日本血栓止血学会(松本雅則理事長、以下、血栓止血学会)は、血友病など生まれつき血が止まりにくいなどの症状がある「血液凝固異常症」の患者や保因者の情報をデータベース化する「レジストリ」事業を2025年度から開始した。事業はどのような目的で行われ、どのような成果が期待されるかなどについて、血液凝固異常症レジストリ運営委員会副委員長の近澤悠志さん(東京医科大学病院臨床検査医学科助教)に聞いた。
今回、血栓止血学会がスタートさせた「血液凝固異常症レジストリ」の目的は大きく2つあります。1つは、集められたデータを臨床研究で利用することによって病気の理解を深めたり、アンメットニーズ(現時点で有効な治療方法がない病気に対する医療ニーズ)を把握したりすることで、医療の向上に役立てること。もう1つは新薬の治験データ取得や、市販後調査による有効性・安全性の評価に寄与することです。いずれも患者さんの明るい未来につながっていくと考えて構築を進めています。
さらに、直接的にも患者さんにさまざまなメリットがもたらされることが期待されます。血液凝固異常症は、欠乏している血液凝固因子を定期的に注射し、出血があればさらに追加するという治療をします。いつ、どういう理由で注射したかなどを記録できるスマートフォン用のアプリケーションを開発しており、レジストリと連動して
――といったことに役立つと期待しています。
血液凝固異常症の中で最も患者数が多い血友病の患者さんは現在、治療費が全額公費負担されています。このシステムが継続されるには、治療がどれだけ患者さんに利益をもたらしているか、根拠のあるデータを示していく必要があります。レジストリのデータベースからその情報が得られることも、患者さんにとってのメリットにつながることを期待しています。
医療機関側のメリットも重要です。患者さんは全国に広く点在しており、通常の治療をクリニックで受けている方も多数いらっしゃいます。クリニックは夜間や休日の急な対応が難しいこともありますが、連携医療施設に患者さんのデータがあれば緊急時のバックアップを受けられる可能性が高まります。また、患者さんに血液凝固異常症以外の病気が見つかったときに、連携医療施設に相談しやすくなるといったメリットもあるでしょう。
今回スタートしたレジストリは、出血した際などに血液を固める「血液凝固因子」が生まれつき欠乏していたりうまくはたらかなかったりする方全般を対象に、患者情報を登録して患者数や分布、治療内容などを把握するデータベースを構築する事業です。
血液凝固異常症の1つである血友病は、X染色体に原因遺伝子があり、X連鎖潜性遺伝の形式をとります(図参照)。女性にはX染色体が2本あり、原因遺伝子のあるX染色体が1本だけの場合は「保因者」といいます。
保因者の女性の中にも、血液凝固因子のはたらきが普通と比べると低い方もいらっしゃり、月経時の出血がひどいなどの傾向がみられることがあります。そのような方たちのケアも含めて考えるのが最近の世界の潮流ということもあり、今回のレジストリでは保因者も含めて登録していくことにしています。この点は諸外国で進められているレジストリと比べて新しい点かと思います。理想としてはそうした方を含めて全員登録できればよいのですが、参加の意思を示していただける方を対象とし、強制はできません。困っている方がどれくらいいるか、拾い上げていくものになります。
また、血友病だけでなくフォン・ヴィレブランド病など類縁疾患の患者さんも対象とします。
これまで患者さんのデータベースが整備できなかった最大の理由は、この病気を診る医療者が同じ方向を向きにくい、という構造的な問題があったためです。血液凝固異常症の中で患者数が最も多い血友病でさえ、患者数は多く見積もっても1万人程度です。その患者さんが全国に広く点在しているため、多くの患者さんをまとめて診ている医療機関は少なく、2~3人の少数の患者さんを診る医療機関が圧倒的多数になっています。
それでも患者調査はまったく手つかずであったわけではなく、1960年代から歴史が始まっていました。ところが、1980年代初めに発生した薬害エイズの問題により、1990年代にかけて混沌としたなかで患者調査自体が難しくなり、1991年に一度終了してしまいました。厚生労働省によるHIV関連の疫学調査として1997年度から再開され、形を変えながら現在に至り、今回レジストリという形に変わります。
これまでは1年に一度の「血液凝固異常症全国調査」が行われてきました。継続的に患者さんを診療しているような医療機関に調査票を送り、返ってきたものを集計するというものです。これは患者さんのプロファイルを毎年報告するという形式の単年度の調査であり、個々の患者さんの経時的な情報を取得することができず、レジストリではありませんでした。個人情報の取り扱いについて研究倫理に関する法律の改正などもあり、2025年から従前のような形での全国調査ができなくなったタイミングで、法令を遵守しながら個々の患者さんの経時的な情報を取得する形式に切り替えることとし、新たに今回のレジストリがスタートしました。
レジストリの整備には資金も必要で、中でも立ち上げ時に一番お金がかかることがネックでした。今回、血液凝固異常症領域に携わる製薬企業の支援が得られることになり、企業とアカデミアに患者団体を加えた共同研究としてレジストリを立ち上げることができました。2~3年かけて軌道に乗ったところで運営から製薬企業が離れ、ナショナルレジストリに移行していくという方向で、倫理委員会の審査も通して進めています。
運用方法としては、全国どの医療機関でも患者さんを登録できるというわけではなく、血栓止血学会が「ブロック拠点病院」あるいは「地域中核病院」と定めている約100の医療機関を受診した患者さんが登録できるという形になります。普段受診している医療機関が該当しない患者さんも、1年に一度はブロック拠点病院か地域中核病院を受診していただき、データを蓄積していきたいと考えています。
レジストリは悉皆性(しっかいせい:どれだけ全数を把握しているか)が重要になります。まずは、従前の全国調査になぞらえた形でスタートしますが、ブロック拠点病院や地域中核病院の先生方とタッグを組み、普段はクリニックで治療を受けている患者さんにも参加していただけるような体制づくりを目指しています。
離島や過疎地の患者さんなど、地域の事情によっては大きな病院を受診するのが難しいケースもあると思います。まずはできるところから始め、研究計画を立て、情報提供をしながら進めていくことになります。今後は、疑問点やお気付きの点などについて現場の医師らと双方向で情報共有するシステムを作っていくことも考えています。
レジストリ運用開始に先立ち、情報提供のためのウェブサイト「ビーレジ」が開設されています。現場の医師には、まずはこちらを見て情報収集をしていただくとともに、サイトを充実させてレジストリに関する意見をお聞きする窓口にもしていきたいと考えています。
患者さんを登録できない病院や開業医の先生方にも、ぜひともこの事業の意義をご理解いただき、診療していらっしゃる患者さんに一度大きい病院を受診してレジストリの話を聞くようすすめたり、レジストリに参加するよう呼びかけたりしていただきたいと願っています。
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