インタビュー

皮膚バリア・アレルギー炎症・かゆみの3因子から見るアトピー性皮膚炎の病態と治療方針

皮膚バリア・アレルギー炎症・かゆみの3因子から見るアトピー性皮膚炎の病態と治療方針
宮地 良樹 先生

京都大学 名誉教授

宮地 良樹 先生

目次
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繰り返し起こる強烈なかゆみを症状とするアトピー性皮膚炎。今までにさまざまな研究が重ねられてきたものの、その病態の全容は長年明らかにされてきませんでした。ところが近年行われた治療薬開発の過程で、病態理解が大きく進歩したといいます。では、その発見によって患者さんの受ける治療にはどのような影響が出るのでしょうか。静岡県立総合病院リサーチサポートセンター センター長/京都大学名誉教授の宮地(みやち) 良樹(よしき)先生は、アトピー性皮膚炎の病態を紐解くうえでは、“三位一体論”がキーワードになるとおっしゃいます。今回は宮地先生に、近年見直されつつあるアトピー性皮膚炎の病態と治療のあり方についてお話しいただきました。

アトピー性皮膚炎は長年にわたり研究が積み重ねられてきた皮膚疾患の1つで、さまざまな研究がされていながらも、近年までその病態がはっきりと解明されていない病気でした。アトピー素因というアレルギー的な背景があること、外部からの刺激によって皮膚に湿疹かゆみが起こること、皮膚のバリア機能障害が関与していることは理解されていたものの、近年までこれら3つは別々の要因であると考えられていました。

しかし最近になり、2018年に抗IL-4/13受容体抗体がアトピー性皮膚炎の治療薬として承認されたことによって、3つの因子は密接に関係しており、互いに不可分であることが図らずも明らかになってきたのです。

アトピー性皮膚炎は、“皮膚バリア機能障害”、“アレルギー炎症”、“瘙痒(そうよう)(かゆみのこと)”という3因子がお互いに関わり合いながら悪循環をきたすことで発症します。

従来までこれら3つの因子は別々のものであり、発症の因子としては独立していると考えられていました。ところが、2018年に登場した新薬の臨床研究のなかで、この3因子はそれぞれ独立したものではなく、IL-4/13などの“タイプ2サイトカイン”という物質を介して相互作用していることが分かったのです。

このように、アトピー性皮膚炎の3つの因子が相互作用しているという考え方を、私たちは“三位一体論”と提唱しています。上述した新薬の研究の過程で今回の三位一体病態理論が図らずも実証されたことにより、アトピー性皮膚炎の治療研究は大きな潮目を迎えることになりました。今後この考え方は、アトピー性皮膚炎の治療開発や治療選択にも影響をもたらす可能性があると考えています。

今回の記事ではこの“三位一体論”を前提に、アトピー性皮膚炎について解説していきます。

アトピー性皮膚炎は“かゆみ”を伴う慢性的な炎症性皮膚疾患で、ドライスキン(皮膚の乾燥)や皮膚のバリア機能の低下などが発症の要因になると考えられています。ドライスキン、すなわち乾燥肌の体質の方は、皮膚表面のバリア機能が壊れてしまっているために、さまざまなアレルゲンや物理化学的な刺激の影響を受けやすくなってしまっているのです。このように、バリア機能の壊れた皮膚を通過したアレルゲンが体の中に入り込み、アレルギー反応が成立することを“経皮感作”といいます。

ドライスキンが発症のきっかけになっているからこそ、アトピー性皮膚炎の治療は早期からスキンケアで皮膚のバリア機能を是正し、炎症を起こらなくすることが重要になるのです(治療については、後ほど詳しくお話しします)。

また、アトピー性皮膚炎の主症状である皮膚の炎症は、免疫細胞が生み出すタイプ2サイトカインであるIL-4やIL-13という物質が関わっていることが明らかになっており、免疫の異常によって起こる病気の一種と考えられます。

主な症状には、“かゆみ”、“皮膚の炎症で起こる湿疹”などが挙げられます。症状には程度の差がありますが、重症化する患者さんは一部にとどまります。

そもそもアトピー性皮膚炎の患者さんは、皮膚のバリア機能が弱くなっており、その弱くなった部分にさまざまな刺激が加わることで、アレルギー炎症である湿疹が起こり、その結果として“かゆみ”が生じます。かゆみが強いために湿疹のできた部分を引っかいてしまい、また炎症が悪化するという悪循環(イッチ・スクラッチ・サイクル)が生まれます。

つまりアトピー性皮膚炎では、皮膚バリア機能に障害があること自体がもっとも症状の悪循環を呼ぶ大本の要因といえます。

後ほど詳しく述べますが、このような三位一体論に基づいて治療を考えるうえでは、まず徹底的に皮膚バリア機能を是正するためのスキンケアを意識することが重要で、スキンケアに加えて炎症やかゆみの程度に応じた適切な薬物治療を選択します。基本的に中等症まではステロイド外用療法でコントロール可能ですが、一部の重症例では免疫抑制薬などを用いた完全寛解導入やプロアクティブ療法による寛解状態の維持が必要になることもあります。最近、免疫反応の過剰な活性化を抑制することでアトピー性皮膚炎を改善する、非ステロイド性の外用薬も上市されました。

皮膚科医はアトピー性皮膚炎の重症度を、湿疹が出ている面積だけでは判断しません。面積よりも、それぞれの場所にできている湿疹の重症度が重要になります。たとえば湿疹が出ている面積は全身の一部であっても、皮膚の苔癬化(たいせんか)や慢性化が確認できる場合や、顔面に症状が出ていて社会生活に支障がある場合は重症であると判断します。もちろん、皮膚炎がかなり広範囲にわたって起こっている場合にも重症とみなす場合はありますが、全身に湿疹が出ていても軽い皮膚症状として多少の赤みやカサカサが出ている程度であれば、重症例とはみなしません。

具体的に何かの検査によって診断が確定するわけではなく、診断をするうえで数値的な検査は必須ではありません。以前、アトピー性皮膚炎が免疫グロブリンの一種であるIgEがカギであると考えられていた時期は、血液中のIgEの値を検査することが重要と考えられていたこともありましたが、これも現在ではあまり実施されていません。

では、アトピー性皮膚炎を診断するためには何が必要かというと、湿疹病変が特徴的な分布で慢性的に起こっている状態を確認することです。つまり、医師が問診と視診によって“見て、触り、確かめる”が診断ではもっとも重要なのです。

TARC検査は皮膚の炎症の重症度を数値化する検査で、患者さんの病状を鋭敏に反映できるという特徴があります。

診断を確定する目的では必須ではない検査ですが、患者さんの皮膚が現時点でどのくらい炎症を起こしているか、治療によって本当に皮膚の状態がよくなっているかなど、目に見えない炎症を観察するためには役に立つ検査といえるでしょう。

一般的なアトピー性皮膚炎の治療薬には、スキンケアとしての保湿薬、かゆみの抑制のための抗ヒスタミン薬、皮膚炎を制御する抗炎症外用薬、重症例に対する内服薬などが用いられます。

治療の基本は、スキンケア(保湿薬の塗布)によって皮膚バリア機能を安定させ、皮膚の炎症が起きにくくすることです。炎症を抑えればかゆみもなくなりますから、かゆみを抑えるためにも炎症をしっかりと抑えることはとても大事だということを念頭に置いていただきたいと考えます。

そのうえで、保湿薬ではコントロールできない炎症やかゆみといった症状の程度に応じて、さまざまな選択肢のなかから適切な薬物療法を決定し実施します。

中等症以下の患者さんであれば、ほとんどの場合はスキンケアと外用療法、悪化因子への対策などの標準的な治療によって症状をコントロールできます。一方で、一部の重症例や慢性化した症例では、薬物の経口投与または皮下注射投与といった形で追加治療が検討されることがあります。

病態解明のきっかけとなった抗IL-4/13受容体抗体をはじめ、近年のさまざまな新薬の登場によって、重症アトピー性皮膚炎における治療の選択肢は拡大したといえます。これら最近登場した治療薬は、皮膚のバリア機能を治したりかゆみを抑えたりする作用だけではなく、皮膚の炎症を抑える作用も持っており、このことからも三位一体論がある程度実証されました。その意味ではアトピー性皮膚炎の治療は変化を遂げつつあり、まさに今、大きな節目を迎えているといえるでしょう。

これからもどんどん新薬が登場する予定ですが、これらの新薬が昔から用いられてきた治療薬よりもよいものとは限りません。コストや副作用、適応基準などのさまざまな観点から、本当にその患者さんに適した治療法を考える必要があります。重症の患者さん全員に新しい治療をすすめるのではなく、まずはベースになるスキンケアや外用療法をしっかりと行ったうえで、コントロールが難しい場合に新しい治療法を検討します。

治療を始めるにあたっては、まず“治療のゴール”を決めることが大事です。患者さんが真面目であればあるほど「完璧につるつるな皮膚になりたい」など、治療のゴールを高く設定してしまいがちです。しかしアトピー素因という体質がある以上、アトピー性皮膚炎の患者さんで完璧な肌の状態を求めるのは難しいのが現状です。そこで患者さんには、“ある程度まで回復すればよしとする考え方を持ち、急がず焦らずに医学的な根拠に基づく治療を受けてほしい”ということをお伝えしたいと考えます。

私の場合は、完璧な状態をゴールにするのではなく、“眠れないほどのかゆみが出ない”“仕事に行ける”“見た目がある程度回復している”など、日常生活に支障がない程度まで患者さんを回復させ、その状態を維持することを当面のゴールに設定します。もしもここで完璧な状態をゴールに置いてしまうと、患者さん自身が治療に縛られてしまい、治療を受けることが苦痛になってしまうかもしれないからです。

患者さんご自身が「この先生は信頼できる」と思える医師のもとで治療を続けてください。アトピー性皮膚炎は慢性疾患の1つであり、治療を長く続けるためには医師が患者さんの思いを理解し、患者さんに寄り添う医療を提供できるかどうかが重要です。患者さんと医師が信頼関係を構築できるかどうかは、医学的な技術だけではなく、人間同士の相性面も関係します。患者さん自身の価値観や考え方に合った医師を見つけていただき、信頼関係を築いていただければと思います。

皮膚の炎症やかゆみといった症状から回復するために得策な方法は、長年行われてきた保湿薬やステロイド外用薬によるスキンケアと抗炎症治療を地道に行うことです。地味に聞こえるかもしれませんが、高額な新薬や民間療法を頼らずとも、ガイドラインに基づいた標準的な治療を行うことがゴールへの近道になります。実際これらの標準的な治療を十分に行っていない患者さんにしばしば遭遇します。

アトピー性皮膚炎の患者さんにステロイド外用薬を使用する目的は、炎症を抑えることです。ステロイド外用薬が炎症を抑える作用のみを持っているのであれば問題ないのですが、ステロイド外用薬には毛細血管の拡張や皮膚の萎縮などといった副作用もあります。

ステロイド外用薬は強さに応じてランク分類がなされています。このうち、常に1番ランクの高い薬を使っていれば、炎症そのものはよくなるでしょう。しかし、ランクの高い薬はそれだけ副作用も強くなります。かといってランクの低いステロイドを使っていると、慢性化するばかりで皮膚の炎症を抑えきれない可能性があります。だからこそ、最初に処方する時点でその患者さんにとっての最適な強さと量を見極めることが大事です。

ステロイドの副作用をいかに起こさずに薬を処方し、患者さんの症状をコントロールできるかは、皮膚科医の技量にかかっているといえるかもしれません。その意味でも、「この先生の判断なら信頼して治療を受けられる」と思えるような医師のもとで治療を受けていただくことをおすすめします。

宮地先生

アトピー性皮膚炎高血圧糖尿病と同じく、完璧に治すことが難しい慢性疾患の1つです。2020年7月現在、アトピー性皮膚炎そのものを完全に治す治療薬はまだありません。症状をコントロールしながら、長く付き合っていかなければならない病気であることを意識しましょう。

ただし、アトピー性皮膚炎の症状をコントロールするために、患者さん自身が工夫できることはたくさんあります。たとえば、アレルゲンや無用な物理化学的な刺激を可能な範囲で回避する、皮膚に優しい環境を整える、ストレスをためないよう意識するなどの生活環境の整備や日々のスキンケアは、患者さん自身での対応が可能です。その際、ご自身の定めた治療のゴールに基づいて、自分の生活上では何ならば実行できて、何ができないのかを1つずつ判断していってください。1年ほどアトピー性皮膚炎の症状と付き合えば、意識せずとも患者さんの中でその感覚が掴めてくるはずです。

治療のゴールや生活のあり方、セルフコントロールの基準は患者さん一人ひとり異なります。まずは治療の重要性を理解していただき、ご自身の生活に応じたセルフコントロールの判断基準を見つけて、アトピー性皮膚炎とうまく付き合っていきましょう。もしも困ったり悩んだりしたときは1人で抱え込まず、あなたにとって信頼できる医師に相談してください。

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