現在、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)では、iPS細胞を用いたパーキンソン病治療の実用化に向けた研究が行われており、2018年度には特定の患者さんを対象にした臨床試験を開始する計画も立てられています。再生医療の光として世界から注目が集まる研究を主導する京都大学iPS細胞研究所・臨床応用研究部門神経再生研究分野教授の高橋淳先生に、iPS細胞を用いたパーキンソン病治療実用化までのスケジュールや、ES細胞との違いについてお伺いしました。
記事1「京都大学iPS細胞研究所の研究と成果」では、十分に分化させたES細胞をパーキンソン病モデルの霊長類に移植したところ、腫瘍の形成はみられなくなったという研究成果について記しました。
しかし、ES細胞やiPS細胞から移植に最適なドパミン神経細胞のみを誘導することは非常に難しく、従来の手法では他の神経細胞が混ざってしまうこともありました。これは、胎児細胞移植の項目でも述べた後遺症の要因となりかねません。
(胎児細胞移植については記事1「京都大学iPS細胞研究所の研究と成果」をご覧ください。)
また、分化誘導した細胞のなかには、成熟しすぎた細胞や未分化の細胞などの混在もみられ、そのまま移植することはできません。
既に、どのような細胞が混ざっていたら危険かを調べる研究も行っており、2016年に論文発表されています。
(Katsukawa M, Nakajima Y, Fukumoto A, Doi D, Takahashi J. Fail-safe therapy by gamma-ray irradiation against tumor formation by human induced pluripotent stem cell-derived neural progenitors. Stem Cells Dev. 25(11): 815-825 (2016) 外部リンクhttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27059007)
このような危険な細胞の混入を防ぐため、高橋教授らは蛍光染色した細胞のみを選別することのできるセルソーターという機械を使用し、最適な細胞と危険な細胞を効率的に分離しています。
胎児細胞移植の後遺症に関する問題も、セルソーターにより解決できるかもしれません。
ES細胞とは、ヒトの受精卵から作られる細胞です。日本では不妊治療を受けている患者さんの同意を得て、治療時に余った凍結余剰胚を使用しています。
そのため、ES細胞の移植は全て、他人の細胞を移植する「他家移植」に分類されます。
他家移植における最大のリスクは、免疫反応により移植細胞が拒絶されてしまうことであり、移植後は免疫抑制剤を用いた拒絶反応のコントロールが必要になります。ただし、免疫抑制剤を使用することで肝臓や腎臓に負担がかかったり、免疫力が低下して感染症に罹患しやすくなるという新たなリスクも生じてしまいます。
※拒絶反応とは:体内に移植された他人の細胞や臓器を異物(自己以外のもの)と見做し、攻撃すること。免疫機能により起こる。
iPS細胞は、患者さんご自身の血球細胞から作ることができるため、自分の細胞を使った「自家移植」が可能です。自家移植では他家移植と異なり拒絶反応は起こらないため、移植後の免疫抑制剤による治療の必要はありません。
2013年には霊長類を用いた研究を行い、実際に拒絶反応がないことを確認しています。
(Direct Comparison of Autologous and Allogeneic Transplantation of iPSC-Derived Neural Cells in the Brain of a Nonhuman Primate Asuka Morizane, Daisuke Doi, Tetsuhiro Kikuchi, Keisuke Okita, Akitsu Hotta, Toshiyuki Kawasaki, Takuya Hayashi, Hirotaka Onoe, Takashi Shiina, Shinya Yamanaka, Jun Takahashi'Correspondence information about the author Jun TakahashiEmail the author Jun Takahashi Published Online: September 26, 2013 外部リンク http://www.cell.com/stem-cell-reports/abstract/S2213-6711(13)00073-8 )
「自分の細胞で自分を治す」ということは、生物本来の治癒機転である自己修復に繋がります。2018年度以降に始まる臨床試験は他家移植からスタートしますが、高橋教授は「自家移植にも意義がある」と考えているとのことです。
現在、少なくとも遺伝性のパーキンソン病ではない患者さんの血液を元にしたiPS細胞から誘導したドーパミン神経細胞は、移植後正常に機能することが明らかになり始めています。
iPS細胞は、骨髄バンクやさい帯血バンクに登録されている方のご協力を得て、その方が提供された臍帯血や健康なHLAホモ型のドナーさんの血液などからも作っています。これらは他者の細胞を用いた細胞移植ですので、他家移植ということになりますが、ドナーのHLA(白血球の型)によっては拒絶反応を低減することができます。
このような理由から、iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授のグループは、日本人に多いHLA型をホモ接合体として持つドナーの方を集め、「再生医療用iPS細胞ストック」の構築に取り組んでいます。
新薬や新規治療を臨床応用する(実際の診療現場で使用する)ためには、基礎研究、動物実験(非臨床試験)、臨床試験といった長い道のりを辿り、安全性と有効性を確認する必要があります。
高橋教授は「iPS細胞を用いたパーキンソン病の移植療法に関して、動物実験で調べられることは十分に確認しえたといえる段階にあります。」と話しています。
臨床試験では少なくとも2年間経過観察を行う予定なので、臨床試験が最もスムーズに進んだ場合でも、結果が明らかになるのは2020年度以降です。
また、臨床試験を行い人間に対する有効性を確認することは、通過点に過ぎません。高橋教授らは、リスクベネフィットや費用対効果についても妥当と考えられる治療を作ることを目指しており、その治療が広く多くの人に届くよう、保険収載されることを目標としています。
そのためには、どのような人を対象にして臨床試験を行うか、また、何をもって有効性があるとするかを定め、プロトコールを作成せねばなりません。これが現在の課題です。
このように臨床応用までには様々なプロセスを経る必要がありますが、iPS細胞を用いたパーキンソン病治療は実用化に向けて着実に歩を進めています。
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