東京都狛江市にある東京慈恵会医科大学附属第三病院は、“病気を診ずして病人を診よ”という東京慈恵会医科大学の理念を体現する病院です。外科や耳鼻咽喉・頭頸部外科における専門性の高い手術、総合診療部における全人的医療などに精力的に取り組む同院の地域での役割や今後について、病院長の古田 希先生に伺いました。
当院は1950年、東京都狛江市に東京慈恵会医科大学の3番目の附属病院として開設されました。当初は第三病院という名称で、現在の“東京慈恵会医科大学附属第三病院”に改称されたのは1986年のことです。現在は561床(一般病床534床、結核病床27床)の病床、21の診療科と9の診療部門を備え、東京都から2次救急医療機関に指定されています(2024年3月時点)。
当院の患者さんは狛江市や調布市、近隣の世田谷区にお住まいの方が多く、それらの地域にはご高齢で複数の病気を抱える方も少なくありません。このような地域柄ゆえに我々は、大学病院特有の専門性の高い医療に加えて、幅広い病気や外傷に迅速に対応する救急部および、患者さんを全人的に診る総合診療部の強化に努めてきました。
また、当院は狛江市唯一の総合病院であり、隣接の調布市には災害拠点病院がありません。このような中で東京都災害拠点病院の指定を受けている当院は、狛江市や調布市の医師会と連携しつつ災害医療の体制強化に取り組んでいます。
外科では幅広いがん種に対してそれぞれの専門性を備える医師が対応しています。事前に取得した患者さんの情報を手術中にリアルタイムで確認して手術に反映させる“ナビゲーション手術”が近年発展しており、当院でも肝臓や膵臓、大腸の手術で導入済みです。ICG(インドシアニングリーン)という特殊な検査薬を投与した後に近赤外線特殊カメラを使用することで、腫瘍の位置やリンパ流の流れ、臓器血流を確認できます。また当院にはハイテクナビゲーション手術室があり、敷地内に併設している高次元医用画像工学研究所と協働してコンピュータ支援の手術を実施しています。
2000年に開設された当院の総合診療部は、東京慈恵会医科大学の4つの附属病院における総合診療部の本拠地といえる存在です。我々はよりよい医療を患者さんに提供し続けるために、病気を臓器別に分けて診るのではなく臓器を総合的に捉え、患者さんの背景因子も含めて1人の病める人として診断や治療を行う“全人的医療”の実践を目指してきました。そこには、“患者さんの病気を診療する”のではなく“病気を抱える患者さんを診療する”というコンセプトを大切にしたいという思いがあります。また総合診療部は、緩和医療チーム、認知症ケアチームなどの院内横断チームにも参加し、多部門で活躍しています。さらに当診療部は緩和ケアも担当しており、近年はそのニーズの高まりを受けて2024年に緩和ケア病床を10床に増床しました。
大学附属病院が担う医師育成の観点では、総合診療部がこれからの医療を担う研修医や若手医師が患者さんの全身を統合した診方を習得する場となり、ジェネラリスト(総合診療医および総合内科医)の育成に寄与することを期待しています。実際に当院で学ぶ研修医はコモンディジーズ(日常的に高頻度で遭遇する病気)の診療を通じて経験を積んでいます。
当院は2015年に認知症疾患医療センターを開設し、東京都より“地域連携型認知症疾患医療センター”の指定を受けました。当センターは認知症の患者さんとそのご家族が安心して暮らしていける地域づくりを推進するべく、相談員による医療相談の受け入れや、認知症の鑑別診断とその後の対応、地域の医療機関との相互連携や医療介護の連携などを行っています。認知症ケアチームには、精神神経科および総合診療部(内科)の医師や社会福祉士、精神保健福祉士、認知症看護認定看護師といった認知症診療の専門家がそろっており、患者さんが安心して入院治療を受けるための調整業務や、認知症の進行予防に向けたサポートなどを実施しています。
腫瘍・血液内科では白血病、骨髄異形成症候群、リンパ腫、多発性骨髄腫などの造血器腫瘍のほか、各種貧血、血小板減少症などの非腫瘍性血液疾患に対する診断と治療を行います。血液専門医(日本血液学会認定)を取得した医師も在籍し、専門的な診療を提供してきました。私たちはエビデンス(科学的根拠)に基づく診療を心がけており、個々の患者さんによりよいと考えられる治療を十分に説明して納得いただいたうえで施行しています。また、大学附属病院として白血病やリンパ腫に関する臨床研究にも参加しており、これからも新たな治療法の開発に貢献したいと考えています。
耳鼻咽喉・頭頸部外科は日本耳鼻咽喉科学会の専門医研修施設に認定されており、外来診療では急性の病気(炎症性の病気、めまい)や慢性の病気(慢性中耳炎、慢性副鼻腔炎、加齢性難聴、睡眠時無呼吸など)、頭頸部の良性腫瘍や悪性腫瘍といった領域に幅広く対応してきました。特に、慢性副鼻腔炎や副鼻腔の病気に対する内視鏡下副鼻腔手術は、東京慈恵会医科大学の4つの附属病院の中でも積極的に対応してきた経緯があります。また、頭頸部の悪性腫瘍については頭頸部がん専門医(日本頭頸部外科学会認定)が在籍し、必要に応じて慈恵医大附属病院(本院)やがんを専門とする病院と連携しつつ治療にあたっています。
当院は2026年1月にリニューアルオープン(新病院開設)予定です。それに向けて今後は次のことに取り組みたいと考えています。第1に消化器内視鏡センターを開設し、内視鏡部が外科や消化器・肝臓内科と緊密な連携体制の下であらゆる消化器病に対応すること、第2に脳卒中センターおよびSCU(脳卒中集中治療室)の開設により血栓溶解療法による治療を行うこと、第3に2015年に開設されたがん診療センターの機能を強化することです。そして、第4に健康推進センターを設立し、総合診療部がリードして行政や地域医療機関と協働して地域の未病対策や予防医学を推進し、高齢化に伴うさまざまな課題の解決に寄与したいと考えています。
また、大規模災害時に災害拠点病院としての役割を果たすために、必要となる施設設備、機能、食料、人的資源などを備える計画を立てています。これまでに経験を蓄積した新型コロナウイルス感染症への取り組みを生かし、新種の感染症が発生しても適切に対応できるような新病院にしていく決意です。さらに、容体が急変した患者さんの治療を要請に応じて行いつつ症状が落ち着いた際にはかかりつけの診療所に診ていただくという地域の医療機関との“紹介、逆紹介”の取り組みを、今後はよりいっそう強化してまいります。
リニューアルに向け、新病院の理念として“シームレスな医療をもとに、地域社会に貢献する機能性と機動性の高い基幹病院”を掲げました。“シームレスな医療”には、高度急性期から急性期、回復期、地域包括ケアへと切れ目なく質の高い医療サービスを構築し、縦割りではなく診療科間の横の連携を密にして、患者さんやご家族が抱える問題を包括的に解決するという意味が込められています。そして“機能性と機動性”には、時代の変化に適切、臨機応変、柔軟に対応できる組織編成で効率的な医療サービスを提供するという想いを込めました。我々はこれからも、時代と地域の医療ニーズに対応し続ける柔軟性の高い病院を目指します。