鉄欠乏性貧血は女性に多くみられる病気で、さまざまな症状をもたらします。かつては治療の必要性が認識されにくかったり、薬の副作用から治療が敬遠されたりする傾向がありましたが、近年、新たな薬が登場し、患者さんが治療を受けやすい環境が整いつつあります。
富山大学附属病院 血液内科 教授の佐藤 勉先生は「“女性は貧血があって当たり前”という考えを捨て、適切な治療によって生き生きと過ごしてほしい」とおっしゃいます。佐藤先生に、鉄欠乏性貧血の症状や、治療せずに放置することのリスク、治療法についてお話を伺いました。
貧血とは、血液中の赤血球が不足している状態のことです。貧血の1つである“鉄欠乏性貧血”は、赤血球の中にあるヘモグロビンを構成する“鉄”の不足により起こります。
鉄は酸素と結びつきやすく、ヘモグロビンはこの性質により酸素を全身に運ぶ役割を担っています。肺で酸素を取り入れ、心臓から動脈を通って全身に酸素を運び、静脈を通って再び心臓に戻る。そして再び肺で酸素を取り入れ、全身に運ぶという循環を繰り返しているのです。
しかし、鉄が不足してヘモグロビンが減ってしまうと、酸素運搬の担い手が少なくなり体が酸素不足に陥ります。心臓が酸素不足になると動悸や息切れ、胸痛といった症状が、脳が酸素不足になると頭痛、失神、立ちくらみやめまいなどが、筋肉が酸素不足になると易疲労感(疲れやすさ)や倦怠感、肩こりなどが現れるようになるのです。
特徴的な症状としてスプーンネイル(匙状爪:爪の中央部分がスプーン状にへこむ変形)を生じるケースもあるでしょう。また、食道に膜のようなもの(食道ウェブ)ができて、食べ物を飲み込むときにつかえるような感覚が現れる方もいます。
貧血と聞くと、“立ちくらみで目の前が暗くなり、ふらっとする”症状をイメージされる方もいるかもしれませんが、このような立ちくらみは低血圧で起こることが多いでしょう。急に立ち上がることで脳への血流が一時的に低下し、立ちくらみが起こるケースがあるのです。このように、“立ちくらみ=貧血”とは限らず、低血圧でも起こり得る点には注意していただきたいと思います。
鉄は食事によって1日1~2mg程度供給されますが、1日1mg程度が便などに混ざって排出されます。そもそも需要と供給のバランスがギリギリの状態で保たれているのです。さらに女性の場合、月経によって1日換算でさらに0.75mgの鉄を失うため、圧倒的に鉄が不足しがちな状態となります。鉄欠乏性貧血が“女性の病気”といわれるのは、このためです。
女性は月経のほか、妊娠、授乳によっても多くの鉄を失います。妊娠中は胎盤の形成や胎児の栄養として、出産後は授乳によってお子さんの栄養として鉄が使われるのです。このため、女性は1回の妊娠、出産で1~2年分の摂取量相当の鉄を失うといわれています。また、子宮筋腫、子宮腺筋症、子宮内膜増殖症により過多月経(月経時の出血量が異常に多い状態)となったり、ダイエットで肉類の摂取を過剰に制限したりすることで鉄不足になるケースもあるでしょう。
圧倒的に女性に多くみられる鉄欠乏性貧血ですが、男性にも起こり得ます。男性の場合は、胃潰瘍や胃がん、大腸がんなどによる出血が原因となるケースが多く、男性が鉄欠乏性貧血と診断されるとこれらの病気を強く疑うのが一般的です。
また、痔(切れ痔)によって排便のたびに少量の出血を繰り返すことで、鉄欠乏性貧血になる可能性もあります。さらに、小腸の毛細血管拡張症*による出血なども原因となり得るでしょう。極めてまれに、鉄の吸収に関わる分子の遺伝子異常によって鉄欠乏性貧血が起こるケースもあります。もちろん、男性だけでなく、女性の鉄欠乏性貧血においても、これらの病気が原因となっている可能性を考慮する必要があります。
*毛細血管拡張症:皮膚の表面近くの血管が拡張することで赤くなる病気。
貧血の症状の出方は人それぞれです。ヘモグロビンの値が通常の半分といった重い貧血を抱えながら、元気に活動されている方も一部いらっしゃいます。女性の場合は、毎月の月経による出血で徐々に症状が進行していくうちに体が慣れてしまい、症状を自覚しにくくなる可能性もあります。これは、スポーツ選手が高地トレーニングを積むうちに低酸素の環境に体が慣れていくのと似た状態といえるでしょう。
一方で、胃がんによる吐血で血が失われるといったケースでは、貧血の程度はそれほど重くなくてもヘモグロビンの値の急激な低下に体がついていけず、強い症状が出ることがあります。このように、病気の経過が慢性的か急性的かによっても症状の出方に大きな差を生じるのです。
お話ししたように鉄欠乏性貧血があっても自覚症状がない方もいますが、体が慣れてしまっているだけで、鉄が欠乏している状態に変わりはありません。また、鉄欠乏性貧血による症状であるにもかかわらず「疲れやすくなったのは年齢のせいだ」と思い込んでいる方もいるでしょう。
鉄欠乏性貧血を放置していると、出産、育児においても早産や低出生体重児の原因になることがあるほか、母乳育児がうまくいかない一因になることも考えられます。さらに、頭痛や疲れやすさなどの症状によって仕事や家事がはかどらなくなるなど、日常生活に支障を及ぼすこともあるでしょう。
このように、鉄欠乏性貧血は患者さんの人生にさまざまな影響を与えるのはもちろんですが、労働生産性の低下という社会全体の損失にもつながりかねません。積極的な検査、治療によって、毎日を元気に過ごしていただきたいと思います。
貧血は赤血球が不足している状態ですので、診断では、血液検査で赤血球の数、さらに赤血球の中にあるヘモグロビン(血色素)の値などを調べます。
下まぶたを指で下げて、裏側が赤ければ健康、白いと貧血ともいわれますが、よほど重症でないとこの方法で判別することは困難です。貧血の診断には血液検査が欠かせません。
鉄欠乏性貧血では、小球性低色素性といって赤血球の赤みが薄れて小さくなります。これは鉄が不足し、赤血球の中のヘモグロビンの数が減るためです。血液検査の項目としては、“MCV”で赤血球の大きさ、“MCHC”でヘモグロビン濃度を調べ、貧血の程度を確認します。
鉄欠乏の状態を調べるには、“血清鉄”と“フェリチン”の項目が重要です。血清鉄は血管内を流れる“流通鉄”で、フェリチンは肝臓や骨髄、筋肉などの組織内に蓄えられている“貯蔵鉄”のことを指します。鉄はいったん組織の中に貯められ、そこから血管内に出ていきます。そして、血管内の鉄が余ったら貯めておき、不足してきたらそこから出すといったことを繰り返しているのです。
血清鉄とフェリチンの関係をお金にたとえると、血清鉄は普段持ち歩いている“財布の中身”で、フェリチンは“銀行の預金残高”です。財布の中身が乏しくても、蓄えが多ければ問題ありません。同様に、血清鉄の数値が低くてもフェリチンの値が高ければ鉄欠乏ではなく、この両方が低くなってはじめて鉄欠乏性貧血といえます。
そのため、鉄欠乏性貧血の診断においては血清鉄だけでなくフェリチンについてもチェックすることが重要です。血液検査を受けられた際には、医師に両方の値を確認するとよいでしょう。
鉄欠乏性貧血がある場合には、お話ししたように胃潰瘍や胃がん、大腸がんなどの消化器疾患が隠れている可能性があります。閉経前の女性でも月経以外が原因となっていることも考えられますので、年齢や性別を問わず、胃や大腸の内視鏡検査を受けることをおすすめします。
妊娠すると土を食べたくなる異食症という状態になる方がいますが、これは妊娠中に鉄欠乏性貧血になりやすく、土に含まれる鉄を欲するためだと考えられます。
鉄欠乏性貧血の方には、まずは不足する鉄を食品で補っていただき、それで不十分であれば鉄剤による治療を行うのが一般的です。
鉄は基本的に食品で補うことができます。具体的には、“ヘム鉄”や“非ヘム鉄”が含まれる食品を取ることが大切です。豚肉、牛肉、鶏肉、レバーや、カツオ、マグロ、イワシといった赤身の魚などに含まれるのは“ヘム鉄”です。ヘム鉄は、鉄の分子がポルフィリンという成分に包まれており、吸収率が高く、胃への負担が小さいという性質があります。一方、卵、貝類、豆類、海藻類、ほうれん草や小松菜などの緑黄色野菜に含まれる“非ヘム鉄”は金属の鉄分子そのもので、吸収率の面でヘム鉄に劣ります。なお、鉄瓶でお湯を沸かす、鉄の玉を入れて炊飯するといったことで摂取できるのは非ヘム鉄です。
食事で十分な鉄が補充できていない場合には、鉄剤による治療を行います。鉄剤には飲み薬と静脈注射薬があり、飲み薬から治療を開始するのが一般的です。基本的に数か月間、毎日飲み続ける必要があります。飲み薬は非ヘム鉄で、ムカムカする、吐き気がするといった副作用が現れやすく、症状の回復に時間がかかる点が特徴です。
飲み薬に加えて、注射で投与する静脈注射薬も登場しています。投与する薬の量は、患者さんの体重とヘモグロビンの値により算出します。長く使われてきた静脈注射薬には、1回に投与できる量が少ないため注射の回数が数十回に及ぶという難点がありました。
しかし近年、高用量静注鉄剤という新薬が認可され、1~3回の注射で治療が完了できるようになり、患者さんの通院負担の軽減につながっています。また、飲み薬は吐き気などの副作用に耐えながら数か月間、毎日服用し続けなければなりませんが、その必要がなくなるケースもあるでしょう。鉄欠乏性貧血の治療が簡単、便利に行える時代になったといえます。
ただし、どの静脈注射薬も投与する際に薬が漏れて皮膚の表面が黒ずみ、その黒ずみが取れにくくなってしまう場合があります。薬が漏れると痛みが出るため、治療中に痛みを感じたらすぐにお申し出いただきたいと思います。
静脈注射薬は、直接血管に注入するため早期の回復が期待できます。ただし、治療の基本は飲み薬で、静脈注射薬の使用は副作用により飲み薬の服用が難しい、あるいは手術前など貧血の早期治療が必要で飲み薬では間に合わないといった場合に限られます。飲み薬の副作用が不安な方は、注射薬による治療が可能かどうか担当の医師にご相談ください。
鉄欠乏性貧血の患者さんは、日頃から鉄を多く摂取できる食事を心がけることが重要です。また、鉄剤による治療で鉄を十分補ったとしても、女性はその後も月経により持続的に鉄を失います。特に月経期間中には、ドラッグストアなどで販売されているヘム鉄のサプリメントや鉄を配合したゼリーなどを活用して鉄を補い、再発予防を心がけてください。
日本は、世界の中でも鉄欠乏性貧血の頻度が高く、たとえばアメリカの20~49歳の女性では5%であるのに対し、日本の同じ年齢層の女性では19.8~26.6%という調査結果もあります。社会全体として鉄欠乏性貧血の検査、治療にさらに力を注いでいく必要があるでしょう。
鉄欠乏性貧血は治療で改善できますので、“女性は貧血があって当たり前”といった考えを捨て、適切な治療を受け、生き生きと過ごしていただきたいと思います。治療を受けた患者さんからは「疲れやすいのは忙しいせいだと思い込んでいた」、「治療して初めて貧血のせいだったと自覚した」といった声をよく聞きます。鉄欠乏性貧血を治療するためには、“副作用の出やすい薬を飲み続けなければならない”というイメージを持っている方もいらっしゃるかもしれませんが、ご紹介したように新たな薬も登場しています。倦怠感や頭痛、疲れやすいといった症状がある方は、一度かかりつけの内科の先生に相談されることをおすすめします。
富山大学附属病院 血液内科 教授、総合がんセンター 血液腫瘍センター センター長、総合がんセンター がん免疫治療センター センター長、地域医療支援センター 副センター長
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鉄欠乏性貧血
鉄欠乏性貧血の治療してから1年以上経過してますが改善されてません、値もギリギリでかかりつけの病院で何で改善しないのか確認してもわかりませんと言われて不安です
食事制限、生理でヘモグロビン2下がりますか
お世話になります 毎年ヘモグロビンが13から14ありましたが、 先日献血をしたら11.8で、献血できませんでした 次の日病院で再度血液検査したら、12.2でした。 フェリチンはまだわかりませんが、「多分 鉄欠乏貧血だろうが、ヘモグロビン が2も下がるのは おかしいな」 と、言われ近々、消化管 婦人科に行くつもりです 心当たりがあるのは、生理三日目でした。 また、半年程ダイエットで、朝はほとんど食べず 昼はサラダ、ヨーグルト 夜はお酒とおかず で半年で5キロ痩せました ヘモグロビンは、半年のきつめの食事制限と生理で2くらいは下がるのでしょうか やはり、ほかに大腸癌などあるのでしょうか 毎年やっている、便潜血は陰性 胃はピロリ菌陰性 ABC検査はA 大腸、胃カメラは7年前うけて、異常なしでした。 婦人科も一年前にがん検診して陰性でした。 近々調べる予定ですが心配でお聞きしました。 よろしくお願いします。
貧血の治療について
約10年前の出産後より、度々重度の貧血になっています。 胃カメラでも異常がないため、月経過多からくる貧血であろうという事で、その都度鉄剤を処方されています。 ちなみに月経の量は少なくはないと思うものの、異常に多いとも感じていません。 子宮と卵巣にも異常はありません。 また5年ほど前より乳腺にしこり?嚢胞?のようなものがあり、調べたところ良性と思われる、とのことでしたがこの為にピルは処方出来ないと言われています。 先日再び貧血(ヘモグロビン8.5)になっていたので、医師より、何年も繰り返しているので、ピルが使えないから生理を止める薬を注射で投与した方がいいと言われました。もしくは外科手術を受けるべきだと。 ただ副作用等や投薬の期間などの説明はないため不安が大きく、また私自身は閉経まで鉄剤でしのぎたいと思っているので、生理をとめないといけない程の症状なのか疑問に思っています。 このような場合、本当に鉄剤を飲むだけでは駄目なのか、ご意見お聞かせ下さい。
最近眠く動悸・立ち眩みする。
1・2か月ぐらい前から昼間ものすごく眠いむくなり、夜も22時には眠い、平日は6時間睡眠 土日は、23時から10時間ぐらい睡眠している。2・寝て起きると立ち眩みをよくする。以前貧血の薬もらうが改善されず。3・階段を上ると動悸がする、ものすごく疲れる。何科を受診すれば良いか。
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