インタビュー

股関節置換術-人工股関節手術の術式発展

股関節置換術-人工股関節手術の術式発展
高平 尚伸 先生

北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科...

高平 尚伸 先生

この記事の最終更新は2017年08月18日です。

股関節手術において、関節温存手術とともに多く行われている方法が「人工関節手術」です。自身の骨を削り、人工の関節に置換するこの手術は、2000年代に入り飛躍的な進歩を遂げ、現在では股関節手術で最も多く選択される方法となっています。

本記事ではこの人工股関節手術について記事1,2同様、北里大学大学院医療系研究科整形外科学教授の高平尚伸先生にご説明いただきました。

股関節の治療では、まず手術を行うかどうか判断をする必要があります。手術に踏み切る前には保存療法と呼ばれる日常生活の改善や手術を行わない治療法、たとえば、薬物療法や運動療法などを行います。手術をする際にも自分の股関節を使うのか、それとも人工関節に置き換えるのか、さまざまな選択の種類があり、患者さんの「年齢」と「ステージ・病期」などに応じて適した術式を選択する必要があります。

人工関節手術とは、その名の通り自分の股関節を人工の股関節に置き換える方法です。股関節に限らず「人工」というと嫌悪感がある方もいらっしゃいますが、品質と技術の向上によりメリットは大きくなっています。

人工股関節手術は「低侵襲」という概念の元、傷の小ささを重視する手術から、筋肉を痛めず行い、早期回復を目指す手術へと変化してきました。低侵襲手術はMIS(Minimally Invasive Surgery) とも呼ばれ、この10数年のうちに大きな進歩を遂げました。

人工股関節手術の小切開が注目されだしたのは2000年を過ぎたあたりです。従来人工関節を入れるために25〜30cmも切っていた傷口が、この時代にどんどん小さくなっていきました。しかし、2004〜2005年頃には傷が小さいことが低侵襲というわけではなく、筋肉を痛めずに手術することこそが低侵襲という考えが出てきました。

MIS-人工関節置換術 ご提供:高平尚伸先生
MIS-人工関節置換術 ご提供:高平尚伸先生

骨切り術の説明でも少し述べましたが、筋肉を痛めずきれいに残すことは術後の回復を早める効果があるからです。この頃より筋肉と筋肉の間から人工関節を入れる筋間アプローチ、筋腱温存手術が注目されるようになりました。

2007年頃にはこの筋腱温存手術のひとつで、仰向けの状態で身体の正面から切り入れる「前方アプローチ」が注目されるようになりました。しかし、この術式は技術的には比較的難しく、手術できる医師が限られるという課題がありました。

筋肉を痛めず、且つ、ちょっとしたコツでシンプルに行える手術として、私が見出した術式が筋間アプローチのひとつ「前外側アプローチ」です。私は2008年頃からこの術式で手術を行っています。前方アプローチと比べると難易度も低く、患者さんはもちろん、医師にも非常に優しい方法だと考えています。

前外側アプローチのポイントは大きく分けると3つあります。

提供:PIXTA

まず、手術時に患者さんを仰向けにして行う点です。直感的に理解できると思いますが、横向きに寝ると腰や骨盤の位置がグラグラと不安定になってしまいます。一方、仰向けに寝ると骨盤が安定し、腰の位置が動きません。手術する際には患部が固定されていることが重要で、仰向きの状態で手術することで、狙った場所に確実に人工股関節を挿入することができます。

従来の人工股関節手術(後方アプローチ)では骨切り手術のRAO同様、患者さんを横向きにして後ろから切ることが多いです。仰向けで行う前外側アプローチはこれを改善した術式と言えます。

また、股関節はそもそも前に曲がる関節なので、前からインプラントを入れた方が脱臼率も低いという報告もありますし、「変形性股関節症の診療ガイドライン」でも推奨されています。

次に切開方法の改良です。従来の手術では筋膜を切る際にT字に切開をする方法が主流でした。しかし、股関節周りは足腰の運動に伴い大きく動く部位なので、T字切開だと足を延長した際に裁断面が離れてしまい、うまく縫うことができません。あるいは、縫えたとしても動くことで容易に切れてしまいます。

そこで、T字に切っていたところを斜めの1本線で切るように改良しました。この結果、傷も小さく、且つ足が延長した際に断面が横にずれるだけで離れることがないので、縫合きちんと行うことができるようになりました。

従来の切開(左)と改良後の切開(右) ご提供:高平先生

最後に、筋肉と筋肉の間をきれいに分けてから手術を進めていく点です。

股関節を前外側から切り込んでいくと、中臀筋と外側広筋という大きな二つの筋肉に到達します。この二つの筋肉は疎の結合組織で結ばれており、基本的にきれいには分かれていません。通常、組織が結ばれた状態のまま手術するのですが、これでは筋肉に負荷がかかってしまいます。

前外側アプローチでは、まずそれぞれの筋肉を分け、その後、人工股関節を挿入します。このメリットは焼き魚をきれいに食べることをイメージすると理解しやすいと思います。焼き魚は背骨と腹筋の間から箸を入れていくと簡単にきれいにほぐれますが、これは背骨と腹筋の間が組織として分かれているからこそです。

このように各々の神経の支配している筋肉と筋肉の間から入っていき、そこから人工関節を入れると、関節を入れた後自然に筋肉が元の位置に戻り、縫合は筋膜と皮膚だけで済んでしまいます。

中臀筋と外側広筋の二つを分ける作業は多少の時間がかかるので面倒に思われるかもしれませんが、手術にも「急がば回れ」があり、結果的には低侵襲を実現できます。

筋肉を分けている様子
筋肉と筋肉を綺麗に分けている画像 ご提供:高平先生

これらのポイントを押さえながら前外側アプローチ手術を行えば、出血量も減り、筋肉を痛めないので、入院期間は2週間以内、若い方なら1週間以内とかなり早い回復が見込めます。術中骨折や神経麻痺も極めて少なく、特殊な装置や技術を使う必要もありません。私はこの手術を行うことによって、手術直後から退院まで1回も痛くなかったという多くの患者さんに遭遇するようになり、中には手術当日からご自身の判断でトイレに行くことができてしまう患者さんも見かけるようになりました。これまでの従来の切開による患者さんでは考えられなかったことです。

高平尚伸先生

前外側アプローチのポイントはとても明快かつシンプルで、言われれば誰でもわかることのように思われますが、私がこれを発表したところ、日本全国から様々な医師に見学に来ていただけました。とりわけ、仰向けで手術を行うという部分に関しては、横向きで後ろからメスを入れていた先生方にとってはまるで違う手術のように感じてしまうため、実際に見たい気持ちがあるのかもしれません。

実は教科書的には、股関節手術は患者さんを横向けにして、後ろから行うものとされています。これは従来横向けの手術が伝統的に継承されており、後ろからメスを入れたほうが医師にとってよく見えてわかりやすいからです。しかし先にも述べた通り、仰向けにした方が骨盤の安定を図ることができ、筋肉を痛めず、安全に手術が可能だと考えられます。

また前外側手術は他の手術に比べると必要な医師の数が少なく、最小2名で手術を行うことができます。以前は前外側から切ると、体の反対側にいる助手に患部が見えず、医学教育上よくないという主張もありましたが、レトラクター(組織を抑える器具)を助手が持つのではなく、機械で固定するようにすれば、反対側に助手が立つ必要もなく、皆同じ方向から患部を見ることができます。

人工関節
スミスアンドネフュー社の人工関節 ご提供:高平先生

自分の身体の中に入るものですから、材質が気になる方も多いと思います。人工関節の素材はさまざまなものが出ており、実は医師によって使う種類も異なっています。

私が最もよいと思って使用しているのは、セラミックの人工骨頭(ボール)に超高分子量ポリエチレンの受け皿(カップ)を使ったタイプの人工関節です。他にもセラミック同士や金属同士の人工骨頭と受け皿など様々な種類があります。また骨につくところはチタン合金・チタンが多く、人工骨頭や受け皿のサイズにも種類があります。

人工関節手術では材質だけでなく、医師によってその結合部分にセメントを使うか否かという選択も迫られます。現在は骨との結合部分をセメントで固定するタイプと、人工股関節を差し込むだけのセメントレスタイプとがあります。以前はセメント固定の方法しかなかったのですが、セメントが固まる際に発熱する、さらにショックを起こすといった危険性があったため、また、セメントが摩耗や骨融解の原因の一つと考えられ、セメントレスが使われることが多くなっています。

ただし、北里大学病院では主にセメントレスを採用していますが、重度の骨粗しょう症の患者さんにはセメント固定を使用しますし、セメントを使うほうが長持ちするという意見もあるため、医師の考え方により使われる人工股関節が違います。一概にどちらがよいとはいえません。

股関節に限らず、人工関節はそれ自体の寿命や、土台となる骨の劣化など人体に起こる問題によって再置換が必要になることがあります。以前は人工関節そのものが骨との間で緩んでしまうことや、人工関節自体の寿命によって再置換が必要になるケースが多かったのですが、近年は人工関節の精度が上がり、寿命も伸びてきました。

今では、骨粗しょう症による骨折脱臼、感染や化など人体に起こる問題が原因で再置換が必要になることのほうが多いです。

近年は低侵襲を配慮し、人工関節を丸ごと取り替えるのではなく、骨盤側の受け皿だけ、あるいは大腿骨側の人工骨頭だけを入れ替えることもあります。その一方で開発が進み人工関節自体の移り変わりが早いために、以前のパーツが用意できなかったり、製造中止であったり、価格が跳ね上がっていることがあり、丸ごと新しい人工関節を入れてしまったほうがいい場合もあります。人工関節手術の活発なアメリカでは、パソコンや車を買い替えるときと同じように、古いものを修理して使うよりも、新しいものを買い換えることを考えるように促すビジネスも存在しています。

再置換手術の難しさは周辺の骨が溶けてしまっていたり、欠損が起きているため、それを埋める必要があることです。セメントなどで埋めることもありますが、あまりに大きく欠損しているとセメントだけでは対処しきれないことがあります。

そこで北里大学が行なっているのは同種骨移植、いわゆる骨の移植です。他の人の要らなくなった骨を移植する生体ドナーと、脳死の方の骨をいただいて移植する非生体ドナーがあり、骨バンクとしてストックしています。施設として認定を受けている骨バンクは日本全国でも珍しく、北里大学、名古屋の東海骨バンク、NPO法人熊本県骨バンク協会の3箇所しかありません(2017年8月現在)。

なおアメリカではこの骨バンクがひとつのビジネスになっており、ブロックで何万円という単位でパッケージングされ売られています。日本にはそのような制度はなく、手術費がかかるものの、骨そのものはボランティアとして寄与してもらえるので、その観点で日本の同種骨移植は良心的と言えるかもしれません。

人工関節手術は今や誰が行なっても平均的な成績が出るといわれています。そのため、有効な手術が正しく安全に行われるよう、常に最新の技術が考案されています。

体位の不安定な横向き手術でも正確に人工関節を入れるための装置として開発されたのが「ナビゲーション」システムです。身体にいくつかのマーカーをつけて、赤外線で骨格を立体的に捉え、人工関節を正しく入れられるように機械がナビゲートしてくれます。最先端の技術として既に取り入れられている病院もありますが、価格も高いため、まだ導入されていない病院が多いのが現状です。

北里大学病院では、仰向けでの手術を行っているためナビゲーションを必要としませんが、今後横向きの手術、難しい症例、骨盤の骨切り術を行う病院では広まっていくかもしれません。

ナビゲーション
関節外科-ナビゲーションを利用した整形外科手術 ご提供:高平尚伸先生

主に再置換術や骨切り術などの難しい症例で有用になるものですが、患者さんそれぞれの骨盤モデルを作って骨の切り方や人工関節の入れ方をシミュレートするために、3Dプリンターが活用されることもあります。

近年はエコに配慮し、塩を原料とした骨盤モデルの作成もSONYとともに行われています。手術後に水で濡らすと溶けてなくなるため、環境にもよいと言われています。

関節外科-3Dモデル・プリンターを利用した整形外科手術 ご提供:高平尚伸先生

高平尚伸先生

近年は北欧やオーストラリアなどを中心に人工関節を入れた患者さんのデータを集め登録し、どんな方がどこでどんな人工関節を入れ、経過がどのような状態であったか、うまくいかなかった際には何がいけなかったのかなどをデータ化し、今後の治療に役立てる仕組みが機能されるようになりました。ようやく日本でもそれに倣って人工関節学会が行う人工関節登録制度が一部の施設で導入されるようになりました。

それまでの日本の学会は施設ごとに人工関節治療の成績を発表する仕組みを取っており、治療がうまくいかず他の病院へ移動してしまった患者さんの成績などを追うことができず、治療の改善点を知ることが難しいシステムでした。

今回人工関節登録制度が取り入れられたことにより、いずれは人工関節を入れた患者さんの経過が全て追えるようになり、どんな病院で、どんな人工関節を入れるのがよいかということがわかるようになります。これにより一人一人に合ったさらによい治療が選ばれ、行えるようになるでしょう。

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  • 北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授、北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授

    高平 尚伸 先生

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