
甲状腺ホルモンは、新陳代謝を促す生命維持に欠かせないホルモンです。甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンが不足して新陳代謝が落ちることで、疲労感やうつ状態などさまざまな症状が現れることのある病気です。
甲状腺機能低下症の診療に取り組んでこられた医療法人 山内クリニック 名誉院長・顧問の山内 泰介先生は、「甲状腺機能低下症の治療は、目が悪い方にとっての眼鏡と同じようなものだと考えてほしい」とおっしゃいます。それはなぜなのでしょうか。今回は山内先生に、甲状腺機能低下症の特徴、原因となる病気や発見が遅れる具体的なエピソード、治療中の患者さんに心がけてほしいことなどについてお話を伺いました。
甲状腺は、甲状軟骨(喉仏)の下にある臓器です。顎をやや上げて、喉仏の下1~2cmのところに両手の親指を当てて唾をゴクリと飲み込んでみてください。そのとき、気管と一緒に動くものが甲状腺です。
甲状腺ホルモンは、甲状腺で分泌される“生命を維持するうえでなくてはならないホルモン”です。細胞の新陳代謝を活性化する、子どもの発達、成長を促進する、交感神経(活動するときにはたらく神経)を優位にして自律神経を調節するなど、さまざまなはたらきを担っています。
甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンを分泌する甲状腺の機能が低下した病気です。甲状腺ホルモンは、脳の下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の刺激を受けて、甲状腺から分泌されます。しかし甲状腺機能低下症になると、甲状腺刺激ホルモンが血液中で増加しているにもかかわらず甲状腺ホルモン(FT3、FT4)が減少した状態になります。
甲状腺の機能が低下すると、さまざまな症状が現れる可能性があります。具体的には、疲れやすくなる、気力がなくなる、寒がりになる、低体温になる、うつ状態になることがあります。ほかにも、皮膚が乾燥する、体がむくむ、便秘気味になる、脈が遅くなる(徐脈)、ゆっくりした動作になる、記憶力が低下する、常に眠くなるといった症状や、食べる量が増えていないにもかかわらず体重が増加する、筋力が低下する、脱毛(頭髪、眉毛)や月経不順が起こることもあるでしょう。
甲状腺機能低下症は症状が多岐にわたるため、ほかの病気と間違われることが多いのも特徴の1つです。間違われる可能性のある病気として、不整脈などの心臓の病気、うつ病、認知症、月経不順を伴う婦人科の病気、消化器の病気、皮膚の病気などがあります。
甲状腺機能低下症が起こる原因には、主に以下の3つがあります。
原因として多いのは、原発性甲状腺機能低下症です。中でも、橋本病(慢性甲状腺炎)を原因とする場合がもっとも多く、破壊性甲状腺炎(無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎)でもよくみられます。生まれつき甲状腺のはたらきが悪い先天性甲状腺機能低下症はあまり多くなく、子どものうちに小児科で見つかることがほとんどです。
今回は、主に後天性の原発性甲状腺機能低下症の診断や治療について解説します。
*破壊性甲状腺炎:炎症で甲状腺の組織(濾胞)が破壊されることによって、貯蔵されていた甲状腺ホルモンが血液中に漏れ出し、一時的に甲状腺ホルモンが過剰な状態になること。貯蔵された甲状腺ホルモンが濾胞内になくなることによって、甲状腺機能低下症につながることがある。
原発性甲状腺機能低下症の原因としてもっとも多い橋本病は、当院では30〜50歳代の女性に多く、自己免疫疾患の1つです。自己免疫疾患とは、本来であれば細菌やウイルスなどの異物から体を守るためにはたらく免疫が、誤って自分自身の組織を攻撃することで起こる病気です。橋本病は、免疫の異常によって慢性的に甲状腺に炎症が起こり、甲状腺ホルモンの産生が少なくなる病気です。橋本病を発症すると甲状腺が腫れてくるため、首に違和感を抱くことがあるでしょう。
橋本病を発症したからといって、必ずしも甲状腺機能低下症になるわけではありません。7割程度の患者さんは甲状腺機能が正常で、症状が現れることもないのです。ただし一部の患者さんでは甲状腺機能低下症が起こり、疲れやすさや寒がり、うつ状態などが現れることがあります。
甲状腺機能低下症を治療しないまま、重度の甲状腺ホルモン不足になると、粘液水腫性昏睡に陥ることがあります。粘液水腫性昏睡になると細胞の新陳代謝が著しく低下し、低体温を伴う意識障害、二酸化炭素貯留を伴う呼吸抑制、けいれんなどの神経症状、徐脈を伴う心タンポナーデ*、心不全などさまざまな全身の症状が現れ、命にかかわることもあります。
このような重篤な状態を避けるために、早期発見による適切な治療が大切です。
*心タンポナーデ:心臓を包む2層の膜である心嚢(しんのう)の中に心囊液が大量に貯留し、心臓のポンプ機能が阻害された状態。
甲状腺機能低下症は、発見が遅れるケースがあります。一例として、橋本病が原因で甲状腺機能低下症に陥っていた男性の例をご紹介します。この患者さんは橋本病と診断されるまで、つまり体調不良の原因が分かるまでに約10年かかりました。最初の自覚症状は、疲れやすいと感じるようになったことでした。
そのうち血圧も上昇するようになったので、かかりつけの内科を受診したところ血圧を下げる薬を処方されました。薬によって血圧は下がりましたが、だるさは解消されず集中力がなくなり、食欲がなく食べる量が減ったにもかかわらず体がむくみどんどん太っていったそうです。原因が特定されないまま時間が過ぎ、がん検診で再検査を受けたことがきっかけで重い橋本病であることが分かりました。
“橋本病は女性に多い”という認識が発見の遅れにつながったので、橋本病は男性も発症する可能性があることを忘れないでほしいと思います。
ほかにも、甲状腺の病気に対する治療が終わり一定期間経過したために受診をしないでいると、甲状腺機能が低下していることが発見されないまま経過するケースもあります。
バセドウ病の治療後に状態が改善して通院をやめた後に、橋本病を発症する方もいます。甲状腺ホルモンが過剰に産生されるバセドウ病と、甲状腺ホルモンの産生が少なくなる橋本病は正反対の病気のように思われるかもしれませんが、バセドウ病の患者さんの多くは橋本病の発症にかかわる自己抗体(自分の体の組織を異物と誤解して攻撃する抗体)を持っています。そのため橋本病の発症につながることがあるのです。治療によって病気が改善したとしても、定期受診をきちんと続けてほしいと思います。
甲状腺ホルモンは血液によって全身をめぐるので、甲状腺機能低下症の症状も全身に及び多彩です。1つの症状で甲状腺機能低下症と診断するのは困難なので、複数の症状が出現し、その症状が持続する場合には医療機関を受診してほしいと思います。
甲状腺機能低下症にみられるさまざまな症状は、ほかの病気が原因で生じている可能性も考えられますので、最初はかかりつけ医やお近くの内科や婦人科に相談し、甲状腺の病気の可能性が高いことが示唆された場合には、日本甲状腺学会認定の甲状腺専門医のいる医療機関や認定施設を紹介してもらうのがよいでしょう。
健康診断で、中性脂肪やコレステロール、CK(クレアチンキナーゼ)*などが高い値を示していることから、甲状腺機能低下症が疑われることもあります。
橋本病の場合には甲状腺が大きく腫れる症状も多くみられますので、喉仏の下に腫れているところがないかセルフチェックをされるとよいでしょう。
ただし、甲状腺機能低下症は症状だけ、あるいは検査だけでは診断することはできません。診断のためには、症状の確認と検査結果の両方が必要です。
*CK:骨格筋や心筋の破壊に伴って上昇する酵素で、甲状腺機能低下症でも上昇することがある。
甲状腺異常の可能性が疑われる場合には、甲状腺に特化した検査が必要です。患者さんの症状などの臨床所見のほか、血液検査で甲状腺に関するホルモンの値を確認し、超音波検査で甲状腺の形や大きさを確認します。甲状腺がんなどほかの病気が隠れている可能性もあるので、超音波検査が必要です。
また、橋本病が原因の甲状腺機能低下症の場合には、抗TPO抗体または抗サイログロブリン抗体が陽性となるので、抗体検査も行います。
治療の基本は、甲状腺ホルモンを薬で補充することによって甲状腺ホルモンの値を正常に保つことです。このような“甲状腺ホルモン補充療法”を行うことで、甲状腺ホルモン値の正常化と症状の改善を目指します。
また、悪影響を及ぼすと思われるものがあれば、それを排除することによって改善を図ります。たとえば、ヨードの摂取や薬の服用などが原因である場合は、摂取や服用を見直すことが大切です。
85歳以上の高齢の方の場合は、積極的に甲状腺の機能低下の改善を図るのではなく慎重な検討が必要です。当院では基本的には経過観察のみとなる場合が多いです。若いころと同じように臓器が機能していると疲弊してしまうため、高齢になると甲状腺のはたらきも低下していきます。これは自然なことで、治療によって無理に改善しないほうがよいと考えられます。
甲状腺機能の低下と同時に、副腎の機能も低下することがあります(シュミット症候群)。副腎機能不全の状態で甲状腺ホルモン薬を服用すると、今まで元気のなかった細胞が活発に新陳代謝を起こすようになり、結果的に副腎皮質ホルモンの必要量が増えることになります。これまでの少ない副腎皮質ホルモンでは必要量に足りず、相対的に副腎機能が低下し副腎不全を起こしてしまうのです。
そのため甲状腺と副腎の機能が同時に低下している場合には、まず副腎機能の治療を優先して行い、副腎の機能がある程度改善されてから、甲状腺ホルモン薬の服用を始めることが治療の原則です。
甲状腺ホルモン補充療法を行う場合、甲状腺ホルモン薬は少量の服用から開始して徐々に増量していくのが原則です。薬の服用量が多すぎると、甲状腺ホルモン(FT3、FT4)が基準値より高く、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が基準値より低い甲状腺中毒症になることがあります。甲状腺中毒症になると甲状腺ホルモンのはたらきが過剰になるため心臓が活発に動き、脈が速くなります。長期的にこの状態が続くと、心房細動や心不全、脆弱性骨折などが起こりやすくなるため、虚血性心疾患や不整脈、骨粗鬆症などの病気がある方は注意する必要があります。
適した服薬量を決めるためにも、定期的な受診で甲状腺ホルモンの値を確認することが大切です。当院では、治療開始時は基本的に月1回、重症の場合は1~2週間に1回の頻度で受診していただいていますが、甲状腺機能が改善し安定してきたら3か月、あるいは6か月とまとめて薬を処方することも可能です。
また、甲状腺ホルモンの値が正常化し症状が改善されても、その状態を維持するためには、治療を中断せずに服薬を続けてほしいと思います。
甲状腺の病気に限らず全身の健康を維持するためには、禁煙すること、ストレスをためないこと、寝不足を避けること、バランスの取れた食生活を心がけ栄養が偏らないようにすることが大切です。
また、ヨードの過剰摂取は甲状腺機能に影響を及ぼします。昆布や海苔など海藻類は取りすぎないように気を付けるとよいでしょう。健康な方であれば、甲状腺機能が低下したとしても一時的なもので摂取をやめれば元に戻りますが、橋本病などを発症している場合は、元に戻らないこともあるので海藻類の取りすぎには注意が必要です。日本人の食事にはヨードが入ったメニューが多いので、甲状腺の病気にかかっていない方にも気を付けていただきたいと思います。
私は甲状腺の分野が好きで、やりがいを感じながら診療や研究に取り組んできました。
もともと医学部に通っていたときに、ホルモンが体全体に作用するという点に興味を抱き、甲状腺の病気を専門にしたいと考えるようになりました。そこで、医学部を卒業した後、入局した医局から甲状腺を専門とする病院に派遣してもらったのです。甲状腺の病気に関しては外科も内科も携わることができ、ますます甲状腺を専門に診療したいという思いが強くなり、甲状腺専門のクリニックを開業するに至りました。
甲状腺機能低下症は重症化すると命にも関わる病気ですが、早期発見・早期治療をすれば改善が期待できます。必ずしも原疾患が治るとは限りませんが、甲状腺機能が正常化すれば日常生活を問題なく送ることができ、妊娠・出産も可能です。
たとえば、近視や遠視の方は眼鏡で視力を矯正すればはっきりと物が見えるようになります。近視や遠視自体が治るわけではありませんが、眼鏡をかければ日常生活も困難なく過ごせるようになるのです。甲状腺機能低下症の治療も、眼鏡と同じようなものだと考えていただくとよいでしょう。ただし、薬の服用をやめることは、眼鏡を外すのと同じことですので、治療を中断せずに続けることが重要です。
山内 泰介 先生の所属医療機関
関連の医療相談が22件あります
数年前からの体の悩み
数年前から、足のふくらはぎがつります。特に、朝方が、多いです。最近は、昼間でも足がつることが、あります。その他に安静時で、息苦しいときや食べ物が飲み込み辛い時があったり、瞼が少し下がり気味で物がかすんで、見づらいことがあります。10年以上前に、甲状腺機能低下症と言われました。また、数年前には、大学病院の呼吸科の先生から、縦隔の囊胞性疾患と言われました。
最近喉が腫れて痛む
甲状腺機能低下症と言われた時には、脇の下、喉のリンパにシコリがあって、首には14個位あるそうで、大丈夫だと言われて、そのままでいたら、最近シコリのボコボコにはなれたのですが、10時間涙が出るくらいの痛みがあり、熱っぽくて、舌まで腫れる状況が、続いてます。どうすればいいかわかりません。
甲状腺機能低下症
次男が血液検査の結果甲状腺機能低下症だったのですが、親族にも甲状腺の病気を持っている人がおりません。遺伝の要素が強いと何かで見たのですが、親も血液検査などしてみたほうがいいでしょうか? 子供は早期発見で何も問題なく順調に育っています。 私が産後メンタルをやられて心療内科に通っており、症状的に甲状腺とは関係ないとは思うのですが、もしそうならむしろスッキリするなと思ったりもしています。
体のむくみ
半年ほど前より太り始め、10㎏増加してます。 月経は閉経間近のためか、あったりなかったりしてます。 半月ほど前より足だけのむくみが全身にも出るようになってきました。 仕事は、デスクワークが多めです。 週一でダンスレッスンを受けていますが、身体もかなり硬く、股関節の開きが悪くなってきているように思います。 整体へかかれば良いのか、循環器科へかかれば良いのか
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