インタビュー

胃腸炎の治療と家庭での食事-ノロウイルス感染症になったら職場復帰はいつできる?

胃腸炎の治療と家庭での食事-ノロウイルス感染症になったら職場復帰はいつできる?
志賀 隆 先生

国際医療福祉大学救急医学 主任教授、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長

志賀 隆 先生

この記事の最終更新は2016年12月21日です。

胃腸炎に感染してしまった場合、薬で症状を和らげること以上に、「正しく水分を摂取すること」が重要であると、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長の志賀隆先生はおっしゃいます。胃腸炎の治療中には、どのような飲み物や食べ物を摂ることが適切なのでしょうか。また、学校や職場にはいつごろ復帰してよいのでしょうか。感染性急性胃腸炎、特にノロウイルス感染症にかかってしまったときの治療と食事、職場復帰について、志賀先生にお伺いしました。

胃腸炎の患者さんが来院された場合、その方にふらつきなどの脱水症状がみられれば、点滴を考慮します。また、ふらつきがない場合でも、患者さんご自身が「何も飲食できず、嘔吐してしまい水分を摂れていない」と訴えており、なおかつ「見た目が明らかに辛そうなとき」には、点滴を行うことがあります。

吐き気止めを処方する場合には、通常の錠剤ではなく、OD錠(口腔内崩壊錠)を処方します。OD錠とは唾液など少量の水分でも溶ける薬剤のことを指し、通常の錠剤では吐いてしまう患者さんでも服用できます。

細菌性の胃腸炎と判断した場合には、抗菌薬(抗生物質)を処方することもあります。細菌性と判断する場合とは、患者さんに(1)しぶり腹、(2)血便、(3)痛みが限局している、といった症状がみられるときです。先述したとおり、小腸に炎症が起きている場合は、痛みが限局せず、時間により痛む場所が変動したり、広がることがあります。

尚、胃腸炎のウイルスに有効な特効薬(抗ウイルス薬)は存在しないため、ウイルス性胃腸炎に感染した方は、対症療法や経過観察を重ねながら回復を待つほかありません。

このほか、希望する患者さんにはプロバイオティクス(乳酸菌製剤)も処方しています。ただし、プロバイオティクスのエビデンスは確立されておらず、有効な投与量や種類、投与方法を定めるための研究が続けられている段階です。

(参考文献:https://www.uptodate.com/contents/probiotics-for-gastrointestinal-diseases?source=see_link&sectionName=Infectious+diarrhea&anchor=H8#H8  Probiotics for gastrointestinal diseases (外部サイト))

胃腸炎の下痢に対しては、下痢止めを処方しないほうがよいという考え方が一般的です。市販の下痢止めを使用することもおすすめはしていません。ただし、「5分置きにトイレに行かねばならない」というほど症状が重い患者さんには、下痢止めを試してもらうこともあります。

下腹部の痛み

病院では必要な方に点滴を処方するほか、「帰宅指示書」を出し、家での過ごし方や再診が必要な場合についてご説明しています。

ご家庭に戻られた後は、次項で詳しく述べる「少量頻回の水分摂取」を心がけていただくことが大切です。帰宅後、以下のような症状が現れた場合は再度病院を受診しましょう。

●飲むこと、食べることが困難な場合

めまいや立ちくらみなどの脱水症状が強い場合

●尿量が少ない場合(脱水症状のひとつ)

●腹痛が増悪してきた場合(特に歩くことで腹痛がひどくなる場合)

●腹痛が下腹部や右の下腹部に移動してきた場合(特に痛みが右の下腹部に移動した場合は、虫垂炎、いわゆる盲腸の可能性があります。)

血便や血が混ざった下痢が出るようになった場合(O157など、危険度の高い大腸菌に感染している可能性があります。)

●高熱が出た場合

●その他、初診時にはみられなかった新たな症状が現れた場合

このように、胃腸炎は症状が時々刻々と変化することや、初診では診断できない別の疾患であることもあるため、医療者は患者さんに再診が必要なケースもあることをお伝えすることが大切です。

まず、ご家庭でできる最も重要なことは、水分を「少量頻回」に摂取すること、つまり「少しずつ何度も飲むこと」です。

このとき飲むものは、患者さんが「飲めるもの」であれば、ポカリスエットやアクエリアスなど市販のスポーツドリンクでもフルーツジュースでも、何でも構いません。理論上望ましいとされる経口補水液(市販のOS-1など)が苦手であれば、無理に飲む必要はありません。

かつて自身の子どもが胃腸炎になったとき、私は「経口補水液やスポーツドリンクがよいのではないか」と考え、妻に「苦手なものを病気の子どもが飲むわけがない。飲めるものを飲ませたほうがよい」といわれてしまったことがあります。そこで後日、胃腸炎に関する文献を調べたところ、妻の言い分が正しいというJAMAの論文がみつかりました。その論文とは、重症ではない一般的な胃腸炎の患者さんを対象にした非劣性試験の結果を報告したものです。試験内容は「薄めたリンゴジュース、もしくは好きな飲み物」と「経口補水液のように電解質が入った飲料水」の効果を比較するというものであり、結果は「双方の効果に優位な差はみられなかった」というものでした。

(参考:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27131100 Effect of Dilute Apple Juice and Preferred Fluids vs Electrolyte Maintenance Solution on Treatment Failure Among Children With Mild Gastroenteritis: A Randomized Clinical Trial. (外部サイト))

このようなエビデンスがあること、また、多くの胃腸炎患者さんをみてきた経験、どちらの側面からみても、ご家庭で摂取していただく飲み物の種類にこだわる必要はないと考えます。

胃腸の状態が回復し始め、「食べられそう」と感じるようになったら、少しずつ食事を再開していきましょう。患者さんから「どのようなものを食べればよいか」と質問を受けたとき、私はいつも「うどんやおかゆなど、脂っこくない和食」とお答えしています。

回復期に避けるべき食事は、ハンバーグやピザなど、油分が多く消化に悪いものです。

もちろん、いつまでもうどんやおかゆを食べる生活を続ける必要はなく、ご自身の症状に合わせて、徐々に通常の食事に戻していただいて結構です。

ただし、胃腸炎にかかった乳幼児の一部は、「二次性乳糖不耐症」を起こすことがあります。乳糖不耐症とは、小腸にラクターゼという酵素が存在しない、もしくは十分に働かないために、乳糖を含む牛乳などの乳製品を体内で分解できず、下痢などを起こしてしまう病気です。乳糖不耐症には、先天的なものと胃腸炎などの後に起こる二次性のものがあり、胃腸炎のような症状を呈している赤ちゃんのなかには先天性の乳糖不耐症のお子さんもいます。このような病気があるため、食事を再開する際、最初に乳製品を与えることは避けたほうがよいと考えます。

ノロウイルスなどによる感染性胃腸炎は、インフルエンザのように学校保健安全法で出席停止期間が定められているわけではありません。また、有症期間にも個人差があります。就学中のお子さんが感染した場合は、学校の方針を確認するとともに、医師と相談したうえで登校を再開しましょう。

大人の胃腸炎の場合も同様です。一般的な会社勤めの患者さんの場合、便が固くなり、発熱や腹痛などの症状がなくなれば、職場復帰が可能です。ただし、症状がなくなっても、便の中にウイルスが存在していることがあるため、手洗いなどを徹底し、感染を広げないよう心がけましょう。

前項では一般的な会社員のケースを述べましたが、一部例外的な職業があります。ひとつは、「大量調理施設衛生管理マニュアル」(厚生労働省)にも定められている、「集団給食施設等」に務められている方です。大量調理施設・中小規模調理施設等(ホテルや飲食店など)に勤務している調理従事者の方がノロウイルスを原因とする感染症疾患に罹患していると診断された場合、「リアルタイムPCR法」などの検便検査を受け、ウイルスを保有していないと確認できるまで、調理に直接従事することはできません。

また、食事を提供する仕事をしている場合、「大量調理施設衛生管理マニュアル」だけでなく、職場にも独自の規則が設けられていることも多いため、勤め先に確認し、規則に従うことが大切です。なぜなら、ご自身が感染源となり、100人や1000人規模の感染者が出てしまうことがあるからです。

実際に、ひとつの料理配送業施設でサルモネラ属菌の感染が起きたことが原因となり、1000人を超えるお客さんに感染が拡大してしまった例も報告されています。このような事態を未然に防ぐため、私は「患者さんの職業」には常に注意を払うよう研修医などにも指導しています。たとえば、中高生の患者さんであってもファーストフード店やカフェなどでアルバイトをしていることがあるため、診察時に医師側から質問を投げかける必要があります。医師側が「学生さんだから大丈夫」と自己判断してシャッターを降ろしてしまうことは、防げる可能性のあった感染拡大を見逃してしまうということにつながりかねません。

調理従事者と並んで復帰に慎重を期すべき職業は、医師や看護師など、私たち「医療従事者」です。ノロウイルスの院内感染は毎年のように起こっており、残念なことに死亡例も報告されています。医療従事者の方は、ご自身が出勤することで大きな感染を引き起こす可能性を念頭に置き、職場復帰には万全の注意を払うことが大切です。

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