自己免疫疾患の一つとされる視神経脊髄炎。その治療は、急激な症状の悪化を改善するための急性期治療、症状が安定した状態を保つための再発予防治療、慢性期後遺症に対する対症療法などが必要であり、長期間に及びます。仕事や生活にも影響を及ぼす視神経脊髄炎とうまく付き合って生活していくためには、治療をしっかりと継続することはもちろん、過度なストレスを避けることや環境整備も大切だといいます。では、具体的にどのような工夫が求められるのでしょうか。視神経脊髄炎との付き合い方について、長年にわたりその治療に尽力されているさっぽろ神経内科病院 院長 深澤 俊行先生と、深澤先生と共に視神経脊髄炎の患者さんの看護にあたっている同院看護師 西山 和子さんのお二方にお話しいただきました。
深澤先生:
“視神経脊髄炎(NMO)”は、重症の脊髄炎や視神経炎および脳症状を繰り返す神経難病です。そのほとんどは抗アクアポリン4抗体*という自己抗体が関与して発症するため、自己免疫性疾患の一つと考えられています(詳細は後述します)。
抗アクアポリン4抗体が発見されるまで、視神経脊髄炎の多くは多発性硬化症の亜型(視神経脊髄型多発性硬化症)と診断されてきました。しかし実際には異なる病気です。
典型的な視神経脊髄炎のほかに脳病変の症状を示す例もあることなどから視神経脊髄炎関連疾患(NMOSD)という概念が提唱されていますが、ここでは一括して視神経脊髄炎としてお話しします。
*抗アクアポリン4抗体:細胞間の水の出入りを調整する物質のうち中枢神経系に存在する物質であるアクアポリン4を攻撃し、アストロサイト(血管とニューロンをつなぐ非神経細胞)を破壊する抗体。
深澤先生:
人の脳内には、脳血管とニューロンをつなぐ“アストロサイト”があります。アストロサイトには、抗アクアポリン4抗体の攻撃対象となる“アクアポリン4”が高密度に発現しています。このアクアポリン4を抗アクアポリン4抗体が攻撃し、アストロサイトを障害することによって、視神経脊髄炎の神経症状が出現します。
深澤先生:
視力障害や視野の欠損が現れます。両眼の視力が同時に低下することや、半盲もみられます。1回の発症で失明に至るほど重症な経過をたどる場合もあります。
深澤先生:
横断性脊髄炎といって、急性期には病変ができた脊髄の位置から下の肢体に、感覚障害、下半身麻痺、膀胱直腸障害などが起こります。急性期が過ぎた後にも、痛み、つっぱり、しびれ、帯状の絞扼感(締め付けられる感覚)などがしばしば後遺症としてみられます。
深澤先生:
間脳に病変ができると一過性の記銘力障害*、ナルコレプシーのような睡眠過多が生じます。延髄に病変ができるとしゃっくりや嘔吐などが生じます。その他、けいれん、片麻痺、意識障害などがみられることがあります。
*記銘力障害:新しく体験したことを記憶しておくことが困難な障害。
深澤先生:
一般的には、2015年に提唱された診断基準に基づいて検査、診断を行います。
診断では以下の三つの観点が基本となります。MRI検査の所見なども考慮し、総合的に判断します。
深澤先生:
現在の診断基準では、少なくとも上記の主要臨床症候のうち一つ(抗アクアポリン4抗体陰性の場合は二つ)が確認されることが条件です。
深澤先生:
少なくとも一つの主要臨床症候があって他疾患が除外でき、抗アクアポリン4抗体が陽性であれば、視神経脊髄炎と診断されます。一方、何らかの理由で抗アクアポリン4抗体が未測定であるか、測定して陰性であった場合でも、他疾患が除外でき、二つ以上の主要臨床症候があって(その内の一つは視神経炎か急性脊髄炎か延髄最後野症候群)、MRI検査所見などの必要条件が満たされれば、やはり視神経脊髄炎と診断されます。
深澤先生:
他疾患の除外には、大きく分けて二通りの意味があります。一つ目は“すでに分かっている他の病気との鑑別”、二つ目は“未知の病気の可能性”です。
かつて多発性硬化症と診断されていた患者さんの中に視神経脊髄炎が紛れ込んでいたように、現在“既知の病気”とされているものの中に“未知の病気”が紛れ込んでいる可能性があるわけです。医師は診断にあたり常に“未知の病気”の可能性を考えています。なぜなら、別の病気なのに診断を誤り、間違った治療をしてしまうことは避けなければならないからです。
深澤先生:
急性期には、まずステロイドパルス療法を行います。ステロイドは少量では副腎皮質ホルモンとして作用しますが免疫抑制効果や抗炎症作用も持っています。ステロイドパルス療法は、その作用を利用して視神経脊髄炎の症状を抑えます。3~5日間のステロイドの点滴を1クールとし、治療への反応性を見ながら多いときには3クールほど行います。しかし重症例では、ステロイドパルス療法を実施しても効果が不十分な場合が珍しくありません。その際は、なるべく早期に血液浄化療法への移行を検討します。ステロイドパルス療法の効果が不十分な場合はすみやかに血液浄化療法を実施できるよう、ステロイドパルス療法を開始した時点でその体制を整えておくことが理想的です。視神経炎の急性期には免疫グロブリン製剤の点滴も行われることがあります。
深澤先生:
再発予防の治療としては、ステロイド剤の少量維持が標準です。ただ、ステロイド剤は少量であっても長期間使用するとさまざまな副作用が生じます。また、ステロイド剤単独では効果が不十分な場合もあります。そのような場合、免疫抑制剤や新しい治療法である分子標的治療(モノクローナル抗体)を用いることがあります。
西山さん:
医療者の役割は、視神経脊髄炎の患者さんにかかる負担を軽くすることであり、急性期治療や再発予防の治療は、そのための手段だと思っています。
医学の進歩に伴って視神経脊髄炎の治療法が見つかったことで、“病気をコントロールする”という意味での治療ゴールは確立されてきています。患者さんの家庭生活や社会生活の幅も今後さらに広がっていくでしょう。そのような時代に突入したからこそ、改めて一人ひとりの治療目標や治療目的を医療チームと患者さんで共有し、一緒にゴールを目指す姿勢が大切だと思います。
深澤先生:
視力低下、視野障害、運動麻痺、排尿障害などの症状が急に悪化した場合や、しゃっくり・吐き気が長時間治まらない場合は、再発の可能性を考えて、できるだけ早く主治医に連絡してください。そのほか、これまで経験したことがない症状に気付いたり、もともとある症状が悪化したりした場合には、数日様子を見ていただいて、回復傾向がなければ主治医へ連絡してください。もちろん、心配なときにはすぐに連絡してもかまいません。
西山さん:
視神経脊髄炎の患者さんの中には、たとえば排尿障害が初めて起こったときに泌尿器科を受診してしまう方がまれにいらっしゃいます。その症状が視神経脊髄炎によるものなのかどうかを見極めるためにも、視神経脊髄炎と診断を受けている方は、何かおかしな症状が見られたらまずは神経内科を受診してください。
西山さん:
視神経脊髄炎は、病状が安定してからの付き合い方が大切です。病気と付き合うにあたっては、肉体的な症状への対応だけではなく精神的にも健全な生活ができることが大切だと思います。
視力障害や歩行障害などが生じる視神経脊髄炎の再発期は、症状そのものの苦痛に加えて、「このまま失明するのでは?」「歩けなくなるのでは?」といった精神的なつらさを抱く方が多い時期でもあります。精神的な健康を保つためには、自分の症状と生活の中で起こっている問題との関連を理解し、どのように生活することが安全で快適であるかを考えて、自身の生活内容を組み立ててみることが必要と考えます。
視神経脊髄炎であるからといってなんでも“やってはダメ”と考えず、自由な気持ちで、何にでも挑戦することを心掛けてみてください。そうすることで、病気に支配されない生活スタイルができていくのだと思います。
また、そうした面でのサポートを行うために、当院では看護外来を設置しています。看護外来は、病気のことを知っている医療関係者に、患者さんが“病人”として話ができる場所であり、自分の心のうちを吐き出せる場としてお使いいただければと思っています。
外来で私が大事にしているのは、患者さんの話を聴くことです。「つらい」とおっしゃる患者さんには、具体的な解決策の提示や他者との比較をするのではなく、「つらいんですね」と共感することを意識しています。
西山さん:
視神経脊髄炎では、炎天下の屋外に長時間滞在する、長時間かつ高温の入浴、食後、過度な運動時など、体温の上昇に伴って一時的に症状が悪化する“ウートフ現象”が起こる場合があります。ウートフ現象は多発性硬化症で有名な症状ですが視神経脊髄炎でも見られます。効果的な予防策は、これらの環境を避けることです。たとえば、以下のような点を意識してみてください。
また、もしもウートフ現象が起こってきた場合には、体を冷やすことで症状が軽減します。冷やし方のポイントは以下の通りです。
このように、生活に少しの工夫を取り入れることで、ウートフ現象による症状の抑制や予防が可能です。それまでウートフ現象に支配されていた患者さんがこの事実に気づくことで、生活の質を改善することができるかもしれません。私たちは、その気付きをサポートする存在でありたいと思っています。
深澤先生:
患者さんの生活スタイルや住んでいる環境などによって、就労時に必要な対応は異なります。就労の継続においては、症状や障害にもよりますが、それまで身に付けた知識や技術を病気になってからも生かせるかが重要です。福祉制度や社会資源を有効に利用することも含め、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどと一緒に働き方を考えていくことが大切だと考えています。
西山さん:
肉体的・精神的ストレスは視神経脊髄炎の再発リスクを高めると考えられています。なかなか難しい問題ではありますが、自分の感じるストレスができるだけ少ない職場を選びたいものです。
忙しくてもストレスを感じないような職場もあれば、時間に余裕があってもストレスいっぱいの職場もあると思いますので、最終的には個別の選択をすることになります。ただ、易疲労性やウートフ現象を、一般の方に理解していただくことは大変なことです。そのため、可能であれば「体を休めたい」と感じたときに休める環境が望ましいと思います。
易疲労性の症状が強い方は、お昼休憩をしっかり取る、仕事を全て午前中にまとめて行うなどの工夫をしていただくことで、体に無理をさせない働き方や生活の仕方ができるかもしれません。
また、視神経脊髄炎の患者さんは急性期治療以降も定期的な医療機関への受診が必要です。再発時には急性期に準じた治療を行うため、臨時の受診あるいは入院が必要かもしれません。できるだけ負担を少なく受診するための事前調整も必要です。土曜午後外来、日曜外来、夜間診療などを行っている医療機関もありますから、受診日や時間帯の調整を検討するのも一つの方法です。受診の頻度や日程についても、やはり個別の事情に応じて考えることになると思います。
近年の視神経脊髄炎に対する医学的な理解と診断・治療の進歩にはめざましいものがあります。患者さんには、現在の科学的根拠に基づいた適切な診断・治療を継続していただきたいと思います。その際、“治療のための治療”ではなく、治療はご自身の生活のための手段であることを忘れないでください。
私は日々の診療において、“患者さんと医師の関係とは別に、人と人との関係で普通に対話できる関係を築くこと”を意識しています。たとえば患者さんの年齢層に合わせて話題を変えたり、患者さんの好きなことに関する情報を事前に調べておいたりして、患者さんがリラックスできるような雰囲気作りを工夫しています。これからも看護師をはじめとしたさまざまな職種と連携しつつ、視神経脊髄炎の患者さんが安心して受けていただけるような医療の提供を目指します。
視神経脊髄炎が多発性硬化症とは違う病気として診断・治療されるようになったのは2000年代に入ってからであり、2020年現在で、まだ十数年しか経っていません。かつて多発性硬化症として治療されていた視神経脊髄炎の患者さんに、今分かっている治療を提供できていれば、と思うと悔しさが残ります。同時に、今の患者さんに関わる日々を大事にしたいという気持ちが強くあります。
視神経脊髄炎に対する有効な治療法が見つかっている今は、患者さんと一緒に頑張ることができる時代です。看護師である私の役割は、視神経脊髄炎の患者さんが持つ悩みを顕在化させ、どうしたら少しでもよりよい生活を目指せるのかを考えることです。すべての悩みを解決することは難しいかもしれませんが、対応策を見つけることはできると思っています。ですから、もしも視神経脊髄炎の症状で悩んでいる方がいらしたら、一人で抱え込まずご相談ください。
医療法人セレス 理事長、さっぽろ神経内科病院 院長
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