私たちの体内には、中枢神経と末梢神経の2種類の神経が張り巡らされています。このうち、手足の先など体の隅々まで分布している末梢神経が障害されると、手足のしびれや歩行障害などが生じます。末梢神経障害を改善するためには、適切な診療科で治療を受けることと同時に、生活習慣の是正や感染対策などの自助努力も大切になります。国立精神・神経医療研究センター病院神経内科医長の岡本智子先生は、末梢神経障害の患者さんの日常生活でできることとして「室内でも靴下を履くこと」「体を冷やさないこと」などを挙げています。一体なぜでしょうか。末梢神経障害の治療薬の効能と副作用、日常生活のなかでできる改善法について、岡本先生にご解説いただきました。
末梢神経障害の検査や治療は、一般的には神経内科で行います。ただし、骨折などの外傷によって神経が損傷されている場合には整形外科で治療を行なうこともあります。
また、糖尿病性末梢神経障害など、代謝性疾患を原因としている場合は内科や内分泌科でみることもあるようです。
初期に現れる末梢神経障害の自覚症状は、しびれや運動機能の低下です。そのため、頚椎や腰椎の病気と考え整形外科を受診する方が非常に多く、画像検査を行い異常がみられない場合に、神経内科へ紹介となることがほとんどです。
まず神経内科医が神経所見を診察し、中枢神経と末梢神経のどちらが障害されているのかを見極めることが、診断のための重要な第一歩となります。末梢神経障害の患者さんの多くは深部腱反射が低下あるいは消失してしまうという特徴があります。そのため、腱を検査用のハンマーで叩き、足が上がるかどうかをみる反射検査を行なうことで、中枢神経障害との見極めを行なうことがあります。
また、末梢神経障害のうち運動神経障害と感覚神経障害は、「神経伝導検査」と呼ばれる電気生理学的検査を行なうことで、診断のための客観的なデータを得ることができます。
このほか、末梢神経障害の原因や病気の活動性を調べるために、血液検査や髄液検査を行なうこともあります。
また、腰椎や頚椎の圧迫など、骨格の異常により末梢神経障害が起こっていると考えられるときには、レントゲンやMRI検査を行います。
なお、末梢神経障害と脊椎疾患である頚椎症や腰椎症の症状はよく似ているため、確定診断のためにはこれらの疾患との鑑別も必要です。
末梢神経障害の治療には、原因療法と対症療法があります。まずは、原因を取り除くための原因療法についてご解説します。
ギランバレー症候群やCIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)、多巣性運動ニューロパチーなど、炎症性疾患が起点となり末梢神経障害が起こっている場合は、炎症を抑える治療を行います。神経に炎症が起こる原因のひとつに、「自己の神経に対し、体内で抗体を作り攻撃してしまう」という自己免疫反応が挙げられます。自己免疫反応により起こる神経の障害を免疫介在性神経障害といいます。免疫介在性神経障害の場合は、原因療法として免疫グロブリン大量療法を選択することが一般的です。そのほかに、免疫反応を抑制するためのステロイド治療や血液浄化療法を行なうことがあります。
糖尿病性神経障害は血糖値が高いことが原因で起こるため、原因療法としては血糖値のコントロールが最も重要になります。
また、ソルビトールの蓄積を抑制する薬剤を処方することもあります。
ビタミン欠乏症が原因の場合は、ビタミン剤による補充療法を行います。
また、抗がん剤による薬剤性の末梢神経障害は、抗がん剤の中止や減薬が原因療法となります。
これらの原因療法と、次項で述べる対症療法は基本的に並行して行います。ただし、原因療法をまず先にしっかりと行なうことで症状が緩和され、対症療法を行なう必要がなくなるケースもあります。
末梢神経障害の対症療法のなかでは、痛みやしびれに対する薬物治療が最も一般的に行われています。特に、血流を改善する薬剤や抗てんかん薬がよく処方されます。
処方時に「てんかんの治療薬」という表記をみて不安に思われる患者さんもいらっしゃいますが、抗てんかん薬は、この場合あくまでしびれや痛みを取り除く目的で処方します。患者さんには、「末梢神経障害によりてんかんを発症することはないので安心してください」とお伝えしています。
このほか、抗うつ薬や抗不安薬を処方することもあります。
自己免疫反応を抑える作用を持つステロイド薬の有名な副作用には、糖尿病、骨粗しょう症、胃潰瘍、感染症にかかりやすくなることなどがあります。ステロイド治療の際にはこれらの副作用に注意を払うことが欠かせません。特にCIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)を原因とした免疫介在性神経障害の場合、ステロイド薬を長期に使うため、糖尿病や骨粗しょう症、胃潰瘍の予防薬を併用することが多々あります。
免疫抑制剤の副作用には、肝機能障害や白血球減少、貧血(赤血球の減少)などが挙げられます。また、CIDPなどの治療に使われる免疫グロブリン大量療法では、発疹などの皮膚症状が現れることがあります。
対症療法の項目でご紹介した抗てんかん薬や抗不安薬、抗うつ薬の一般的な副作用は、眠気やふらつきです。
副作用は必ずしもすべての患者さんに現れるものではありませんが、気になる症状が現れた場合は、早い段階で主治医の先生に相談しましょう。
原因療法は、その名の通り原因が取り除かれた時点で終了となります。たとえば、ギランバレー症候群など、自己免疫反応が起点となっている場合は、免疫機能を改善する治療を終えた時点で治療終了となります。
ビタミン欠乏症により末梢神経障害が起こっている場合も、ビタミン剤を服用し、数値が基準を満たした時点で終了可能です。
ただし、原因が取り除かれても症状がゼロになるわけではありません。そのため、対症療法の期間は長期化する傾向があります。
仮に治療前のしびれの程度を10とすると、対症療法では7~8レベルにまで軽減されることが大半です。なかには薬剤との相性がよく、しびれや痛みの程度が3ほどにまで軽減し、減薬後も3の状態を維持できる患者さんもいらっしゃいます。このような場合は、服薬を中止しても症状のレベルが低い状態を維持できることがあります。
末梢神経障害を発症した場合、関節の可動域を低下させないよう訓練を行なうことが重要になります。足関節が上手く動かせない(上がらない)場合は、装具やサポーターをつけて歩行訓練を行います。
前項までに述べた治療により運動能力や筋力が上がったとしても、関節の可動域が狭くなっている場合は、その後の生活に影響をきたしてしまいます。そのため、症状が最も悪い時期に、治療とともにリハビリテーションをしっかりと行い、拘縮(筋肉が固まること)を防ぐことは極めて重要です。
糖尿病やビタミン欠乏症などの代謝性末梢神経障害は、食生活の偏りと密接に関係しています。たとえば、糖尿病はアルコールや糖分の過剰摂取、ビタミン欠乏症は野菜不足など、何らかの「過不足」が原因となっていることがほとんどです。そのため、代謝性末梢神経障害の場合は、薬剤療法以上に生活習慣の是正が重要であるといえます。
ただし、生活習慣の乱れは必ずしも患者さんご本人の不摂生だけが原因で引き起こされるものではありません。たとえば、営業職の方で飲酒の機会が多く、糖尿病を発症し、糖尿病性末梢神経障害と診断される方もいます。治療の際には、このように患者さんを取り巻く「環境要因」も考慮していかなければならないと考えます。
ある程度動ける方の運動については、「歩くこと」が非常に重要です。しびれなどの症状がある方でも、体を動かさなければ筋力が落ちてしまい、全身状態が悪化してしまうリスクがあります。歩行は運動強度の面からみても患者さんの筋力維持に適しているため、私自身も患者さんに対してなるべく歩くように指導しています。
ただし、転んでしまうと、骨折や怪我からの感染症に発展する危険もあるため、ふらつきなどの症状がある方は注意が必要です。転倒のきっかけとなりやすい「段差」を事前に把握したり、暗い道はなるだけ歩かない、夜道を歩かなければならないときは照明を用いることなどをおすすめします。
感染症に罹患すると、末梢神経障害の症状が悪化することがあります。お子さんなど、身近なご家族がインフルエンザなどの強い感染症に罹患した場合は、うつらないよう充分な注意が必要です。
また、糖尿病性末梢神経障害の患者さんなどで、重い感覚神経障害のある方は、怪我をしても痛みを感じず気づかないことがあります。しかし、痛みがなく傷が小さい場合でも、傷口から雑菌が入ることで感染を起こす危険があります。怪我を防ぐため、ご自宅内でも素足で歩かず、靴下を履くようにしましょう。また、素足のまま靴を履くといった行為も、靴ずれなどの傷を作りやすいため避けるべきと考えます。
記事1『末梢神経障害(ニューロパチー)の原因と症状とは?自律神経や感覚神経が障害される』で述べたように、心身へのストレスは免疫力を低下させるため、免疫介在性末梢神経障害の遠因となり得ます。また、ストレスで末梢神経障害の症状が悪化する場合があります。難しいことですが精神的なストレスも意識的に和らげていくことが大切です。まずは充分な睡眠をとり、バランスのよい食事を規則正しいリズムで摂るなど、できることから始めてみましょう。
また、長時間労働や不規則な時間帯の仕事は、可能であれば避けたほうがよいといえます。
体が冷えることによる血流の悪化も、末梢神経障害の症状を悪化させます。夏場などにはエアコンに長時間あたり続けないよう気をつけることが大切です。
また、タバコは血流を悪くするため、喫煙者の方は禁煙したほうがよいといえます。
このほか、感覚神経が障害されている場合は、熱を発するものにも注意が必要です。熱さを感じにくいため、気づかぬうちに低温やけどをしてしまい、熱傷部位から細菌に感染してしまうケースもあります。末梢神経障害の患者さんの多くは、ステロイド薬など感染症にかかりやすくなる薬を処方されていることが多いので、より注意が必要です。
基本的なことですが、感染予防のために毎日の手洗いうがいも習慣化するよう心がけましょう。
国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科 副部長
関連の医療相談が10件あります
末梢神経障害
先日CIDPの疑いと言われましたが、違うらしく、末梢神経障害にはかわりないが、別の末梢神経障害と言われました。頸髄のMRIの結果、異常は認められたものの何かを判断できる所までは行かず、あと2回MRIを取る予定だそうです。 手足の痛み、痺れが酷く、対処療法で薬を処方されていますが、効かず。末梢神経障害にはどんな種類があるのでしょうか。日常生活をおくる事に支障はきたしています。 手の痛みと痺れ、こわばりは多少よくなる時もありますが、足は起きている時は常に痛く、痺れていて、冷たいものにふれると激痛がはしります。末梢神経障害は何種類あるものでしょうか。
ギランバレー症候群について
45歳の夫がギランバレー症候群と診断されました。 3週間ほど前に風邪で熱が出て治ったあと、ちょっとしてから手足の痺れが始まり、徐々に力が入りにくくなりました。 近所の内科を受診したら原因不明と言われ総合病院を紹介されて、そこで入院し血液検査、髄液検査をした結果診断に至りました。 現在、免疫グロブリン療法を受けて症状は徐々に良くなってきました。16歳になる息子がいるのですが、ギランバレー症候群は遺伝はしないでしょうか?
全身の痺れ
一昨日から全身に時折、痺れ・チクチクピリピリ感が生じます。 ずっと同じ箇所ではなく全身を転々としています。頭、顔、舌、腕、足、本当に全身です。何かに触れた部分が痺れるわけでもありません。 脳神経外科で脳をMRIで検査してもらいましたが異常は見られませんでした。 何が原因でしょうか? または何科を受診すれば良いでしょうか?
紹介状には、運動ニューロンの疑いとありました。
元嫁が、ALSの疑いで、検査を受けています。厚生病院神経科の先生の紹介状を見た所反射光進あり、バビンスキー+と書いてありました。市民病院では、最初に血液MRI CTとやり、こないだ筋電図、今度は、筋肉に針を刺しての筋電図を、やるらしいです。私が、いろいろネットで、調べた所、この病気の疑いのある時は、他の病気の可能性もあるから、色々検査して、消去法のような調べ方をするらしいですね。本人は、異常がないと、喜んでいますが、私はある程度覚悟しとかないけないのではと思ってます。まだ違う病気の可能性もあるのでしょうか?もしALSなら、告知されるのは、いつ頃ですか?まだ髄液は、取っていません。告知される時は、家族も一緒に来て下さいといわれるのでしょうか?不安な日々が続いてます。どうかよろしくお願いします
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