医療法人社団彰耀会 メモリーケアクリニック湘南 理事長・院長、横浜市立大学医学部 臨床教授
内門 大丈 先生
栄樹庵診療所 院長、東京慈恵会医科大学 精神医学講座 客員教授、東京慈恵会医科大学附属病院 精...
繁田 雅弘 先生
日本は世界でも比類なく高齢化が進展し、認知症は増加の一途を辿っています。
認知症は、重症化したとき、患者さん本人やご家族、介護にかかわる方々に大きな負担がかかる場合があります。そのため、認知症は医学的観点のみならず、社会的観点からも大きな課題を抱える病気といえます。このようななか、認知症予防・対策を目的とした「日本認知症予防学会」が2011年に設立され、神奈川県支部ではさまざまな活動を行なっています。
去る2018年8月2日(木)、神奈川県の横浜市社会福祉センターにて、市民公開講座「認知症予防を再考する—当事者の声を聴けていますか?」が開催されました。本記事では、繁田雅弘先生の特別講演を中心に、当日の様子(後半)をレポートします。
認知症当事者の声、小田原での実践など、前半の様子は記事1『市民公開講座「認知症予防を再考する」レポート①』をご覧ください。
記事1『市民公開講座「認知症予防を再考する」レポート①』でお伝えした講演に続き、東京慈恵会医科大学 精神医学講座教授の繁田雅弘先生より「認知症予防を再考する」をテーマにした特別講演が行われました。
座長:日本認知症予防学会神奈川県支部 支部長 北村伸先生
講師:東京慈恵会医科大学 精神医学講座教授 繁田雅弘先生
2018年8月現在、アルツハイマー型認知症に対する薬物治療では4種類の薬を用いて治療が行われます。それら治療薬を使うことで、アルツハイマー病の進行を遅らせることが可能です。
画面のグラフの縦軸は、認知機能テストの点数(下にいくほど認知症の症状が強い)、横軸は時間の経過、緑色の線が治療開始時の認知機能テストの点数を表しています。つまり、アルツハイマー型認知症の治療を開始することで、認知機能の低下をどの程度抑制できるのかを時間経過と共に示したデータです。
こちらのグラフは、今から10数年前に調べた際の結果です。治療開始から1年ほど経過すると治療開始時の成績を下回り、その後は徐々に症状が強くなっています。
一方、以下に示すのは、2016年に行われた調査結果のグラフです。治療開始から1年が経過しても治療開始時の成績を下回っておらず、2年経つと少し下回っていることがわかります。近年では、以前よりも長い期間アルツハイマー型認知症の進行を抑える、よりよい治療法が検討され続けています。
以前と比べると、アルツハイマー型認知症の治療効果は徐々に向上し、進行のスピードが遅くなっているといえます。このような変化の理由には、治療薬の進歩、介護保険サービスの内容が充実したこと、認知症ケア・リハビリの概念の普及、家族の理解の深まりなどがあると考えています。
「認知症になるとどんどん進行してしまう」というイメージを持たれる方もまだいらっしゃいます。しかし、必ずしもそうではないということや、治療も日々進歩しているということを、本日は皆さんに知っていただきたいと思います。
こちらは、私が認知症患者さんご本人にお話する際に用いるイラストです。
縦軸が進行の程度を、横軸が時間経過を表しています。軽度とは「軽度認知障害*」、つまり、物忘れ程度の記憶障害などはあっても、ご自身で生活できる状態です。進行を遅らせることができれば、そのぶん自宅で生活できる時間が増えます。
軽度認知障害・・・記憶低下または認知機能低下の客観的証拠(家族の観察、神経心理検査など)はあるが、生活に支障をきたしていない状態
先ほど述べたように、さまざまな要素が重なり、認知症の経過は変化しています。認知症を完全に治すことや進行を止めることはできなくとも、進行の速度を遅らせることには、本人や家族の喜びにもつながり、大きな意味があるでしょう。
ここで、私の大好きな研究のひとつをご紹介します。
研究論文のタイトルは「アルツハイマー病における記憶なき感情」です。アルツハイマー病の方のグループと、健常者のグループに映画の悲しいシーンだけを観てもらい、「悲しい」という感情を、時間経過と共に測定します。
縦軸が悲しみの大きさ(5段階評価)を、横軸が時間経過を表し、青色の折れ線がアルツハイマー病のグループ、黄色の折れ線が健常者のグループの結果を示しています。
研究の結果、両者の感情の変化に大きな差はないことがわかりました。
脳内に蓄えられる記憶にはさまざまな要素がありますが、この研究によって、少なくとも気分や感情は障害されにくい、という可能性が示されたのです。
もし、ご家族に認知症の方がいて、旅行などの記憶がなくなってしまうと憂いているときには、ぜひこの研究を思い出して欲しいです。旅行先や日付など、言葉で表せるような記憶は失われやすいとしても、旅行先で感じた感情は、ご本人のなかにきっと残っているはずです。
医療でいう「予防」には、3つの種類があります。
これからお話する「予防」は、三次予防を指しています。
アルツハイマー型認知症は、何らかの原因で脳内に「アミロイドβ」という異常タンパク質が蓄積し、神経細胞が障害されることで起こると考えられています。
認知症予防には、障害されていない神経細胞を活性化させることで本人の能力を発揮させたり、アルツハイマー型認知症の発症を遅らせたりする発想があります。それによって、今後の研究効果が期待されています。
そして、この考え方に基づいた脳のさまざまな場所を刺激する「脳トレ」には、3つの種類があります。
1つ目は、脳トレと運動の2つを同時に行う方法です。脳トレには「認知トレーニング」と「認知リハビリテーション」の2種類があります。
認知トレーニングとは、ある一定の条件を整えた状況で、特定の認知機能をトレーニングすることを指します。たとえば、記憶のテストを繰り返し行い、認知機能の維持や改善を目指します。
一方、認知リハビリテーションとは、認知機能の集合体である日常生活上の課題、たとえば調理や趣味、日課などを用いて行う訓練を指します。
一般的に、ウォーキングやジョギングなどの運動は、高齢者の身体機能維持に効果があるとされています。さらに、近年では運動が認知機能の低下を予防する可能性も期待されています。
非習熟動作とは、慣れていない動きをすることを指します。たとえば、勝ち負けが逆のルールでジャンケンをする、普段料理をしない方が料理をする、などです。
最近では、認知症や高次脳機能障害など、記憶障害を伴う症例に対する記憶リハビリテーションにおいて「エラーレス・ラーニング」が代表的な技法として用いられています。
エラーレス・ラーニングとは、対象者にできるだけエラーを経験させずに、正解だけを反復することで学習を成立させる方法を指します。
これまで「認知機能低下の予防」についてお話をしてきました。しかし、脳トレをして認知機能テストの成績を上げることと、患者さんが自分自身の生活を幸せに生きることは、別のものです。
認知症の疑いが生じたとき、多くの場合は医療が介入することとなり、病院へ通うと思います。それはなぜですか?認知機能テストでよい成績を残すためですか?認知症と確定されるのを避けるためでしょうか?
その真の目的は、「認知症になったとしても、治療や予防を通して、それまでの生活との継続性を持って自分らしく暮らすため」ではありませんか。そのためには、認知機能低下の予防だけでなく、認知症によって起こりうるさまざまな「予防するべきもの」があります。
これらを予防することは、患者さんが「自分らしく暮らすため」に必要になるでしょう。
私は、それぞれの価値観、人生観、生命観のもとに認知症を考えることが、大切であると考えています。
ここで、何名か認知症の患者さんのお話をします。
Aさんは、もともと働き者で家事の手際もよかったのですが、アルツハイマー型認知症と診断されてから家事をやらなくなり、散歩にも出かけなくなりました。症状として、意欲の低下が現れていたと考えられます。
Aさんの息子や夫は、料理や散歩を再びするよう何度もすすめました。しかし効果はなく、デイサービスにも行かなくなりました。息子は「自分が事業で失敗し負債を抱えたことで母に心配をかけ、そのせいで認知症になった」と思っていたようです。
しかしあるとき、Aさんは息子に「ごめんなさい」と謝りました。「どうしてもやる気がおきない。でもみんな(家族)が本当によくしてくれて、いくら感謝しても足りない。」という言葉を聞いて、息子はとても驚き、救われた気持ちになったといいます。
Aさんは、母として、何を守ろうとしたのでしょうか。
Bさんは、認知症の母親を介護しながら暮らしていました。あるときそのことを知った上司が、介護しやすいようにと、同等の給料で残業なく働ける部署への配置転換をすすめてくれました。
しかし、Bさんはお断りしました。なぜなら、今の仕事内容が充実していて、仕事仲間のことも好きだからです。Bさんは「私が仕事を楽しんで、充実した人生を送ることを、きっと母は嬉しく誇らしく思ってくれると思います。」といいました。
仕事を続けながら介護をするのは、たいへんなことです。しかし、すべてを介護に捧げるのではなく、それぞれの人生を楽しみながら介護をすることは大切です。Bさんのエピソードは、そのことを感じさせてくれました。
皆さんが認知症になったとき、もの忘れをしないことばかりにとらわれず、「自分らしく生きること」を優先してほしいと思います。
ご家族が認知症になったとき、進行の予防ばかりにこだわると、失望や落胆の連続で幸せになれないことがあるでしょう。
昔を振り返れば、数え切れないほどのかけがえのない思い出が蘇ってくると思います。苦労したことや、つらかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと—。
そのなかから、楽しかったことや嬉しかったことを繰り返し思い出してください。
そして、その延長線上で、自分がどのように生きるのかを考えてみてください。
医療を何のために使うのか、問い直すことはとても大切なことです。それを一緒に考えてくれる人を、少なくとも1人探しておくこともおすすめします。
医療は、認知症を完全に治し、もとの状態に戻すことはできません。しかし、あなたが自分らしく暮らすことに全力で応えられるよう、準備しています。
最後に、日本認知症予防学会 事務局長の内門大丈先生より閉会の挨拶が行われました。
内門大丈先生:本日は、はじめに認知症当事者からのお話、そして小田原での認知症予防の実践、最後に繁田先生のお話がありました。おそらく、認知症についてさまざまなことを考える機会になったと思います。
私は「人生において何が大切か?を考える」ということが、まさに認知症予防につながるのではないかと、考えました。
日本認知症予防学会の取り組みは非常に重要だと考えますので、これからも神奈川県支部では、市民公開講座を含めて、活動を続けていきたいと思います。
改めまして、本日はどうもありがとうございました。
このようにして、市民公開講座は、たくさんの拍手と共に閉会しました。
医療法人社団彰耀会 メモリーケアクリニック湘南 理事長・院長、横浜市立大学医学部 臨床教授
栄樹庵診療所 院長、東京慈恵会医科大学 精神医学講座 客員教授、東京慈恵会医科大学附属病院 精神神経科 客員診療医長
医療法人社団彰耀会 メモリーケアクリニック湘南 理事長・院長、横浜市立大学医学部 臨床教授
日本精神神経学会 精神科専門医・精神科指導医
1996年横浜市立大学医学部卒業。2004年横浜市立大学大学院博士課程(精神医学専攻)修了。大学院在学中に東京都精神医学総合研究所(現東京都医学総合研究所)で神経病理学の研究を行い、2004年より2年間、米国ジャクソンビルのメイヨークリニックに研究留学。2006年医療法人積愛会 横浜舞岡病院を経て、2008年横浜南共済病院神経科部長に就任。2011年湘南いなほクリニック院長を経て、2022年4月より現職。湘南いなほクリニック在籍中は認知症の人の在宅医療を推進。日本認知症予防学会 神奈川県支部支部長、湘南健康大学代表、N-Pネットワーク研究会代表世話人、SHIGETAハウスプロジェクト副代表、一般社団法人日本音楽医療福祉協会副理事長、レビー小体型認知症研究会事務局長などを通じて、認知症に関する啓発活動・地域コミュニティの活性化に取り組んでいる。
繁田 雅弘 先生の所属医療機関
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