悪性骨軟部腫瘍も遺伝子レベルでの研究が進み、その原因と考えられる遺伝子も少しずつ明らかにされてきています。しかし、その判明した遺伝子異常を実際の臨床に生かしてゆくのは、まだまだこれからの課題と川井先生はおっしゃいます。本記事では、骨軟部腫瘍の原因、基礎研究と実臨床について、国立がん研究センター中央病院 希少がんセンター長 骨軟部腫瘍・リハビリテーション科 科長 川井 章先生にお話しいただきました。
軟部肉腫の中でも、横紋筋肉腫や滑膜肉腫は小児~若年成人に多く、平滑筋肉腫や脂肪肉腫は中・高齢者に多い疾患です。それぞれの肉腫の発生年齢が若年者、高齢者と異なるのには、その発生原因と考えられる遺伝子異常の差が関与している可能性があります。
悪性骨軟部腫瘍(肉腫)の発生には、次の大きく2タイプの遺伝子異常が関係していると考えられています。
ユーイング肉腫におけるEWS-FLI1融合遺伝子、滑膜肉腫におけるSYT-SSX融合遺伝子のように、単一の特徴的な遺伝子変異が腫瘍に関与しているものです。単一の遺伝子変異でも腫瘍を生じる力があると考えられるため、比較的若年者に多い傾向にあります。このタイプの腫瘍にはユーイング肉腫、滑膜肉腫、胞巣型横紋筋肉腫などが含まれます。
さまざまな遺伝子異常の積み重なりが腫瘍につながります。遺伝子の異常は、一度に起こることはありません。時間をかけてひとつひとつの異常がおこり、積み重なって腫瘍となるため、高齢者に多い傾向にあります。このタイプの腫瘍には、平滑筋肉腫、脂肪肉腫、未分化多型肉腫、軟骨肉腫などが含まれます。
世界中で骨軟部腫瘍の研究が進められています。悪性骨軟部腫瘍の発生、原因に関する研究も大変活発に行われています。以前、私たちは骨軟部肉腫の原因(易罹患性)に関係する遺伝子の特徴に関する研究を行いました。骨軟部肉腫の患者さんと健常者数百名ずつの末梢血を比較し、遺伝子修復に関わる遺伝子を約50個調べるというものです。その結果、あるSNP(スニップ)*を持っているヒトは、そうでないヒトに比べて骨軟部肉腫になりやすいということがわかりました。
*SNP:個人間の遺伝情報のわずかな違いのことをいいます。ヒトには約30億個の塩基対があります。塩基対とは、遺伝情報を作成している塩基と呼ばれる4つの化学物質が2つずつ対になる形で保存されている状態をいいます。SNPとは、この塩基対のうち、1つの塩基がほかの塩基に置き換わっているものをいいます。
骨軟部肉腫になりやすい体質と関連するSNPは特定できましたが、その知見をどのようにして実際の臨床に活かすことができるでしょうか。そもそも骨軟部肉腫になる方は大変まれです。この方々を発見するために、全国民の採血(遺伝子検査)を行ったり、特定のSNPを持っていることが判明した人を毎年レントゲンやCTで頻繁に経過観察するというのは現実的ではありません。このように、現在行われているさまざまな基礎研究は、そのままでは直ちに実臨床に役に立つとは限りません。
現時点で私達にできること-実際の臨床においては、疼痛や腫脹を自覚して近くの医院や病院を訪れた患者さんが、最初の病院できちんと肉腫の可能性を検討され、必要に応じて迅速、的確に専門病院に紹介されることが最も重要です。ただ、実際には、今でも十分な検討がなされないまま経過観察されたり、不適切な治療が行われた後に病理診断で悪性と分かってあわてて専門病院に紹介される患者さんも未だに多くみられます。このような患者さんが少しでも少なくなるように、患者さんと共に、開業医の先生方を含めた医療者側への啓蒙活動を行うことも大変重要と考えられます。
骨軟部肉腫の新たな診断・治療法を開発すること、最終的にはその予防も可能にすること、これらを将来実現するために基礎研究をすすめることと共に、今すぐにでもできる事柄を全ての患者さんにきちんと届けること、この両者をともに推進することが非常に重要だと考えています。
国立がん研究センター中央病院 骨軟部腫瘍・リハビリテーション科長(希少がんセンター長)
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