去る2018年3月2日(金)、第37回日本社会精神医学会 特別招待講演「依存症とともに生きる」が行われました。講演者は、依存症の経験者である田代まさしさんと倉田めばさんです。
田代まさしさんは、2018年3月現在、日本ダルク[注1]のスタッフとして、主に講演会などを通して薬物依存症に関する啓発活動を行っていらっしゃいます。
倉田めばさんは、大阪ダルクの設立者です。近年も、さまざまな形で依存症の方たちの支援を行っていらっしゃいます。
本記事では、お2人の講演内容についてレポートします。
注1:薬物依存者の回復と社会復帰の支援を目的とした回復支援施設。
薬物を使用するきっかけは人それぞれ違うと思いますが、私のきっかけは「快楽」ではありませんでした。
当時、芸能界にいた私は、常に、毎回面白いことを発信しなくてはいけないというプレッシャーを抱えていました。さらに、売れっ子になると、何本もテレビに出演しなくてはいけません。そんなプレッシャーや生活に疲れてしまったときに、覚せい剤を使ってしまいました。
芸能界という社会の荒波で一生懸命泳ぎ、水に溺れそうになったとき、「違法」と書かれた浮き輪がたまたま目の前に流れてきた。足がつってきて死にたくないと思った私は、その浮き輪につかまってしまった。私の場合は、そんなイメージで薬物を使い始めました。
病気だと思う前、私は自分のことを「意志の弱いダメな奴」だと思っていました。大切なものをすべてなくしても、それでもまだ薬物をやめることができなかった。「やめたい」という気持ちはあるんです。
そんなときに出会った日本ダルク代表の近藤さんの著書に、「薬物依存は病気だからやめることができない」と書かれていました。それを読んだとき、肩の重みがとれたような気がしたんです。
「自分は、意志が弱いとかダメな奴だから薬をやめられないわけではないのかもしれない」と思えたんです。病気だと思えたときから、本当の回復が始まったように思います。
病気だとお話ししましたが、薬物依存症の場合、再発したら「あいつまたやりやがった」となってしまいます。もし胃潰瘍などの病気が再発したら「大丈夫?」て周りの人たちは心配するでしょう。しかし、薬物依存症の場合、依存症という病気であるにもかかわらず、「あいつはダメだ」というレッテルを貼られてしまう。
病気であることを理解してもらうことはとても難しく、大きな課題だと思います。
記事2『第37回日本社会精神医学会 特別講演「人はなぜ依存症になるのか〜依存症と環境・社会〜」レポート-後半』で松本先生もお話ししているように、孤立は再発の引き金になります。だから刑務所からでた後が重要なのに、現状だと孤立するようなしくみになっているように感じます。私自身、刑務所をでてアパートを借りようと思ったとき、断られてしまったことがありました。
仕事もなく、世間に居場所がなく孤立してしまい、孤立するとまた薬物を使ってしまう。悪循環です。
刑務所に入るとみんな後悔はしますが、私の知る限り、反省はしません。刑務所に入って依存症が治るのであれば、どうしてこんなに再犯率が高いのかとさえ思います。
ある講演会のときに、尋ねられたことがあります。「薬物依存は病気だというけれど、病気というのはかかりたくないと思っていてもかかってしまうもの。あなたは自ら病に飛び込みましたよね」と。
確かにおっしゃる通りです。私は、薬物が違法なものであるとわかっていながら手を出しました。しかし、こんなに止められない病になると思って手を出したわけではありませんでした。
長いスパンで覚せい剤をやめようと思うと、プレッシャーがかかり大変かもしれません。私自身、「もう二度と薬を使わない」とか「絶対に使わない」と宣言していたときもありました。
今は、「今日1日仲間と過ごすことで覚せい剤を使わずにすんだ」という毎日を続けていけばいい、と考えるようになりました。今日一日、薬物を使わないという目標をクリアすることができたら、翌日またクリアすればいい。そうして、「薬物をやめる1日」を積み重ねていきたいと思っています。
私は、薬物をやめようと思い、いろいろな努力をしました。仕事に打ち込んだり精神科に通ったり、趣味をもったりとか、「自分に勝とう」と思って努力したけれども、必ずしも効果があったわけではありませんでした。
自分に勝つということは、常に負けるのは自分なわけです。それに気づいたとき、「自分に勝とうとしても意味がない」と思うようになりました。無力であることを受け入れたり、ある程度力を抜いたりすることが、回復には役立ったと思います。
私のなかには、「薬を使いたい自分」と「薬をやめたい自分」が常に同居していました。自助グループのミーティングなどで他の人たちの話を聞くと、薬をやめていきたい自分に気づくことができます。だからミーティングに参加する経験は大切でした。
ダルクや自助グループのミーティング、依存症の勉強会やネットワークなどは、単に自分の体験を告白するだけの場所ではありません。人の話を聞くことでいろいろなフィルターを通しながら、考えを整理する場でもあると思っています。
薬物使用者の保護観察(犯罪を行った人や非行のある少年の更生を目的として、指導監督・補導援護を行うもの)の期間には、保護観察官とともに、薬物依存者用に再使用を防ぐためのプログラムが用意されています。しかしグループワークの最中では、一人一人と話す時間はありません。理路整然としたプログラムやマニュアル、集まる場所があっても、人と人が出会っていろいろなことを話す機会は減っているように思うのです。
今後は、そんな機会をつくっていく必要があると思っています。当事者同士が出会ったり、一見無駄だと思えるようなざっくばらんな雑談をしたりする時間が、豊かな回復には必要なのではないでしょうか。
また、薬物依存の経験のある人から回復の秘技を伝授するような「縦のつながり」のなかに身を置いて、薬物を使わない新しい生き方を実践することも必要であると考えています。
依存症に関して社会に向けて発信したいことはたくさんありますが、ここでは、そのなかのひとつをお話しします。先日、Ethan Nadelmann氏という米国の薬物政策改革の代表的な活動家のお話を伺いました。そのときに、Ethan Nadelmann氏が「もし万が一薬物に手を出してしまっても、無事に家に帰ってこれる社会がほしい」とおっしゃいました。
私もそう思っています。もちろん、薬は使わない方がいいはずなんです。しかし、特に女性や若者たちが万が一薬を使ってしまっても、無事に家に帰れるような社会にする必要があるのではないでしょうか。「もしも薬を使ってしまっても今夜は無事に帰っておいで」というメッセージを、日本社会全体ですべきだと思っています。
薬物を使用するということは、人生のトラブルになるかもしれません。『八月の鯨』(監督リンゼイ・アンダーソン)という映画の台詞にある「人生の半分はトラブルで、あとの半分はそのトラブルを解決するためにある」という言葉に、私は非常に共感しています。
薬物をやめるということだけではなくて、日々昨日から続くトラブルを今日解決するということを、これからも続けていきたいと思っています。
お2人のお話をお伺いして、我々医師など依存症の援助者の方たちへひとつ、依存症の治療のヒントになる研究結果をお話ししたいと思います。
依存症に関する大規模な研究から、どのような治療法がもっとも効果があるのか、かなり現実的な比較研究が行われました。その結果、どの治療法も、さして効果が変わらないことがわかったんです。
その一方、「誰が支援するか」によって、治療成績が異なることが明らかになりました。では、どのような援助者がもっとも治療成績がよかったかというと、それは、「当事者の将来の転機に対して楽観的なイメージを抱ける人」です。患者さんの将来に希望を持ちながら治療を行う医師の治療成績が特によいことがわかったんです。
私たちは、薬物依存者の方たちの人生の最悪なところばかりみている可能性があります。そんななかで楽観的なイメージを持つためには、我々医師も、依存症から回復した人たちにたくさん出会うことが大切なのだと思います。
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