東京大学出身の私が一度も東大に帰ることなく、昭和大学で独創的な教育体制と文化を持つ医局を作った理由。それは、既存のシステムの非合理性に違和感があったからだと思います。
「技術は一般化し、誰もが安全で確実な手術を行えるようにする」
「働いたら、しっかり休んで心身をリセットする」
「徹底的に教育フローを合理化する」
こうしたモットーのもと、素直に手術をやりたくて仲間になってくれた若手医師が一例でも多くの手術を経験できるよう、独自の合理的な仕組みを考え、ここにしかない教育モデルを築き上げました。
とはいえ、それは一朝一夕で作ったものではなく、時間をかけ、ひとつひとつ積み上げながら構築されたものです。
私は科長になった2001年から2016年までの16年間に約8300件の脳神経外科手術を主導してきました。その中でも脳動脈瘤の開頭手術は約1800例と特に多く手掛けてきました。
脳動脈瘤の治療は、大きく開頭手術と血管内治療の2種類に分けられます。開頭手術は侵襲性があり、患者さんの負担も大きいものの、脳動脈瘤に対する唯一の根治術であり、再発の可能性もほとんどありません。一方血管内治療は、侵襲性が低いものの再発率が15%程度とやや高く、術中に動脈瘤の破裂が生じた際の対応が難しいとされています。
以前は圧倒的に開頭手術が多かったのに対し近年では開頭手術と血管内治療の割合が2:1程度にまで狭まってきています。しかし、開頭手術は脳動脈瘤の根治術であり、その担い手は確実に育てていかなければなりません。また約1000例を主導した脳腫瘍の手術も開頭オンリーであり、脳動脈瘤の手術などの脳血管障害の手術の基礎があるほど上達します。
「顕微鏡手術、やってみろ。」
ある日私は指導医として、一人の若手医師に術者を任せました。もちろん一人でやらせるわけではなく、私が助手につき、現場で指導をしながら手術を行うという教育的な手術です。
ところが、いざ顕微鏡の前に座ってもその医師は手が動かせないまま。どうやら手術器具セットの仕方がわからず動けないようでした。
この時、ある程度の経験を積んだ助手からすればとても簡単なことでも、慣れない若手医師にとってはすべての動きが未知の領域であることに気づかされました。
若手医師に手術を教えるには、手術に入る前の道具の配置、セッティング、使い方や手の置き方といった前段階からをきっちりと教える必要があると実感したのです。
こうした経験を通して、私が若手を教育する際には、手術室で自分の位置するポジション、ハサミの向きやクリップの入れ方、その動かし方に至るまでの基礎中の基礎をまず徹底的に教え込むことを重視しています。ハサミの向きや角度がわずかにずれただけでも、周囲の血管を傷つけ出血してしまったり、神経を損傷して患者さんに麻痺が残ってしまうことがあるからです。
このトレーニングを強化するために取り入れた手法が、実際の手術の様子をリアルに体験できるマイクロサージェリー実践練習キットです。
事前に石膏で頭部開頭モデルの模型を作っておき、内部に入れたタオルで脳の凹凸(脳回や脳裂)を作り、このマイクロサージェリーキットを使って、実際に手術をする器具で手術のシミュレーションを行っています。これによって、若手医師が道具の使い方や手の置き方といった基本的な部分を繰り返しじっくりと練習してから、本番に臨めるようになりました。
また、私の自負はITに強いことです。この強みを生かし、ハイビジョン手術動画ファイルをサーバPCに蓄積したライブラリを作りました。ネットワーク経由でサーバにアクセスすることで、若手医師がこの動画ファイルを365日24時間いつでも見ることができますし、ファイルそのものなので全くシームレスに素早くみることができます。私はこれを活用して、カンファレンスをする教育システムを開発したのです。
他施設では若手医師が先輩医師の手術を深夜に編集して翌日のカンファレンスで提示しているところが多いのですが、このようなやり方は若手医師にとても負担がかかり、また手術の良いシーンや血が出ていないシーンのみが編集されることが多くなります。しかし、手術の上達には必ず出血したシーンやまずかった部分を全部シームレスでみて改善していくことが特に大切だと考えているので、そうした編集は行わずすべてのシーンを共有しています。
最初から最後まで全く血を出さずに手術ができるようになると、自分の技術が上がったことを実感できます。とはいえ、こうした技術は、基本的な道具の使い方やそれを可能にする手の置き方、セッティングを確実に習得することで、特定の医師にしか習得できないものではなく、かなりの部分は一般化できると考えています。
これまで身につけた技術を伝承し、優れた脳神経外科医を育てるために力を尽くしたい。それも一部のゴッド・ハンドだけに伝承できる技術ではなく、外科医全員が安全で確実に行う医療を広めていきたい―。この思いでひたすらに指導を続けた16年間でしたが、おかげさまで当教室に在籍する現在の若手医師は、ずいぶんスムーズに手術ができるようになったと自負しています。
「働いてばかりではなく、時間をとって遊ぶことが大事」
これは私が脳神経外科として脳動脈瘤の手術の第一人者と呼ばれるようになった今でも、若手医師の皆さんに必ず伝える言葉です。私たち脳神経外科医は家族の支えがあるからこそ、一生懸命働くことができるのです。仕事ばかりではなく、趣味・家族を大切にして十分なコミュニケーションをとることを切に願います。
自分自身も多趣味で、今でも休みをみつけては様々なアクティビティに挑戦しています。プロフェッショナルで居続けるためにも、メリハリをつけしっかりと休むことが大事なのです。
医師のみならずすべての人間は、リセットして気持ちを切り替えることで働き続けることができると思います。遊ぶ時間を作るためには、作業を徹底的に合理化する必要があります。時間の無駄をなくせば、医師という職業でも脳神経外科医という仕事でも、必ず遊ぶ時間を作れます。
私自身、釣りが好きで東北、北海道、モンゴル、カナダなど国内外を問わず様々な場所で釣りを楽しんできましたし、子どもが小さいころから、妻や子どもを連れてスキー、登山やきのこ採りにもよく行っています。娘はそのおかげでモーグルスキーの日本ナショナルチームに10年所属しでワールドカップにも出ていました。元宝塚歌劇団月組の娘役であった妻に連れられて舞台鑑賞もしますし、整形外科医になった息子と仕事について話すときもあります。
これが私のリセット期間であり、私がここまで脳神経外科医としてやってくることができたのは、常に前向きな妻や子どもたちとこうして家族一緒に楽しい時をすごしてきたからなんだろうと思います。
外科手術は釣りと似ている、とよく思います。ご存知のとおり、釣りでは竿(ロッド)から微妙に手に伝わってくる魚の反応を感じ取ることが非常に大切です。私は渓流のルアー釣りを大学のころからずっとやって何千というイワナを釣ってきましたが、イワナのいるポイントを見極め、魚がルアーをバイトするようにルアーを投げて誘導する必要があります。ルアーを選択し、ロッドやリール、ラインなど道具に凝るようにもなります。手術も道具の特性を知り使いこなすことがとても大切です。
脳神経外科のマイクロ手術も釣りも、手の微妙な感覚がとても大切です。
学生のころよく麻雀をやりました。牌を指で触るだけで何の牌かを当てることを盲牌といいます。これも得意でしたし、動脈瘤の感触をクリップで感じ取る手の感覚に似ています。多少のこじつけもありますが、この感覚を養うのに麻雀が役立った気がします。
私が常に手術のことを考えているからかもしれませんが、趣味のなかに自分の仕事との共通点を発見することがよくあります。そんな時、やはり私はこの仕事が好きなんだな、と少し嬉しくなるものです。こういうことも、遊ぶことの大きなメリットなのかもしれませんね。
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昭和大学病院
昭和大学病院 小児科 教授
今井 孝成 先生
昭和大学 医学部産婦人科学講座 准教授
松岡 隆 先生
昭和大学病院 小児循環器・成人先天性心疾患センター センター長
富田 英 先生
昭和大学医学部 外科学講座 消化器・一般外科部門 講師、昭和大学病院 腎移植センター 講師
加藤 容二郎 先生
昭和大学医学部 産婦人科学講座 教授
関沢 明彦 先生
昭和大学医学部脳神経外科 准教授
清水 克悦 先生
昭和大学 臨床ゲノム研究所 所長、昭和大学病院 ブレストセンター長(乳腺外科特任教授)・がんゲノム医療センター長兼務
中村 清吾 先生
昭和大学病院 脳神経外科 准教授
谷岡 大輔 先生
昭和大学 特任教授・膵がん治療センター長、和歌山県立医科大学 名誉教授
山上 裕機 先生
昭和大学 脳神経外科学 講師
杉山 達也 先生
昭和大学医学部産婦人科 准教授
白土 なほ子 先生
昭和大学病院 リウマチ・膠原病内科
磯島 咲子 先生
昭和大学産婦人科学 教授
松本 光司 先生
昭和大学 医学部脳神経外科学講座 助教
鷲見 賢司 先生
昭和大学医学部 産婦人科 講師
坂本 美和 先生
昭和大学病院 放射線治療科 講師
村上 幸三 先生
昭和大学病院 院長
板橋 家頭夫 先生
昭和大学医学部小児科学講座 教授、昭和大学病院 てんかん診療センター センター長
加藤 光広 先生
昭和大学先端がん治療研究所、昭和大学病院先端がん治療研究臨床センター 所長・教授
鶴谷 純司 先生
独立行政法人労働者健康安全機構 理事長 、学校法人昭和大学 名誉教授
有賀 徹 先生
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