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骨盤臓器脱の予防 ~出産後の生活の注意点や骨盤底筋トレーニングについて解説~

骨盤臓器脱の予防 ~出産後の生活の注意点や骨盤底筋トレーニングについて解説~
中田 真木 先生

社会福祉法人三井記念病院 産婦人科 嘱託

中田 真木 先生

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骨盤臓器脱は中高年以上の女性に多い病気で、子宮や腟の下垂や変形により外陰部の違和感や排便・排尿の不具合が現れます。骨盤臓器脱の主な原因は、“骨盤底筋群”と呼ばれる筋肉や靱帯(じんたい)の支える力と腹腔内(ふくくうない)から腟内を通って外陰部へ抜ける重力や圧力の不均衡です。この記事では、骨盤臓器脱の原因と予防法を解説します。

骨盤臓器脱は女性特有の病気で、子宮、膀胱、直腸などの骨盤の中に位置しているはずの臓器が腟内に落ち込み、進行すると、風船のように体外にめくれた腟の中にこれらの臓器が(はま)り込むようになります。下垂や脱出を起こす臓器によって子宮脱膀胱瘤(ぼうこうりゅう)直腸瘤などとさまざまな呼び名が使われ、これらを総称して骨盤臓器脱と呼びます。“脱”の指すものは、必ずしも体外へ脱出しているのではなく、本来あるはずの場所からの逸脱を意味します。

主な症状は、下腹部の重圧感や鈍痛、腟の出口に何かが下りて来る違和感、頻尿、排尿のしづらさ、尿失禁などですが、膀胱や尿道の不具合が問題になるのはどちらかというと65歳以上の年齢の高い方で、閉経前の年齢では進行した子宮脱があっても膀胱や尿道の不具合を自覚していないことがよくあります。便秘傾向の方は、骨盤臓器脱になるとますます便通が滞ります。

腟粘膜が外にめくれると、おりものが増え臭気を発します。子宮が脱出すると、下着にこすれて出血します。外陰部の衛生環境が低下するため、皮膚のかぶれによるかゆみや痛み、慢性的な膀胱炎といった問題も頻繁にみられます。子宮の出口の部分が不潔な環境にさらされると、子宮内にばい菌が侵入して発熱することもあります。

骨盤臓器脱に伴う膀胱や尿道の不具合は、以前はもっぱら臓器の変形や骨盤底筋の機能低下によって説明されていましたが、今では、加齢による膀胱や尿道の性能の低下はもとより、引き伸ばされたり外にめくれたりして傷んだ腟壁の炎症が、近接する尿道に波及して尿道の刺激症状を引き起こすという問題も指摘されています。

骨盤臓器脱はいくつもの原因が複合して発症する病気です。もともとの体質、体形体格、出産による骨盤底の筋肉や靱帯へのダメージ、仕事や日常生活を通して腹腔の側から骨盤底にかかる力、排尿習慣、呼吸器疾患や便秘などが複合的に作用します。

それぞれの発症要因の複合の度合いは個々の症例で異なります。一般に、出産から数年以内に発症した骨盤臓器脱では分娩による骨盤底のダメージの関与が大きく、70歳以降に発症した骨盤臓器脱は加齢などによる膀胱や、尿道の性能の低下、排尿習慣の異変に端を発するものが過半数を占めます。

出産からしばらくは、骨盤底は支持する力が弱く子宮や腟が下りやすい状態です。出産から1か月程度の期間は、育児や授乳の合間をみてまめに横になり骨盤底を養生するようにしましょう。この時期に胴回りをきつい着衣や補整下着で締めつけると子宮や腟は下りやすくなるので注意が必要です。

出産を経験した女性は、骨盤底筋の内側領域(会陰と肛門括約筋(こうもんかつやくきん))に多かれ少なかれダメージを抱えており、一部の方はこのダメージによって骨盤底筋の収縮力が弱まります。また、鉗子分娩で出産した方は、会陰と肛門括約筋だけでなく、骨盤底筋の筋腹(筋肉の中ほどの収縮力を発揮する領域)や、肛門挙筋が恥骨に付く箇所が損傷していることがあり、この場合骨盤底筋の支持力は大幅に低下します。なお、難しい分娩を硬膜外麻酔(無痛分娩)併用で敢行すると高い割合で鉗子分娩や吸引分娩が必要になることが報告されています。

骨盤底筋群や子宮を支持する靱帯にダメージを受けた方の一部は、骨盤底筋群や靱帯が上から加わる重力や圧力の負荷を次第に支えきれなくなり、徐々に骨盤臓器脱になります。40~50歳代の骨盤臓器脱は、多くがこのような成り立ちを持っています。

出産後の骨盤底筋体操は、骨盤底筋群の復古(出産による疲労や傷みからの回復)を早め支持力を増強する効果があります。出産後に会陰の痛みが治まったら骨盤底筋トレーニングを開始し、3~6か月程度続けましょう。

また、産褥期には、骨盤底の筋力鍛練だけでなく膀胱をいたわり正しい排尿動作を取り戻すことも役に立ちます。正しい排尿についてはこの後に解説します。この時期に自分でできる骨盤臓器脱の予防法としては、骨盤底の養生、骨盤底筋体操の実践、および排尿習慣の見直しが挙げられます。

骨盤底筋体操は骨盤底筋群を鍛える体操です。水平に横になった姿勢でボディイメージとすぼめ動作の正しさ、強さを確認し、自宅でのセルフトレーニングにつなげます。慣れれば、椅子に座った姿勢や立って台に手をついた姿勢でも行えるので、家事の合間など時間を見つけて続けるのがよいでしょう。

骨盤底筋体操を行う場合、ただむやみにすぼめるのではなく、排尿のときなど力を抜くべきタイミングではリラックスするように努めるべきです。また、動作が間違っていて、すぼめるつもりでいきんでしまう人や、これ以上骨盤底筋を鍛える必要はなく逆に不必要に骨盤底筋に力が入ることが別のトラブルにつながる人もいるため、セルフトレーニングを始める前には受診して動作のチェックを受けるのがよいでしょう。

すでに骨盤臓器脱の症状がある場合も、骨盤底筋体操と生活指導によって症状が改善することがあります。骨盤底筋体操や生活指導の効果の判定には、3か月程度が必要になります。

排尿習慣の見直し

排泄の動作は骨盤底の出口を開放させた状態で膀胱や直腸の中身を体外に送り出すもので、なかでも排尿は普通1日に5回以上欠かさず誰もが行うため、無理な力をかける排尿が習慣になっていると骨盤底への影響は大きく骨盤臓器脱の発症や悪化にもつながります。

骨盤底に負担をかけない排尿とは、骨盤底の力を抜き膀胱と尿道のバランスで尿を排出する動作です。

排尿開始時には、健常者でもしばしば軽いいきみを加えて膀胱の出口を開きます。このような排尿開始時の短い腹圧は問題ありませんが、いったん排尿が開始してからは、腹壁や骨盤底の筋肉の力をすっかり抜いて膀胱と尿道のバランスで尿が排出されるのを見守るのが理想です。これによって骨盤底に負担をかけない排尿が可能になります。

日常生活

一方、エクササイズやスポーツで骨盤底にかかる力が骨盤臓器脱発症の原因になるかどうかは医学的に示されていません。エクササイズやスポーツは度が過ぎれば骨盤底を損ないますが、適度に行えば骨盤底筋を鍛えるメリットもあるためです。

また、就労や家事でも骨盤底には一定の力が加わりますが、これを回避しようとすることは生活の質と健康増進の観点でデメリットが大きく、“力仕事は避ける”とか“何㎏以上のものを持たない”などの厳格な指導は非現実的なため、現在では推奨されていません。

肥満の解消

肥満や体重超過は、人によっては骨盤臓器脱の原因になります。また、骨盤臓器脱の治療が必要になる場合に、肥満は手術治療を行ううえで逆風となります。健康全般からみて肥満は大きな問題で、腰や膝のトラブルにもつながります。腰や膝を傷めると、骨盤臓器脱のマネージメントはさらに難しくなります。そこで、骨盤臓器脱になりそうな肥満の方には、なるべくぜい肉を落とすよう指導します。

その他

慢性的な便秘や重なる咳、くしゃみなどがある方は、これらを薬剤治療などで的確に管理することで骨盤臓器脱の発症を防止することができます。

骨盤臓器脱の症状がある場合、まずは産婦人科に受診してその傾向があるのかどうか判定してもらうのがよいでしょう。軽い骨盤臓器脱を受診せずに骨盤底筋体操でしのいだという話もよく聞きますが、受診せずに自己判断で対応すると、骨盤臓器脱とはまったく別の病態を骨盤臓器脱と思い込むことがあります。自己診断で骨盤底筋体操を始めるのは推奨できません。

また、自己流の骨盤底筋体操をしている人は、しばしば不必要に骨盤底に力を入れていることがあります。なかでも排尿中の骨盤底筋収縮は問題です。排尿中に骨盤底筋群の力を抜くことができないと、膀胱の収縮は抑制され、いきみを加えて尿を絞り出すくせがつきます。排尿のつど腹圧で尿を絞り出すようになると、かえって骨盤臓器脱の進行は加速されます。

骨盤臓器脱と診断されても、いちがいに手術が必要とは限りません。対症療法、生活習慣の見直し、骨盤底筋体操やペッサリー(プラスチック製のデバイスで、腟内にセットして子宮や腟を持ち上げる。リングとも呼ばれる)で治療できることがあります。骨盤臓器脱のタイプや進行度によっては、これらの保存的治療は効果が不十分で、手術と生活指導で治療するほうがよい結果が得られることもあります。

骨盤臓器脱の予防には、妊娠出産を通じての骨盤底防護が不可欠です。また、その後の“骨盤底への思いやり”が発症の予防や進行防止につながることも分かっています。

ただし、高度の骨盤臓器脱でなければ本人が自分で骨盤臓器脱を診断や経過観察することは難しく、自己流の骨盤底トレーニングはかえって排尿しづらさを招き骨盤臓器脱を進行させる恐れがあります。「骨盤臓器脱かな」と感じるときは医療機関を受診するようにしましょう。

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