日本医科大学付属病院リウマチ・膠原病内科部長であり、同大学院医学研究科 アレルギー膠原病内科学分野教授の桑名正隆先生は、全身性強皮症(以下、強皮症)による肺高血圧症・間質性肺疾患の診療における第一人者として、重症の患者さんを数多く診てこられました。桑名先生がご専門とされる肺高血圧症・間質性肺疾患についてお話をうかがいました。
強皮症の特徴は、線維化という現象が諸臓器で起こってくることにあります。間質性肺疾患は肺の呼吸、つまりガス交換を行う最小ユニットである肺胞を取り巻く小葉(しょうよう)という部分の壁が厚く硬くなって起こります。肺が硬くなって、風船のように縮んだり膨らんだりするときの動きが悪くなると肺活量の低下を招きます。これを専門的には拘束性換気障害(こうそくせいかんきしょうがい)といいます。肺活量の低下によって労作(ろうさ)をしたときにそれに応じて肺活量を増やすことができないため、血液中の酸素濃度が低下し、息切れを感じるようになります。
一方、肺高血圧症の多くは、肺動脈が狭くなる肺動脈性肺高血圧症です。肺動脈の壁が線維化で硬くなり、内腔が狭くなる結果、肺の中に血液が入りづらくなり、その部分より手前の右心系に血液がたまってしまいます。
残念ながら、硬くなってしまった肺小葉や肺動脈を今の医学で元に戻す方法は、肺移植しかありません。つまり肺移植をしなければ治すことができません。現状で肺動脈性肺高血圧症に対して私たちができる治療は、肺血管拡張薬を使って、硬くなった血管を少しでも拡げる方法です。これは体血圧が上昇する、いわゆる高血圧症に降圧薬を使って血圧を下げるのと同じ原理です。
血管拡張薬を使って肺動脈の血圧を下げることで患者さんは楽になりますが、根本を治しているわけではありません。したがって、薬を止めればまた元通り血圧が上がります。いわば究極の対症療法といえます。ただし、肺血管拡張薬による治療により、多くの患者さんで延命が可能になっています。
間質性肺疾患でも、肺が硬くなって低下してしまった肺活量は、どんな薬物を使っても元に戻すことはできません。そうなると、高濃度の酸素を吸ってもらい、呼吸筋のリハビリをして、肺移植までの延命を目標にします。
しかし、残念ながら日本ではドナー登録がなかなか進まないことから、脳死者からの移植には多大な困難を伴います。また、移植には年齢などの制限もあるため、強皮症の患者さんで肺移植が受けられるケースは極めて少数です。したがって、肺活量が高度に低下してしまうと、患者さんの延命はできても救命はできないのが現状です。
かつては肺高血圧症と診断された患者さんは、1年以内に多くの方が亡くなっていましたが、今は肺血管拡張薬を使うことで5年以上は生きられるようになりました。ただし、5年を過ぎると亡くなる方が多くなり、10年生きることは難しいのが現状です。欧米では脳死の方からの移植が可能ですから、運良く機会に恵まれた方は移植によって救命できます。しかし日本ではその選択肢さえ、現実には閉ざされているも同然なのです。
日本医科大学 大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野 大学院教授 、日本医科大学付属病院 リウマチ・膠原病内科 部長、強皮症・筋炎先進医療センター センター長
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