遺伝性ATTRアミロイドーシス(ATTRvアミロイドーシス、旧名:トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー)は、発症すると感覚障害や自律神経障害、筋力低下などさまざまな症状をきたす遺伝性の病気です。適切な治療を行わなければ発症してから約10年で命に関わるといわれていますが、近年、早期発見により病気の進行を抑えることが期待できるようになりました。今回は、遺伝性ATTRアミロイドーシスとはどのような病気なのか、熊本大学脳神経内科教授の植田 光晴先生に伺いました。
アミロイドーシスとは、“タンパク質のゴミ(アミロイド)”が体のさまざまな場所にたまってしまうことにより生じる病気です。アミロイドを電子顕微鏡で細かく観察すると、アミロイド線維と呼ばれる細い線維状の塊が観察されます。このアミロイドがたまる体の部位によって、心臓の障害や腎臓の障害、胃腸の障害などの多様な症状が出てくることが特徴です。
これまでに36種類以上のタンパク質がアミロイドを作ることが報告されており(2022年3月現在)、アミロイドを作る原因となるタンパク質の種類により病気が分類されています。
アミロイドーシスの中でも代表的な病気は、脳にアミロイドがたまるために生じるアルツハイマー病です。ただし、アミロイドーシスだから認知症になるというわけではなく、細かい分類や種類によって症状は異なります。
本記事では、アミロイドーシスの中でも私が専門的に研究を行っている“遺伝性ATTRアミロイドーシス”について詳しく説明します。
遺伝性ATTRアミロイドーシスとは、遺伝が関連するアミロイドーシスの一種です。トランスサイレチン(TTR)というタンパク質に遺伝子変異が生じることが原因となり、前述したタンパク質のゴミ(アミロイド)が体のさまざまな場所にたまって、手足のしびれや心臓の障害など多様な症状を引き起こします。
トランスサイレチン(TTR)は、物質を運搬する機能を持っているタンパク質です。“トランス”は運搬するという意味、“サイ”と“レチン”は甲状腺ホルモンとレチノールを指します。甲状腺ホルモンの中でもサイロキシン(T4)を運搬するとともに、ビタミンA(レチノール、レチナール、レチノイン酸の総称)を運搬する機能を間接的に担っていることから、トランスサイレチンと呼ばれます。
世界に1万人以上の患者さんがいると推定されています。日本国内には800人程度の患者さんがいると推定されていますが、正確な数字は把握できていません。未診断の方が多くいる可能性もありますので、実際はもっと多いかもしれません。
遺伝性ATTRアミロイドーシスの発症リスクには遺伝が大きく関わっています。トランスサイレチン(TTR)を作るための遺伝子に変異がない方は、この病気になることはありません。
しかし、TTR遺伝子変異がある方の中でも、病気を発症する年齢は20歳代から70歳代まで幅広くみられます。一般的には、熊本県と長野県の患者さんは発症する年齢が低く20歳代~40歳代が多く、そのほかの地域では50歳以降の場合が多いですが、例外も多々あります。遺伝子変異のタイプにより、発症年齢に違いが出る場合もあります。
このように発症年齢に幅が出るのがなぜなのか、そのメカニズム(仕組み)はまだ明らかになっていません。また、遺伝子変異を持っていても病気を発症しない方もいます。家族の中にアミロイドーシスにかかっている人がいなくても、この病気を発症する場合があるため注意が必要です。
性別は男性のほうが発症する可能性が高いと考えられていますが、こちらも個人差があります。ライフスタイルと発症との関連性については、よく分かっていません。
この病気は、以前はトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー(familial amyloid polyneuropathy:FAP)と呼ばれていました。しかし近年では、遺伝性ATTRアミロイドーシスと呼ぶことが国際アミロイドーシス学会により推奨されています。
これらの名称について解説します。
トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)という病名で使われている言葉を分けて考えると、次のような意味になります。
ポリニューロパチーとは手足の広範囲に生じる末梢神経障害のことを指しますが、この病気では、主な特徴として末梢神経障害以外に心臓の症状が目立つ場合や、目の症状が目立つ場合もあることから、“アミロイドポリニューロパチー”の言葉を避けることになりました。
現在は、アミロイドによる病気全般を表す“アミロイドーシス”を使用して、遺伝性ATTRアミロイドーシスと呼ばれています。これは、遺伝が関連して起こるトランスサイレチン(TTR)によるアミロイドーシスという意味です。アミロイドーシスという名称を表す際にはアミロイドを生じるタンパク質の前に“A”の文字をつける約束となっているため、トランスサイレチン(TTR)の前にAがついた“ATTR”が使用されています。
変異を表す“v”を使用し、ATTRvアミロイドーシスと呼ばれることもあります。
ATTRアミロイドーシスには、遺伝子変異が関係しない野生型ATTRアミロイドーシス(ATTRwt)というタイプもあります。そちらのほうが患者数は多く、病名を見聞きしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。高齢男性に多くみられ、主に心臓に症状が出る病気です。
遺伝性ATTRアミロイドーシスでは、遺伝子変異の起こったトランスサイレチン(TTR)が肝臓で作られて血液の流れに沿って全身を循環し、タンパク質のゴミ(アミロイド)を生じさせます。特に、末梢神経、心臓、胃腸、腎臓、靱帯、目などにアミロイドがたまってしまうことで、多様な症状を引き起こすと考えられています。
また、TTR遺伝子の変異の種類により、アミロイドがたまりやすい体の場所が異なる傾向が報告されています。遺伝子変異の種類によって、病気の初期には神経の症状が強く出る場合や、心臓の症状が強く出る場合、目の症状が強く出る場合があります。病気が進行するとさまざまな症状が出てくる可能性が高いため、定期的に全身の検査をすることが大切です。
末梢神経、自律神経、心臓、目の症状が主な症状です。
左右の足先のしびれ、痛みが多くみられます。病気が進行すると足先の力が入りにくくなり、「スリッパが脱げやすくなった」「小さな段差につまずくようになった」とおっしゃる方もいます。
持続性の下痢、吐き気、嘔吐、腹痛、起立性低血圧による立ちくらみ、排尿障害、勃起障害などがあります。
ドライアイ、硝子体*混濁や緑内障による視力低下などが報告されています。
*硝子体:眼球の大半を占めている透明な組織
初期症状は幅広く、足先や手先の痛みやしびれ、力の入りにくさ、立ちくらみ、持続性の下痢、吐き気、勃起障害、息切れ、不整脈、硝子体混濁など、さまざまです。最初は、両手先のしびれ、痛みなど感覚の障害で病気を自覚する患者さんが多くみられます。
病気が進行すると、次のようにさまざまな全身の症状が強く出てきます。
特に、心臓障害が強くなったり、寝たきりとなって肺炎や尿路感染など感染症になったりすると命に関わることから、未治療の方の生命予後(生命が維持できるかどうかの見通し)は発症して約10年といわれています。
ある程度進行した症状を、今の治療法で改善に向かわせることは難しいのが現状です。症状が悪くなる前に治療を始めれば、進行を抑制してよい状態を可能な限り長く維持することができ、予後がよくなると予測されます。だからこそ、できる限り早く治療を開始して、進行を抑制することが重要です。
症状やさまざまな検査からこの病気が疑われた際には、皮膚の一部を切り取って調べる生検を行い、体にアミロイドがたまっていることを確認します。お腹の脂肪吸引、皮膚、消化管などから生検が行われる場合が多いです。アミロイドが検出されれば、アミロイドを形成しているタンパク質の種類を解析します。
生検の結果、トランスサイレチン(TTR)がアミロイドの原因であった場合には、TTR遺伝子変異解析を実施し、遺伝子変異の有無を確認します。遺伝子変異がある場合は遺伝性ATTRアミロイドーシス、遺伝子変異がない場合(野生型)は野生型ATTRアミロイドーシスの診断となります。家族内に遺伝性ATTRアミロイドーシスを発症した方がいる場合は、遺伝子検査を先行して実施する場合があります。
ご家族の中に同じ遺伝性ATTRアミロイドーシスを生じた方がいらっしゃらない場合、病気の診断までに数年間以上の時間がかかることが少なくありません。患者さんによっては、遺伝性ATTRアミロイドーシスではなく次のような診断を受けたというケースもあります。
また、病気が進行して水溶性下痢や起立性低血圧といった重度の自律神経障害などが生じることで、初めて遺伝性ATTRアミロイドーシスが疑われて診断が付く場合もあります。
※全ての方に上記のような症状が当てはまるわけではなく、症状の有無や強さは患者さんによって異なります。
遺伝性ATTRアミロイドーシスの診断を行うためには、まずは病気の可能性を疑うことが大事だといわれています。気になる症状や違和感があると思ったら患者さんから「遺伝性ATTRアミロイドーシスではないか」と医師に伝えたり、医師が「それなら調べてみたほうがよいね」と検査を行ったりすることが診断につなげる第一歩です。
また、遺伝性ATTRアミロイドーシスを疑うポイントの1つは、神経の障害であるしびれがあるときに心臓の検査を行うことです。この病気では心臓と神経の両方に影響が及ぶことが多いため、こうした詳しい検査によって診断に結び付く可能性が期待できます。
しかし、多くの患者さんがいらっしゃる日常診療において、遺伝性ATTRアミロイドーシスのようなまれな病気に対するさまざまな検査を毎回行うことは難しく、どの検査を実施するべきかという判断や技量が医師側に必要となります。気になる症状があれば、専門的に診療を行っている医師に相談するとよいでしょう。
遺伝性ATTRアミロイドーシスの原因となるトランスサイレチン(TTR)は主に肝臓で作られるため、かつては、肝移植*がこの病気に対する唯一の治療法でした。しかし近年、薬物療法が発展して複数の薬が使えるようになったため、肝移植は行われず薬による治療が一般的となっています。当院も遺伝性ATTRアミロイドーシスに対する肝移植は実施していません。
*肝移植:機能の低下した肝臓を取り出して健康な肝臓をドナーから移植する治療方法
遺伝性ATTRアミロイドーシスに対する主な治療薬としては次の2種類が挙げられます。なお、薬物療法でも一度の治療で病気がよくなるわけではなく、継続した治療を行っていくことが非常に重要です。
TTR四量体安定化薬(タファミジス)は、1日1回の内服薬です。タンパク質のゴミ(アミロイド)の原料となるトランスサイレチン(TTR)を安定化させ、ゴミを作らないようにする、つまりアミロイドが作られにくくする効果がありますが、病気が進行した患者さんに対する効果は限定的です。
TTR遺伝子サイレンシング療法(パチシラン)は、アミロイドの原料となるトランスサイレチン(TTR)を作らせないようにする仕組みの薬で、血液中で80%程度減少させる効果があるとされています。特に病初期において効果が期待できますが、進行した状態に対する効果は限定的と思われます。また、まだ新しい治療薬であるため長期的な効果はこれから確認していく必要があります。
注意点としては、3週間に1回の点滴が必要です。中止すると血液中のTTR濃度が上昇してしまうため、点滴治療を継続することが大切です。治療の当日は、血液検査や点滴の前投薬などを含めて大体1日がかりの受診となるため、仕事の都合など生活環境や患者さんのご希望も考慮して治療選択を行います。
遺伝性ATTRアミロイドーシスに対する次世代の治療法が次々と研究開発されています。現在よりも効果が強く持続時間が長い薬が開発されれば、投与頻度を減らせるかもしれません。また最新のゲノム編集技術を利用した遺伝子治療法も研究されており、実現すると一度の治療で効果が永続する可能性があります。体に沈着したアミロイドの除去を促進させる抗体治療も研究開発中で、これが実現すると進行した症状に対する効果も期待できるかもしれません。ほかにもさまざまな治療法が研究されていますので、将来的には現在よりももっとよい治療が実現する可能性は高いと考えています。
遺伝性ATTRアミロイドーシスの患者さんは日常生活において、症状に応じて次のような工夫をすることが大切です。
足先や手先で痛みや温度を感じにくくなっていますので、けがや火傷には特に注意してください。
起立時、食後、トイレの後などに血圧が低下しやすい場合には、血圧低下を防ぐ必要があります。内服薬で血圧低下を防ぐほか、締め付け圧が強いストッキングである弾性ストッキング、腹帯などを使用して、立ち上がったときに血液が重力で下がるのを圧力によって防ぐ方法が有効とされています。
持続性の下痢、便秘、嘔吐、腹痛などが強い方は、それぞれの状態に合わせて食事の内容および取り方などを工夫するとよい場合があります。患者さんによって、たとえば便秘に関しては食物繊維が多い食品(こんにゃく、いも類など)を積極的に取ることなどをおすすめします。
心臓の症状が強い場合やむくみが強い場合は、水分の取り過ぎには注意が必要です。
遺伝性ATTRアミロイドーシスは常染色体優性(顕性)の遺伝性疾患です。つまり、親から子には50%の確率で遺伝します。遺伝した場合には発症する可能性が高いですが、病気を発症しない方もいます。
ご家族に遺伝性ATTRアミロイドーシスの方がいらっしゃるのであれば、足先のしびれや痛みから始まる場合が多いため特に注意するようにしてください。また、ほかに原因がないのに下痢が持続するとき、便秘や吐き気が持続するときも注意が必要です。男性は勃起障害をきたして発症に気付く場合もあります。
遺伝性ATTRアミロイドーシスに対する治療法は病初期であるほど高い効果が得られるため、早期診断、早期治療が特に重要です。家族に同じ病気があるなら早期診断の機会ととらえて、気になる症状がある方は積極的に医療機関に相談していただけたらと思います。
病気を発症する前に、遺伝子変異の有無を確認する遺伝子検査を受けること(発症前遺伝子検査)も可能です。しかし、遺伝子検査の実施は将来を見据えて心構えができるメリットがある一方、結婚や就職への影響などについて覚悟が必要となる側面もあります。十分な遺伝カウンセリング*を受けて、遺伝に関する不安を解消したり、ご自身が納得できる方針を立てたりした後に実施することが大切です。
*遺伝カウンセリングは自由診療であり、当院における遺伝カウンセリング料は初回11,000円、2回目以降5,500円です。
当大学が位置する熊本県には従来、遺伝性ATTRアミロイドーシスの患者さんが多くいらっしゃいます。そのため私たちは代々この病気の研究や診察・治療に力を注いできました。
遺伝性ATTRアミロイドーシスは、1952年にポルトガルで初めて見つかり、その後日本の熊本県においても熊本大学名誉教授の荒木 淑郎先生が最初の患者さんをご報告され、熊本大学におけるアミロイドーシス研究が開始されました。私の前任(前 熊本大学脳神経内科教授)である安東 由喜雄先生(現、長崎国際大学 学長)のご研究およびご活躍により現在の診療体制が確立されました。現在、熊本県のほか長野県にも患者さんが集まっている地域(集積地)がありますが、その理由はよく分かっていません。
最近では、熊本大学に相談に来られる患者さんの多くは県外の患者さんです。実は、診断の付いていない患者さんが日本全国に多くいらっしゃるのだと考えています。
先に述べたように熊本県や長野県の患者さんは若年発症であり、下痢や低血圧などの自律神経障害が病初期から目立つ場合があることが特徴的です。一方、ほかの地域の患者さんでは50歳以降に発症した方が多く、かなり進行してから症状が出てくることがあります。昔と比べて平均寿命が延びて日本人が長生きになったこともあり、診断が付けられるようになってきたのだと思われます。
近年では新しい治療薬が登場し、遺伝性ATTRアミロイドーシスに対する治療は薬物療法が中心になるとともに、全国で治療を行えるようになってきています。なるべく早く治療を受ける必要がありますので、気になる症状がある場合は医療機関へご相談ください。これから新しい治療薬が使用できるようになることも期待されていますので、私たちは早期診断が可能な体制を構築できるように努力したいと考えています。
<医療従事者の方へ>
遺伝性ATTRアミロイドーシスの研究や治療を専門的に行っている機関については、以下の参考ページをご覧ください。
熊本大学大学院生命科学研究部 脳神経内科学講座 教授
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