
かつては発症1年以内に亡くなる方が多かった全身性強皮症(以下、強皮症)による肺高血圧症は、肺血管拡張薬によって大幅な延命が可能になった反面、副作用など新たな問題も明らかになってきました。日本医科大学付属病院リウマチ・膠原病内科部長であり、同大学院医学研究科 アレルギー膠原病内科学分野教授の桑名正隆先生は、強皮症による肺高血圧症・間質性肺疾患の診療における第一人者として、重症の患者さんを数多く診てこられました。桑名先生がご専門とされる肺高血圧症の対症療法についてお話をうかがいました。
肺高血圧症に使われる肺血管拡張薬は希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)であり、安全性に関しては少数例の短期使用における安全性情報しかない状況で承認されました。というのも、肺動脈性肺高血圧症はただちに治療しなければ1年以内に多くの患者さんが亡くなる病気であるため、患者さんを救命することを優先して国が条件付きで承認した薬なのです。
肺血管拡張薬の使用によって患者さんがある程度長生きをするようになった結果、今まで見えてこなかった副作用が徐々にわかってくるようになりました。肺血管拡張薬は肺の血管に対して作用しますが、実際に私たちの体のすべての血管は、ひとつのホースのようにつながっています。したがって、どこかひとつの血管を改善し、状態を変えることによって他に影響が出ることがあるのです。
強皮症自体は全身の血管が硬くなって血行障害が起こる病気です。肺の血管を拡げて肺の血液の流れを良くすることによって、実は隠れている他の病気が出てくることが最近経験されるようになり、問題になっています。
肺からの血液の流れは肺静脈を通って左心房、つまり心臓に戻ってそこから全身に血液が拍出されるのですが、多くの強皮症の患者さんでは心筋も線維化で硬くなっています。心臓の筋肉である心筋が硬くなると、ポンプとして機能するときに拡がりづらくなります。肺の血管が拡張することでたくさんの血液が左心系に戻ってくるようになると、心臓がそれを受け止められなくなってしまうのです。その結果、肺の中に水があふれて左心不全・肺うっ血・肺水腫を起こす場合があります。
また、全身の血管の流れも良くなるので、皮膚や口の中、腸管などの粘膜にみられる毛細血管の拡張が破れて出血することもあります。消化管で起こった場合、腸からの出血による下血を繰り返すことになります。
このように、肺高血圧症を改善しても、血管としてつながっている他の部分にアンバランスを生じるため、長期間使用すると問題が生じてくるのです。
肺血管拡張薬の使用により、かつては1年以内に多くの方が亡くなってしまった肺動脈性肺高血圧症の患者さんの延命ができるようになったことは間違いない事実です。重要なことは、肺血管拡張薬をいかに適正に使うかということです。そのためには、個々の患者さんに使用した際の効果と好ましくない影響を事前に評価することです。また、治療を始めたら、定期的に慎重な観察が必要なことも言うまでもありません。
肺血管拡張薬の適正使用については現在、国内外でさまざまな形の取り組みが進んでいます。情報が蓄積されれば個別医療のような形で対応できるのではないかと考えていますが、正直なところ現状では手探りで薬の調整をしています。
強皮症と病名がついていても、一人ひとりの患者さんの症状は大きく違いますので、それぞれの患者さんの障害の程度や、発症してからの期間がどれくらいかなどを元に判断をしていく必要があります。
強皮症では血管の壁に線維化が起こりますが、同様の血管の病変は動脈硬化や糖尿病でも起こります。このような血管病変を伴う病気が強皮症と同時に存在すると、複数の病態が血管を障害するため、当然病状はより悪くなります。そのため、強皮症では、血管病変を悪くする他のリスク因子を極力減らすことが必要です。それは強皮症治療の大前提といってもいいでしょう。
その意味でも、ステロイドを使うことは動脈硬化を進めますから、極力避ける必要があります。また喫煙をしていれば速やかに禁煙を指導し、高脂血症(脂質異常症)があればコレステロールを下げる食事指導や薬物療法も考え、総合的に診療を行っていきます。
強皮症のような慢性疾患では、こうした生活習慣の管理はきわめて重要です。そこで一人ひとりの患者さんとできる限り情報のやり取りをして、そのつど患者さんに正しい知識を伝えることが必要です。多くの患者さんとは長いお付き合いになりますので、その中で少しずつ患者さんと情報交換することを常に心がけています。
日本医科大学 大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野 大学院教授 、日本医科大学付属病院 リウマチ・膠原病内科 部長、強皮症・筋炎先進医療センター センター長
様々な学会と連携し、日々の診療・研究に役立つ医師向けウェビナーを定期配信しています。
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