インタビュー

膵臓移植の方法と1型糖尿病治療の発展―移植から免疫抑制剤まで

膵臓移植の方法と1型糖尿病治療の発展―移植から免疫抑制剤まで
剣持 敬 先生

藤田医科大学 大学院医学研究科 移植・再生医学講座 教授

剣持 敬 先生

この記事の最終更新は2016年11月21日です。

今日の本邦での膵臓移植は、脳死ドナーから提供された膵臓を移植する方法が中心であり、安全性が高く効果が高い治療法として確立されてきています。手術後は免疫抑制剤を飲み続ける必要がありますが、薬の質も技術の進歩によって向上しており、移植手術を受けた重症1型糖尿病の患者さんのQOL(生活の質)は改善されつつあるといえます。また、今後は膵島移植(すいとういしょく)という、手術を行わない治療法がさらなる発展を遂げる可能性もあります。膵臓移植の方法から今後の発展に至るまで、引き続き藤田医科大学病院 臓器移植科 教授の剣持敬先生にお話しいただきます。

記事1『重症1型糖尿病に対する膵臓移植とは―外科手術で糖尿病は治療できる』でご説明した通り、膵臓移植は重症1型糖尿病の患者さんを救う治療法ですが、開業医の先生などはまだ移植治療を知らない方もいらっしゃいます。

確かに膵臓移植は重症の1型糖尿病の患者さんにのみ適応される治療で、適応となる患者数は少ないのですが、患者さんを救うことができる方法ですから、先生が移植のことを知らなければ移植治療は勧められません。

まずは、1型糖尿病の患者さんには膵臓移植という治療法があることを知っておいていただきたいと考えます。

脳死膵臓移植の場合は、全膵(膵臓全体)および十二指腸を移植します。生体膵臓移植は現在ではあまり行われていませんが(詳細は記事1『重症1型糖尿病に対する膵臓移植とは―外科手術で糖尿病は治療できる』)、こちらの場合はドナーの膵臓を体尾部(門脈の左側に位置する部分)で切り、半分だけレシピエントに移植します。

膵臓の構造
画像提供:PIXTA

生体膵臓移植の場合、膵臓を体尾部で切断するので、後腹膜(腹膜の外側)で体尾部の割面を膀胱ないしは腸管に吻合しなければなりません。これは非常に難しい技術です。一方、脳死膵臓移植の場合は膵臓を丸ごと(全膵)移植するので、後腹膜には臓器が入りません。そのため、一緒に摘出した十二指腸と小腸を腹膜内に繋ぐ手法がとられます。

単純に考えても、脳死膵臓移植は生体膵臓移植に比べて移植する膵臓の体積が2倍ですから治療効果が高いのです。

糖尿病性腎症を起こして透析導入となった場合、5年生存率は約60%とがんよりも低くなります。しかし、膵・腎同時移植をすれば5年生存率は96%にまで向上します。ですから多くの場合は膵・腎同時移植となりますが、腎臓については生体・脳死どちらも同じく、左側の後腹膜に移植します。なお、腎臓は脳死膵・腎同時移植でも一つしか移植されません(一つでも十分に機能します)。つまり、脳死ドナーの体内にあったふたつの腎臓は、それぞれ違う人に移植されるということです。

移植の技術が進歩した現在、膵臓移植後に異常がみられるケースは減少しています。しかし、場合によってはまれに下記の合併症が起こる場合があります。

膵臓の静脈に血栓が生じ、血栓症が起こることがあります。血栓症は膵臓移植の合併症では最も注意すべき疾患です。

膵臓の血流は腎臓に比べて少なく、非常にゆっくりと流れています。そのため、手術で吻合した部分にねじれなどがあった場合は血が流れず、血栓ができてしまいます。

血栓症が生じたときには、再手術を行い移植した膵臓を摘出しなければならない場合もあります。

脳死膵臓移植では十二指腸と小腸を繋ぐため、腸閉塞が起こることがあります。

膵臓移植の術後は血栓の発生を防ぐため、抗凝固剤を服用していただきます。そのため、移植後の患者さんは出血しやすい状態になります。出血がひどい場合は再手術になることもあります。

出血の場合は再手術で止血すれば治まり、腸閉塞も手術で治療できます。血栓症に関しては血栓摘出によって治ることもありますが、よほどうまく手術ができなければ膵臓の機能保持は難しくなります。

ただし、基本的には血栓症はまれであると考えて問題ありません。膵臓移植の安全性は高く、確立された術式ですから、安心して治療を受けていただきたいと考えます。

上述したように本邦における脳死膵臓移植(膵・腎同時移植)の5年生存率は96%と高く、これはアメリカよりも良い成績です。

日本はドナーの絶対数が少ないので、条件があまり良くないドナーの臓器も移植に用いています。それにもかかわらず非常に成績が良いという特徴があるので、今後ドナーが増えれば、救うことができる命はさらに多くなっていくでしょう。

つまり、本来であれば膵臓そのものを移植する必要はなく、膵島(ランゲルハンス島)だけ移植すればよいことになります。

ランゲルハンス島
ランゲルハンス島の構造

膵島移植とは細胞移植の一種で、肝臓内の門脈という血管に針を刺し、点滴にて膵臓のなかにある膵島(ランゲルハンス島)という細胞を移植します。そのため、通常の膵臓移植のように手術をする必要がありません。膵島移植の成績がよくなれば、今後は手術をすることなく重症1型糖尿病の治療ができる可能性があります。

実際、海外での膵島移植の治療成績は、膵臓単独移植と大きな差がありません。腎移植を伴う場合は手術が必要ですから、膵・腎同時移植は今後も続けていく必要がありますが、膵臓単独移植は今後徐々に細胞移植に移行していくでしょう。

手術をせずに膵臓移植と効果がほぼ同じ治療法があるならば、皆さんそちらを選ぶはずです。さらに治療成績が向上すれば、治療は確実に膵島移植へと移行するでしょう。現在、膵島移植は先進医療に分類されますが、膵島移植が保険医療になれば患者さんの選択肢が増えることになります。

ただし、膵臓移植は腎移植も同時に行うことが多いので、住み分けとしては膵・腎同時移植と膵島移植という形がよいでしょう。

現在、免疫抑制剤には標準的な処方が確立されていますが、もしもこの免疫抑制剤の服用が不要になれば、患者さんのQOL(生活の質)は劇的に向上します。

実際のところ、大学病院などで免疫抑制剤を飲まなくて済む方法に関する研究が進められている最中です。現在ではまだ成功していませんが、医師にとっては長年の夢であり、今後も研究が続いていくでしょう。

また、免疫抑制剤そのものの質も最近では改善してきています。以前の免疫抑制剤はあらゆる免疫を抑えていたため、服用によって患者さんが細菌やウイルスによる重症感染症を引き起こすケースが頻繁にありましたが、今では重症感染症に罹患する例はほとんどみられません。

現段階では、移植後は免疫抑制剤を必ず飲まなければなりませんが、免疫抑制剤においても確実に進歩を遂げてきています。

剣持先生

冒頭で述べたように、全ての糖尿病の患者さんが膵臓移植の適応になるわけではありません。しかし、腎不全を伴う重症1型糖尿病の患者さんにとっては移植という選択肢があります。現在では移植手術は「イチかバチか」の治療ではなくほぼ確立されており、インスリン離脱も十分可能です。

現在、ご自身の状態に悩んでいらっしゃる1型糖尿病の患者さんは、ぜひ膵臓移植という治療を検討してみてください。あらゆる症状が改善され、よりよい生活を送ることができるようになるはずです。

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