かつては子どもを中心に支援が考えられてきた発達障害ですが、最近は成人期の発達障害が注目されています。この記事では、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部 部長の岡田 俊先生にお話を伺いました。
近年では、大学における高等教育での支援、就労・生活自立を目指した成人期の支援ニーズが認識されるようになりました。大学では、学生相談室だけではなく、障害学生支援室での援助も一般的になりつつありますし、大学生活の援助だけではなく、就労支援部門との連携も行われています。また、発達障害者支援法のもと、政令指定都市や都道府県ごとに発達障害者支援センターが設置されており、地域生活支援センターなどとともに、日常生活自立や就労の支援にも取り組んでいます。
障害者職業センターでは職業能力評価やワークトレーニングの提供、ジョブコーチの派遣を行っていますし、ハローワークの専門相談員による支援も行われています。障害者の雇用率も上昇するなど、成人の支援は拡大しているように見えます。しかし、雇用率としてだけではなく、その障害者枠雇用のあり方を巡っては、さらに拡充が求められている状況です。
成人期の発達障害への着目が高まることに期待をしたい一方で、その注目の高まり方に若干の違和感を感じざるを得ません。というのも、大人になった発達障害当事者の支援は、古くから福祉領域では鋭意対応されてきた問題であるからです。成人期の発達障害への注目が社会的に高まってきた背景には、これまで発達障害への対応を必ずしも十分に想定してこなかった高等教育機関や企業など、誰にも身近な問題として捉えられるようになったということなのでしょう。
そして、援助の対象は、いわゆる発達障害特性が比較的軽度で、知的障害を伴わない方へと広がっていきました。このような流れは医療にも影響をもたらします。大学生活や職場へ不適応を呈して受診する方、また、精神的な不調を主訴として来院する方についても、その背景に発達障害の存在を考慮しなければ理解できないケースが増えつつあります。発達障害の支援は、児童精神科や小児科の心療領域で扱われていた問題から、精神医学全般に欠かすことのできない視点と考えられるようになったわけです。
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比較的軽度な発達障害のある成人への支援ニーズが注目される一方、発達障害の過剰診断が問題への懸念が提出されています。ごく最近では、成人期へのADHDについてこの問題が議論されました。小児期にADHDと診断されていた子どもを追跡して評価した研究では、半数ほどの人がADHDの診断基準を満たさなくなりますが、診断基準を満たさなくなった人においてもかなりの症状が残存しており、また日常生活機能の障害が大きいことが報告されたのです。
そのため最新の診断基準では、17歳以上のADHDの診断に必要な症状の項目数は緩和されました。そのため、成人期の有病率はおよそ1.27倍に増加することが見込まれています。しかし、その後に提出された3つ(ブラジル[注1]、ニュージーランド[注2]、イングランド[注3])のコホート研究では、小児期にADHDの診断基準を満たした人のほとんどは成人になる前にADHDの診断基準を満たしておらず、逆に成人期にADHD症状のある人の多くは小児期にADHDの診断基準を満たさないことが明らかにされたのです。この結果、小児期と成人期のADHDの連続性の有無が議論され、その後、この視点からの研究がいくつか報告されました。
結果は、成人期まで持続する患者と持続しない患者では白質微小構造や脳機能に相違があること、ADHDの重症度が高く、ADHD治療を受けていたり、素行症、うつ病を伴っている患者では成人期までADHD診断が持続することが多いと言うことが明らかになったのです。[注4] [注5]本節の冒頭で述べた一見矛盾する研究結果は、臨床例とコホートの相違を示しているともいえましょう。医療の関与が必要となるようなケースは成人期まで持続するケースが少なくない、ということでもありますし、操作的な診断基準では、成人期まで持続する狭義の意味での発達障害としてのADHDだけでなく、幅広く同様の困難を抱える症候群を含んでおり、その範囲を見た場合、小児から成人期に至る過程での軽快例、成人期になって環境変化への適応困難や併存症による機能不全の顕在化によって、診断閾値を超えるADHD症状を伴うケースもあることを示しているといえます。
発達障害の問題を考えるとき、顕著な発達障害特性があり、小児期から成人期まで持続する狭義の意味での明確な発達障害と、診断基準を満たすか満たさないかぎりぎりのレベルの発達障害特性があり、その置かれた状況によっては不適応的になり、さらに精神的不調を伴うとさらに混乱を来してしまい介入を要するケースがある、という視点は大切であると考えます。
注1:Caye A, Rocha B-M, Anselmi L et al. Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder Trajectories From Childhood to Young Adulthood: Evidence From a Birth Cohort Supporting a Late-Onset Syndrome. JAMA Psychiatry. 2016;73(7):705-712.
注2:Moffitt TE, Houts R, Asherson P et al. Is Adult ADHD a Childhood-Onset Neurodevelopmental Disorder? Evidence From a Four-Decade Longitudinal Cohort Study. Am J Psychiatry. 2015;172(10):967-977.
注3:Agnew-Blais JC, Polanczyk GV, Danese A et al. Evaluation of the Persistence, Remission, and Emergence of Attention-Deficit/ Hyperactivity Disorder in Young Adulthood JAMA Psychiatry. 2016
注4:Shaw P. et al. White Matter Microstructure and the Variable Adult Outcome of Childhood Attention Deficit Hyperactivity Disorder Neuropsychopharmacology. 40(3): 746–754, 2015
注5:Szekely E, Sudre GP, Sharp W et al. Defining the Neural Substrate of the Adult Outcome of Childhood ADHD: A Multimodal Neuroimaging Study of Response Inhibition Am J Psychiatry 174:9, September 2017
成人になってから気づかれる発達障害というのは、その特性は軽度であるケースでしょう。このような患者さんに対して、発達障害の見逃し例のような伝え方をすると、その人のこれまでの苦労と努力が浮かばれませんし、適切に診断につなぐことができず、自らの特性を無視した対応をしてきた周囲の人々への怒りさえ沸いてしまいます。そのような方々は、比較的軽度であり、本人の工夫や周囲の理解のもと、いろいろな苦労や不安・葛藤がありながらもなんとかやってくることができた人々です。
社会に出て、その人に求められる生活が変わってくる、それは就職、昇進、結婚、子育てなど様々であるわけですが、そういったなかで不適応を呈してきた。そして、今回はそれに対して援助を求めているわけです。まずはここに至ったストーリーを一緒にたどり、そのうえでいま本人を不適応にさせている環境を調整していくことが大切でしょう。
日本では特に自閉スペクトラム症の成人例への対応が注目されています。このことが支援の先進国ということを意味していればよいのですが、日本では様々な苦労を抱えてきた人が海外に移住してからそれほど大きな問題を抱えないで過ごせているのを見ると、今の日本が自閉スペクトラム症の人々にとって生きにくい世の中になっていないかということが懸念されます。
農耕牧畜の時代、自閉スペクトラム症の方のように、毎年、その季節にあった業務を寡黙にやり遂げ、空模様を観察して気象の変化を読み取り、作物の取り入れに励むといったような特性は、むしろ適応的であったはずです。しかし、都市化社会が過密になり、空気を読むことを要求されるようになってきた。また、日本は画一的で完成度の高い製品を作ることで、国際的にも評価されてきたわけですが、この画一性はオートメーション化でなしえただけではなく、ところどころに人の目が入り、機械とは異なる意味での正確性で作業や検品が求められているわけです。
また、グループ企業としての大規模化が見直され、終身雇用も一般的ではなくなりました。一部の業務は外部委託され、また、社内の業務も派遣社員や非正規雇用の方へと割り当てられています。マルチな能力を要求する管理的な判断ばかりが正社員に求められていき、また業務種目も限られる中、適材適所の配置にも限界が出てきました。また、インターネットなどでの通信が高速化する中で、同時並行での作業や、求められる課題が短時間に変わっていきがちです。社会は、マルチタスクな高速処理ができる器用人を求めていく傾向にあるわけです。
しかし、このようなマルチな能力を持っている人が、最も優秀なのか、企業からみて画期的な製品やアイデアを作り出せる人物か、というとそうではないはずです。少なくとも学問や研究の領域では、むしろ尖った人を求め、受け入れる風土がなければなりません。
また、発達障害の人が生きにくい社会状況は、現時点で多数派を構成する「定型発達」者においても、自分の個性をうまく発揮にしく社会であると思います。
発達障害が個性か、障害かという議論は、賛否両論があります。発達障害の診断基準を見てもどれ一つ病理的なものではなく、発達障害であるか否かは程度の違いに留まります。
その意味では、私たち一人一人の個性の延長線上にあります。しかし、この「個性」説にはむしろ当事者の側から反論があります。個性という言葉で語りきれない苦労があるのだというわけです。つまり、我々は個性の延長線上にあるが、個性という水準を超えた「個性」により、日常生活に著しい「障害」を抱えているという現実を理解する必要があるわけです。
発達障害のある人を、あたかも別の星に住んでいる人のように例えるのは不適切でしょう。そんなに違いがあるわけではありません。私たちの個性の延長線上にあるからこそ、定型発達者は、本来、発達障害の人の視点に立って、その状況を考えることができるはずなのです。
ところが皮肉なことに、現実は逆のことが多いのです。「私たちは努力しているのにどうしてあなたは、周囲に配慮ができなかったり、こだわりを貫こうとするのだ」と怒りを向けられることもあります。また、不器用さのある上司に対して、部下がサポートするのではなく、むしろ梯子を外すようないじめをするケースもあります。
内部障害をどう理解してもらうか、ということで、ヘルプマークが作られ普及が図られていますが、発達障害のある人の苦労は、特に軽度であるほど、周囲にわかってもらいにくいものです。その苦労を思いやるゆとりこそ、私たちは取り戻さなければなりません。
誰かがSNSで意見を述べると「いいね」と同調する。有名人や大統領もSNSを使って発信し、それがネット記事になったり、大いに「炎上」したりする時代です。昔は、あの人らしい「孤高の世界」などといったものです。しかし、ネット社会が拡大し、電車の移動やプライベートな時間までメディアや通信が侵入してくるなかで、どんどんとひとりひとりをあるがままに放置してくれない時代になっていきました。便利さの反面、どこか息苦しいこの社会を誰もが感じているでしょう。
しかし、その一方で、発達障害のある人が社会の犠牲者であるかのようなイメージを持っていただきたくありません。社会の中でとても生きづらさを感じている発達障害の人が、ネットの世界で発信し、たくましく存在感を輝かせていたりもします。動画を配信して、しっかりと収益を得ている人もいます。社会の状況は大きく変わっており、その秩序の中で生き方の多様性こそが求められているといえます。
発達障害のある人の家族は、子どもの時から将来の生活自立に備え、少しでも多くのスキルをつけてほしい、と考えています。しかし、実際に大人になってからの社会適応を決めるのは、できるスキルの数よりも、相談できる人とつながっていることや困ったときに助けを求められるスキルです。
また、最も安定して就労できている人は「有休を取る」スキルを身につけており、自分の余暇のために計画的に休みを取ることができる人です。子どもの頃は、この趣味に没頭しすぎて勉強がおろそかで、と親を悩ませていたことが生涯にわたる趣味となるばかりでなく、人間関係の拡がりに役立っていたり、天職となることもあります。
生き方は多様でどれがよい方法かはわかりませんが、社会から求められる何かに応えるのではなく、自分のチャンネルが持てると何にも増して強いものです。このことは発達障害のある人に限りません。誰もが多様性を活かせる社会であり続けることを願います。
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