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第83回 日本循環器学会学術集会 会長講演 レポート

第83回 日本循環器学会学術集会 会長講演 レポート
メディカルノート編集部  [取材]

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この記事の最終更新は2019年06月24日です。

去る2019年3月29日(金)〜31日(日)、第83回 日本循環器学会学術集会が開催されました。テーマに「循環器病学 Renaissance-未来医療への処方箋」を掲げ、循環器病学の伝統を継承しながら新たな世界を創造することを目指し、さまざまな企画が行われました。

会長は、東京大学 循環器内科の教授である小室 一成先生が務められました。小室先生は米国心臓学会賞、国際心臓研究学会賞、ベルツ賞など数々の世界的な賞を受賞されています。そんな小室先生が、自身の30年間の取り組みについて発表された講演内容をレポートします。

発表に先立ち、日本心臓財団の理事長であり、小室 一成先生の恩師でもある矢﨑 義雄先生より、小室先生のご略歴や実績について紹介がなされました。紹介は、小室先生が「我が国の循環器を代表するリーダーである」という言葉で締めくくられました。

座長を務められた矢﨑 義雄先生
座長を務められた矢﨑 義雄先生

私がこの30年間、どのような診療や研究を行ってきたのか、お話しさせていただきます。

発表を行う小室 一成先生
発表を行う小室 一成先生

はじめに、循環器の道に進むきっかけとなった症例をご紹介します。まだ私が研修医だった頃のことです。56歳の男性の患者さんが、頻回の労作性狭心症により入退院を繰り返していました。その方は、血清コレステロール値が非常に高く、家系内に狭心症の方が多く、ご両親は近親婚でした。また、全身に黄色腫がありました。これらの特徴から、家族性の高コレステロール血症と診断されました。

胸の痛みを訴えられる患者さんを見て、「頻回の胸痛をなんとかできないか」と模索していた私に対して、外来主治医は「何もできることはない」と言うだけでした。

治療法を模索するため他科に依頼して冠動脈造影による検査を行ったところ、冠動脈の3枝ともびまん性に狭窄が強く、バイパス手術もPCI(経皮的冠動脈形成術)も不可能なことが分かりました。内科の医師も心臓外科の医師も治療は難しいという見解でした。

しかし、私は「ダメだ」といわれると闘志がみなぎってくるほうで、治療法を模索するため、さまざまな論文を読み込みました。すると、血漿交換(けっしょうこうかん)が治療に有効であるというアメリカからの報告を発見しました。当時、東京大学医学部附属病院(以下、東大病院)では血漿交換は行われておりませんでしたが、腎透析をしていた先生にお願いし、1984年、東大病院では初めて2週間に1回の血漿交換を開始しました。その結果、狭心症の頻度が減り、1年後にはニトログリセリンが不要になったのです。また、冠動脈造影検査を行ったところ、冠動脈の狭窄が改善されていることが分かりました。

お話ししたような症例がきっかけとなり、GoldsteinやBrownらの論文を中心にたくさんの優れた論文と出会ったことから、私は循環器に興味をもつようになりました。どの教室に入局しようかと迷っていたときに、恩師である矢﨑先生が、モノクローナル抗体で心筋を染色した写真を見せてくれました。矢﨑先生は、この写真を示しながら「これからは循環器研究においても分子生物学をやるべきだ」とおっしゃられて、私を、先生が所属する第3内科に誘ってくださいました。そこで私は矢﨑先生のところで学ぶことを決意し、第3内科に入局することにしたのです。

入局後には、たくさんの実験を行いました。たとえば、心筋のタンパク質であるミオシンにはα(アルファ)とβ(ベータ)があり、それぞれ性質が異なることが分かりました。動物を使用した実験ではありましたが、心臓が負荷により肥大化すると、ミオシンが収縮速度は速いがエネルギー変換効率の悪いアルファから、その逆のベータへと変換することが分かったのです。つまり心臓は負荷がかかると、心臓の収縮速度を犠牲にして、エネルギー消費を節約するよう適応するのです。私は矢﨑先生から、心臓は血液を送り出すだけの単純な臓器ではなく、変化に適応する素晴らしい臓器であることを教えていただきました。これがきっかけとなり、私は心臓に興味をもつようになります。

心臓に強い興味を抱いた私は、心臓のはたらきが悪くなる心不全を解明したいと考えるようになりました。心不全の主な原因は以下の4つです。

これらの4つはまったく異なるように見えて、心不全を発症する前には心肥大を呈するという共通点があります。そのため、心不全を解明するためには、まず心肥大の研究を行うことが重要であると思いました。

昔から心肥大はスポーツ心臓で認められるため、交感神経の活性化によって生じると思われていました。さらに米国の研究者が、培養した心筋細胞を用いてノルエピネフリンが心筋細胞肥大を惹起することを証明したことによって、多くの人が心肥大は交感神経の緊張により起こると信じていました。しかし、スポーツ心臓はスポーツをやめればすぐに元に戻り、心不全になることはまれであるため、私は交感神経が原因ではなく、圧負荷、容量負荷といった機械的な刺激(メカニカルストレス)が心不全につながる心肥大の原因であると予想しました。

メカニカルストレスが原因であることを証明するため、伸縮自在のシリコンで培養皿を作成し、培養したラットの新生仔心筋細胞を培養皿ごと伸展してみました。すると肥大時早期に起こるMAPキナーゼの活性化やc-fos遺伝子の発現増加が起こり、さらにはタンパク質の合成亢進も確認できました。つまり伸展というメカニカルストレスが心筋細胞肥大を起こすということを証明することに成功しました。

発表を行う小室 一成先生
発表を行う小室 一成先生

米国留学中は、心臓そのものを深く理解したいと考え、心臓の発生の研究をしました。心臓の発生にとって重要なホメオボックス型転写因子Nkx2.5を世界で初めて単離することに成功しました。我々を含めて世界中の多くのグループが、Nkx2.5の変異により心房中隔欠損症など多くの先天性心疾患が発症することを明らかにしました。帰国後は、心肥大から心不全を発症する機序の解明に取り組みました。その一つが細小血管レベルの虚血というものです。マウスの実験により、圧負荷を加えると当初は心肥大を形成して心機能が維持されますが、長期間圧負荷が続くことにより、心筋細胞のDNA傷害が起こり、その結果発現の上昇するがん抑制遺伝子p53が細小血管レベルの虚血を惹起し心機能を低下させることを証明しました。

さらにDNA傷害とp53の発現上昇がヒトの不全心でも認められること、閉塞性動脈硬化*の患者さんに下肢の細胞治療を行うと、心臓の虚血も改善され、心臓の機能もよくなることが研究の結果分かりました。さらに最近では、シングルセル解析とAI技術による網羅的な解析によって心筋細胞の肥大化にはミトコンドリア生合成の活性化が重要であること、肥大心筋細胞は代償性心筋細胞と不全心筋細胞へと分かれること、不全心筋細胞への誘導には、やはりp53の活性化が重要であることを明らかにしました。

*閉塞性動脈硬化症:手足の血管が狭くなったり詰まったりすることで血流が悪くなり、手足にさまざまな障害があらわれる病気

近年、心不全の診療は大きく進歩しました。薬物治療も有効ですし、非薬物療法の進歩も著しいものがあります。そうであるにもかかわらず、なぜいまだに心不全の予後は悪いのでしょうか。それは、原因に基づいた治療が行われていないからです。現在、行われている治療は全て対症療法であって、原因を改善するような治療ではありません。

私たち研究者の使命は、疾患の原因を明らかにし、原因に基づいた治療法を開発することです。そのためには、まず一人一人の患者さんをよく診ることが大切です。クリニカルクエスチョンから基礎研究を始め、トランスレーショナルリサーチ、臨床研究へと進めていきます。臨床研究で疑問がわいたら、再び基礎研究に戻る必要があります。このような循環型の研究をすることによって、真の疾患原因が明らかになり、根本的な治療の開発が可能となるのではないかと考えています。

一人または単一の施設での研究には限界があります。今後は、お互いに得意なものが異なる者同士が、施設や国の壁を超えて、協力して研究を進めることが必要でしょう。

恩師である矢﨑 義雄先生とともに
恩師である矢﨑 義雄先生とともに

現在、私は東京大学に戻り、他大学をはじめとする様々な人たちと共同研究を行っています。また私たちは、「あらゆる循環器疾患の最後の砦になろう」という合言葉のもとに、日夜診療に励んでいます。現在、東大病院は、国立循環器病研究センターや大阪大学とならんで、数多くの心臓移植を行っています(2019年3月時点)。また、東大病院では肺移植も行っているので、重症心不全患者さんばかりでなく重症肺高血圧症の患者さんも多数入院されています。おそらく日本でもっとも重症な患者さんが数多く入院している場所が、東京大学の循環器内科だと思います。

私たちは、ほかでは治療できないような患者さんを数多く受け入れています。なんとか少しでも改善できないかとみんなで精一杯手をつくしています。今後も、皆で団結し、診療技術を磨くことで、できる限り患者さんを救っていけるよう努めていく所存です。

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