転びやすい:医師が考える原因と対処法|症状辞典

転びやすい

河北総合病院 神経内科 副部長

荒木 学 先生【監修】

私たちは、無意識のうちに体のバランスを取りながら歩行していますが、足腰の疲労やふらつきなどさまざまな原因で転びやすくなることがあります。そのため、転びやすさを自覚したとしても軽く考えられがちですが、中には思わぬ原因が背景にあるケースもあります。

  • 突然強いめまいが生じ、フラフラとして転びやすくなった
  • 腰や下肢に痛みやしびれがあり、次第に転びやすくなった
  • 足腰に力が入りにくくなり、転びそうになることが増えた

これらの症状が現れた場合、原因としてはどのようなものが考えられるでしょうか。

転びやすさは日常生活上の好ましくない原因によって引き起こされることもあります。

慢性的な睡眠不足は、日中の眠気だけでなく、注意力や集中力の低下を引き起こします。その結果、通常ではつまずかないものにつまずくなどして転びやすくなることがあります。また、ひどい場合にはふらつきやめまいを引き起こし、転びやすさを助長することも少なくありません。

睡眠不足を防ぐには

早寝早起きを心がけ、規則正しい生活を送ることが大切です。起床時には太陽の光を浴びて体内時計をリセットし、日中は活動量を増やすことで夜間の自然な眠気を導きます。また、睡眠前のアルコール摂取は眠りを浅くする原因になりますので、控えるようにしましょう。

サイズが合わない靴やヒールが高すぎる靴は、足首や趾の動きを妨げたり、体の重心がずれる原因になったりするため転びやすくなることがあります。

転びやすさを改善するには、足にフィットし、足首の動きを妨げないようなデザインの靴を選ぶようにしましょう。たとえば、高いヒールの靴はデザイン性に優れていますが、履きこなせず転ぶことが多い場合は思わぬけがにつながることもあります。また、脱げやすいスリッパやサンダルも避け、低めのヒールの靴やフラットな靴を選ぶようにしましょう。

日常生活での対処を行っても転びやすさが改善しない場合には、思いもよらない病気や原因が背景にある可能性もあります。軽く考えず、一度は医師の診察を受けるようにしましょう。

“転びやすい”という症状は、下肢や腰の骨格、神経、脳などの病気によって引き起こされることがあります。

骨の病気によって転びやすくなることがあります。代表的なものには次の病気が挙げられます。

変形性関節症

関節に過度な負担がかかることによって関節内部に炎症が生じ、関節を構成する軟骨や骨が変性・変形する病気です。特に膝関節や股関節に発症した場合は、膝関節や股関節に痛みが生じたり動かしにくくなったりすることで、転びやすくなることがあります。

また、進行すると下肢がO脚状に変形したり、左右の脚の長さに差が生じたりするため、歩行が困難になるケースも少なくありません。

腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア

腰椎が変形したり、腰椎同士のクッションのようなはたらきを担う椎間板が変性したりすることによって、脊髄とそこから分岐する太い神経を圧迫する病気です。

発症すると腰や下肢、(あしゆび)にかけて電撃のような痛みやしびれなどが生じます。進行すると筋力の低下や運動神経麻痺を引き起こすことも珍しくなく、足首や趾の動きが悪くなることで転びやすくなるといった症状が現れることがあります。

また、同様の病気は頚椎や胸椎に発症することもあり、重症な場合には下肢にまで症状が及び、歩きにくさを生じることも少なくありません。

腰椎圧迫骨折

主に骨粗しょう症が原因となって生じる腰椎の骨折のことを指し、腰椎の厚みが失われることで治癒した後に腰が曲がる・身長が低くなるといった後遺症を生じる場合があります。このようなケースでは体重の重心が変化することにより、体のバランスが取りにくくなって転びやすくなります。

下肢の運動をつかさどったり、体のバランスを維持したりする神経や脳に病気が生じることで転びやすくなることがあります。転びやすさを引き起こす神経や脳の病気には次のようなものが挙げられます。

脳卒中

脳の血管が詰まったり破れたりすることで、脳の一部にダメージが生じる病気です。脳梗塞脳出血などが含まれ、発症した部位によっては、片方の下肢が動かしにくい・体のバランスが取りにくいといった症状が現れることで転びやすくなることがあります。

脳卒中による転びやすさは、突然発症し、頭痛や嘔吐、めまいなどを伴うのが特徴です。また、治癒した後も脳に負ったダメージは回復が困難なため、歩きにくさが続くことも少なくありません。

パーキンソン病

脳内のドパミン神経細胞が減少することによって発症する病気であり、ふるえ・筋肉の拘縮・動作緩慢・姿勢保持障害といった症状が現れます。特に姿勢保持障害が進行すると体のバランスが取りにくく前かがみの姿勢になるため、転びやすくなるのが特徴です。

そのほかにも、便秘や頻尿、疲労感、抑うつ気分など全身にさまざまな症状が現れることがあります。

薬によるもの

治療薬の副作用によって、転びやすくなるケースもあります。睡眠薬、抗うつ薬、抗てんかん薬、神経障害性疼痛治療薬、抗パーキンソン病薬、肩こりや頭痛の治療などに用いられる筋弛緩薬などを服用している場合、注意が必要です。

また、転びやすいという症状が現れるまれな病気には脊髄小脳変性症重症筋無力症筋ジストロフィー皮膚筋炎、多発筋炎(多発性筋炎)、多発性硬化症筋萎縮性側索硬化症ALS)や脊髄性筋萎縮症SMA)などが挙げられます。これらの病気を発症すると神経や筋肉に異常が生じ、歩行に必要な神経や筋肉が正常にはたらかなくなることで転びやすくなることがあります。“転びやすい”という症状から発見に至るケースもあり、心当たりのない転びにくさが続くときは注意が必要です。また、原因ははっきり分かっていないケースも多く、まれな病気であることから診断までに時間がかかることがあります。気になる症状がある場合は医療機関の受診を検討しましょう。

転びやすさは足腰の疲れや睡眠不足による注意力の低下など日常生活の中でも比較的よく見られる症状です。そのため、転びやすさを自覚したとしても軽く考えられがちですが、中には上で述べたような病気によって引き起こされるケースも少なくありません。

特に、突然転びやすくなった場合、原因がはっきり分からない転びやすさが長く続く場合、下肢に力が入りにくい場合、転びやすさ以外の別の症状がある場合などは軽く考えず、できるだけ早めに病院に相談するようにしましょう。

初診に適した診療科は歩きにくさの原因によって異なります。足腰の痛みがあるなど骨や神経の病気が疑われるときは整形外科、それ以外の場合は脳神経外科や神経内科がよいでしょう。ただし、どの診療科を選べばよいか分からないときは、ひとまずかかりつけの内科などに相談するのも一つの方法です。

受診した際には、いつから転びやすさを自覚するようになったのか、どのような場面で転びやすいのか、転びやすさが増すきっかけはあるのか、これまでにかかった病気や服薬中の薬などについて詳しく医師に伝えるようにしましょう。

原因の自己判断/自己診断は控え、早期の受診を検討しましょう。