インタビュー

鉄欠乏性貧血の診断と治療のポイント――“貯蔵鉄”の回復を目指すことが重要

鉄欠乏性貧血の診断と治療のポイント――“貯蔵鉄”の回復を目指すことが重要
百枝 幹雄 先生

愛育病院 院長

百枝 幹雄 先生

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鉄欠乏性貧血は、体内の鉄の不足によって起こる貧血です。疲れやすさや頭痛めまいなどの症状が起こるほか、うつ症状など心にも多大な影響をきたすことがあります。愛育病院 院長の百枝 幹雄(ももえだ みきお)先生は「鉄欠乏性貧血の治療を適切に行うためには、貧血症状の有無だけではなく、“貯蔵鉄”にも着目することが重要」とおっしゃいます。今回は百枝先生に、体内における鉄の役割や動き、鉄欠乏性貧血の診断・治療のポイント、鉄欠乏性貧血の診療にあたる医師や一般の方々に向けたメッセージなどを伺いました。

私たちの体の中には3~5gの鉄が存在し、その約6~7割は赤血球中のヘモグロビンに含まれています。ヘモグロビンは全身に酸素を運ぶ役割を担っており、鉄はヘモグロビンを作るための重要な材料となります。

食事などで消化管から吸収された鉄は、“トランスフェリン”という鉄の運搬を担うタンパク質と結合して造血組織へ運ばれ、そこで赤血球の成分となるヘモグロビンが作られます。赤血球は全身へ酸素を届ける役割を終えると、マクロファージ*によって貪食(どんしょく)・分解されますが、ヘモグロビンに含まれる鉄は再び血管内に戻り、体内で再利用される仕組みになっています。一方で、1日あたり1~2mgほどの鉄が腸の粘膜などから体外に排出されています。そのため、1日に補うべき鉄は排出量に見合う1~2mgで、鉄の吸収率を考えるとその数倍から10倍程度の量(1日10mg程度)を摂取する必要があります。摂取量が少ないと鉄の補充が不足し、鉄欠乏の状態に陥ります。

*マクロファージ:病原体や死んだ細胞を貪食して分解する白血球の一種。

しかし、鉄の摂取量が不足してもすぐに貧血に陥るわけではありません。それは、私たちの体内には鉄不足に備えて肝臓などに蓄えられている“貯蔵鉄”が存在しているためです。体内における鉄の約3割は貯蔵鉄にあたります。

なお、肝臓は鉄を貯蔵しているだけでなく、体内の鉄が過剰にならないようにコントロールする“へプシジン”というホルモンを分泌する役割も担っています。貯蔵鉄が十分たまってくると肝臓からへプシジンが分泌され、鉄の通り道である“フェロポーチン”というタンパク質と結合します。すると、フェロポーチンの発現が減少し、鉄の吸収や再利用が抑制される仕組みです。こうして臓器に悪影響を及ぼす鉄過剰を防いでいます。

鉄欠乏性貧血は、鉄欠乏によって起こる貧血です。鉄欠乏性貧血では、最初に貯蔵鉄が減少していくため、貯蔵鉄がある程度残っているうちは貧血にはなりません。やがて鉄の貯蔵が底をつくとヘモグロビンを十分に産生できなくなり、貧血が起こります。このように、貧血になる前に鉄欠乏が徐々に進んでいるのが鉄欠乏性貧血の特徴で、この貧血の一歩手前の段階は“潜在性の鉄欠乏”ともいわれます。

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写真:PIXTA

貧血の基準となるヘモグロビン値は、男性で13g/dL未満、女性で12g/dL未満で、日本国内では男性の約10%、女性の約13%が貧血だというデータがあります。年代別に見ると、女性では月経があると考えられる20~49歳で約9%、このうち30~39歳では20%近くが貧血で、その大部分が鉄欠乏性貧血です。一方、同年代の男性の貧血はごく少数です(2019年データ)。また、貧血には至らなくても、貯蔵鉄の量を反映する血清フェリチン値が15ng/mL未満だと鉄欠乏と判断され、月経のある年代の女性の半数程度が該当することが分かっています。なお、男女ともに70歳以上になると一定程度の方が鉄欠乏になりますが、これは主に摂取量不足や吸収不良などによるものです。

鉄欠乏の原因は、“鉄摂取量の不足”、“鉄需要の増大”、“鉄喪失の増大”の大きく3つに分けられます。私が専門とする産婦人科領域では、月経に伴って失われる鉄の量が増えることや、妊娠中から授乳期にかけて鉄の需要が増えることが鉄欠乏の大きな原因となります。男女間、および女性の中でも年齢によって鉄欠乏性貧血の割合に差が生じるのはこのためです。

一方、内科領域では加齢や消化管の病気に伴う吸収不良が、鉄摂取量の減少につながります。外科領域では外傷に伴う出血や消化管からの出血、手術時の出血などが鉄の喪失増大を引き起こし、鉄欠乏の原因となり得ます。

このように、鉄欠乏の原因は年齢や性別によって傾向が異なります。原因によって病態も違ったものになり、適切な治療方法もそれぞれなので、まずは原因を見極めることが大切です。

鉄欠乏性貧血の症状は、ヘモグロビンの減少によるものと、酵素のはたらきの低下によるものに分けられます。ヘモグロビンの減少によって起こるのは、一般的にイメージされる貧血の症状です。全身に十分な酸素を届けられなくなるため、易疲労(疲れやすい)、頭痛、イライラ、運動不耐性(運動を継続できない)、労作性呼吸困難(軽い運動で息切れする)、めまいなどの症状をきたします。

また、鉄はヘモグロビンの材料になるだけでなく、体のコントロールやエネルギー生成に関わる酵素などの必須成分でもあります。そのため、鉄が不足すると末梢組織(まっしょうそしき)の機能が低下し、神経系や皮膚、粘膜の異常が起こりやすくなります。具体的な症状としては、無性に氷が食べたくなる氷食症などの異食症、むずむず脚症候群、蒼白(顔色が悪い)、青色強膜(白目が青くなる)、乾燥肌匙状爪(さじじょうづめ)(爪がスプーンのように反り返ること)、舌炎口角炎、脱毛などが挙げられます。

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写真:PIXTA

易疲労や運動不耐性などの貧血症状は、仕事など日常生活における生産性の低下、QOL(生活の質)の低下につながります。アスリートの鉄欠乏性貧血の治療経過におけるVO2 max(最大酸素摂取量:全身持久力の指標)を調べたデータによると、治療でヘモグロビン値が改善するにつれてVO2 maxが上昇しています。貧血によって低下した生産性が治療によって回復することがよく分かる事例で、この結果は一般の方にも当てはまるといえるでしょう。

また、貧血と産後うつとの関係も指摘されています。産後に貧血がある方はそうでない方のおよそ1.9倍、妊娠中に貧血がある方はそうでない方のおよそ1.2倍、産後うつを発症しやすいというデータがあります。さらに、妊娠中に貧血があると赤ちゃんの出生時の体重が少なくなるとの報告もあるため、妊娠中の貧血は早期に治療しておくことが大切です。

鉄欠乏性貧血の診断でまず大切なのは血算(全血球計算:血液の成分を測定する検査)で、ヘモグロビン値とMCV(赤血球の大きさを表す指標)の2つを確認します。ヘモグロビン値を見て、男性で13g/dL未満、女性で12g/dL未満であれば貧血と判断し、次にMCVを調べます。MCVの値が低いと小球性貧血(赤血球が小さいために起こる貧血)となり、鉄欠乏性貧血を疑います。そのうえで、血清フェリチン値や血清鉄、トランスフェリンに結合する鉄の量を表すTIBC(総鉄結合能)を加えて総合的に診断します。

中でも、“血清フェリチン値”は貯蔵鉄の状態を知るうえで特に有用な指標とされています。貧血の症状が軽度あるいは症状がなくても貯蔵鉄が足りていない方は多いため、鉄欠乏をしっかり診断するには血清フェリチン値の測定が非常に重要です。今ではその重要性が認識されつつありますが、以前は血清フェリチン値の測定がされていないケースが多々ありました。貧血症状が改善しても、貯蔵鉄の量が十分回復していないとすぐに貧血をぶり返してしまうため、治療効果を見極めるうえでも重視されています。

写真:PIXTA

鉄欠乏性貧血と診断されたら、まずは経口鉄剤(飲み薬)で治療を開始します。重症で早く治療する必要がある、経口鉄剤では改善しにくい、副作用などで経口鉄剤が使用できないといった場合には、静注鉄剤(注射薬)を使います。

経口鉄剤

経口鉄剤は飲み薬で、補充した鉄は食事から摂取した鉄と同様に消化管から吸収されるため、へプシジンのはたらきにより鉄の吸収量が適切にコントロールされます。一方で、悪心や嘔吐などの副作用のため内服できない方が2割ほどいます。

経口鉄剤には第一鉄と第二鉄の2種類があり、第二鉄のほうが悪心・嘔吐は抑えられるものの、第一鉄よりも薬価が高めです。そのため基本的には第一鉄で治療を開始し、副作用の状態を見て第二鉄に移行するのが一般的です。それでも服用が難しければ、静注鉄剤の使用を検討します。

静注鉄剤

静脈内に注射で投与する鉄剤です。近年は高用量の静注鉄剤が使えるようになっており、頻回な通院や血管穿刺(けっかんせんし)による患者さんの負担が軽減されています。

静注鉄剤は消化管の副作用が出にくく、経口鉄剤よりも早い回復が期待できます。ただし、消化管で吸収量がコントロールされることなく血液中に直接鉄が入るため、適切な投与量を守らないと鉄過剰になる恐れがあります。それぞれの薬の添付文書に体重やヘモグロビン値に基づいた適切な投与量の目安などが明記されており、これに沿って一人ひとりの患者さんに適した量を投与します。

また、投与中に薬が血管外に漏れ出てしまうと皮下に鉄が沈着して変色し、元に戻りにくくなることがあります。鉄剤は血管外に漏れ出ても患者さん自身が痛みを感じにくいため、治療中は医療スタッフが注視しておくことが大切です。医療機関では、血管を傷つけにくいやわらかな留置針を使う、慎重に観察して漏れ出ていないことを確認しながら投与するといった対処法で血管外漏出の予防に努めています。

治療を開始すると、最初に貧血状態(ヘモグロビン値)が改善し、その後に貯蔵鉄の量(血清フェリチン値)が改善します。貧血が治っても貯蔵鉄の量が十分回復していなければまた鉄が足りなくなり、再び貧血となってしまいます。そのため鉄欠乏性貧血の治療では、ヘモグロビン値の改善後も血清フェリチン値を測定しながら、貯蔵鉄の量の正常化を目指すことが重要です。

特に、月経によって鉄欠乏性貧血を起こしている女性、老化萎縮性胃炎などにより鉄の吸収障害が慢性化している方などは、治療でいったん症状が改善しても、鉄欠乏性貧血が再発しやすい傾向があります。このように慢性的な原因がある方は、その原因がなくならない限り治りにくい状況が続きます。鉄欠乏にならないよう、食事やサプリメントなどからコツコツ鉄を摂取するよう心がけるとよいでしょう。

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写真:PIXTA

先述したとおり、鉄欠乏性貧血を適切に治療するためには原因の見極めが非常に重要です。たとえば、過多月経による鉄欠乏性貧血では子宮筋腫子宮内膜増殖症などの病気が隠れている可能性があり、その場合は鉄剤の投与だけでなく原因となっている病気を根本的に治す治療が必要です。他科の先生方には、鉄欠乏性貧血の女性が受診されたら婦人科疾患の可能性を考慮していただきたいと思います。

また、鉄欠乏性貧血の治療は貧血が治れば終わりではありません。貯蔵鉄が十分回復していなければ鉄欠乏が続き、容易に貧血が再発します。そのため、治療においてはヘモグロビン値とともに血清フェリチン値をしっかりチェックして、貯蔵鉄が足りている状態、すなわち鉄欠乏でない状態を目指していただきたいと思います。

鉄は体の機能にとって大切な存在です。鉄欠乏の状態を放置していると、疲れやすさなどで生産性が落ちるだけでなく、心にも影響を及ぼし、うつ症状の原因にもなり得ます。一見貧血とは関係がなさそうな不調が鉄を補充する治療によって治まり、QOLを改善できる可能性もあるのです。鉄欠乏は薬物療法で回復を目指せますので、心身の不調を感じたら医療機関を受診してください。月経量が多いと自覚されている女性は産婦人科に、そうでなければ内科に相談されるとよいでしょう。女性の場合、内科で検査を受けて鉄欠乏性貧血だと分かれば、原因が婦人科疾患にある可能性を考え、産婦人科を受診していただきたいと思います。

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