パーキンソン病の治療の柱となるのは「薬物療法」です。パーキンソン病の患者さんでは脳神経に変性がおき、脳内のドパミンを中心とした神経伝達物質のバランスが崩れています。そのため薬剤を用いてそのバランスを整えることができれば、パーキンソン病の症状を改善させることができるようになります。
では実際に、パーキンソン病の治療薬にはどのような種類があり、どのようなメカニズムで症状を改善させているのでしょうか。本記事ではパーキンソン病治療の研究の最前線で活躍されている自治医科大学 神経内科教授 村松慎一先生に、パーキンソン病治療に用いられる薬剤について解説いただきました。
パーキンソン病では主にドパミンという脳内の神経伝達物質が不足してしまうことで症状があらわれます。この不足してしまったドパミンを正常な状態へと近づけていくためには
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●ドパミンを補充する
●ドパミンが分解されにくくする
●ドパミンと同じ働きをもつ物質を取り入れる
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など、さまざまなアプローチ方法があります。そしてそれぞれのアプローチ(作用機序)から症状を改善させるパーキンソン病治療薬が数多く登場しています。
ではそれぞれどういった方法でパーキンソン病の症状を改善させていくのか、詳しくみていきましょう。
パーキンソン病治療薬のなかで中心的に使われるのはドパミン補充薬(レボドパ製剤)です。パーキンソン病症状があらわれた場合、基本的にはこのレボドパ製剤から治療を開始します。
パーキンソン病では脳内のドパミンが不足しているため、それを補う薬剤が必要です。しかしドパミン自体を薬剤として取り入れても、脳のドパミンを増やすことはできません。それは、血液から脳に物質が移動するのを制限する血液脳関門というバリアのような機構が、血液から脳組織液への物質移動を制限しているからです。ドパミンはこの血液脳関門を通過することができないため、ドパミンをそのまま服薬しても、脳内のドパミンを補充することはできません。
そこで登場した薬剤が「レボドパ(L-Dopa)製剤」です。レボドパとは、ドパミンが合成される前の物質(前駆体)であり、この前駆体の状態であれば血液脳関門を通過することが可能になります。脳に移行することができたレボドパは、脳内でドパミンとなりますので、ドパミンを補充することができ、パーキンソン症状の改善につながります。
このようにレボドパ製剤を服薬し、脳内のドパミンを補充することで、パーキンソン病の症状を改善させることができます。レボドパ製剤の症状改善効果は非常に大きいため、現在のパーキンソン病治療の中心として使われています。
発病初期であればレボドパ製剤のみで十分に症状をコントロールすることが可能ですが、罹患期間が長くなり、症状が進行してくると徐々にさまざまな問題が生じてきます。
たとえば薬剤を飲んでいるのに症状が改善されない(ウェアリングオフ)、急に薬剤の効果が切れてしまう(オンオフ現象)、薬剤の効果が強すぎることで手足が勝手にくねくねと動く症状があらわれる(ジスキネジア)などさまざまな症状が発現してしまいます。
そこで、よりパーキンソン病が進行しても、症状をさらに改善していけるよう、レボドパ製剤と合わせて服用する薬剤が登場してきました。
DDC阻害薬(ドパ脱炭酸酵素阻害薬)は、脳組織液に移行する前のレボドパが、ドパミンに変換されるのを抑える薬剤です。
レボドパ製剤は、服薬してもその成分すべてが脳組織液へと移行するわけではありません。その多くは脳組織へ移行する前にドパミンやそのほかの物質に変換されてしまいます。
そこで脳組織液へ移行する前に変換されてしまうレボドパを減らすために、レボドパをドパミンに変換するドパ脱炭酸酵素という酵素の働きを阻害する薬剤がつくられました。それがDDC阻害薬です。レボドパが脳組織液に移行する前にドパミンへと変換されてしまうのを防ぐことで、脳組織液へ移行するレボドパの量を増やすことができ、脳内のドパミンを補うことができます。
COMT阻害薬は、脳組織液に移行する前のレボドパをそのほかの物質(3-O-methyldopa)に分解してしまう酵素(COMT:カテコール-O-メチル基転移酵素)の働きを抑える薬剤です。レボドパが脳組織液に移行する前にほかの物質へと分解されてしまうのを防ぐことで、脳組織液へ移行するレボドパの量を増やすことができ、脳内のドパミンを補うことができます。
MAO-B阻害薬は、脳内のドパミンを分解してしまう酵素(MAO-B:モノアミン酸化酵素B)の働きを抑える薬剤です。
ドパミンは脳の神経細胞から分泌され、ドパミン受容体に作用することで脳の機能を制御する働きを発揮します。しかしこのとき、いくつかのドパミンは受容体と結合する前にMAO-Bによって分解されてしまいます。そのためこのMAO-Bという酵素の働きを抑制することで、ドパミンがより受容体へ作用するようになり、パーキンソン病症状の改善へとつながります。
このようにレボドパやドパミンの分解を抑制する作用機序をもつ薬剤を用いることで、「直接レボドパ製剤を服薬する」以外の機序でドパミンを補い、パーキンソン病の症状を改善させることができます。
またドパミンの分解を防ぐのではなく、ドパミンの放出を促進することでドパミンを補充する薬剤も登場しており、こうした薬剤もレボドパと併用して用いられます。
神経細胞からのドパミン放出を促す薬剤です。ドパミンの放出が促進することで、ドパミンの量を増やし、症状を改善させることができます。
また脳のなかでドパミンの受け手となる「ドパミン受容体」を刺激する薬剤も登場しており、こうした薬剤もレボドパと併用して用いられます。
ドパミンの受け手側(受容体)を刺激する薬剤です。不足したドパミンの代わりに、薬剤がドパミン受容体を刺激することで、ドパミンを補うときと同様に、症状を改善することができます。
そのほか、ドパミン以外の神経伝達物質のバランスを整えることによっても、パーキンソン病の症状を改善させることができます。
健常人の方では、脳のなかのドパミンとアデノシンのバランスが一定に保たれており、運動機能の制御を正常に行っていますが、パーキンソン病患者さんではドパミンが不足しているため、ドパミンとアデノシンのバランスが崩れています。
そこでアデノシンA2Aの受け手である「アデノシンA2A受容体」を阻害することで、ドパミンとアデノシンの作用のバランスを整える薬剤としてアデノシンA2A受容体拮抗薬が開発されました。ドパミンとアデノシンのバランスを整えることで症状を改善させることができます。
パーキンソン病の患者さんでは、ドパミンの不足と相対的に、アセチルコリンが過剰になっています。そのためアセチルコリンの作用を抑制する薬剤を用いることで、ドパミンとアセチルコリンのバランスを整え、症状の改善をさせていきます。
ノルアドレナリン作用増強薬はパーキンソン病の症状の「すくみ足」改善のために使われる薬剤です。すくみ足の患者さんでは脳内のノルアドレナリンの量が不足していることがわかっているため、ノルアドレナリンを補うことですくみ足を改善させます。ノルアドレナリンも、ドパミンと同様に血液脳関門を通過できない物質であるため、薬剤として服薬する際にはその前駆体であるドロキシドパを使用します。
こうしたさまざまな作用機序の薬剤をうまく用いていくことで、パーキンソン病の症状は長期間コントロールしていくことができます。さらに近年では飲み薬(内服薬)以外にも、貼り薬(貼付薬)や、腸に直接持続的に投与する薬剤(経腸用液)なども開発されています。こうした異なる投与方法によって、さらにはやく、確実に症状を改善することも可能になってきています。
しかし、なかには薬物治療を行っても症状をコントロールできない患者さんもいらっしゃいます。そうした患者さんには薬物治療以外の治療選択肢を検討していく必要があります。
薬物治療以外の治療として一般的であるのが「外科的治療」、つまり手術療法です。パーキンソン病の外科的療法では、脳の深部に電極を挿入する「脳深部刺激療法」が知られています。脳深部刺激療法では患者さんの脳に電極を留置し、そこから電気刺激を与えることで、脳深部で過剰に活動している神経核の働きを抑制することで、パーキンソン病症状を改善させていきます。近年、さらに技術が優れる電極も開発されてきており、今後よりパーキンソン病患者さんの救いの一手となりうる治療方法だと期待されています。
▲脳深部刺激療法のイメージ
また、最近注目されている治療法が「遺伝子治療」です。遺伝子治療とは、欠損した遺伝子を補うために、特定の遺伝子を脳のなかに導入することで、脳のなかで再び必要なタンパク質が合成されるようになることで、疾患の治療を行うことができる治療方法です。
パーキンソン病ではTH、GCH、AADCといったタンパク質(酵素)が欠損していくと考えられており、現在その酵素を補う遺伝子治療の効果が証明されつつあります。
この遺伝子治療とはいったいどのようなもので、どれほどの治療効果を望める治療方法なのでしょうか。引き続き記事2『パーキンソン病の遺伝子治療 治療の概念が大きく変わる』では、パーキンソン病の最新治療である「遺伝子治療」について、村松慎一先生にご解説いただきます。
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