大動脈弁狭窄症の治療方法のひとつであるTAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)。日本では2013年に保険適用の対象となり、それから現在に至るまで、臨床の現場で徐々に治療に関する知見が蓄積されてきました。本記事では2013年のTAVI導入時と現在の大動脈弁狭窄症の治療に関する変化について、慶應義塾大学医学部循環器内科の林田 健太郎先生にお話を伺いました。
TAVIは、大動脈弁狭窄症の治療法のひとつです。大動脈弁狭窄症は、心臓の出口で血液の逆流を防いでいる“大動脈弁”の開きが悪く(狭く)なり、大動脈に血液が十分に送れなくなる病気で、TAVIが登場するまでは、開胸手術が標準の治療法とされてきました。
しかし、開胸手術は患者さんにとっても負担が大きく、たとえばご高齢の方や、持病のある方、長期入院が難しい方など、治療が受けられない患者さんが一定数いるという問題がありました。そのような状況を解決するため、2002年にフランスでカテーテルを用いて行われた治療が、TAVIの始まりです。日本では2013年に保険適用の対象となり、より低侵襲で患者さんへの負担が少ない治療法として、2020年3月現在まで、臨床現場における治療成績が相次いで発表されるなど、徐々に知見が蓄積されてきています。
TAVIは、カテーテルといわれる医療用の細い管を挿入して、開きが悪くなった大動脈弁を人工弁に置き換える治療です。どこからカテーテルを挿入するかによって、いくつかの方法に分けられますが、もっとも侵襲が少なくて済む“経大腿アプローチ”が第一選択となります。しかし、足の血管が細い、血管の石灰化が激しいといった場合には、経心尖、経鎖骨下、経大動脈というアプローチ方法が選択されます。
TAVIにおける最大のメリットは、やはり体への負担が少なくて済む(低侵襲である)ことです。開胸手術の場合には、一時的に心肺を停止させる必要があり、体への負担は大きくなります。しかし、TAVIでは心肺を停止する必要はなく、また傷口もカテーテルを挿入するための1cm程度の小さいもので済むため、結果的に入院期間が短縮できます。開胸手術の場合には、最低でも術後2週間程度は入院が必要となりますが、TAVIの場合は、術後3~4日程度の入院が一般的で、退院後もすぐに日常生活に戻ることが可能です。
TAVIが誕生したことにより、従来であれば開胸手術の負担に耐えられなかった方(ご高齢の方や、持病などを持っている方)でも治療を受けられる可能性が広がっています。
一方、TAVIのデメリットは、治療から10年以上が経過した際の成績(長期成績)に関するデータが乏しい点です。ただし、これは世界でTAVIが行われ始めてから20年も経っていないことに加え、現時点ではTAVIの適応となる患者さんは高齢の方が中心で、長期成績が集まりづらいという背景によるものです。徐々にTAVIの適応年齢が広がっていることから、今後は長期成績に関する報告が増えていくことが期待できます。しかし、2020年5月現在、外科手術で置き換える弁とTAVIで置き換える弁を比較して、耐久性に差があるというデータは存在しません。
また、以前はTAVIの実施後に人工弁周囲逆流*を引き起こすこともありましたが、手術に使用する医療機器の進歩などにより、人工弁周囲逆流が起こることは非常に少なくなってきています。
一方で、TAVIで使用する人工弁の種類によっては、外科手術よりもペースメーカーを必要とする可能性が高まるため、治療方針を決定する際には、その点も十分に考慮する必要があります。
*人工弁周囲逆流:人工弁の機能に問題はないものの、人工弁の周囲から血液の逆流が起きてしまうことを指す。重篤な心不全などを引き起こす可能性がある。
2020年3月には大動脈弁狭窄症を含む“弁膜症”の治療ガイドラインが発行されました。新ガイドラインでは、これまで蓄積された知見をもとに治療の適応などの見直しが行われており、大動脈弁狭窄症の治療にも変化がありました。
従来、TAVIの適応は、ご高齢で外科手術の負担に耐えられない、持病などがあり外科手術を行うにはリスクが高いといった理由で、外科手術が困難であると判断された方が中心でした。しかし、これにも徐々に変化があり、TAVIが選択される患者さんは、必ずしも外科手術が難しい方だけではなくなってきています。
その背景として挙げられるのが、治療成績に関する報告が増えてきたという点です。たとえば、外科手術のリスクが中等度の患者さんに対するTAVIと外科手術の成績を比較した研究では、術後の死亡や合併症である脳梗塞の発生は外科手術よりもTAVIのほうが低いという結果があります。さらに、低リスクで外科手術が行える患者さんに対しても、TAVIと外科手術の術後5年までの成績比較がなされており、これも外科手術に劣らぬ成績です。加えて、術後30日時点での死亡と脳梗塞の発生数を複合的に判断すると、TAVIのほうがよい成績であるということも分かっています。
つまり、現時点では低リスク患者さんのTAVIの長期成績に関するデータはないものの、中期成績においては、外科手術と同等もしくはそれ以上、短期成績においては、よりよい成績であることが示されています。
TAVIで使用する人工弁の耐久性は、10年以下の場合、外科手術で使用する弁に劣らない結果を残していますが、10年以上の耐久性へのデータはいまだ乏しい状況です。こうした問題から、今回のガイドラインの改訂によってTAVIの適応年齢が大幅に若年化することはありませんでした。しかし、80歳以上はTAVI、75歳未満は外科手術を優先的に考えることを大まかな目安としたうえで、最新のデータに基づいて患者さん一人ひとりの年齢や体の状態、生活、価値観、希望を重視して治療方針を決定することが重要だという考え方が今後の治療の軸となるようです。こうした治療方針の決定にあたり、医療機関はハートチーム(弁膜症チーム)*を結成し、さまざまな観点から患者さんそれぞれにとって最善となる治療を検討していくことが求められています。
*ハートチーム:循環器内科医や心臓血管外科医、看護師などをはじめとした多職種の医療従事者がひとつのチームとなり、循環器病をもつ患者さんの診療を行うシステム
患者さんの価値観によって治療方針を決定するという流れが出てきたことで、患者さんの意見も非常に重要になってくるといえます。最終的にリスクなどを判断して方針を決定するのは医師ですが、患者さんご自身も大動脈弁狭窄症のそれぞれの治療について、そのメリットやデメリットを理解し、意見を主張する必要が出てくるでしょう。不明な点や不安な点は担当医に相談するなどして、事前に解消しておくことも大切です。
今後、患者さんの価値観を重視したことで、より若年でもTAVIを実施するケースも増加する可能性があります。それによりTAVIの長期成績に関するデータが蓄積されれば、大動脈弁狭窄症の治療にもさらに変化が出てくることが予想されます。
慶應義塾大学医学部循環器内科 特任准教授/心臓カテーテル室主任
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