルとは、人間などの脊椎動物が備えている肝臓の代謝回路(代謝を行うシステム)のひとつで、体にとって毒性のあるアンモニアを尿素に変換するためのものです。
尿素サイクルを正常に機能させるためには、アルギニンなどのアミノ酸が不可欠です。しかしリジン尿性蛋白不耐症の患者さんではアルギニンなどのアミノ酸が不足しているため、尿素サイクルを正常にまわすことができません。するとアンモニアを代謝できず、高アンモニア血症を発症してしまいます。
高アンモニア血症になると、さきほどご説明したような吐き気や嘔吐、頭痛、痙攣などの症状や、高アンモニア血症性脳症を発症するリスクが高まります。
このようにリジン尿性蛋白不耐症では体の機能を維持するうえで欠かすことのできないアミノ酸が不足することから、体のさまざまな部分に影響があらわれるのです。
引き続き記事2『リジン尿性蛋白不耐症を疑ったら?検査・治療方法を紹介』では高橋勉先生と野口篤子先生に「リジン尿性蛋白不耐症の検査・治療」についてご解説いただきます。
秋田大学医学部附属病院 小児科 診療科長、秋田大学大学院医学系研究科 医学専攻機能展開医学系 小児科学講座 教授
秋田大学医学部附属病院 小児科 外来医長 、秋田大学大学院医学系研究科医学専攻小児科学分野 助教
高橋 勉 先生の所属医療機関
野口 篤子 先生の所属医療機関
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