視神経脊髄炎(Neuromyelitis Optica:NMO)は、視神経や脳、脊髄などの神経系がダメージを受け、視力や運動機能、認知機能などが障害されるだけでなく、さまざまな痛みの症状が出る神経難病です。この病気はどのようなメカニズムで起こるのでしょうか。また、どのように診断されるのでしょうか。国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所特任研究部長/病院 多発性硬化症センター センター長の山村 隆先生に伺いました。
視神経脊髄炎は、脳~脊髄におよぶ中枢神経系の障害によって、以下のような多彩な症状が見られます。
▽視覚障害、眼痛
▽運動障害・麻痺(うまく歩けない、握力が出ないなど)
▽感覚障害(感覚低下、感覚過敏、しびれ、痛みなど)
▽疲れやすい(易疲労性)
▽しゃっくり・嘔吐
これらの症状は再発と寛解(症状が治まること)を繰り返します。特に視神経炎は症状が重度な場合が少なくないため、片方または両方の目を失明することもあります。そのほか、強い四肢・体幹の痛みや麻痺などが生じることがあります。
このような説明だけでは、患者さんのつらさ、苦しみはあまり伝わらないかもしれませんが、患者さんと会えば、治療がうまくいっていないときの悲惨さが分かります。2020年現在から30年近く前の1990年頃、患者さんの自宅にお邪魔してお話を聞いたときのことを今でもはっきり覚えています。
あるお宅では、70歳くらいの女性患者さんが1人寂しく、薄暗い台所の椅子に座っていました。視神経脊髄炎のために全盲(視力がまったくないこと)になっていましたが、ご主人がいろいろと世話を焼いてくれているうちは、なんとか生活しておられました。しかし、頼りのご主人が亡くなられたために、呆然としている状態でした。よく話を伺うと、目が見えないだけでなく、手足の麻痺もかなりひどく、神経痛にも悩まされているという大変な状況で、本当の難病だと思いました。
視神経脊髄炎のもっとも基本的な説明は“神経系の自己免疫疾患”ということです。
免疫という言葉はよく耳にすると思います。一言で述べると、免疫とは体内に入った病原体などの異物を排除して病気から体を守る“防衛隊”のようなものです……という説明で何となく分かるような気になりますが、実際には、免疫はリンパ球などの多種多様な細胞やたんぱく質などが相互に作用しあう非常に複雑なシステムです。通常は自分の組織などの“自己”と、それ以外の“非自己”を見分け、非自己のみを攻撃・排除してくれます。ところが、何らかの理由で免疫システムが“自己”を攻撃してしまうのが自己免疫疾患なのです。
視神経脊髄炎では、免疫系の抗体やリンパ球が中枢神経系に存在する物質を攻撃して視神経や脊髄に炎症が起こることで発症します。しかし、なぜこのような自己免疫反応が起こるのかについて、まだはっきりしたことは分かっていません。
視神経脊髄炎と似た神経難病に、多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)があります。視神経脊髄炎も多発性硬化症も、どの神経が障害されるかによって症状の現れ方はさまざまです。その一方で、視神経や脊髄といった部位に病巣ができること、再発を繰り返すという特徴が二つの病気で似ていることから、かつては区別されることなく、視神経脊髄炎の多くの患者さんは視神経脊髄型多発性硬化症(OSMS)と診断され、多発性硬化症に対する治療が行われていました。
ところが、日本では視神経脊髄型多発性硬化症と診断され、多発性硬化症の治療を受けていた患者さんでは治療の効果があまり見られず、かえって悪化してしまうことが報告されました。先ほどお話ししたように視神経脊髄炎は再発を繰り返し、最悪の場合には両眼失明に至ってしまうこともあります。また、脊髄が障害された場合には完全な麻痺になってしまう方もいらっしゃいます。視神経脊髄炎と多発性硬化症の違いを曖昧にしたまま治療を始めると大変なことになる、視神経脊髄炎と多発性硬化症はまったく別の病気だということが分かってきたのです。
視神経脊髄炎患者さんの血中に“抗アクアポリン(AQP)4抗体”が検出されることが、2005年に発見されました。これは“自己抗体”と呼ばれるたんぱく分子の一種です。抗体は通常、体内に侵入した細菌やウイルスなどに結びつき、免疫の攻撃の“目印”になります。ところが、自己抗体は自分の細胞や組織に結びついてしまうのです。
この抗AQP4抗体は視神経脊髄炎の目印になり、視神経脊髄炎の診断が比較的容易に行えるようになったのです。
その後の研究で、抗AQP4抗体は血液の中で“プラズマブラスト(形質芽細胞)”という細胞によって産生されることを発見しました。さらにこのプラズマブラストの増殖や生存には“インターロイキン6(IL-6)”という炎症性サイトカインが必要であることを示すことができました。サイトカインというのは細胞から分泌される小さなたんぱく質で、細胞同士の情報伝達を担っています。さまざまな種類があり、IL-6には炎症を引き起こす作用があります。視神経脊髄炎の再発では、IL-6が増加していることが分かっています。
分かりやすく説明をすると、IL-6の存在によりプラズマブラストが増殖し、そのプラズマブラストが抗AQP4抗体を産生する。そして抗AQP4抗体が神経の炎症を引き起こして視神経脊髄炎を発症する——。もちろん、生体内での反応はもっと複雑で、このように簡単に説明できるものではありません。とはいえ、IL-6が増えて、抗AQP4抗体が作られる一連の反応は、視神経脊髄炎の一番重要な経路であると考えられています。
視神経脊髄炎の患者さんでは初発の際、視神経炎によって目が見えにくくなることがあります。さらに、この病気は適切な医療を受けられない場合に、再発を繰り返すのが特徴です。
視神経脊髄炎の診断法としては、先ほどお話しした抗AQP4抗体が陽性であるかどうかが非常に重要です。以前は簡単には測定できなかったのですが、今では保険診療で血液検査(ELISA法)によって測定することができるようになりました。この検査で抗AQP4抗体が陽性であれば視神経脊髄炎に対する治療が開始されます。ELISA法で陰性でも視神経脊髄炎が疑わしい場合には、さらに別の抗体検査を行うこともあります(保険診療外)。
一方、陰性となっても、実は視神経脊髄炎の患者さんもいます。発症初期には陰性だったのに後で陽性になるというケースがあります。ですから、抗AQP4抗体が陰性でも繰り返し患者さんの症状や状態を評価することが大切です。
また、MRIも診断には有用です。視神経脊髄炎に特徴的な所見といわれているのは“長い脊髄の病巣”です。
診断で重要なのは抗AQP4抗体ですが、患者さんの状態を総合的に診ることが診断には大切です。
先ほどお話ししたように、視神経脊髄炎と多発性硬化症はかつて同じ病気と考えられたほど、症状などに似た部分があります。では、この二つをどうやって鑑別するのでしょうか。
まず、初発後の経過が異なります。多発性硬化症は“シロアリに侵される大木”のようなイメージです。“ちょっと目がかすむ”“手がしびれる”といったように軽い症状の再発を繰り返し、治療せずにいるとじわじわと悪くなり、ある日突然、大木が折れる……時間をかけて悪くなっていくのが典型的な経過です。一方、視神経脊髄炎は強烈な一発のアタックで倒木するようなイメージです。
また、視神経脊髄炎と多発性硬化症では治療法がまったく異なり、多発性硬化症の治療法を視神経脊髄炎の患者さんに続けてもよくなるどころか悪化や重症の再発を起こす方が多いのです。誤って多発性硬化症と診断され、漫然と治療を続けていると最悪の場合は失明や手足の麻痺に至る恐れもあります。
視神経脊髄炎と多発性硬化症は、先ほどお話しした抗AQP4抗体が陽性か否か、さらにはMRI所見の違いで鑑別することができます。
視神経脊髄炎は再発の際に急激に悪化することがよく見られます。再発時(急性増悪期)の基本治療としては“ステロイドパルス療法”が行われます。これは標準で、大量の(1日あたり1000mg)ステロイド剤を原則3日間連続で点滴投与するものです。
なお、医師の中には、再発の有無をMRI画像所見に頼る方もおられますが、再発になったからといって、いつも画像に明確な変化が出るわけではありません。こういった診療方針の病院では、十分な治療を受けられないことが多いようです。
ステロイドパルス療法では効果が出ない場合には血液浄化療法への移行を検討します。血液浄化療法は、患者さんの血液を体外に取り出し、抗AQP4抗体など視神経脊髄炎の悪化に関連しそうな因子を取り除いて体に戻すというものです。
私の患者さんで、ステロイドパルス療法を受けても視力が回復せず字が読めなくて困っている方がいらっしゃいました。その患者さんに血液浄化療法を施したら視力が回復した例もあります。
また、前項で、視神経脊髄炎ではIL-6の存在がカギとなるという話をしました。そこで私たちは、IL-6のはたらきを制御することで、視神経脊髄炎を治療できるのではないかと考え、関節リウマチなどの薬として認可されていたIL-6阻害薬を使用する臨床研究を立案しました。この研究結果は2014年3月、米国の学術誌に掲載されました。
ほかにも作用機序の異なる薬の開発が行われていて、現在はIL-6阻害薬を含め、複数の視神経脊髄炎に対する治療薬の応用研究や、実臨床への導入が進んでいます。これからもさまざまな薬が登場し、やがて治療の中心はそちらになっていくでしょう。
かつて、効果的な治療法が見つかっていなかった頃、視神経脊髄炎は“治らない病気”とされていました。しかし現在は、発症のメカニズムが解明され、診断基準や治療法が確立されつつあります。さらに、IL-6を阻害する新薬が開発されたことで、今では適切な再発予防の治療を行えば再発せずに日常生活を送ることができる病気になっています。
とにかく、「炎症を放置しないでください」というのが私の基本的なメッセージです。治療をしても、痛みが残ったり体がしびれて起き上がれなかったりする方がいます。これらの症状は後遺症といわれることもありますが、視神経脊髄炎の場合には慢性の炎症が神経症状につながっている場合もあります。炎症を抑えてあげる治療薬の開発が進み使えるようになれば、その痛みも治せることが期待できます。
“神経内科の病気は治らない”というイメージをお持ちの方もいらっしゃいますが、この視神経脊髄炎に関しては、早期に適切な治療を開始すれば治る可能性がある病気といってもよいでしょう。適切な治療を受けるためにはまず、正しく診断されることが何より重要です。
国立精神・神経センター病院 多発性硬化症センター センター長、国立精神・神経センター神経研究所 特任研究部長
国立精神・神経センター病院 多発性硬化症センター センター長、国立精神・神経センター神経研究所 特任研究部長
日本神経学会 神経内科専門医日本内科学会 認定内科医
海外留学を経て、1990年より国立精神・神経医療研究センターで多発性硬化症と視神経脊髄炎の研究と診療を開始する。基礎研究に基づいた臨床の実践を心がけ、通常診療では対応できない難治例の治療実績を積んでいるほか、外来診療の充実にも力を入れている。免疫性神経疾患の臨床・研究では日本だけでなく世界もリードしており、NatureからNew England Journal of Medicineまで多数のhigh impact factor雑誌 に論文を発表し、2012年には視神経脊髄炎のIL-6シグナル阻害療法の有効性を世界に先駆けて報告した。 医師主導治験による新薬開発にも情熱を注いでおり、一連の業績を評価され、2021年秋、国際学会でDale E. McFarlin博士(多発性硬化症研究の大家 )の名を冠した名誉ある記念講演を要請されている。
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