インタビュー

HIV感染症の治療――治療薬の進歩と薬の選択で大切にしてほしいこと

HIV感染症の治療――治療薬の進歩と薬の選択で大切にしてほしいこと
白阪 琢磨 先生

国立病院機構大阪医療センター HIV/AIDS先端医療開発センター 特別顧問

白阪 琢磨 先生

目次
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HIV(ヒト免疫不全ウイルス)について、“感染が死に直結する”という印象をお持ちの方もいるかもしれません。しかし近年は治療薬が進歩し、早期発見・早期治療によってAIDS(エイズ後天性免疫不全症候群)の発症を抑えることが期待できます。また、ウイルスが検出できない状態が6か月以上維持されていれば、性行為でも感染しない病気となりました。

今回は、国立病院機構大阪医療センター HIV/AIDS先端医療開発センター 特別顧問の白阪 琢磨(しらさか たくま)先生に、HIV感染症とその治療法、近年の治療薬の進歩や薬の選択方法などについてお話を伺いました。

HIVは、私たちの体内にある白血球の一種“CD4陽性Tリンパ球”に感染するウイルスです。CD4陽性Tリンパ球とは、私たちの免疫を司っている細胞です。たとえば体内に細菌やウイルスが侵入したとき、それらを攻撃して体を守るためにはたらく役割を果たしています。

ウイルスはどんな細胞にも感染すると思われるかもしれませんが、基本的に決まった種類の細胞にだけ感染する性質を持っています。施錠された家に入るために鍵が必要なように、そのウイルスが持つ鍵と合致する鍵穴のある細胞にのみ侵入します。HIVはこの鍵を使ってCD4陽性Tリンパ球に侵入します。

CD4陽性Tリンパ球は、健康な成人であれば血液1mm3あたり約1,000個存在しています。体の免疫機能を維持するために重要な細胞ですが、HIVに感染すると徐々に破壊され減少していきます。

CD4陽性Tリンパ球の数が減るにしたがい、体の免疫機能は徐々に弱まります。200/mm3未満になると、健康な状態では問題にならないウイルスや細菌のはたらきを抑えられなくなり、食道カンジダ症や重症肺炎(ニューモシスチス肺炎)などの病気を発症します。この免疫不全状態をAIDS*と呼びます。

HIVに感染しても、すぐにAIDSになるわけではありません。HIV感染からAIDS発症までは数年から10年ほどで、この期間をAIDSの潜伏期間といいます。

なお、HIVの主な感染経路は、性行為による感染、血液を介した感染、母子感染です。握手をする、一緒に食事をする、お風呂に入るといった日常的な行為で感染することはありません。

*AIDS:HIV感染者が免疫の低下により、指標となる23の病気のいずれかを発症した状態。

近年は治療薬の進歩により、HIVに感染しても早期に発見し薬の服用を続ければ、血液中のウイルスを測定できない値(Undetectable:検出限界値未満)まで抑え込むことが期待できます。

薬の服用を続けウイルスを抑えられれば、低下していた免疫は改善し、AIDSの発症予防につながります。さらに、検出限界値未満が6か月以上続けば、コンドームを使用せずに性行為を行っても、HIVを伝播させない(Untransmittable)ことが分かっています。このような状態を表す“U=U”とは、“Undetectable”(検出限界値未満)なら“Untransmittable(感染しない)”という科学的根拠に基づいた事実を伝える言葉です。感染拡大を予防するためにも、早期に発見し治療を始めることが大切です。

HIV感染症の基本的な治療法は、抗HIV薬を複数種類組み合わせて服用する“多剤併用療法”です。

多剤併用療法が開始された当初は、1日に何十錠もの薬を内服する必要があり、副作用も強く、服用を続けるのが大変だというデメリットがありました。その後、服薬の負担に配慮した抗HIV薬の開発が進められた結果、3~4剤が1錠に含まれた合剤(STR)が登場し、今では1日1回1錠を内服すればよい薬が一般的となりました。

近年では、数か月に一度投与する注射薬も登場しています。毎日薬を服用するのが苦手な方は注射を選択することもできますが、定期的な来院が難しい方や注射が苦手な方には向いていません。

このように新しい治療薬の開発により、現在は複数の選択肢の中から、患者さん自身がライフスタイルやご希望に合った治療法を選べる時代になっています。

もう1つ、最近のトピックスとして、HIVの感染を薬で予防できるようになったことが挙げられます。あらかじめ服用あるいは注射することで感染予防効果が期待できる薬が、海外ではすでに承認済みで、日本国内でも2024年2月に承認申請が行われました(2024年4月現在は未承認)。

抗HIV薬はできるだけ時間を守って服用することが大切です。たとえば毎日午前8時など、無理なく服用できる時間を決めて忘れずに服用してください。

パートナーがHIV患者さんであるという方は、お薬を服用したかどうかをさりげなく確認するなど、服薬をサポートしていただければと思います。

現在は副作用が抑えられた薬が登場し、ほかの病気の薬との飲み合わせもあまり気にする必要がなくなっています。不安なことや困ったことがあれば薬剤師などに相談し、服用を続けていただければと思います。

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写真:PIXTA

治療では、患者さん自身がよく理解し、納得して薬を選択することが大切です。薬の選択を行う際、当院では、患者さん向けに薬の用法用量や副作用などをまとめた“抗HIV薬一覧表”をご覧いただきながら、多剤併用療法などの薬全体について説明しています。さらに、薬剤師が各薬の特徴について詳しく説明したうえで、患者さん自身に選択していただきます。

薬は包装にもそれぞれ特徴がありますので、患者さんの好みに合わせて選ばれるとよいでしょう。飲み薬の場合は、ボトルにまとめて入れられているものと、一部にはシートに1錠ずつ分けて包装されたもの(PTP包装)があります。ボトルに入った薬は、その都度1錠取り出すだけなので楽だという理由で、ご自宅で主に服用される方に選ばれることがあります。PTP包装の薬は、1日1回1錠服用の合剤が1シートに1週間分包装されているので、残薬数を把握しやすく、飲み忘れや重ね飲みを防げるというメリットがあります。外出時の持ち歩きにも便利です。

PTP包装のない薬の場合、当院では1回の服用分ずつ包装する“一包化”にも対応しています。一包化するとかさばるので持ち帰る際に大変ではありますが、日付などを印字でき、飲み忘れをチェックしやすいことがメリットです。

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いろいろな薬を使うと、薬に対して耐性を持ってしまうのではないかと不安に思われるかもしれませんが、ウイルス量を検出限界値未満に抑えられていれば耐性になることはありません。薬を変更して副作用が軽減されるようなら新しい薬を続ければよいですし、副作用があまり変わらなければ元の薬に戻すこともできます。

薬の服用を始めてから副作用のような症状が現れた、飲みにくさを感じた、飲み忘れが生じてしまったなど、困ったことがあればお気軽にご相談いただければと思います。

診療では医師が治療方針の全てを決めるのではなく、アドバイスをもとにどの薬を服用するのか、患者さんご本人に決めていただくことが大事だと考えています。

医師が薬を提案するとその意見を受け入れてしまいがちですので、当院では薬を選択する際、“おくすり相談室”という個室で薬剤師とお話しいただいています。

薬剤師は、治験時のデータも元にしながら、副作用の症状や対処方法、薬の相互作用などについて丁寧な情報提供を心がけています。服用開始後、副作用をはじめ薬に関して気になることがあれば、薬剤師まで遠慮なくご相談ください。

HIV感染症やAIDSについて家族や友人に相談しづらいこともあるでしょう。病気のことに限らずいろいろとご相談いただけるよう、当院では多職種のスタッフがチームとなって連携しながら患者さんを支えていく体制を築いています。

ご家族のことをはじめ、生活面で身近なお困り事があれば看護師にご相談いただければと思います。ご高齢の患者さんで、高齢者福祉施設への入所を検討されている方もいらっしゃるでしょう。入所にあたって、現在はまだHIV陽性者であることを伝えなければなりませんし、全ての施設が入所可能な状況ではありません。施設への入所で困ったことがあれば、ソーシャルワーカーにご相談ください。

抗HIV薬は健康保険を適用しても高額なため、治療費についてお悩みの方もいらっしゃるかと思います。このような経済的な問題も、ソーシャルワーカーがお伺いし利用できる助成制度をご案内しています。高額療養費制度のほか、条件を満たせば免疫機能障害の身体障害者手帳、自立支援医療(更生医療)、重度心身障害者医療費助成などの認定を受け、医療費の負担を軽減することも可能です。

また全国で、エイズ治療のブロック拠点病院、拠点病院、中核拠点病院が設置され、AIDS診療のネットワークが整えられています。そのため、どの地域においても助成制度を活用しながら、一定水準の医療が受けられます。当院に通院されている方で、ご自宅から近い医療機関での受診を希望される方には、エイズ治療の中核拠点病院などをご紹介しています。

生活面も含め、何かお困りのことがあれば遠慮なくご相談ください。

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私が医師になったのは1981年のことで、ちょうどAIDSが初めて報告された年でした。1989年、最初の抗HIV薬を開発した満屋 裕明(みつや ひろあき)先生のもとに留学する機会に恵まれ渡米した私は、AIDS研究に従事することになりました。研究では、HIVに触れる必要がありますが、きちんと扱えば感染することはなく、怖がる必要はありません。2年間の予定で渡米したのですが、やりがいを感じ、5年間米国で研究に注力しました。

しかし、帰国してみるとHIVについて研究している医師も、診ていると公言する医師も日本にはほとんどいませんでした。HIVを専門とする医師が少ないなか、「AIDSの診療をしませんか」とお声をかけていただき、今もHIV診療を続けています。

多剤併用療法が行われる前は、会社や学校を辞め、結婚や子どもを持つことを諦める患者さんも多くいらっしゃいました。このような時代からHIV診療に従事してきたので、治療薬が進歩したことのありがたさを身に染みて感じます。

多剤併用療法が行われ始めた頃、ほかの病院に勤務していたときのことです。複数の症状を合併した重症のAIDS患者さんがいらっしゃいました。その方は、5年以上前にHIV陽性と分かったのですが、病院を受診しても無駄だと諦めて、親族に迷惑をかけまいと1人で生活されていたそうです。病室で、最近では新しい治療薬によって命が助かる方も増えていることをお話しすると「そんなに治療が進歩していたとは知らなかった」と涙を浮かべられました。結局、力が及ばずに助けることはできませんでしたが、あともう少し早く受診してくださっていたらという思いが残りました。

当時は、今のようにインターネットで治療法などを調べられる時代ではなく、HIV陽性と分かり落ち込んで来院される方は多くいらっしゃいました。それでも、私たち医療チームから説明を受けて病気と治療法について正しく理解し、前向きに治療を頑張り続けて今も元気に通院されている方が少なからずいらっしゃいます。そのような方々から私も勇気を分けていただき、早期発見・早期治療を改めて推し進めていかなければならないと強く思うようになりました。

現在は、お母さんがHIVに感染していても、HIVの母子感染予防対策を実施すれば、お子さんに感染することなく出産が可能です。無事に出産され、子育てをされている方も少なくありません。HIV診療の分野に携われて本当によかったと思っています。

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現在、治療薬の進歩によりHIV感染症の予後は改善されています。早期に治療を開始して薬を服用し続けることで免疫機能が安定し、これまで通りの日常生活を送ることが期待できるようになりました。

もしも、HIVに感染しているかもしれないと思ったら、検査を受けてください。保健所では、HIV検査を無料かつ匿名で受けられます。そして、陽性だった場合にも、早期に治療を開始して、今までどおりの人生を幸せに送っていただきたいと思います。

毎年、12月1日は“世界エイズデー(World AIDS Day)”です。これは、WHO(世界保健機関)によって1988年に制定されました。活動のシンボルは“レッドリボン”です。この日は、AIDSについて正しく理解していただくための啓発イベントも各地で開催されます。AIDSについて興味を持たれた方は、イベントにも参加していただけたらうれしく思います。

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