人の体は心臓を起点にして、臓器や指先、足先と、全身の隅々まで血管が行き渡っています。この血管に炎症が起こる病気を「血管炎」といいます。血管炎は炎症が起きた血管の太さや病態に応じて様々なタイプに分類されますが、このうち抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)が陽性となるタイプの血管炎を「ANCA(アンカ)関連血管炎」と呼びます。膠原病の一種ともいわれるANCA関連血管炎の初期診断は非常に難しく、根治療法も確立されていませんが、現在では新しい治療法が続々と開発され、治療に選択肢が生まれてきています。今回の記事では、難病とされるANCA関連血管炎について、杏林大学第一内科リウマチ膠原病内科教授の有村義宏先生にお話しいただきました。
元々血管は血液を各所に運ぶための「道路」の役割を果たしています。主に大動脈とその主要分岐(大型血管)、腎動脈などの各臓器につながる血管と臓器内の主分岐(中型血管)、さらに臓器の中で分岐を繰り返し毛細血管となる細い血管(小型血管)の3種類から成り立ち、これらの血管が体の隅々まで行き渡ることで全身の細部に血液が運ばれる仕組みになっています。
血管炎は、この「血管」に炎症が起こる病気です。肺炎や脳炎などの病気では各臓器ごとに炎症が起こりますが、血管炎の場合、血管が体中に分布しているので、あらゆる臓器に炎症が起こり「臓器障害」をきたす可能性があります。つまり、血管炎は全身性の疾患といえるのです。
今回は、このなかのANCA関連血管炎について詳しくご説明していきます。
「ANCA」とはanti-neutrophil cytoplasmic antibodyの略称で、抗好中球細胞質抗体のことを指します。ANCA関連血管炎とは好中球のなかにある細胞質(核以外の物質)に対する抗体が陽性になる頻度の高い小型血管炎の総称です。
ANCA関連血管炎はさらに3つのタイプに区別されます。
では、それぞれの血管炎の症状と特徴について詳しくみていきましょう。
多発血管炎肉芽腫症では、肉芽腫と血管炎が主な症状として挙げられます。
発症初期には耳や眼、鼻などの上気道に肉芽腫や血管炎が起こり、鼻の病変が進行すると鞍鼻(あんび:鼻の軟骨が障害されて鼻が凹んだ状態になる)になるのも特徴です。
(鞍鼻の状態)
また、眼の部分に肉芽腫ができると眼球が突出する場合も、難聴になる場合もあります。さらに病状が進行すると肺や腎臓にも肉芽腫や血管炎が発生します。血痰や息切れがみられたり、腎臓の働きが悪くなり透析治療が必要になる場合もあります。
以前、多発血管炎性肉芽腫症は「ウェゲナー肉芽腫症」と呼ばれていましたが、国際的に討議が行われた結果、現在では多発血管炎性肉芽腫症と正式名称が変更されており、専門家の間ではすでにウェゲナー肉芽腫症という名称は用いられていません。
ANCA関連血管炎のなかでも白血球の一種「好酸球」が深く関係しています。その名の通り、好酸球の異常増加が見られる病気で、好酸球の増加やANCAが関連して毛細血管の炎症を引き起こすことで様々な臓器の障害を生じます。喘息やアレルギー性鼻炎にかかっている方に起こるのも特徴です。
ANCA関連血管炎の中では、日本人に最も多い病気です。顕微鏡的多発血管炎では、顕微鏡で観察できる程度の太さの細い動脈(細動脈や毛細血管など)や静脈に炎症が多発します。とくに、腎臓の糸球体の毛細血管や肺胞を取り囲む毛細血管の壊死性炎症が特徴的で、数週から数カ月で急激に腎臓の働きが悪くなる腎炎や血痰や息切れを起こすことがあります。重症のときは、透析治療が必要になったり、間質性肺炎(かんしつせいはいえん)という空咳や息切れを起こす場合もあります。
※間質性肺炎は肺の間質(かんしつ:肺胞と肺胞の隙間の部分)に炎症がおき、肺が硬くなってしまう病気です。
今でもANCA関連血管炎を診断するのは難しく、特に初期症状から血管炎を見抜くのは困難です。なぜならANCA関連血管炎は様々な臓器に起きるため、症状が多彩であることや、ときには初期症状が風邪に似る場合や、熱、尿の異常のみ、眼の異常のみ、鼻の異常のみといった場合があるためです。ただし、ANCAという自己抗体の測定ができるようになったことで、早期診断ができるケースは増えてきています。
ANCA関連血管炎を診断するにあたり重要な指標となるのは、PR3-ANCA(proteinasen3: PR3 プロテイネース3という酵素に対する自己抗体)とMPO-ANCA(myeloperoxidase:MPOミエロペルオコシダーゼという酵素に対する自己抗体)の二種類です。
具体的には、PR3-ANCAが陽性の場合には多発血管炎性肉芽腫症の可能性が高く、MPO-ANCAが陽性の場合には顕微鏡的多発血管炎および好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の可能性が高まります。このような形である程度の鑑別をつけることができます。
ただし、最近の日本の症例では、多発血管炎性肉芽腫症のうち約半数の患者さんはMPO-ANCAが陽性になることがわかってきました。ですから、MPO-ANCAが陽性だからといってすぐに顕微鏡的多発血管炎あるいは好酸球性多発血管炎性肉芽腫症と断定することはできません。
さらに、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症では、MPO-ANCAが陽性となるケースは半数にとどまります。つまり、ANCA陰性であるが好酸球性多発血管炎性肉芽腫症と診断される場合もあるということです。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症をはじめとした血管炎は、ANCAだけでなく好酸球増加、肉芽腫所見、血管炎症状など総合的にみて診断します。
ANCAの測定は必ず行う検査ですが、これはあくまで診断項目の一つですから、確定診断に至るにはやはり総合的に判断する必要があります。
たとえば、不思議な病名ですが、ANCAが陰性のANCA関連血管炎(ANCA陰性ANCA関連血管炎)という病気もあります。ANCAが陰性であることを除けば、ANCA関連血管炎の所見に一致している場合にこの病名と診断します。これは、現在の技術ではまだANCAをみつけられていない可能性や未知のANCAがある可能性があるからです。
血液検査の他には、血管の生検や皮膚生検、腎生検などを行って診断に役立たせることがあります。
ANCA関連血管炎には世界で統一された診断基準がなく、ヨーロッパやアメリカ、日本では異なる基準で疾患を診断しています。ここでは代表的な分類であるチャペルヒル分類とアメリカリウマチ学会の分類、Wattsの分類、そして厚生労働省難治性血管炎に関する調査研究班の診断基準についてそれぞれの違いを説明していきます。
チャペルヒル分類は病気の名前や定義を決めるための分類で、疾患概念などの基本的な部分を取り決めています。また、各血管炎の定義には組織学的所見が含まれているため、血管や腎臓などの組織学的な検査が必要です。
アメリカリウマチ学会(ACR)における血管炎の分類には、まだANCAや顕微鏡的多発血管炎の概念がとりいれられていません。
Wattsの分類とは、疫学的に各疾患を分類する際に用いる基準で、アルゴリズムに沿って各血管炎を診断します。なお、Wattsの分類では組織学的な検査は必須ではありません。
Wattsの分類において、ANCA関連血管炎が疑われる場合にはまず、「好酸球が増えているか、喘息にかかっているか」を調べます。これによってまず好酸球性多発血管炎性肉芽腫症であるかどうかを分類し、好酸球が増えていない場合は鼻の壊疽や眼、鼻、肺などに肉芽腫の所見があるかを診て、今度は多発血管炎性肉芽腫症であるかどうかを分類します。どちらにも該当せず、ANCA陽性の血管炎の場合には顕微鏡的多発血管炎に分類します。
日本で上述した欧米式のWatts分類を用いた場合、いずれにも分類できない「分類不能」となってしまうタイプが20%程度あります。この分類不能には、日本に多いとされるANCA陽性の間質性肺炎が含まれています。
日本では、厚生労働省の「診断基準」を使って診断することが多いです。この診断基準には、MPO-ANCAや間質性肺炎など日本のANCA関連血管炎の特徴を取り入れてあり、組織検査をしなくても、ANCA関連血管炎の各疾患を診断できるように作られています。
今では、ANCA関連血管炎の各疾患は、指定難病に認定されています。
最近、一般の方や患者さんに血管炎をより正確に知っていただき、診療に役立て、そして患者さんが前向きな気持ちで毎日を過ごせるように、厚生労働省難治性血管炎に関する調査研究班によるホームページを立ち上げました。これから少しずつ充実させていく予定です。
関連サイト:「難治性血管炎に関する調査研究」
基本的には副腎皮質ステロイドと免疫抑制薬の二種類を併用する治療が行われますが、副腎皮質ステロイド単独使用のケースもあります。詳細は患者さんの病状や年齢、合併症に応じて投与量や薬剤数を調整していきます。
ANCA関連血管炎には新しい治療法も続々と研究・開発がなされており、実際に現在ではシクロホスファミド水和物(長年ANCA関連血管炎の治療に用いられてきた免疫抑制薬)の点滴静注療法や大量免疫グロブリン療法(好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の末梢神経障害に対する治療)、そして新しい免疫抑制薬であるリツキシマブの登場などで、患者さんの状態により合わせた治療の選択ができるようになりました。
・シクロホスファミド水和物は腎排泄性で、腎機能が悪いと減量しなければなりません。
・リツキシマブは腎排泄性ではないので、腎臓が悪くても通常量を使うことができます。
・シクロホスファミド水和物は妊婦さんに禁忌ですが、リツキシマブは妊娠希望の方にも使用可能といわれています。
・免疫グロブリン療法は現在好酸球性多発血管炎性肉芽腫症でおこる神経障害に保険適応のみですが、同じような神経障害は他の血管炎にも起こるので、適応拡大を目的とした治験が行われています。また、関節リウマチで用いられている生物製剤などもANCA関連血管炎に治験が計画されているので、これからさらに新しい治療法が登場してくると考えています。
最近、顕微鏡的多発血管炎と多発血管炎性肉芽腫症の治療に保険適用になったリツキシマブは、シクロホスファミド水和物と同等の効果と副作用のある薬です。患者さんによっては、シクロホスファミド水和物は効かなかったがリツキシマブがよく効いたというケースもありますし、逆のパターンもあります。同じ力を持つ薬を二種類使えるようなったことは心強いです。
杏林大学医学部第一内科学教室(腎臓・リウマチ膠原病内科) 教授
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