自閉スペクトラム症は、社会的コミュニケーションの障がいや、反復常同性という症状がみられる、発達障害のひとつです。2019年現在、これらの症状に対する有効な治療薬は、ありません。しかし、治療薬の候補として、複数の物質について研究開発が進められています。
今回は、自閉スペクトラム症の治療薬候補であるオキシトシンについて、浜松医科大学精神医学講座教授の山末英典先生にお話を伺いました。
記事1『自閉スペクトラム症とは?特徴、診断、対応方法について』でお話しした、社会的コミュニケーションの障がいや、反復常同性といった中心症状に対する根本的な治療法は、2019年現在はまだ確立できていません。そのため、自閉スペクトラム症の治療においては、中心症状自体は特徴として理解しておき、対処方法を身につけることが重要となります。
一方で、最近の医学の動向として、中心症状に対する治療の研究が進められており、オキシトシンをはじめとした複数の物質が治療薬の候補となっています。
私がオキシトシンの研究に携わってから約10年となりますが、当時は自閉スペクトラム症の薬物治療の研究はほとんど行われていませんでした。しかし、2019年現在、中心症状の治療薬の開発には製薬企業も注目しています。自閉スペクトラム症は、100人に約1人がもっている障がいといわれており、社会的に大きな影響があると考えられます。治療薬が開発されれば、自閉スペクトラム症の治療の突破口となる可能性があり、期待されています。
治療薬候補の物質としては、オキシトシンやバソプレシンが挙げられます。オキシトシンは、社会的コミュニケーションの障がいに関して効果があると考えられており、他者と協力できるようになるといった作用が期待されています。バソプレシンは、その受容体拮抗薬によって、社会的コミュニケーションの障害への改善効果が期待されています。
オキシトシンは、乳汁分泌や子宮収縮促進作用などの作用がある物質として知られています。これは、卵巣から分泌されるホルモンであるエストロゲンとの相互作用といわれています。そのため、性成長の前にオキシトシンを投与することで性発達に影響する可能性を考えて、念のため、18歳以上の男性から治験を開始しています。そして、問題なく有効性が示されたら、治験の対象となる年齢を下げていくことを計画しています。
1990年代、ハタネズミという一夫一妻制のネズミを用いた研究の中で、ハタネズミがつがいをつくる理由として、オキシトシンのはたらきが重要だということが分かってきました。ハタネズミは、オキシトシンのはたらきによって、家族との絆をつくったり、絆を維持する愛着行動をとったりします。また、以前会ったことがある個体を記憶する能力であるソーシャルメモリーのためにも、オキシトシンが重要であることが分かってきました。
2000年代に入ってくると人間についても社会行動が重要であることが分かってきました。そして、2005年、オキシトシンを投与すると信頼行動、つまり人との信頼が強まると、総合学術雑誌のネイチャーで報告されました。人と有益な信頼関係をつくってやり取りすることに、オキシトシンが重要であるということです。
この報告は注目を集め、その後も多くの研究が行われました。そして、人の表情を読み取るために重要であることや、何らかの利益を共有するような内集団のなかで信頼を強めることが分かってきました。
こういった研究のなかで、人の気持ちが読み取れない、協力関係を作りにくいといった症状がみられる、自閉症(自閉スペクトラム症)にも効果があるのではないかと考えられるようになりました。
私たちは、オキシトシンに関する最初の研究成果を2013年に発表しました。自閉症(自閉スペクトラム症)の方は、ほかの人の気持ちを理解するときに、声色や表情よりも、言葉の内容に引っ張られやすいという性質があります。内側前頭前野といって、人の気持ちを理解したり共感したりするために重要な脳のはたらきが弱い状態であるためです。そこで、オキシトシンを1回投与すると、そのはたらきが強まり、表情や声色を利用して、ほかの人の気持ちを理解できる傾向が出てくるということが分かりました。
続いて、オキシトシンを6週間投与し、実際に社会生活のなかで人と接するときによい効果が生まれるかどうかを調べるため、1施設20人を集めて研究を行い、効果がみられました。その研究結果をもとに、対象を4大学に増やして、その成果を2018年に発表しました。
その流れでさらに改良点を見出し、2019年現在は、保険適用に進められるようなデータを集めるための治験を実施し、2018年から始めて2019年中に完了する予定です。順調に進めば、もう少し条件を広げた形でさらに治験を行う予定です。
オキシトシンが保険適用されることはひとつのゴールです。しかし、単にオキシトシンの投与で症状が改善されるかどうかだけでなく、どのような分子メカニズムで効果が出るかということもあわせて調べています。症状がよくなるとき、どのような分子が最大の鍵となるのかを明らかにするということです。
私は、オキシトシンのほかにも、治療薬候補としてもっとよい分子があるかもしれないと考えています。そこで、オキシトシンは第一世代として、並行して第二世代となる治療薬候補をみつけて、また同じように開発の流れに乗せていきたいということが、大きな目標です。
浜松医科大学 医学部精神医学講座 教授
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