足やまぶたのむくみ、体重増加を症状とする病気には様々あります。本記事で取り扱う「ネフローゼ症候群」は、尿に大量の蛋白が出てしまうことにより、軽度から重度のむくみが起こるもので、場合によっては長期のケアが必要になることもあります。自然に寛解するものから、透析治療が必要な腎不全に至るものもあるというネフローゼ症候群の原因と最新治療、予後について、東京女子医科大学腎臓内科准教授の森山能仁先生にお話しいただきました。
ネフローゼ症候群とは、様々な原因により尿中に蛋白が多量に出てしまい、血液中の蛋白が減る状態を示す症候名です。
蛋白尿が以下に示すように多量に出ることが定義上最も重要な条件であり、これにより血中の蛋白とアルブミン濃度が低下し、崩れた血管内外のバランスをとるために水分が血管外へと出ていくことで、浮腫(むくみ)をはじめとする症状が現れます。
上記2点を満たしている場合、ネフローゼ症候群と診断されます。このほかに、浮腫と高コレステロール血症が診断の補助となります。
記事1「尿検査でみつかる腎臓病「IgA腎症」の治療」で取り上げたIgA腎症の多くは蛋白尿が1日1g前後であり、ネフローゼ症候群を起こすほどのIgA腎症はそう多くはありません。この数値と比べると、「1日3.5g以上」という量がいかに多いか、おわかりいただけるのではないかと思います。
ネフローゼ症候群の初期には、足のむくみや起床時のまぶたのむくみがみられます。足のむくみの特徴としては、「弁慶の泣き所」といわれる下肢の全面を指で強く押すと、へこんだ状態が持続するというものが挙げられます。
進行すると、全身がむくむ(全身浮腫)、肺に水が溜まり息苦しさを感じるといった症状が現れることもあります。
全身浮腫に伴い体重も増加します。これは、脂肪ではなく水分の増加によるものです。
尿がブクブクと泡立ちます。尿中の蛋白が少ない場合でも泡立ちがみられることがあるので、見逃さず注視していただきたい症状といえます。
ネフローゼ症候群の原因疾患は、腎臓疾患と全身疾患の2つに大別されます。原因疾患が前者の腎臓疾患であるケースを一次性のネフローゼ症候群と呼びます。
ネフローゼ症候群の原因となる主な腎臓疾患は4つあり、次のうちの何が原因となっているかによって、むくみの程度や進行速度、予後は大きく異なります。
腎臓においてフィルターの役割を果たしている「糸球体(しきゅうたい)」の血管の機能変化がおきタンパクが漏れているものです。「微小変化型」という名の通り、普通の顕微鏡で観察する限り糸球体の形状には大きな変化はみられません。子どもから若年層に好発します。ステロイドがよく効きますが、減量すると再発しやすい傾向があります。
一部の糸球体に、部分的な血管の硬化がみられ、その部位から蛋白が漏れていきます。発症は急激で、ステロイドや免疫抑制剤の治療抵抗性の難治性ネフローゼ症候群となりやすく、透析が必要な腎不全に至ることもあります。
糸球体の血管壁だけでなく、血管と血管を保持しているメサンギウム領域に炎症が起こる疾患です。若い方から高齢の方まで幅広い年代で発症します。ステロイド治療に対する反応が悪く、難治性となる症例もあります。
糸球体の血管壁に免疫複合体が付着し、タンパクが尿中へと漏れ出てしまう疾患です。高齢発症が多く、通常ステロイドにて治療することが多いですが、治療せずとも自然寛解することもあります。
糖尿病の増加に伴い日本において増加しており、透析治療が必要な腎不全に至る割合が最も多い疾患です。
このほか、膠原病(全身性エリテマトーデスやリウマチ)、慢性肝炎、悪性腫瘍が原因疾患となることもあります。
また、抗リウマチ薬(ブシラミンや金製剤)や、頻度は低いものの非ステロイド性の鎮痛剤(NSAIDs)、肝炎の治療薬であるインターフェロンなどの薬剤によってネフローゼ症候群を起こすこともあります。
既に何らかの疾患の治療をしていてネフローゼ症候群が起こった場合は、原発性のネフローゼ症候群なのか薬剤によるものなのかを鑑別することが重要です。病歴や薬歴を医師に正確に伝えましょう。
本項で述べた全身疾患が原因のネフローゼ症候群の治療の際は、まずベースとなっている疾患をコントロールすることが大切です。たとえば糖尿病性腎症であれば、厳格な血糖コントロールが最重要であり、更にむくみなどの対症的な治療を行うというわけです。
本項では、腎臓疾患が原因となっているネフローゼ症候群の治療についてお話します。4つの原因疾患により、治療期間や薬の効きやすさは変わりますが、基本的にはステロイド治療が第一選択となります。治療目標は蛋白尿を抑えて寛解状態にすることであり、これが難しい症例においては、少なくとも1g以下に抑えることを目指します。
ステロイド薬で蛋白尿を抑えられない症例には、シクロスポリンやシクロホスファミド水和物、ミゾリビンなどの免疫抑制剤を使用します。
ただし、症例によってはステロイド薬と免疫抑制剤の効きが悪く、難治性ネフローゼ症候群となるケースもあります。
ネフローゼ症候群に対して用いるステロイド薬はIgA腎症の治療時よりも多く、目安としては体重1kgあたり0.8~1.0mgとなります。たとえば体重が50kgの人であれば40~50mg処方します。ステロイドパルス療法も併用することもあります。そのため入院期間もやや長くなり、多くの方は1か月から1か月半ほど入院して治療を受けています。
また、ネフローゼ症候群に対する治療のほか、むくみに対する治療も同時並行で行います。特に発症直後はむくみが強く現れるため、食事においては塩分制限をし、加えて利尿剤を服用して水分の排出を促します。
また、血栓が形成されやすい状態になるため、血液が固まってしまわないようにする抗凝固法も同時並行で行います。
具体的な治療の順番としては、まず利尿剤を使ってむくみをコントロールしつつ、確定診断のために腎生検を行い、診断がつき次第ステロイド治療に入ります。
ネフローゼ症候群の第一選択薬はステロイド薬ですが、薬を中止すると再燃してしまう症例も存在します。頻回再発は特に小児や若年層で発症しやすい微小変化型ネフローゼ症候群に多く、これまで薬を中止できないことにより起こる副作用が問題となっていました。ところが最近になり「リツキシマブ」という悪性リンパ腫の治療薬が登場し、2014年に小児発症(18歳までに発症)の頻回再発型やステロイド依存性を示すネフローゼ症候群の治療薬として保険適用となりました。
私たちはこれまでに成人発症も含めて、倫理審査委員会を通してリツキシマブを用いた臨床研究を行ってきましたが、非常によい効果がみられ、多くの患者さんがステロイド薬や免疫抑制剤を完全に中止するに至ったという結果が得られました。
ステロイド薬や免疫抑制剤を服用する際には、副作用である骨粗鬆症や胃潰瘍を防ぐ薬剤、感染症予防のための抗生物質など多種の薬剤をあわせて服用する必要があるため、リツキシマブによりこれらすべてを完全に中止できたことは、非常に大きな成果であると考えます。
また、リツキシマブには半年に1回の点滴投与のみで済むという利点もあります。
巣状分節性糸球体硬化症や膜状増殖性糸球体腎炎が原因のネフローゼ症候群は難治性に移行しやすく、リツキシマブを使っても蛋白尿はなかなか減らない症例も多いです。特に、巣状分節性糸球体硬化症は10年で約30~50%が腎不全に至っています。
一方、微小変化型ネフローゼ症候群は再発しやすいものの悪化はしにくく、予後は比較的良好という特徴があります。(※5~10%は難治性ネフローゼ症候群に移行します。)
このようにネフローゼ症候群の予後は原因疾患により異なりますが、現時点では難治性ネフローゼ症候群に対する有効性の高い治療法は確立されておらず、今後の検討課題といえます。
難治性になりやすい症例とは尿蛋白を薬剤で抑えられない症例であり、このことからもネフローゼ症候群の治療において最も重要なことは、「蛋白尿を減らすこと」であるといえます。そのために現時点ではステロイド薬が第一選択とされており、次いで免疫抑制剤や新たに登場したリツキシマブなどが使用されます。近年使われるようになったリツキシマブが頻回再発型の微小変化型ネフローゼ症候群治療において良好な成績を出していることから、今後、生物学的製剤も含めた新しい治療薬の開発、臨床応用が期待されます。
東京医科大学腎臓内科 准教授
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