インタビュー

エイズ(HIV感染症)にかかわるランゲルハンス細胞

エイズ(HIV感染症)にかかわるランゲルハンス細胞
川村 龍吉 先生

山梨大学医学部皮膚科学講座 教授

川村 龍吉 先生

この記事の最終更新は2017年10月30日です。

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した方に適切な治療が行われない場合、重篤な全身性免疫不全が生じる、エイズ(AIDS:後天性免疫不全症候群)と呼ばれる状態になります。近年の研究によって、エイズを引き起こすHIV感染にはランゲルハンス細胞という免疫担当細胞がかかわっていることが明らかになりました。HIVとランゲルハンス細胞の関係について、山梨大学医学部皮膚科学講座の川村龍吉(かわむら たつよし)先生にお話を伺いました。

HIV(ヒト免疫不全ウイルス:human immunodeficiency virus)に感染し、適切な治療が行われない場合、重篤な全身性免疫不全によって日和見感染症(ひよりみかんせん:通常は感染しないような毒性の弱い細菌やウイルスなどに感染する)や悪性腫瘍(がん)を引き起こします。この状態を、エイズ後天性免疫不全症候群:acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)といいます。

HIVの感染経路は、おもに性的接触による皮膚・粘膜感染です。そのほかの感染経路に、輸血・臓器移植・注射器の共有などによる血液感染や、胎盤・産道・母乳を介した母子感染があります。

HIVに感染すると徐々に免疫が低下していきます。無治療の場合には、10年ほどの潜伏期間があり、この期間にはなにも症状があらわれません。潜伏期間を経て、上述のような日和見感染症や悪性腫瘍などを引き起こします。近年の研究で、HIVの感染と潜伏期間にはランゲルハンス細胞が関係している可能性があることがわかってきました。

ランゲルハンス細胞とは、免疫担当細胞(免疫を司る細胞)の一種で、非常に優秀な抗原提示機能を持っています。

抗原提示機能とは、外部から侵入した異物(細菌やウイルスなど)を取り込み、それらに対抗する抗原情報を、リンパ球の一種であるT細胞に伝える機能です。T細胞は提示された抗原情報を受け取り、異物に対する攻撃を開始します。たとえば皮膚からバクテリア(細菌)が侵入した場合、ランゲルハンス細胞はバクテリアの抗原を分解し、リンパ節へ移動してT細胞に抗原情報を運びます。

ランゲルハンス細胞は、皮膚や粘膜などの表皮(皮膚表面からおよそ0.2mmまで下の部分)にあります。これと同じように抗原提示機能を持つ樹状細胞は、真皮(表皮と皮下組織の間にあるおよそ2mmの部分)にあります。

ランゲルハンス細胞と樹状細胞は、存在する場所で分類することができます。

HIVとランゲルハンス細胞の関わりは、しばしば「諸刃の剣」と表現されます。つまりランゲルハンス細胞は、HIV感染に関して功罪(よい面・悪い面)両方の役割を果たしているのです。

ランゲルハンス細胞は、Langerin(ランゲリン)というタンパク質分子を介してHIVを不活化することでHIVの生体内侵入を防ぐはたらきを発揮しているため、異性間の性行為でHIV感染に感染する確率は、0.1%(1,000回に1回)と、非常に低く抑えられています。しかし性器に炎症があったり、クラミジアや性器ヘルペスなどの性感染症に罹患したりしている場合には、HIV感染リスクは上がります。詳しくは記事2『エイズ(HIV感染)予防のための3つの柱—新薬・性感染症治療・包茎手術』でご説明します。

先述の通り、ランゲルハンス細胞は抗原提示機能を持つ細胞(=抗原提示細胞)であり、当然、HIVに対しても抗原提示機能を発揮します。ランゲルハンス細胞によってHIVに対する免疫機能が維持されている間は、症状があらわれないのです。

つまり10年ほど続くHIVの潜伏期間は、ランゲルハンス細胞の機能がはたらいた結果といえます。

ランゲルハンス細胞は樹状突起を伸ばして異物をとらえ、抗原をつくってリンパ節のT細胞まで移動します。性行為によってHIVがパートナーの外陰部や性器粘膜・皮膚に曝露(ばくろ:さらされること)した場合、HIVは、ランゲルハンス細胞内のタンパク質分子(CD4およびCCR5)を利用して感染し、HIVに感染したランゲルハンス細胞がリンパ節に遊走(移動)することでHIVをリンパ節まで運んでしまいます。

表皮は約10層からなり、HIVなどのウイルスを含めてどんなに小さなものでも物理的にブロックしています。しかしHIVは、本来は免疫機能において重要な役割を果たすランゲルハンス細胞(および樹状細胞)を逆手にとって、体内に侵入します。HIVがランゲルハンス細胞の機能を利用して感染を成立させる様子は、しばしば「トロイの木馬」にたとえられます。

トロイの木馬とは、ギリシア神話に登場する木製の巨大な装置。内部に人が隠れられる構造をしており、トロイア戦争においてギリシアを勝利に導いた。転じて、内通者や相手を巧妙に陥れる罠をさす言葉。

基本的に、HIVに感染しやすい体質や年代というものはありません。しかし遺伝学的には、宿主(感染される側の生物)の遺伝子タイプが、感染リスクを決定することがわかっています。先にご説明したように、HIVはランゲルハンス細胞内にあるCD4とCCR5というタンパク質分子を利用してリンパ節に到達します。ところが、白人の遺伝子タイプのうち約100分の1はCCR5を持っていません。つまり白人の100名に1名は、性的接触によってHIVに感染しにくいのです。

先進国のHIV新規患者数は減少傾向にあるのに対し、日本におけるHIV新規感染数は減少していません。その要因は、HIV感染に関する知識教育や予防方法の啓発・普及の不足にあると考えています。

これまでは保健所の定期検診でHIV感染が発覚し、早期に治療を始めるケースが多くありました。しかし近年は保健所に行く習慣が薄れたため、HIV感染に気づくことなく10年間の潜伏期間を経て、日和見感染症などを起こした時点で感染がわかるケースが増えています。先述の通り、HIVは一度感染すると一生治りません。そのため、HIV感染は予防することが非常に大切です。

HIVは、世界的には8割が異性間の性行為で感染しています。しかし日本では、異性間よりも同性間の性行為によるHIV感染の数が多いというデータがあります。通常、男性同士の性行為の場合には、ランゲルハンス細胞の感染とかかわりがありません。なぜなら男性同士の性行為で肛門が使われるケースでは、肛門(直腸)は1層の粘膜が表面にあるだけなので、HIVは簡単に粘膜をすり抜けられるからです。粘膜にはT細胞が大量にあるので、ランゲルハンス細胞が感染するまでもなく、宿主はHIVに感染するというわけです。

記事2『エイズ(HIV感染)予防のための3つの柱—新薬・性感染症治療・包茎手術』では、HIV感染の予防方法についてお話しします。

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