パーキンソン病の原因はいまだ未解明であり、根本的な治療法は確立していません。
そのようななか治療としては「薬物治療」が中心に行われていますが、病態が進行するとその効果は減弱し、別の治療選択肢が必要となります。薬物治療のほかには「外科療法(手術)」「磁気刺激療法」「修正電気痙攣療法」などの多様なアプローチ方法がありますが、進行したパーキンソン病に対する治療としては、十分な効果が得られないケースもあります。
しかし近年、あらたに「遺伝子治療」という治療選択肢が注目されるようになってきました。遺伝子治療を用いたパーキンソン病とはどのようなものなのでしょうか。神経変性疾患(パーキンソン病、ALSなど)の先端治療の開発を進める自治医科大学 神経内科教授 村松慎一先生にお話を伺いました。
遺伝子治療とは、疾病の治療を目的として遺伝子(または遺伝子を導入した細胞)を人の体内に投与することをいいます※。
遺伝子を体のなかに運ぶには「ベクター」を用いた特殊な方法が必要になります。ベクターとは「遺伝子の運び屋」ともいわれる物質であり、このベクターに目的の遺伝子を挿入して、体内に注入することで、体内に遺伝子を運ぶことができます。近年、優れたベクターの開発がなされており、遺伝子治療の臨床応用は大きく進歩してきました。
※最近では、「遺伝子編集」という技術によって、変異のある遺伝子そのものを修復する遺伝子治療も開発されてきています。
実際に遺伝子が挿入されたベクターはどうやって体内に取り込まれるのでしょうか。
上図は、アデノ随伴ウイルス(AAV)という病原性のないウイルスをベクターとして用いた際の、遺伝子導入の様子です。このように目的遺伝子が挿入されたウイルスベクターを、目的の細胞が存在する部位へ注入すると、その細胞がウイルスに感染し、ウイルス内にあった核酸(DNA)が目的の細胞のなかに移行していきます。
その後、細胞のなかではDNAの転写・翻訳が進み、最終的には導入された遺伝子がコードしていたタンパク質が発現します。こうした技術で作りたいタンパク質を、発現させたい場所に人工的に作り出すことができる技術が遺伝子治療なのです。
それぞれの疾患によって必要なタンパク質は異なりますので、発現させたいタンパク質によって、ベクターに挿入する遺伝子を変えていきます。このように、疾患の発病によって不足してしまったタンパク質を作り出す機構が体のなかに構築されることで、さまざまな疾患の治療が可能になるのです。
ではパーキンソン病では、遺伝子治療を用いてどのタンパク質をつくることが必要なのでしょうか。
パーキンソン病は、進行すると黒質から伸びている神経終末が脱落してきてしまい、その結果TH、GCH、AADCという酵素(タンパク質)の働きが不足してしまいます。こうしてTH、GCH、AADCの機能が低下すると、ドパミン(神経伝達物質のひとつ)がつくられなくなり、パーキンソン病の症状が悪化してしまいます。そのためパーキンソン病ではTH、GCH、AADCというタンパク質を補うことで、症状を改善できると考えられます。
TH、GCH、AADCは脳内でドパミンを合成する際に必要不可欠な3つの酵素です。
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TH チロシン水酸化酵素(tyrosine hydroxylase)
GCH グアノシン三リン酸シクロヒドレース(Guanosine triphosphate cyclohydrolase I)
AADC 芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(aromatic L-amino acid decarboxylase: AADC)
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下図のように、ドパミンが合成されるまでの経路において、この3つの酵素(タンパク質)が大きく関わっています。そのためこの3つの酵素の機能が低下するとドパミンが不足し、パーキンソン病の症状が増悪してしまいます。
そこで考案されたのが、TH、GCH、AADCの遺伝子を導入してドパミン産生能を回復する「遺伝子治療」です。
このようにパーキンソン病の遺伝子治療は、脳にTH、GCH、AADCを発現する遺伝子を導入していく治療法です。この治療を行う際には「脳のどの部位にこれらのタンパク質を注入するか」がとても重要になります。その部位はどこなのかをまず解説していきましょう。
ドパミンは、脳のなかにあるドパミン神経で合成されます。ドパミン神経は脳のいくつかの部位に存在していますが、なかでも運動機能の制御に関わり、パーキンソン病の発症に深く関わっているのは「黒質線条体ドパミン神経」というドパミン神経です。
この黒質線条体ドパミン神経の先端で、ドパミンが合成されています。
合成されたドパミンは、ドパミンの受け手である「ドパミン受容体」へ結合していきます。こうしてドパミンの伝達がスムーズに行われることで、神経の興奮が正常に伝わり、運動機能の制御を適切に行うことができるのです。
しかしパーキンソン病の患者さんでは、黒質の細胞が脱落していくため、ドパミンが黒質線条体ドパミン神経から放出されなくなり、受け側である線条体の「被殻」と「尾状核」のドパミンが不足してしまいます。そうするとドパミンによる神経興奮が起こらず、運動機能を正常に制御できなくなります。こうしてパーキンソン病の症状があらわれてしまうのです。
そこで私たちの研究では、線条体の神経細胞に、まずはAADCを発現させる遺伝子を導入しました。
このときポイントとなるのは、「AADCを導入する部位」です。現状行われている細胞移植などの治療法では、ドパミンを作り出すことができる細胞として黒質の神経細胞と同じ性質の細胞を作ることを目標としています。しかし、移植する場所は黒質ではなく、ドパミン神経の受け手である線条体(被殻)です。私たちの遺伝子治療では、線状体の神経細胞に遺伝子を導入して、ドパミンを作ります。これが、これからご紹介する治療の成績を左右したとても重要な点だと考えています。
2007年、私たちはパーキンソン病の患者さんを対象とした遺伝子療法の研究(臨床試験)を行いました。これはこの治療方法の安全性の確認を目的とした少数例での研究です。
この研究では「AAVベクター」というベクターにAADCを発現する遺伝子を挿入し、両側の線条体(被殻)に投与しました。
その結果、投与6か月後の評価で運動症状のスコアが46%改善するというデータを得ることができました。そしてさらに、PETという検査機器を用いて、患者さんの被殻にどれほどAADCが発現しているのかを調べたところ※、遺伝子導入2年後や5年後にも注入部位を中心にAADCの発現が持続していることがわかりました。
※AADCに結合する [18F]fluoro-m-tyrosine (FMT)をトレーサーとして検査を行った。
▲AADCのトレーサーであるFMTを使用したPET画像。遺伝子治療後には被殻で集積が増加し、AADC遺伝子が持続して発現している。
このように私たちの研究で遺伝子治療を行うことでパーキンソン病の症状改善が認められ、さらに5年が経過してもなお、AADCが発現し続けることが明らかになりました。これはパーキンソン病の新しい治療選択肢としてとても有力なものとなります。
遺伝子治療にはさまざまなメリットがあり、現在検討されている先進的治療のなかでは非常に期待されている治療方法といえるでしょう。
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・サルの実験では、導入した遺伝子が15年以上発現し治療効果が持続することが確認されている(一度の治療で生涯、治療効果が得られると期待できる)
・細胞移植のような「腫瘍化」のリスクの心配がなく、治療後の免疫抑制剤も不要と考えられる
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今後はAADCだけでなく、THやGCHも同時に導入させることで、さらに高い治療効果が得られるようにしていく予定です。現在、AADCのみを導入する場合には、まだパーキンソン病治療薬の服用を併せて続ける必要があるとされていますが、THやGCHも導入してさらに症状を改善することができれば、遺伝子治療後、パーキンソン病治療薬の服薬を続ける必要はなくなると考えられます。
現在、日本ではこの遺伝子治療を臨床で活用できるようにする臨床試験を、2018年の末ごろに開始できるよう進めています。欧州では2012年にlipoprotein lipase(LPL)欠損症という疾患の遺伝子治療薬としてLPL発現ベクターの発売が承認されています。こうしていま、遺伝子治療の臨床応用が大きく前進しています。
この遺伝子治療の恩恵を受けるのは、パーキンソン病だけではありません。そのほかのALSなどの神経変性疾患や、AADC欠損症・ライソゾーム病・ムコ多糖症といった先天的なこどもの代謝異常症なども、遺伝子治療によって症状の大幅な改善ができると考えられています。このような疾患には、予後が優れず、根治できる治療法が確立していない難病が多くあります。
たとえばAADC欠損症を抱えたこどもは生まれてから寝たきりという状態の方もおり、治療方法も確立されていない難病です。この疾患に対する遺伝子治療の研究も進められていますが、治療後の患者さんのなかには治療後、生まれてから十数年間寝たきりだった方が、訓練を行うことで症状が劇的に回復し、歩けるようにまでなるという治療成績も報告されています。
このように、遺伝子治療が確立していくことで、これまで劇的に症状を回復させることが難しいとされていた疾患を治していくことが可能になっていきます。これは多くの疾患の治療において非常に大きなインパクトをもたらすものでしょう。
遺伝子治療は、これまで根治治療がなかった多くの疾患の症状を、劇的に回復させる効果が期待される治療方法です。しかしまだまだその成果や可能性は十分に認知されていないのが現状といえます。また国内で遺伝子治療薬を製造できる会社や工場はほとんどなく、その治療の安定供給には多くの課題が残されています。今後はこうした課題を乗り越え、遺伝子治療が必要な患者さんに、この治療のベネフィットが届いていくよう、データや環境を整えていくことが、非常に重要となるでしょう。私は遺伝子治療が確立し、多くの患者さんが救われる未来をつくれるよう、尽力していきたいと考えています。
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