インタビュー

進歩するHIV感染症の治療――継続的な服薬のために心がけてほしいこと

進歩するHIV感染症の治療――継続的な服薬のために心がけてほしいこと
山中 晃 先生

新宿東口クリニック 院長、東京医科大学病院 臨床検査医学講座 客員准教授

山中 晃 先生

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HIV感染症は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)により免疫機能が徐々に低下する病気で、さまざまな合併症を引き起こす可能性があります。過去には“不治の病”と考えられていましたが、近年薬物療法が大きく進歩し、適切な治療を継続すれば感染していない方と変わらない生活が送れることを期待できるようになりました。「HIV感染症かもしれない」と思ったら検査を受け、感染が分かった場合は早期に治療を開始し、継続することが重要です。

今回は、HIV感染症の治療に尽力されている新宿東口クリニック 院長の山中 晃(やまなか こう)先生に、HIV感染症の治療の現状や、薬の選択や見直しの際に大切にされていること、そして患者さんへの思いについてお話を伺いました。

私たちの体は免疫によって、細菌やウイルスなどの外敵から守られています。免疫の中心的存在は血液中の白血球の一種であるリンパ球で、中でもCD4細胞(CD4陽性リンパ球)が大切な役割を果たしています。

HIVは、感染者の血液や母乳、精液、膣分泌液などの体液によって感染するため、性行為によって感染することが多いといわれています。HIV感染症では、HIVがCD4細胞の中に潜り込んで増殖し、その結果CD4細胞が破壊されて徐々に免疫が低下していきます。感染直後には、かぜのような症状があり、そのまま治療を受けなければ免疫低下が進行しさまざまな病気にかかりやすくなるのが特徴です。

近年はHIV感染症の薬物療法が進歩し、早い段階で治療を開始してウイルス(HIV)の増殖を抑えられれば、免疫低下を防ぎ体調をよい状態に維持することが可能です。また、治療により第三者への感染も防げるため、感染拡大の抑制にもつながります。

HIV感染症の治療に関する大切なメッセージに“U=U”があり、これは科学的根拠に基づく事実を表しています。HIV感染症になっても適切な治療を続け、血液中のウイルス量が半年以上継続して検出限界値未満(Undetectable)に抑えられていれば、性行為によって他者に感染するリスクはない(Untransmittable)と理解してよいのです。このような状態をU=Uと呼びます。HIV感染症の患者さんの中には、この病気が理由で疎外感を抱きながら過ごしているような方もいるかもしれませんので、我々医師からも治療によってU=Uを目指せるとお伝えすることが大切だと考えています。

HIV感染症の治療の目的は、ウイルスの増殖を抑えて免疫低下を防ぐことです。継続的な治療が重要で、ウイルス量が減ってきたからといって治療を中断してしまうとウイルスが再び増殖してしまいます。モグラ叩きに例えると、治療を続けていればモグラが完全に出てこないよう押さえておけるところ、治療を中断することでモグラが次々に顔を出してくるといったイメージです。

また、治療を行うことで、病気による加齢変化を抑制することができます。HIV感染症になると、通常よりも早く体の組織や臓器などの老化が進行するといわれているため、早期治療によって、このような進行を抑制することも大切です。

HIV感染症の治療の中心は薬物療法です。ウイルスの増殖過程におけるいくつかの時点での増殖抑制を目指し、それぞれの時点で作用する複数の種類の薬を組み合わせた治療が基本となります。近年は1錠に2~3種類の薬の成分を含む、1日1回1錠の服用で済む薬も複数登場しており、食事の有無にかかわらず内服できる薬もあります。

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写真:PIXTA

薬物療法の大きなメリットは、ウイルスの増殖を抑えられること、そしてそれを検査の数値で確認し、患者さんがご自身の体の状態が安定してきている様子を認識できることにあります。治療を続けてウイルス量を抑えることができていれば、寿命は病気がない方とほぼ同じという報告もあります。また、病気をうまくコントロールできていれば感染の不安が抑えられ、周囲の方との距離感も測りやすくなるでしょう。

他方で、治療薬の中には体重増加との関連が指摘されているものもあり、生活習慣病につながっていく可能性も考えられます。また、腎臓や骨への影響が懸念される薬もあります。毎日薬を服用されるのは患者さんですから、当院では、このような副作用の可能性も含めてそれぞれの薬の特徴についてご説明したうえで、どの薬を選択するかは患者さんご自身の希望を重視して決定しています。ただし、患者さんの状態によっては選択できない薬もあるので、その場合には「この薬はあなたには向いていません」というお話をして選択肢から外しています。服用する薬をご自身で選んでいただくことで、その後の治療の継続にもよい影響を及ぼすと考えています。

患者さんが後から知って「教えてもらっていたらその治療法を選んだのに」と後悔せずに済むよう、当院では、治療の最新情報はしっかりとお伝えするようにしています。たとえば、ボトル包装だった薬にPTP包装(薄い金属とプラスチックで1錠ずつ包装されたもの)のものが出たといった情報も適宜ご案内しています。

患者さんの中には、ボトルに入った薬をピルケースに分けて入れたり、服薬時間を知らせるアラームなどを使ったりすることで服薬管理をされている方もいますが、近年1日1回1錠服用する薬に1シート7個のPTP包装のものも登場しています。週単位で管理しやすいため、多忙な方の飲み忘れ防止などにも役立つでしょう。

左がボトル包装、右がPTP包装の例(MN作成)
イラスト左がボトル包装、右がPTP包装の例

当院では、診療において何でも話しやすい雰囲気を心がけています。HIV感染症の治療では薬の継続的な服用が重要です。しかし、こちらから服薬状況を確認するよりも、患者さんのほうから「最近薬を飲めていないんです」と打ち明けてもらえるくらいまで、コミュニケーションのハードルを下げておいたほうがよいと考えています。何か薬を飲みづらい状況があって飲めていないのなら、その状況を改善して治療を続けていくための工夫を一緒に考えていきたいと思っています。

また、長年治療を続けている患者さんの中には変化を望まない方もいらっしゃるでしょう。実際に、新たな薬に変えて、予想していなかった副作用が起こることが怖いと思われている方もいるようです。しかし、現状では薬の選択肢が多くあり適したものを選ぶことができます。もしも合わなければ変更することも可能です。新しい薬を試してみて合わなければ、元の薬に戻すこともできますので、それほど怖がる必要はないと考えています。そのようにお伝えすると、新しい薬への変更を前向きに捉えられるようになる方もいらっしゃいます。

治療の希望や、お困りのことがあれば何でも相談してほしいと思います。一緒によりよい治療を考えていきましょう。

HIV感染症は、治療の目的を具体的にイメージしにくい病気です。そのため、ご自身が何のために治療を続けているのか、理由を見つけておいていただきたいと思っています。それはご自身の健康のため、パートナーに感染させないため、ご両親よりも長く生きるためなど人それぞれでしょう。自分なりの理由をもって治療に臨んだほうが、服薬のアドヒアランス*も向上すると考えています。

当院では、治療に関すること以外にも、たとえばパートナーとの関係について相談を受けるケースもあります。パートナーにこの病気のことを伝えるべきか悩まれているような方には、伝えても良好な関係を築いているカップルも実際にいらっしゃることをお話ししています。

*アドヒアランス:患者が積極的に治療を受けていく(内服など)姿勢を表す。

HIV感染症には高額な医療費がかかりますが、検査の数値などが一定の基準を満たしている方が申請すれば身体障害者手帳(免疫機能障害)が交付され、自立支援医療(更生医療)および重度心身障害者医療費助成を利用できます。身体障害者手帳の申請には診断書が必要となるため、医師にご相談ください。

お話ししたように、1日1回1錠の薬の登場により飲み薬は大きく進歩しました。過去には多量の薬を1日に何度も服用しなければならないなど、日常生活が薬に縛られているような時代もありましたが、近年は薬物療法がシンプルになり洗練されてきました。

また、次世代の治療法として注射薬も登場しています。注射薬は、薬を見ると病気を思い出して気分が落ち込んでしまう方、海外出張が多く服薬の管理が難しい方、ご高齢で嚥下機能(えんげきのう)が衰えていて飲み薬をうまく飲めない方などにメリットがあると考えています。

医師には患者さんがより過ごしやすくなるよう一人ひとりに寄り添い、治療を支えていく役割が求められていると思います。社会的には、時代とともにHIV感染症や多様なセクシャリティについて徐々に理解され、受け入れられるようになってきました。今後さらにこうした傾向が進み、より成熟度の高い世の中になるよう願っています。

当院は祖父、母から引き継いだクリニックで私が3代目です。幼い頃から新宿という街で過ごし、さまざまなバックグラウンドを持つ方たちと交流するなかで、多様なセクシャリティやHIV感染症を身近に感じてきました。

この病気の診療に携わるようになったきっかけは、医学部5年生の時に初めてAIDS(エイズ後天性免疫不全症候群*の患者さんを診察する機会を得たことです。当時は知識も経験も不足しており、また感染するのではないかという不安もあり、患者さんにどう接したらよいのか分からない状態だったことを覚えています。このような患者さんとしっかり向き合えるようになりたいと思ったのと同時に、やりがいのある領域だと感じて、HIV感染症の診療に力を注ぐようになりました。ウイルス量の測定方法すら確立していなかった時代から治療に携わり、その進歩を体感してこられたのは、医師として貴重な経験だったと感じています。

* AIDS:HIV感染者が免疫の低下により、指標となる23の病気のいずれかを発症した状態。

MN

診療では“目の前の患者さんが自分の家族だったらどうするだろうか”というスタンスで、お一人おひとりに向き合うことを心がけています。診療後に、患者さんと医師の双方が納得できるような診療を目指しているのです。また、HIV感染症の仕組みや薬の作用について医師が丁寧に説明し、患者さんの理解が進めば、継続的な服薬の必要性をより実感していただけるのではないかと考えています。

定期受診の際にはまず血液検査でウイルス量を調べ、その結果をご説明していますが、それ以外の会話も大切にしています。雑談から患者さんの日常生活が垣間見え、薬のアドヒアランスの向上につながる可能性もあるからです。

これまでにたくさんの患者さんを診療してきましたが、過去には心身ともにつらく受け入れがたい治療を続けなければならなかった時代があり、弱音を吐く患者さんも多くいらっしゃいました。そのようななか、来院時にいつも明るく振る舞われる患者さんがいて、その様子から薬は飲めているのだろうと思い込んでいました。しかし、ウイルスは抑えきれない状況が続いていたのです。その方は、実は定期受診の前にしか薬を飲んでおらず、最終的に1年分ぐらいの薬をため込んで「先生、もういっぱいいっぱいだ」と打ち明けてこられました。明るい表情の裏に抱えていたつらさをなぜ察してあげられなかったのだろう、と悔やんだことを今でも覚えています。

こうした過去の後悔や反省の上に立って、患者さんが抱えている課題や不安をできる限り理解し、解決するため一緒に考え治療を継続できるようサポートしています。

私は長くHIV感染症の診療に携わってきましたが、近年は驚くほど治療が進歩しています。“不治の病”といわれたのは過去の話で、今や高血圧症糖尿病と同様、長期療養を必要とする慢性疾患の1つと考えてもよいでしょう。今後はHIV感染症の治癒を目指せる治療の確立が期待されます。

現在、HIV感染症は適切な治療にアクセスし、病気をコントロールすれば、それまでどおりの生活が送れることが期待できる時代になっています。ですから、HIV感染症かもしれないと不安になったら、怖がらずにまずは検査を受けていただきたいと思います。早期発見できれば、治療を早期に開始することができます。

ウイルスの増殖を抑えて免疫低下を防ぐために、治療を始めたら継続することが大切です。HIV感染症の治療のために定期的に医療機関を受診するようになれば、ほかの病気の早期発見・早期治療につながるというメリットもあるでしょう。お話ししたように、現在はさまざまな選択肢の中から適した薬を選ぶことができます。一緒によりよい治療を考えていきたいので、薬の服用に関することを含めて治療中は何でも相談してほしいと思います。

HIV感染症と診断されると社会的なプレッシャーを感じることもあるかもしれません。しかし、皆さんの病気への向き合い方次第で周囲の偏見をなくしたり、ほかの患者さんの励みになったりするきっかけにもなります。一緒に前向きに治療に取り組んでいきましょう。

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