2025年3月1日、第25回隈病院甲状腺研究会が神戸市内で開催され、医療従事者を中心に多くの参加者が集まりました。研究会は、甲状腺医療を専門にする隈病院が2001年から行っているもので、さまざまな研究成果や取り組みが発表されます。今回は「甲状腺中毒症に対する超音波検査の有用性」「バセドウ病に対する安全な甲状腺全摘術」「甲状腺クリーゼの発症実態、診療ガイドライン、予後の改善」の3つの演題で発表が行われました。当日の様子と、それぞれの発表内容をリポートします。
はじめに、隈病院院長の赤水尚史先生による開会のあいさつが行われました。研究会が25周年、四半世紀という節目を迎えられたことへの感謝を伝え、演題と座長を務める先生方を紹介しました。
最初の演者は隈病院 臨床検査科 生理機能検査室の土岐純菜さんです。座長は名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科 診療教授の菊森豊根先生が務めました。
甲状腺中毒症の中にはびまん性腫大を認めるものがあります。定義として甲状腺超音波診断ガイドブックでは、甲状腺峡部の厚さが4mm以上、片葉の厚さが20mm以上、重量が20g以上とされています。超音波検査では、甲状腺重量の推定、内部性状やドプラ所見による病態の推定などができます。
内部性状について、超音波検査での観察項目は分布、密度、エコーレベル、内部血流です。正常な甲状腺は分布が均質で等エコーを示します。一方でびまん性病変の中には内部のエコーレベルにむらがあり、まだら状にエコーレベルが異なり不均質なことや、荒くざらざらと粗雑に見えること、全体にエコーレベルが低くなることがあります。
また血流評価については、当院では甲状腺内血流量の測定を行っています。甲状腺の指定範囲内の全ピクセルのうち、血流シグナル(ADF)が存在するピクセルの割合をパーセントで表示しています。これにより血流量を数値化することができます。
甲状腺中毒症をきたす病気には甲状腺機能亢進症と破壊性甲状腺炎がありますが、機能亢進症としてバセドウ病、妊娠甲状腺中毒症、機能性甲状腺結節などがあります。破壊性甲状腺炎には無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎、橋本病の急性増悪などが分類されます。
このうち、鑑別に苦慮する疾患として、バセドウ病と無痛性甲状腺炎があります。バセドウ病では、TRAb陽性、放射性ヨウ素(またはテクネシウム)甲状腺摂取率は正常~高値、甲状腺血流は多いという特徴があります。一方、無痛性甲状腺炎ではTRAb陰性、放射性ヨウ素(またはテクネシウム)甲状腺摂取率は低値、甲状腺血流は少ないです。
無痛性甲状腺炎の中にはまれにTRAb陽性を示すものや、RI検査が禁忌な産後甲状腺炎などがあり、これらの場合は特に超音波検査による甲状腺血流評価の意義が高いと考えられます。
もう一つ鑑別が難しい疾患である橋本病の急性増悪と亜急性甲状腺炎についても、超音波検査での鑑別が有用となります。橋本病の急性増悪では甲状腺全体に、亜急性甲状腺炎では低エコーの部位に一致して疼痛があります。このほか、橋本病の急性増悪では甲状腺重量が大きく、峡部が厚くなり発症時の腫大がありました。また、甲状腺全域が極低エコー、甲状腺実質の性状・体積の経時的変化が少ないことが特徴です。
続いての演者は、隈病院 頭頸部外科 医長の佐々木崇博先生です。座長は引き続き名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科 診療教授の菊森豊根先生が務めました。
バセドウ病において第一の治療選択肢となるのは抗甲状腺薬による薬物治療です。ただし、副作用により抗甲状腺薬の内服継続が困難な場合や、早期の寛解(バセドウ病の場合は最少量の内服で甲状腺機能が正常、自己抗体の値も正常を示す状態)を希望する症例などでは放射性ヨウ素内用療法(RAI)や手術が治療の選択肢に加わります。中でも手術は、入院の必要性や合併症などのデメリットはあるものの、確実かつ早期の寛解が期待される手段として、選択肢から外れることはありません。
当院におけるバセドウ病の治療方針は、およそRAIが25%、内服などが65%、手術が10%(2023年時点)という割合になっています。手術の10%はあまり多くないと思われるかもしれませんが、一般的には1~数%程度とされていることを考慮すると、この数字は当院の手術が患者さんや関係医療施設の皆さんに高い信頼を寄せていただいているおかげと感じております。
当院の手術適応例としては、抗甲状腺薬の重篤な副作用がある場合、内科的療法で寛解が困難と思われる場合、患者さんができるだけ早期の寛解を希望される場合などがあります。
バセドウ病治療として手術を選択する理由の変化を1994年から継続的に調査した研究では、2004年ごろから甲状腺眼症の合併やバセドウ病の原因となる自己抗体のTSH受容体抗体(TRAb)が高値、妊娠を希望するなどの理由が挙げられる傾向にあり、これらの理由が複合的に検討されたことで、手術を選択する例が増加していることが分かります。さらに、手術選択の理由が変化するのに合わせて、術式も免疫学的寛解(再発の防止)を目的とした「甲状腺全摘術」の選択が多くなっています。当院では現在、バセドウ病手術の約99%が全摘術です。もちろん、亜全摘・準全摘という異なる術式が適した症例もありますが、今回の講演では、当院で多数の実績がある全摘術に焦点を当てて、安全のために行っている取り組みについてお話しします。
術前準備においては、複数臓器の機能不全など深刻な症状を引き起こす甲状腺クリーゼの予防が重要です。甲状腺クリーゼは未治療やコントロール不良の甲状腺基礎疾患に強いストレスが加わることで発症します。手術や麻酔のストレスが誘因となり発症する危険性があるため、術前の適切な甲状腺機能のコントロールが欠かせません。当院では、バセドウ病治療ガイドラインで推奨されているとおり、手術直前の甲状腺ホルモン(FT3)が10pg/ml未満となるように心がけています。ただし、さまざまな事情によりやむを得ず、FT3が10pg/ml以上で手術を実施した例もあります。これらについて臨床的特徴と治療経過をまとめたところ、甲状腺の推定重量を考慮すると、スピーディで出血量も少ない低侵襲な手術が行われていたことが分かりました。甲状腺クリーゼの発症は一例もありませんでしたが、依然として術前の適切な機能コントロールが重要であることは間違いありません。当院では今後もガイドラインに推奨される基準を重要視して安全な手術への取り組みを継続してまいります。
なお、FT3のみならず術前の甲状腺刺激ホルモン(TSH)の適切なコントロールも重要です。抗甲状腺薬やヨウ化カリウムの過剰投与により甲状腺機能低下症の症状(甲状腺体積の増大や血流亢進)が生じた場合、術中の出血リスクが上昇する可能性があります。当院の臨床データを研究・調査した結果、FT3が高値の場合には、抗甲状腺薬やヨウ化カリウムを過剰に投与するのではなく、早期入院によって3日以上前からステロイド薬(デキサメタゾン)を投与することで甲状腺機能を下げすぎることなく、安全性の高い手術が実施できることが明らかになりました。先述したFT3の値と併せて、術前のTSHについても高値とならないようにコントロールすることが望ましいと考えられます。
術中のポイントとして、上喉頭神経外枝・反回神経や副甲状腺の温存など、どのような点に注意して手術を行っているかについては実際の手術画像を用いて説明いたします(後述の動画参照)。
手術手技、ならびに手術機器の進歩により、バセドウ病に対する全摘術はより安全性の高い治療法となっています。内科的な治療に行き詰まりを感じている患者さん、早期に確実な寛解を望む患者さん、活動性の眼症を合併する患者さんには、ぜひ手術も治療の選択肢の1つとしていただくことをおすすめします。
【動画】第25回隈病院甲状腺研究会 演題2「バセドウ病に対する安全な甲状腺全摘術」(医療法人神甲会 隈病院 頭頸部外科 佐々木崇博 医長)
最後の演者は、隈病院 院長 赤水尚史先生です。座長は獨協医科大学埼玉医療センター 糖尿病内分泌・血液内科 主任教授 橋本貢士先生が務めました。前半は甲状腺クリーゼの症例を紹介し、その後、歴史的背景や診断基準の作成、全国疫学調査の結果について解説しました。
甲状腺クリーゼでは甲状腺中毒症に誘因が重なり、高熱や循環不全、意識障害、下痢、黄疸などの多臓器不全が生じ、生体の代償機構が破綻するような状態になります。それによって生命の危機に直面します。
甲状腺クリーゼについて歴史的に名前が出たのは1926年でほぼ100年前です。この時点の致死率は非常に高かったと報告されています。これは手術に伴うものだったので外科的クリーゼとも呼ばれていました。その後1950年代以降に抗甲状腺薬、副腎皮質ステロイド、β-遮断薬、気管挿管が開発されたことによって外科的クリーゼは激減しました。このようなことから甲状腺クリーゼは臨床現場で遭遇しない病気と思われている側面もありましたが、決して無くなっておらず、その発症実態が不明でした。また、確立された診断基準も国際的にありませんでした。
そのような経緯から、甲状腺クリーゼは2005年に日本甲状腺学会の臨床重要課題と認識され、「甲状腺クリーゼの診断基準の作成と全国疫学調査」研究班が創設されました。翌年には、日本内分泌学会の臨床重要課題に制定されました。診断基準作成手順は、甲状腺クリーゼの症状の特徴、症状間の関連性・独立性、症状の組み合わせパターンに対して、各症状に関するカットオフとして感度、特異性、予測値を設定して進めました。完成した診断基準では、必須項目として甲状腺中毒症の存在、症状の基準としては38度以上の発熱、1分間に130回以上の頻脈などを定め、これらに加えて中枢神経症状、循環器症状、消化器症状を含めた症状の組み合わせから確実例と疑い例を策定しました。
この診断基準に基づいて2004年~2008年の5年間にわたり甲状腺クリーゼの全国疫学調査を行いました。一次調査では5年間で甲状腺クリーゼの推計患者は1283人という集計結果となり、全甲状腺中毒症患者の500人に1人が甲状腺クリーゼを発症していることが分かりました。致死率は10%を超えていました。基礎疾患のほとんどはバセドウ病、未治療や抗甲状腺薬服用不規則のバセドウ病患者が最多でした。この日本発の診断基準は2012年にアメリカ甲状腺学会誌で発表され、現在広く世界で利用されています。
次の活動は、いずれの国でも甲状腺クリーゼの致死率が10%以上という不良な予後を改善するため、診療ガイドラインの作成に移りました。全国疫学調査症例や文献例における治療に対する解析、専門的な検討を行い、集学的治療や特殊治療、抗甲状腺薬・無機ヨード・ステロイドの投与法について診療アルゴリズムを含めて作成しました。この診療ガイドラインは世界で初めてのものであり、2016年に英文誌に発表され、米国甲状腺学会と欧州甲状腺学会から正式な推奨が承認されました。さらに、診療ガイドラインの有用性を検証するため、多施設前向きレジストリー研究を実施しました。その結果、甲状腺クリーゼの診療が広く普及して致死率が5.5%に半減し、同診療ガイドラインの有用性が確認されました。また、初診診療科は救急科が33.6%、一般内科が28.3%で、両診療科で6割を占めており、啓発が必要だと考えられるとともに、見逃しの可能性が危惧されました。プロピルチオウラシル(PTU)ではなくメチマゾール(MMI)が第一選択であること、無機ヨウ素薬はできるだけ早く投与することが好ましいといったことが明らかになっています。この研究は、2024年にアメリカ内分泌学会誌に掲載されました。
甲状腺クリーゼ関連死を減らすためには、甲状腺中毒症に関してはバセドウ病の早期診断(一般医・市民への啓蒙)と抗甲状腺薬アドヒアランス向上、感染症などの誘因の除去などが必要です。発症が疑われる場合は、早期診療が大切になるので診察する医師は診断基準の症状項目を知っておくこと、ガイドラインに沿った適切な診療を行うことが大切です。
【動画】第25回隈病院甲状腺研究会 演題3「甲状腺クリーゼの発症実態、診療ガイドライン、予後の改善」(医療法人神甲会 隈病院 院長 赤水尚史 医師)
全ての発表が終了した後、隈病院 院長補佐の宮章博先生より閉会のあいさつがありました。演題に関する総括と座長を務められた先生方や参加された皆さんへの謝辞を述べ、「甲状腺の手術やクリーゼの診療は変わってきました。変わっていくことを学ぶこと、知ることが大切です。甲状腺クリーゼが疑われる患者さんが来られた際にはぜひ本日の講演を思い出していただきたいと思います」と締めくくりました。
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