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専門だけを診る姿勢は地域医療での臨床には適さない-細田瑳一先生が実践す...
年間1500件以上の心臓血管手術を行う榊原記念病院は、国際的にも認められるトップクラスの心疾患とその関連疾患の治療実績を持つ病院として知られています。長きにわたり榊原記念病院の院長として経営とス...
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専門だけを診る姿勢は地域医療での臨床には適さない-細田瑳一先生が実践する全人的総合医療とは

公開日 2017 年 08 月 30 日 | 更新日 2017 年 08 月 31 日

専門だけを診る姿勢は地域医療での臨床には適さない-細田瑳一先生が実践する全人的総合医療とは
細田 瑳一 先生

公益財団法人日本心臓血圧研究振興会理事長

細田 瑳一 先生

年間1500件以上の心臓血管手術を行う榊原記念病院は、国際的にも認められるトップクラスの心疾患とその関連疾患の治療実績を持つ病院として知られています。

長きにわたり榊原記念病院の院長として経営とスタッフの教育を担い、現在は最高顧問を務める細田瑳一先生は、病院に勤務する医師に対し、「全ての疾患の治療を自力で行おうとするのではなく、その患者さんにとって適切な医療を提供できるよう、全力で対応すること」を指導しています。

患者さん一人ひとりにとって最もよい医療とは何を指すのでしょうか。また、患者さんに最良の医療を提供できる医師とは、どのような能力を備えた医師のことをいうのでしょうか。細田瑳一先生にお伺いしました。

専門以外の病気にも対応できない者は真の医師とはいえない

患者さんに対して最もよい医療を見極め、対応すること

真の医師とは、どのような患者さんにも対応できる総合医であると、私は考えます。これは全ての患者さんの治療(手術などの処置)をする者ということではありません。総合医とは、その患者さん一人一人に対してよい医療は何かを判断して、実践あるいはそれぞれに適切に説明し、その地域で手術などを施してくれる医師を紹介できる医師です。

榊原記念病院は、診療を求める患者さんを受け入れ、診察、検査、診断をして、適切かつ有効な治療を行える場合は実施し、治療する技術が不十分な場合は適切に判断して治療できる施設または医師に連絡して紹介します。地域からの心臓、血管病を中心に、急性期の患者さんを治療しているので、急性心筋梗塞、大動脈解離や心不全の患者さんが多く、年間300~400人を治療し、肥大型心筋症の患者さんは1500人以上も登録され、外来に通ってもらっています。また、外科では先天性心臓病、心臓弁膜症、狭心症、心筋梗塞、大動脈瘤を中心に、年間1500件を越える心臓血管手術を行っており、トップレベルの心臓外科施設として知られています。したがって、受診された患者さんが即時に手術を開始すべき心疾患であると判断した際には、速やかにチームを集めて治療を開始します。

他施設に紹介することが患者さんにとって最良の医療であることも

しかしながら、受診された患者さんに消化器からの下血がみられたりしていて、医師が「自分にも治療できないことはない」と考えているときの対応は異なります。

この場合、当院の医師が治療にあたることは、その患者さんにとって最良の医療提供とはいえません。明らかに別の施設の他の医師のほうが自分たちよりも高い技術を持っていると確信できるときには、患者さんを説得し、よりよい治療が期待できる医師のもとへと送ることが適切な医療提供です。これは、たらい回しにはなりません。

医師と医師が連絡を取り合うようす

患者さんは病名を胸に貼って病院に来るわけではない

初診の患者さんの中には、”私は○○病です“と言ったり、紹介される場合もあります。しかし、それが正しいのか、他にも悪いところがあるかを診察や検査、資料で確かめてから、どう対応するのがよいかを決め、説明して納得していただかなければなりません。このような場合でも、心疾患以外の病気の大半には、検査をして適切な施設を決めるための数時間の猶予は与えられています。ただし、心臓血管病の場合は一刻を争って治療を開始せねば手遅れになる突然の重度不整脈、心筋梗塞、大動脈解離、心不全やショックということもあります。

そのため、循環器や呼吸器を専門とする医師は、最初に患者さんをみる役割を担うのに適しているといえます。当院のように心疾患を扱う病院の医師が、「専門外の病気は誰に紹介してよいのかもわからない。診られない。」あるいは「満床です」とシャッターを下ろすような姿勢をとることは、医師として相応しいものではありません。息苦しいという主訴で来られた患者さんを、心疾患のエキスパートたる自分が治療すべきか、あるいは悪性腫瘍による重症貧血なのか、呼吸器科や神経内科に紹介すべきか。当院の医師には、適切な見極めを短時間で行える技量が求められます。急な大出血、呼吸器の病気や脳梗塞なども救急処置が必要な場合が少なくはありません。そこで、初期対応で止血処置、輸血、補助呼吸や血栓溶解療法を行なうことが望ましいのです。

患者さんにとっては、医師に専門医や総合医の区分はない

医師と技術者の違い

患者さんの立場に立てば、救急で診て貰うときに目の前の医師には専門医も総合医もありません。ですから、自分の専門分野以外は診られないという人は、医師の資格はなく、医師という立場で自分のできることでのみ、技術提供をする技師であるといえるかもしれません。このような人は、地域の医療現場より技術開発や研究や大病院の助手に適しているでしょう。

医師同士の信頼関係が患者さんの命を繋ぐ

私自身、自分の大切な患者さんの治療を、その分野で高い技術を持つ医師に依頼することが多く、たとえば肺がんの患者さんの治療を元国立がんセンター中央病院長の土屋了介先生や淺村尚生先生(現在は慶應義塾大学教授)に、肝がん・肝不全の患者さんの手術を幕内雅敏先生(現・日本赤十字社医療センター院長)に、あるいは各種慢性疾患の多くの患者さんを治療法の選択判断をしてから近在のかかりつけ医や在宅医療の先生方にいつもお願いしていました。

スムーズに一人ひとりの患者さんが適切な医療を受けられるよう、日頃から自分の地域全体で医療者同士が互いに知り合って各分野のエキスパートとも信頼関係を築き上げておくことが、技師ではない真の医師には求められます。

総合医・細田瑳一先生のバックボーンとは

社会医学研究会での3年間の活動

農村地帯を歩く医師

私が「医師とは専門医である前に、その人全体を診て適切に相談に応じ、判断・助言できる総合医であらねばならない」という信念を持つに至った背景には、東京大学学生時代に所属していた社会医学研究会での経験があります。

元公衆衛生院院長・鈴木武夫先生のすすめで入った社会医学研究会とは、主に農村の医学を中心として活動された若月先生や、労働衛生、職業病などを中心に効率的であり科学的な社会医学を指導された暉峻義等先生が始められた労働科学や、農村や大都会でも医療に恵まれない人の保健・医療活動を向上させるための調査・活動を行う団体です。

国民皆保険制度などはなく、医療や経済格差が激しい時代、私は東北や長野県の農村地帯を歩いては農家や林業の方々の血圧を測りながら生活状況、世帯家族様式、住宅、米のとり方、食事栄養の内容、労働時間、授乳、離乳食、食塩のとり方、間食、学校や役場で結核などの感染症歴、学校検診の結果などを聞き取りました。しかし、住民の方々からは感謝されるどころか「今は忙しい」と叱られるばかりで、ニーズとは何かを考えさせられる機会にもなりました。健康増進のためには、こちらからニーズを教えていかないと、なかなか調査もできない状態でした。このことは、1980年台の中国でも全く同様でした。

ニーズとは医療を提供する側が作り出すものではなく、その検査の必要性を理解してもらい、相手側から望まれるものにならなければ、うまくいきません。

社会とは、信頼ある人間関係により構成される抽象概念

現代では、多くの方は高血圧、栄養、糖尿病、肥満、骨粗鬆症などに問題意識を持ち自ら病院に行きますが、医療情報も国民皆保険制度もない時代に自発的に健康を守るために人を動かすことは容易ではありませんでした。あらゆる環境下にある方の健康増進に貢献するには、医師と地域住民、自治体の信頼関係が要となります。

私は、信頼関係がなければ、社会、特に地域医療は成り立たないと考えています。

現場の状況を理解し、お昼の休憩時間に住民の方の血圧を測りながら、自治体の予算を得るためにその地域の首長とコミュニケーションを重ねること。これらを肌で学んだことは、地域医療を実践するには自治体等の方針や環境要因を学び、内科的な診療技術は勿論、麻酔や外科的な応急処置など、広い分野の技能をできるだけ身につけていないと役に立たないことを教えてくれました。この3年間は、その後の私の医師人生に非常に大きな影響を与えました。

都心部の貧困層への医療アプローチを通して

国民皆保険制度のない時代に、医療の網の目からこぼれ落ちてしまうのは、へき地に住まう人だけではありません。

私は、新宿保健所の保健師の方と共に在宅の結核患者さんを診て周り、入院が必要な場合は、東京大学内の安価な結核病棟への手配なども行いました。

輸血部のない時代に安全な輸血医療を考える

また、私が医師として働き始めた頃には、病院に輸血部という組織は存在せず、売血により輸血用の血液が賄われていました。B型肝炎ウイルスも発見されていなかったため、「輸血後肝炎」と称される肝疾患に苦しむ患者さんも多々おられました。

そこで私は、血液提供者の個人情報を必ず記録に残し、その人物から提供された血液によって問題が起こらなかったかどうかを突き合わせる登録制度を始めました。

中央検査室も存在しない頃の話ですから、血糖値、血算、蛋白量、凝血因子、電解質、コレステロールの測定も自ら行いました。

私が医師としての礎を築いた時代とは、このように自身の専門だけを診て患者さんに安全な医療を提供することなど、到底できない時代だったのです。国民皆保険制度が実現されてからは、まず自らの研究の中心(専門)を循環器領域(以下の4点)に定め、研究を始めました。

1)ワーファリンによる治療の適正化を中心に臨床研究を始め、血栓、止血の検査法の開発に努め、トロンボプラスチンの精製、製造と適正使用、トロンボテストの個人輸入と高血圧症の研究

2)虚血性心疾患の病態と治療の研究を中心に、臨床薬理学からGCPの実践まで循環器領域の薬物開発と効果の検証(薬物動態、併用の影響、副作用と反応、有用性)

3)血流、血圧、不整脈、観察機器の開発と精度改良を画像診断などに関する研究と臨床応用の普及等に貢献した。

4)医学教育の原則遵守に目標化と標準化、開発途上国での医学教育の改善や国際的な教育施設の基本的必要条件の規準作り、特に評価法の改善に貢献した。

「病を診て人を診ず」になることなかれ

次の記事『総合診療医細田瑳一先生が考える健康な成人と健全な社会とは』では、私が循環器内科の道を選んだ理由をお話しします。しかし、ここまでお読みいただければおわかりになるように、私は医師としてのスタートを切った当初から、地域における総合医療の実践を志していました。

もちろん、医師としての研究は専門を中心に行うのが効率的であり、私もまた循環器内科の研究を中心に行ったものです。(前項、(1)~(4)参照)

しかしながら、臨床の現場では、目の前の患者さんの精神心理や生活背景を含む全体を診なければ、その人にとって最良の医療は提供できません。(全人的医療、健康回復維持増進の支援)

また、農村へき地であっても都心部であっても、その社会の医療資源を知らなければ、その地域の患者さんの保健、医療を適正に治療することはできません。これは、地域の医療格差や経済格差が狭まった現代においても変わることのない地域医療の根源となる概念です。

かつて社会医学研究会に所属して農村を回っていた頃には、「どこによい搬送手段、交通機関があるか」を調べ上げることが、その地域の医療資源を知るということでした。現在は、医療技術も著しく向上し、その技術を十分使いこなせる医師も多く、専門技術の適応能力もまちまちです。これが「どの施設に腕のよい医師がいるか」を把握し、信頼関係を築いて患者さんを紹介するということに変化したというわけです。

全人的総合医療とは、始めようと思って開始するものではありません。真に地域医療や臨床を行おうと思うのであれば、医師は総合医の姿勢で医療にあたらざるを得ないのです。

 

総合医療とは(細田 瑳一先生)の連載記事

東京大学医学部を卒業後、故・沖中重雄教授のもとで内科学全般を学び、「患者さん全体を診る」医療の実践を求め続ける。自治医科大学教授、東京女子医科大学教授を経て、心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院院長に就任。榊原記念病院を国際的に認められる循環器領域の専門施設にまで成長させ、現在は同病院の最高顧問を務めている。