現代の日本においても、他の甲状腺疾患を「バセドウ病」と誤診するケースは少なくはありません。では、甲状腺機能亢進症のうち、バセドウ病ではない病気にはどのようなものがあり、医療者はどのような点をみて見極めているのでしょうか。
また、抗甲状腺薬にかわる治療法として、先進諸国で普及が進む「アイソトープ治療」には、どのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
隈病院甲状腺内科顧問の深田修司先生に、バセドウ病と他疾患の鑑別と治療についてお話しいただきました。
バセドウ病と鑑別が必要な甲状腺機能亢進症には様々あります。そのうち、代表といえる疾患は以下の2つです。これらのTRAbを検査すると、バセドウ病とは異なり通常陰性を示します。
甲状腺にできた腫瘍・しこりから甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、TSHが抑制されて甲状腺の組織が機能しなくなる疾患です。
診断は甲状腺シンチグラフィーで容易に行えます。プランマー病の場合、結節部が濃く描出され、他の部位は写りません。
TRAbが陰性でも甲状腺ホルモンを過剰に分泌し続ける疾患です。頻度は極めて稀ですが、バセドウ病と間違えやすい疾患の代表です。
非自己免疫性の甲状腺機能亢進症は、しこりからホルモンを生産するプランマー病と異なり、甲状腺「全体」でホルモンを生産します。
このような病気があるということを知っていなければ、診断にはたどり着きません。また、最終的にはTSH受容体遺伝子の遺伝子解析が必要です。
甲状腺ホルモンを生産するよう刺激する物質にはTRAbとhCG、そしてTSHがあります。hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロビン)は、妊娠すると胎盤から分泌されるホルモンです。
増加したhCGの影響で甲状腺機能亢進症となることがあり、これを「妊娠期一過性甲状腺機能亢進症」と呼びます。
一過性という名の通り、ピークの妊娠10週を過ぎると甲状腺ホルモンの分泌量は落ち着いていきます。
このほか、TSHの分泌が亢進し、甲状腺ホルモンが過剰となる「TSH産生下垂体腫瘍」という疾患もあります。TSH産生下垂体腫瘍では、FT4は高くなってもTSHは低値とならないため、除外できます。
冒頭で、バセドウ病の治療には抗甲状腺薬を用いた薬物療法、アイソトープ治療、手術の3つがあると述べました。このうち、手術はがんを合併していたり、甲状腺腫が非常に大きい患者さんなど、限られた方に対して行います。ですから、通常の選択肢は抗甲状腺薬を使うかアイソトープ治療を行うかという2択になります。
日本では、はじめからアイソトープ治療を行うことはほとんどなく、まずは薬物療法を行う施設がほとんどです。
抗甲状腺薬には、チアマゾールとプロピルチオウラシルの2種類があります。ただし、後者は劇症肝炎など副作用の報告も多いため、特殊な症例をのぞき、現在は使われなくなってきています。
とはいえ、チアマゾールにも先述した無顆粒球症などの重篤な副作用が稀に生じることがあるため、投与開始から2か月は2週間に1度受診していただき、白血球の数や肝機能をチェックします。
38度以上の高熱がある場合は無顆粒球症が疑われるため、ただちにチアマゾールを中止して、白血球数が減っていないか検査します。
約2か月経てば、チアマゾールで重篤な副作用が生じることはほぼありませんので、その後は通院頻度を3か月に1度程度に減らします。
また、チアマゾールの副作用のリスクは開始時の投与量が多いほど上がるため、原則として一日3錠、分1からスタートし、経過をみながら錠数を減らしていきます。
尚、治療の最大の目標は甲状腺ホルモン分泌が正常な状態を維持することであり、薬を早くやめることではないと私は考えています。そのため、何年にもわたって3か月に1度通院せねばならないというデメリットもあります。
アイソトープ治療とは、放射性ヨウ素(131-I)を内服して、甲状腺を小さくしていく治療法です。基本的には、バセドウ病の再発がなくなるという、手術と同じ効果があります。
治療を受けた方の半数は、約半年後には抗甲状腺薬の内服が不要になり、半数の方は甲状腺機能低下症になります。
バセドウ病の再発はなくなるとしても、甲状腺機能低下症になり、L-サイロキシンという薬(レボチロキシンナトリウム水和物など)を生涯にわたり服用し続けなければならないということに、抵抗を持たれる患者さんは多々いらっしゃいます。
こういった患者さんには、「あなたは生涯にわたり食事をしますよね。それと同じことですよ。サプリメントと思ってもいいですし。」とご説明し、抵抗感を取り除けるよう努めます。
また、日本では放射線を用いた治療自体に抵抗を感じる風土があり、さらにアイソトープ治療をできる施設が限られていることも、この治療法が進まない原因かと考えます。
しかし、アイソトープ治療には「再発」がなく、また通院頻度も半年に一度程度でよいというメリットがあります。
くわえて、甲状腺機能低下症になることは避けにくいものの、機能低下の状態になる前に発見してフォローできますので、症状が出てしまうことはほとんどありません。
抗甲状腺薬による副作用のリスクやアイソトープ治療の上記のような利点から、アメリカの甲状腺専門医のほとんどは、「バセドウ病に対しては、はじめからアイソトープ治療を行うのが望ましい」と述べています。また、隈病院でも甲状腺専門医10人に「患者さんに対し、抗甲状腺薬とアイソトープ治療のどちらをおすすめしたいと考えるか」とアンケートをとったところ、9人がアイソトープ治療を選択しました。
外来にて日帰りでできるメリットの多い治療法ですので、私としてもおすすめしたい治療法であると考えます。
また、冒頭でも述べましたが、既存の治療法に頼るだけでなく、TSH受容体をブロックして、ホルモンが出ないようアプローチするなど、新たな治療が開発されるよう願っています。
なお、現在アメリカでは、動物実験レベルではあるものの、上記のような治療法が開発されつつあります。これらの研究が功を奏し、多くの患者さんに適用できる治療法が生まれることを期待します。
本記事では、甲状腺機能亢進症と鑑別が必要な代表疾患や、抗甲状腺薬の安易な投与の危険性について述べてきました。このほか、一般の皆さまには、インターネットなどを介して手に入る「やせ薬」に、注意をしていただきたいとお伝えしたいです。
牛や豚などの甲状腺ホルモンを含むやせ薬を使用し、外因性の甲状腺中毒症となってしまった症例もあり、なかには死亡例も報告されています。これらのやせ薬の成分表には甲状腺ホルモンが含まれていることは表示されておらず、個人輸入したものを入手して服用し、合併症を起こす患者さんは現在でもおられます。これは、「外因性の甲状腺中毒症」の代表例です。(※甲状腺機能亢進症とは異なります。)
楽に体重を減らすことのできるやせ薬には何らかの危険性があると考え、購入や服用はしないよう注意しましょう。
医療法人神甲会 隈病院 甲状腺内科顧問
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