皮膚の悪性腫瘍には、基底細胞がん、有棘細胞がん、悪性黒色腫(メラノーマ)などさまざまな種類があります。ひとことで悪性腫瘍といっても悪性度には差異があり、生命予後は大きく異なります。一方治療方針は共通しており、いかなる悪性腫瘍においても根治をめざすには、腫瘍を取り残しなく切除する必要があります。切除範囲が広ければ、縫合閉鎖は困難で、欠損部位への皮膚移植が必要になります。
今回は、皮膚の悪性腫瘍の基礎知識から、手術の適応、手術の流れまで解説します。
皮膚には、さまざまな悪性腫瘍が認められます。ほとんどが皮膚に原発したものですが、なかには肺がんや胃がん、乳がんなどが皮膚に転移してできたものや、皮下脂肪などの皮膚に隣接した組織に原発した腫瘍が皮膚に侵入してきたものもあります。腫瘍の発生母地は、メラノサイト系、上皮系、間葉系、神経系、リンパ・造血器系などさまざまです。メラノサイト系に発生した腫瘍は、メラノサイト系腫瘍、上皮系に発生した腫瘍は上皮系腫瘍と分類されます。上皮系腫瘍のうち悪性のものは、がんと呼ばれます。また間葉系に発生した悪性腫瘍は肉腫と呼ばれます。多くの悪性腫瘍は、がん、肉腫、リンパ腫などと呼ばれますが、パジェット病やボーエン病のように名前からは悪性腫瘍かどうか判断できないものもあります。
皮膚は、表面にある表皮とその下にある真皮、さらに真皮の下の皮下組織の3層からなっています。表皮は水疱やマメができたときに剥けてしまう部分で、真皮よりもずっと薄い部分です。同じ皮膚でも表皮は外胚葉由来、真皮は中胚葉由来と、発生母地が異なっています。
表皮は、ケラチノサイト、メラノサイト、ランゲルハンス細胞、メルケル細胞という異なる4種の細胞からなる重層扁平上皮ですが、ほとんどがケラチノサイトで占められています。ケラチノサイトは基底層、有棘層、顆粒層、淡明層、角質層の5層を形成しています。
この基底層の基底細胞が悪性化したものは基底細胞がん、メルケル細胞由来と考えられているものはメルケル細胞がん、メラノサイトが悪性化するものは悪性黒色腫、有棘細胞が悪性化するものは有棘細胞がん(扁平上皮がん)になります。また毛包、脂腺、汗腺・汗管などは、皮膚に存在する“皮膚付属器”と総称されます。ここに悪性腫瘍が発生した場合は、汗腺がん、脂腺がんなどと呼ばれます。
皮膚はこうした数多くの細胞で構成されており、これらの細胞の多くが悪性化することが知られています。そのため皮膚の悪性腫瘍はさまざまな腫瘍に分類されています。
表皮の基底細胞に発生するがんです。黄色人種の日本人に発生するもののほとんどは黒褐色を呈しますが、白人に多くみられるもののように無色素性のものもあります。肉眼的な境界から5mm離して切除すれば十分なことが多いです。皮膚がんのなかで最もよくみられますが、リンパ節転移や遠隔転移をすることは珍しく生命にかかわることは、まれながんです。
表皮の有棘細胞に発生したがんです。基底細胞がんの次によくみられる皮膚がんです。
進行した場合は、カリフラワー状になり表面がくずれて出血して臭いのすることがあるので診断しやすいと考えられますが、初期には湿疹や傷と間違えられることがあります。治癒までに3~6か月ほどかかった熱傷(やけど)の痕に発生することや、日光角化症などの前がん病変に発生することも少なくありません。
有棘細胞がんと同じように有棘細胞ががん化しますが、がん細胞の増殖は表皮内だけにとどまっており、真皮には到達していないため、表皮内がんあるいは前がん状態として取り扱われています。しかし放置すると真皮にまでがん細胞が到達し、有棘細胞がんへと進行すると考えられます。
高齢者の顔面や手などの露出部位にみられる“かさぶた”を伴うことの多い、赤色~赤紫色で境界不明瞭な角化性~びらん性病変です。紫外線の刺激が原因とされています。表皮内有棘細胞がんであり有棘細胞がんに進行することも多いです。
乳房パジェット病と乳房外パジェット病があります。
乳房外パジェット病は、外陰部、腋窩部、肛門周囲に好発します。紅斑、びらん、色素沈着や色素脱失を伴う多彩な状態を呈し、湿疹や白癬やカンジダのようにみえることも多いです。がん細胞は表皮内にとどまっている時期が長く続いていてから、真皮に到達してパジェットがんになりますが、肉眼的に両者を鑑別することは困難です。したがってパジェット病とパジェットがんはあえて区別せずにパジェット病と呼ばれることが多いです。パジェット病は病変の境界が肉眼的には不明瞭で、また境界から少し離れた部位に病変が存在することも多いことに加えて、外陰部と腋窩※1(まれに両側の腋窩)に同時にパジェット病がみられることがあります。そのため、肉眼的に病変の境界と思われる部位から1㎝ほど離れた腫瘍細胞がないと思われる部位を生検するmapping biopsy※2を行うことが一般的です。さらに外陰部パジェット病の患者さんに対しては、腋窩に皮疹がみられなくても生検※3を行うべきとする考え方もあります。
※1 腋窩(えきか):わきの下のこと
※2 mapping biopsy:マッピング生検とも呼ばれる。病巣周囲の複数箇所に小さなメスを挿入して組織を採り、がん細胞の有無を検索する方法
※3 生検:病理組織検査を行い診断をつけるために、病変部の一部をメスなどで切除して検査すること。通常は局所麻酔をして行う。小児の患者さんや、病変が深部である場合は、全身麻酔で行うこともある。
基底層に存在するメラノサイトから発症し、白人に多く黒人には少ない悪性腫瘍です。日本では年間1,500~2,000人が発症(10万人あたり約1~2人発症)しているとされていますが、紫外線の影響が原因と考えられていて世界的にも増加傾向にあります。悪性黒色腫を疑う臨床的所見には、不規則性、境界不鮮明、色調多彩、拡大傾向、表面隆起の、5つの特徴があります。悪性黒色腫は臨床症状と病理所見から結節型、表在拡大型、末端黒子型、悪性黒子型の大きく4つに分類されます。4つの病型によって予後は異なりますが、腫瘍の浸潤の深さ(腫瘍の厚さ)が、予後を決める大きな因子となります。いずれの場合でも他の皮膚悪性腫瘍より、リンパ行性・血行性に転移しやすく、また再発する可能性も高く、根治が難しい腫瘍です。早期に発見して診断をつけ早期に手術で確実に切除することが非常に重要です。
青年男子の体幹が好発部位です。皮下の硬結から生じ暗赤褐色で硬い半球状となることが多く、悪性度は低く転移を来すことは少ないですが、局所再発しやすく再発すると悪性度が増していくので、腫瘍の近縁から2~3cm離した広範囲に切除することが推奨されています。
高齢者の頭部に好発します。暗赤紫色で隆起して“びらん”や“かさぶた”を生じますが、毛髪に隠れて気がつきにくく気がついたときには進行していることが多いため、血管の内皮細胞に発生し血行性に肺に転移しやすい予後不良の腫瘍です。早期例では手術を行ったあとに再発しやすいといえます。
皮膚にみられる腫瘍の多くは、ほくろ(色素性母斑)に代表されるような良性腫瘍であることがほとんどです。皮膚が変色している部分があっても悪性腫瘍の頻度は少なく、専門医でも良性腫瘍か悪性腫瘍か判断に迷うような場合も少なくありません。
診断は主に下記の3つの方法で行われます。
まずはじめに視診が行われます。年齢、職業、発生からの経過や自覚症状などを問診した後、腫瘍の部位、色や性状などをよく観察し、可能性の高い疾患を挙げていきます。視診のみでも診断がつく場合もありますが、そうでないことも多いです。近年ではダーモスコープと呼ばれる検査機器を用いて皮膚の腫瘍や色素病変をより詳細に観察する検査が行われています。ダーモスコープとは特殊な虫眼鏡(拡大鏡)のような検査機器で、目でみる視診よりも病変部を鮮明に観察できます。しかし、ダーモスコープで検査しても診断がつかないことも少なくありません。診断がついても細かな診断には至らないこともあります。確定診断を下すためには皮膚生検が有用です。生検は腫瘍の一部あるいは小さい場合はすべてを採取して顕微鏡で診断する方法です。採取するときに使用する器具(パンチ/トレパン、メスなど)や採取量(一部か全部か)によって、生検にも種類があります。原則として局所麻酔を行ってから生検を行いますが、局所麻酔時に腫瘍が播種することがあるため細心の注意が求められます。腫瘍に外科的な刺激を加えると拡大悪化しやすくなるので、根治手術を念頭において生検の予定を立てることになります。
皮膚の悪性腫瘍の治療の基本は手術療法です。根治には手術によって悪性腫瘍を取り除くことが必要です。手術には局所麻酔でできる手術と、腰椎麻酔や全身麻酔でなければできない手術があります。手術を行う前には、どのような手術方法を行っていくべきかを考えると同時に、その患者さんにはどの麻酔方法が可能であるかを検討する必要があります。
手術を行うには麻酔が不可欠です。麻酔方法は全身麻酔・腰椎麻酔・局所麻酔に大きく分けられ、患者さんの状態や手術方法により適応となる麻酔方法は異なります。全身麻酔は患者さんが痛みを感じたり動いたりしないので、深部の手術、細かな手術や長時間の手術に有用です。全身麻酔をかける場合は原則として入院が必要です。局所麻酔は、手術する部位が体表表層で、範囲が狭い短時間の手術の場合に用いられます。多くの局所麻酔手術では入院は不要です。
皮膚の悪性腫瘍は高齢になるほど発症しやすくなります。患者さんが高齢である場合、心臓や肺など内臓に持病があり全身麻酔をかけることが危険なことがあります。また出血が止まりにくい薬を服用されている方には、腰椎麻酔がリスクとなる場合があります。したがって手術を行う前には心臓や肺の機能を調べる検査、血液の凝固能、血栓の有無、糖尿病・腎臓病・肝臓病の有無など、麻酔の危険性を判断するための検査が必要となります。全身状態や予備能力は個人差があり、年齢だけでは麻酔や手術が可能か否かを決めることはできません。皮膚の悪性腫瘍の進行度と合わせて、患者さんの術前検査結果を評価したうえで患者さんとご家族の治療における優先順位を考慮して皮膚移植の具体的な方法を決定します。
手術前に行う心臓や肺の機能の検査結果から、どのような手術方法を選ぶか判断していきます。
まずは全身麻酔をかけられるかどうかを検討します。基本的には全身麻酔での手術が行われますが、心臓や肺の機能が低下している患者さんでは局所麻酔を選択する場合があります。全身麻酔にするのか、局所麻酔にするのかで手術の方法が大きく変わってきます。
生検や腫瘍の切除は局所麻酔や生検や摘出手術時に播種する可能性があるので、細心の注意が必要とされます。悪性腫瘍を取り残しなく完全に切除するには、腫瘍辺縁より3~30mm以上離して切除すること(広汎切除手術)が求められます。その際にどこまでが病変であるかを正確に判断し、腫瘍の辺縁を決定することがとても重要になります。薄くにじんでいる部分や、色素が抜けている部分は見落としやすく、また湿疹があると判定しにくい場合があります。
皮膚の移植には植皮と皮弁があります。いずれの場合も自分の体の組織しか用いることができません。被覆する欠損の大きさや部位からどの部位の皮膚を用いるのがよいか、麻酔方法、手術時間などを総合的に考慮して手術方法を考えます。
悪性黒色腫は再発のリスクが高い疾患であるため、術後は抗がん薬治療を行うこともあります。しかし、その他の皮膚の悪性腫瘍では手術後に抜糸が完了すれば治療はほとんど終えられ、放射線治療や薬物治療は通常行わないと考えられます。抜糸後から半年程度は月に1度のペースで外来通院にて、手術部位がかゆくなったり硬くなったり赤くなったりしていないかを確認していきます。手術の後の傷にケロイドや肥厚性瘢痕の症状がみられた場合は、ステロイド薬の注射や貼り薬などを用いた治療を行います。1~5年間は定期受診をして再発がないことを確認していくことが大切です。
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