インタビュー

“月経が多い、重い”のは鉄欠乏性貧血のサインかも

“月経が多い、重い”のは鉄欠乏性貧血のサインかも
小林 範子 先生

北海道大学病院 婦人科 講師

小林 範子 先生

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鉄欠乏性貧血は、鉄不足により酸素を運ぶヘモグロビンを作れなくなり酸素を運ぶ力が低下する病気です。「少し階段を上るだけで息が切れてしまう」「日中でも夜用の生理用ナプキンが手放せない」「量が減らないまま月経が7~10日続く」……このような症状は鉄欠乏性貧血のサインかもしれません。今回は、北海道大学病院婦人科 小林範子こばやし のりこ)先生に、鉄欠乏性貧血に気付くきっかけや治療方法、予防・改善のために日常生活で意識したいポイントについてお話を伺いました。

鉄欠乏性貧血とは、体内の鉄が不足して赤血球に含まれるヘモグロビンを作れなくなってしまう病気です。赤血球は主に全身に酸素を運ぶ役割を担っているため、ヘモグロビンが少なくなると体は酸欠状態に陥ります。月経のある女性の約半数は鉄欠乏状態にあるといわれており、貧血の中でももっとも頻度が高いのが鉄欠乏性貧血です。

特に40歳代の女性に多いとされているほか、若いアスリートや高齢の方などにも幅広く生じることもこの病気の特徴です。近年の強い痩せ志向からの過度なダイエット、肉や魚を食べない・お菓子中心の食事などの偏った習慣、時間に追われて十分に食事の栄養バランスを考慮できないなど、鉄不足になる要因は多々あります。

鉄欠乏性貧血は、体における鉄の需要と供給のバランスが崩れることで起こります。バランスが崩れる際、体の中では“鉄の需要の増大”または“鉄の供給の減少”、あるいはその両方が起こっています。

鉄の需要が増える原因の多くは、消化管または婦人科領域からの慢性的な出血です。

婦人科的な原因としては、子宮筋腫子宮内膜症、子宮内膜ポリープなど器質的疾患*に伴う出血などがあります。また、更年期**などホルモンバランスが乱れやすい時期には、特に器質的疾患がなくても月経以外のタイミングで性器から出血する“不正性器出血”が起こることがあり、こちらも鉄欠乏性貧血の原因となることがあります。いずれにしても月経状況の確認は非常に重要です。加えて、妊娠中や授乳中も鉄欠乏状態になりやすいことが分かっています。

消化管の異常やそれに伴う出血を疑った場合は、消化器内科に紹介して詳しい検査をお願いしています。また、筋肉量の増加に伴って鉄の需要も増えるので、成長期の子どもやスポーツ選手なども鉄欠乏性貧血に注意が必要です。

*器質的疾患:臓器自体に異常があり、その結果さまざまな症状が現れる病気

**更年期:閉経前5年間と閉経後5年間の計10年間

鉄が不足する原因の多くは、食事からの鉄摂取量が足りないことです。極端なダイエットや摂食障害などによってそもそもの食事の量が少ないために、鉄だけでなくさまざまな栄養素が不足しているケースもあります。そのほか、胃腸障害などによる消化管からの鉄吸収率の低下、体質や遺伝などの先天的な要因も挙げられます。

鉄欠乏性貧血では、体のだるさや疲れやすさ、頭痛動悸(どうき)・息切れなどの症状が現れることがあります。診察の中で私はしばしば「階段を上り下りするときに息が切れることはありますか」と患者さんにお尋ねしています。階段ですぐに息があがってしまう、息遣いが荒くなってしまうなどは分かりやすいサインです。また、通常は下まぶた(眼瞼結膜(がんけんけつまく))は赤いのですが貧血のときには白っぽく見えるため、自分自身で確認してみるのもよいでしょう。

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写真:PIXTA

加えて、鉄欠乏性貧血を疑って医療機関を受診するきっかけの1つに、過多月経があります。過多月経とは“1回の周期で経血量が140mLを超える場合”と定義されていますが、なかなか具体的にイメージすることは難しいかもしれません。経血量が多いか少ないかの感覚は個人差が大きく、また他の方と比較する機会もあまりないため、多くの方は自分自身が過多月経かどうか分かりません。そのため、やはり目安となるのは生理用ナプキンの使用状況です。

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以下のような場合は、過多月経の可能性があります。

  • 日中でも夜用のナプキンを使用し、1~2時間程度で交換する必要がある
  • 経血があふれてしまうため、仕事を休んだり外出を控えたりすることがある
  • 夜寝ているときに経血があふれてしまう(夜中に起きてナプキンを交換する必要がある、シーツの上にタオルなどを敷いておかないと不安など)

また、経血にレバーのような血の塊(コアグラ)が頻繁に混ざる場合や、経血量が減らないまま7~10日ほど月経期間が続く場合も過多月経が疑われます。

過多月経の場合は鉄欠乏性貧血となっている可能性も高いため、このような症状がある場合はぜひ婦人科を受診してください。

貧血とは、酸素を全身に運ぶ血液中のヘモグロビン値が成人男性で13g/dL、成人女性で12g/dL未満となった状態です。鉄欠乏性貧血ヘモグロビンを作るために必須である鉄が不足することで起こるため、診断の際は体内に貯蔵されている鉄(貯蔵鉄)に関係する検査値として血清フェリチン値、総鉄結合能(TIBC)も併せて確認します。鉄欠乏性貧血の診断基準は以下のとおりです。

  • ヘモグロビン(Hb)値:12 g/dL未満
  • 血清フェリチン値:12ng/mL未満
  • 総鉄結合能(TIBC):360μg/dL以上

このほか、貯蔵鉄は不足しているものの貧血にまでは至っていない、あるいはヘモグロビン値に異常はないが貧血の症状があり検査で貯蔵鉄の不足が判明するといった“潜在性鉄欠乏貧血”にも注意が必要です。

妊娠しておらず婦人科疾患がある場合、あるいは妊娠9週未満の場合は、一般的にヘモグロビン値が11g/dL未満および/またはヘマトクリット(Ht)値*が33%未満の際に鉄欠乏性貧血として治療を行います。ヘモグロビン値が11g/dLをごくわずかに下回るのみで貧血の自覚症状がない場合は経過観察とすることもありますが、基本的に11g/dLを下回っている場合はたとえ自覚症状がなくても積極的に治療をすすめるようにしています。

* ヘマトクリット(Ht)値:血液中で赤血球が占める割合

鉄欠乏性貧血の治療の基本は、不足している鉄を補うことです。鉄剤には経口剤と注射剤がありますが最初は経口剤から検討します。

経口鉄剤では2週間~1か月ほどで症状改善することも

経口鉄剤は1日1~2回服用します。内服を開始した数日後から徐々に網状赤血球(成熟する前の若い赤血球)が増加し、2週間ほどで最高に達します。治療開始時の状態にもよりますが、2週間~1か月程度で自覚症状も検査値も改善がみられることが多く、一般的には1か月半~2か月ほどでヘモグロビン値が正常化します。ただし、血清フェリチン値が正常になるまで、すなわち貯蔵鉄が十分な量になるまで服用し続ける必要があります。鉄剤を内服している方のうち約10~20%に副作用が現れるといわれており、その多くは吐き気や嘔吐、腹痛、便秘、下痢などの消化器症状です。

経口鉄剤で治療を行う場合、当院では基本的には2週間に一度受診していただき、血液検査を行って経過を確認しています。ただし、家庭や仕事の都合で頻回の通院が難しい場合は、都度患者さんと相談しながら治療を進めるようにしています。

注射剤は種類が増え、中には1回の投与で十分な効果が得られる方も

吐き気や腹痛など経口鉄剤の副作用が強く内服が難しい場合などは注射剤に変更して治療を行います。また、出血などにより鉄の損失が著しく経口剤では補填が間に合わない、消化器の病気があり経口剤は適切でない、鉄の吸収率が低下しているなどの場合は、最初から注射剤を用いることもあります。

これまでの注射剤は週に複数回通院して静脈注射(静注)する必要があり、患者さんの負担が大きいものでした。しかし、近年、より高用量を点滴または静注で一度に投与できる薬剤が登場し、週1~2回の投与が可能となったことは福音といえるでしょう。中には1回の投与で十分な効果が得られ、2回目の投与が不要なケースもあります。点滴で投与する場合は1回あたりの通院でかかる時間は長くなるものの、経口剤と比較して短期間で治療効果が得られるため、総合的には通院回数や時間を減らすことができる患者さんも多くいます。特に遠方から通院している患者さんや多忙な患者さんは頻回の通院が難しい場合もあり、ご相談のうえ早い段階で注射剤を選択することもあります。注射剤の種類が増えてきたことでこのような使い分けができるようになった点は、患者さんにとっても大きなメリットだと感じています。

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注射剤の副作用としては、ショックやアナフィラキシーなどのアレルギー反応などがみられることがあるため、投与時は医師や看護師が注意して見守ります。治療開始時には体重や検査値などを考慮してしっかりと投与量を計算するため、体内の鉄が過剰になってしまうリスクは低いと考えます。

鉄欠乏性貧血の治療の基本は鉄を補充することですが、何らかの病気により鉄が不足している場合はそれに対する治療も必要です。

たとえば、子宮筋腫による過多月経で鉄欠乏性貧血が引き起こされている場合です。こうしたケースでは、治療の一環として薬で月経を止めて鉄を補充する治療を行うことがあります。しかし、治療によって一度体内の鉄の量が正常になっても、治療終了後に月経が再開すると再び過多月経となり鉄欠乏性貧血になる方もいます。また、子宮筋腫の根本治療として筋腫を切除する方法もありますが、手術に抵抗を感じる人もいます。各治療法のメリット・デメリット、患者さんのご希望などを踏まえながら、しっかりとご相談のうえ治療方針を検討しています。

薬物治療を行っている場合、とりわけ鉄剤を内服している場合は、一定の期間は用法・用量を守って継続することが大切です。そのうえで、鉄欠乏性貧血を予防・改善するためにはどのような点に気を付ければよいのでしょうか。

やはりもっとも重要なのは食品からしっかりと鉄を摂取することです。しかし、日々忙しいなかで急に食生活を改善するのは簡単なことではありません。そのため、私は患者さんには「いつも行くスーパーやコンビニで、鉄が含まれている商品がないかよく探してみてください」とお伝えしています。最近は市販の飲料や軽食、お菓子などに“鉄分入り”と表示されているものもたくさんあります。これまで鉄の摂取量を増やすために「レバーを食べましょう」「鉄鍋で調理をしましょう」などと言われることが多かったのですが、自炊を前提としたアドバイスはあまり現実的ではないと感じています。また、鉄のサプリメントを用いるのもよい選択肢となるでしょう。市販の商品も上手に活用してみてください。

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最近は女性のかかりつけ医として女性特有の健康に関する悩みをサポートしている婦人科クリニックなどもあります。鉄欠乏性貧血は女性に多い病気のため、貧血を疑った際には内科のほかに婦人科を受診するという選択肢があることを知っていただけたらと思います。婦人科は生涯を通じて女性の健康に関する相談に応じることができるため、内科のかかりつけ医がいない場合は婦人科をかかりつけにするのも1つの方法です。

仕事やご家庭の都合で忙しい女性は「何かおかしいな」「体がつらいな」と感じても、多くの方は受診に至るまで数か月間我慢してしまいます。でも、そこまで我慢する必要はないのです。鉄欠乏性貧血は慢性化すると自覚症状をほとんどまたはまったく感じない方もいて、検査結果のヘモグロビン値を見てあまりの低さに驚く場合もあります。自覚症状がある場合はよい機会だと思って、ぜひ気軽に婦人科に相談してみてください。

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