クーゲルベルグ・ウェランダー病とは、人が体を動かす際に必要な運動神経が障害され、筋肉が痩せたり筋力が低下したりする病気です。体が徐々に動かしにくくなり、歩行や階段の上り下り、物をつかむといった日常生活の動作に支障をきたすことがあります。これまでは根本的な治療法が存在しませんでしたが、2017年にクーゲルベルグ・ウェランダー病を含む脊髄性筋萎縮症に対する新たな治療法が登場しました。
本記事では、勝野 雅央先生(名古屋大学 大学院医学系研究科 神経内科学 教授)と佐橋 健太郎先生(名古屋大学医学部附属病院 病院助教)に、クーゲルベルグ・ウェランダー病の症状、原因、検査、治療についてご解説いただきました。
人が体を動かす際には、体の各部位に備わる筋肉が動きます。その筋肉を動かすために脳からの指令を伝えているのが、“運動神経”です。運動神経には大きく2種類あります。一つは脳から脊髄まで指令を伝える神経(上位運動ニューロン)、もう一つは脊髄で指令を受け取り、さらに筋肉へ指令を伝える神経(下位運動ニューロン)です。
この下位運動ニューロンが徐々に障害され脳から筋肉への指令が届かなくなり、筋肉が痩せたり(筋萎縮)、筋力が低下したりする病気を“脊髄性筋萎縮症”といいます。脊髄性筋萎縮症にはⅠ型からⅣ型まであり、その中のⅢ型にあたるのが、本記事でお話する“クーゲルベルグ・ウェランダー病”で、1歳6か月から20歳以下で発症します。
クーゲルベルグ・ウェランダー病では、歩きにくい、脚の力が入らない、手すりがないと階段を上れないといった症状が現れます。病気が進行すると、筋肉が痩せたり筋力が低下したりするため、手足を動かしにくくなります。筋力低下の症状は、手や腕よりも脚に、遠位筋よりも近位筋(付け根に近い部分)に現れることが多いです。また、背骨が左右に曲がる側弯が生じることもあります。このように、生活の中で必要な歩行や階段昇降、物をつかむといった動作が困難になることで、生活に支障をきたす可能性があります。
思春期(8〜18歳頃)に発見されるケースでは、たとえば、体育の時間などで周りの子に比べて走るのが極端に遅い、反復横跳びや踏み台昇降などの運動が難しい、あるいは自転車に乗れなくなるといった形で症状が顕在化することがあります。
ここで、当院で診療を行った2名の患者さんの例をご紹介します。
1例目は、患者さんが1歳6か月の時にお祖母さんから歩き方の異常を指摘され、診察を受けられました。もう1例は、もともと患者さんのお兄さんが脊髄性筋萎縮症Ⅱ型で、専門医の診察を受けてクーゲルベルグ・ウェランダー病であることが判明しました。1例目の患者さんは大人になり、2017年7月に登場した脊髄性筋萎縮症に対する治療薬の情報を目にして、自ら病院を探されたようです。
神経疾患には根本的な治療法が存在しない病気も多く、脊髄性筋萎縮症もそのうちのひとつでした。そのため、たとえば幼少期に脊髄性筋萎縮症と診断されても治療できず、その結果、医療的なフォローアップとケアが途絶えてしまったケースも少なからず存在したでしょう。しかし、脊髄性筋萎縮症に対する治療薬が新たに登場したことで、患者さんやご家族にとって治療の可能性に希望を持てる時代になってきたと思います。
クーゲルベルグ・ウェランダー病を含む脊髄性筋萎縮症の多くは、“SMN1遺伝子”の異常によって発症することが分かっています。脊髄性筋萎縮症のⅠ型とⅡ型では約95%、Ⅲ型(クーゲルベルグ・ウェランダー病)では約60%が、SMN1遺伝子の異常が原因で起こるといわれています。そのため、クーゲルベルグ・ウェランダー病を含む脊髄性筋萎縮症の原因を特定するためには、遺伝子検査を行うことが重要です。
体が動かしにくくなるという症状が現れる病気には、いくつかの可能性が考えられます。たとえば、一つ目は筋肉そのものが障害されて起こる病気です。“ミオパチー”と総称され、代表的な例としては筋ジストロフィーがあります。二つ目は運動神経(運動ニューロン)が障害されるものです。脊髄性筋萎縮症は、この分類にあてはまります。三つ目は末梢神経(手や脚など体の各部位に存在する神経)が障害される“ニューロパチー”という病気で、代表的な例としてはシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)があります。そして四つ目は、神経筋接合部(運動神経と筋肉の間につくられるつなぎ目)の異常によって起こる病気です。
クーゲルベルグ・ウェランダー病を含む脊髄性筋萎縮症を診断する際には、上で述べた四つの病気を念頭に置いて、検査を行うことで的確に原因を見極めることが重要です。
具体的な方法としては、まず神経学的診察と問診を行い、神経の異常を詳しく調べます。そのほかに採血や、筋肉の状態や機能をみるための筋電図検査、そして末梢神経の機能をみるための神経伝導検査などを行います。また、必要に応じて補助的にMRIやCTなどの画像検査、髄液検査などを行うことがあります。
このような検査の結果、脊髄性筋萎縮症が疑われるときには、患者さんの同意を得たうえで遺伝子検査を実施します。遺伝子検査の結果を説明する際には、遺伝カウンセリングを行う必要があります。
先にお話ししたとおり、クーゲルベルグ・ウェランダー病の原因のひとつは、SMN1遺伝子の異常によってSMNたんぱく質がうまくつくられないことです。そのため、この原因が特定されている場合、SMNたんぱく質を増やすことがクーゲルベルグ・ウェランダー病の根本的な治療となる可能性があります。この考え方に基づき、クーゲルベルグ・ウェランダー病に対する新たな治療薬として2017年に誕生したのが、“ヌシネルセンナトリウム”という成分を用いた薬(以下、ヌシネルセン)です。さらに2020年には、投与時2歳未満のケースに限定し、SMN1遺伝子の機能欠損を補う遺伝子治療薬も登場しました。
このような治療のほかに、従来から行われているのが、筋力に合わせた運動訓練やリハビリテーション(以下、リハビリ)です。リハビリは、関節が拘縮(固まって可動域が狭くなること)することを防ぎ、歩行可能な状態をなるべく長く維持することを目的に行われます。必要に応じて装具を使用することもあります。
ヌシネルセンは、SMN2遺伝子からSMNたんぱく質がつくられる過程の分子にはたらきかけ、SMNたんぱく質の量を増やすことで運動機能の改善を試みる薬です。投与方法は注射で、腰の部分から髄液の中に薬を入れる“髄腔内投与”を行い、脳や脊髄に薬を行き渡らせます。投与のスケジュールは、基本的には2歳以上(日齢731日以上)の患者さんに対して1回12mgの髄腔内投与を行い、さらに初回投与から4週間後に1回、12週間後に1回、その後は6か月ごとに継続的に投与を行います。
髄腔内投与そのものは1〜3分ほどで完了し、治療全体では20分〜1時間ほどかかります。治療後には1〜2時間ほど仰向けで安静にしていただきます。また、万が一治療後に問題が起こった際に迅速に対応できるよう、基本的には外来ではなく、1泊入院していただくことが多いと思います。
ヌシネルセンによる治療では、髄腔内投与に伴う頭痛、吐き気、嘔吐の副作用が現れることがあります。また、麻酔が切れた後に生じる背部痛、発熱などが起こる可能性があります。薬そのものに関連する副作用としては、血小板の減少、血液凝固系の異常、腎障害などが挙げられ、また、市販後調査では髄膜炎、水頭症が確認されています。このような副作用が生じた場合には、鎮痛剤や補液(脱水を補うための点滴)など、それぞれの症状に応じた対症療法を迅速に行います。
ヌシネルセンによる治療の適応になる方は、遺伝子検査でSMN1遺伝子の欠損または異常があり、かつSMN2遺伝子のコピー数が1以上であることが確認された患者さんです。
一方、禁忌となる方はヌシネルセンの成分に対してアレルギーを有する方です。また、病状が進行し、永続的に人工呼吸器をつける必要のある方は、薬の効果があまり出ない可能性があります。さらに、腎機能障害や出血傾向のある方に対しては慎重な投与が必要となります。
可能な限り、脊髄性筋萎縮症およびクーゲルベルグ・ウェランダー病について知識のある医療機関を受診するとよいと思います。ヌシネルセンによる治療を行う際には必ず遺伝子検査を行う必要がありますので、遺伝子検査の実施が可能で、かつ神経内科・小児科の治療に精通している医療機関で診療を受けることが望まれます。
クーゲルベルグ・ウェランダー病の治療薬として開発されたヌシネルセンや遺伝子治療薬には、この病気の根本的な治療につながる可能性があります。それとともに、従来から行われている運動訓練やリハビリによって関節の拘縮を予防し、歩行可能な状態を維持するよう試みることも大切です。通院が難しい場合には、自宅でできる運動やリハビリなどを行うこともよいでしょう。
脚の筋力が低下している方は、膝折れ(意図せず膝が曲がってしまうこと)などによる転倒が起こらないよう注意してください。特に体を動かし始めるときに転倒しやすいので、起き上がるときや立ち上がるときは慎重に動きましょう。必要に応じて杖や歩行器、車椅子などを使い、手すりなども活用して日常生活を過ごしていただきたいです。
また、基本的な健康管理として痩せ過ぎも太り過ぎも避けたほうがよいため、普段からバランスよく栄養素を摂取することを心がけ、体重のコントロールを行うことも大切です。
ヌシネルセンによる治療は、治療開始から継続的に経過を観察し、治療の効果を見ていく必要があります。もし治療の効果が認められないときには、一度ヌシネルセンによる治療を中止し、その後の経過を継続的に見て、場合によっては治療を再開することもあります。ですから、“治療の中止は治療を諦めたのではない”ことをご理解いただき、運動訓練やリハビリに前向きに取り組んでください。
脊髄性筋萎縮症は、これまで根本的な治療法が存在しなかったため、「治療できません」と言われてそのままになっている患者さんが一定以上いるかと思われます。しかし、ヌシネルセンによる治療が登場し、さらに現在もさまざまな角度から治療法の研究が進んでいます。そのため、子どもの頃に脊髄性筋萎縮症と診断されて治療を受けていない方で当時よりも病状が進行していたとしても、諦めずに一度治療を受けることを検討していただきたいと思います。治療に際しては、主治医や脊髄性筋萎縮症に詳しい医師にご相談ください。
2017年にヌシネルセンによる治療法が登場したことで、脊髄性筋萎縮症の治療は大きく変容しました。私たちのような脳神経内科医はもちろん、小児科医の間でも脊髄性筋萎縮症、特にクーゲルベルグ・ウェランダー病に関する認知度が徐々に向上しているように感じます。そして、脳神経内科領域では、基礎研究に加えて臨床面でもケアの方法やリハビリとの併用など、あらゆる可能性が模索され始めています。このような意味で、現在は脊髄性筋萎縮症治療における黎明期と言えるのかもしれません。
これまで対症療法しか存在しなかった病気に新たな治療法ができたことは、患者さんとご家族にとってひとつの希望だと思います。その希望に応えるべく、私たちは脳神経内科医として脊髄性筋萎縮症の適切な診断と治療を行い、一人でも多くの患者さんを救うという使命を全うしたいと思っています。
名古屋大学 大学院医学系研究科 神経内科学 教授
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