1型糖尿病は普通の糖尿病(2型糖尿病)のように主に生活習慣の問題から発症するのではなく、別のメカニズムによって起きる糖尿病です。子どものうちに発症することも大きな問題となっており、患者さんの年齢層も幅広い病気ですが、世間一般にはあまり知られていません。1型糖尿病はなぜ起こるのか、その成因について埼玉医科大学内分泌・糖尿病内科教授の島田朗先生にお話をうかがいました。
1型糖尿病は膵臓のβ(ベータ)細胞という、インスリンを作る場所が壊されることによって起こる糖尿病です。その壊され方によって劇症(げきしょう)・急性・緩徐(かんじょ)という3つの病型に分類され、正式にはそれぞれを「劇症1型糖尿病」「急性発症1型糖尿病」「緩徐進行1型糖尿病」といいます。
その進行のスピードを大まかに表現するならば、劇症型ではその状態が日を追って変わるほど速く、まさに激烈なスピードで破壊が進みます。急性発症型ではそれが月単位、そして緩徐進行型では年単位であると考えていただくとよいでしょう。
インスリンは血糖値を下げる働きをするホルモンです。そのインスリンをつくる場所である膵臓のβ細胞が破壊されるとインスリンが作れなくなってしまいます。緩徐進行型の場合にはそれが徐々に起こりますが、劇症型の場合は突然出なくなって血糖が上がってしまいます。つまり、1型糖尿病は2型糖尿病のようないわゆる「生活習慣病」ではないということをまず理解していただく必要があるのです。ですから、私たちが学生に説明をするときには、発病したときの糖尿病の患者さんの気持ちをよく理解することが大切であるということを話しています。
そもそも、この病気に対して「糖尿病」という言葉を用いることが誤解を招いている面があります。たしかに臨床の場で認知されているのは「血糖が上がる」という現象ですから、その意味では糖尿病という言葉を使わざるを得ないのかもしれません。しかし、本来ならば自己免疫の病気であることや、膵臓に炎症が起きるという病態を反映するような文言で病名をつけたほうが、この病気に対する理解が進むのではないかと考えます。
インスリンは膵臓のβ細胞に特異的なタンパクです。それが何らかの理由で、白血球の一種であるリンパ球のT細胞の標的になります。リンパ球がインスリンを異物と認識して膵臓に炎症を起こし、その結果としてβ細胞が破壊されてインスリンが出なくなり、高血糖になっていくというのが1型糖尿病のメカニズムです。
本来ならば外部からの異物を排除する役割を果たすべきリンパ球が、なぜインスリンをターゲットとして認識するのかということは完全にはわかっていません。リンパ球の中でもT細胞は胸腺(きょうせん)というところで作られ、そこで自己と非自己を区別するよう教育されます。このことから、胸腺の何らかの異常が原因となっているのではないかという説があります。しかし未だ原因を確定するには至っていません。
膠原病(こうげんびょう)のひとつである関節リウマチは、関節に対して何らかの原因で免疫反応を引き起こしてしまい、炎症を起こすという病気です。関節リウマチの場合には全身の関節に炎症を起こしますが、同じように膵臓のβ細胞を標的にして免疫反応が引き起こされると膵臓に炎症を起こしてしまい、その結果としてβ細胞が壊れてインスリンが出なくなるのが1型糖尿病という病気です。
Tリンパ球を教育する上で非常に重要なものとして、HLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)という組織適合抗原があります。このHLAにはさまざまな型があり、その中でもある特定の型のHLAが1型糖尿病の発症に関わっているのではないかと考えられています。
日本人の場合はHLAのクラスIIの中のDR9、あるいはDR4、さらに数は少ないですがDR8も関係するといわれています。それらをひとつでも多く持っていると1型糖尿病の疾患感受性が高いとされ、したがって発病するリスクも高くなるということがわかっています。
またβ細胞が破壊されやすいという意味では、クラスIのA24というタイプも重要です。その両方を組み合わせて持っているとβ細胞の破壊が非常に早く、結果として合併症が進みやすいというデータもあります。
1型糖尿病の発症に何らかの遺伝的背景が関わっていることは明らかですが、そうした遺伝的な要因を持っている方が全員1型糖尿病になるわけではありません。そこには何らかの環境要因が関わっているのだろうといわれています。
日本ではそのことを明確に示すデータはありませんが、北欧には1型糖尿病が非常に多い国があります。日本では糖尿病の患者さんに占める1型糖尿病の割合はおよそ10人に1人ですが、フィンランドは糖尿病の中でも1型の方の割合が多く、糖尿病患者さんの2人に1人が1型糖尿病という報告もあるようです。
1型糖尿病は特に子どもに多いため、健康に育つことができない子どもが多いということは国の将来を左右する重要な問題となります。そのため、国を挙げて1型糖尿病に対する取り組みを進めています。たとえば生後すぐに血液のサンプルを採り、その後も経時的な変化を追って発病に至るまでのデータを集めている国もあります。そういった国々では、予防に必要なものや環境要因を突き止めるためにさまざまな試みが行われていて、その中からいくつかの要因が考えられるようになってきました。
そのひとつは人工乳です。生後半年以上母乳を使い続けていると1型糖尿病のリスクが少なく、逆に早い時期に人工乳を使うと1型糖尿病のリスクが高いといわれています。そこで、人工乳だけに含まれる何か特定のタンパクが問題なのではないかと考え、問題になると思われるタンパクを除去したミルクを与えて発病を抑えようという試みが行われています。しかし現在のところ、それだけでははっきりとした予防効果は出ていません。
また、北欧で1型糖尿病が多いもうひとつの理由は日照時間ではないかといわれています。つまり、日照時間が短いとビタミンDが活性化されにくいため、ビタミンDあるいはビタミンDに関連した遺伝背景が1型糖尿病の発症に関与しているのではないかと推定されるのです。
動物実験ではビタミンDを投与すると糖尿病が抑止できるというデータもありますが、ヒトの場合にはそれを証明することが容易ではありません。たとえば、発症前の小さな子どものときからビタミンDを摂取することで1型糖尿病を抑制できるのかということについても、有効性をはっきりと示す結果には結びついていません。
このように、北欧の国々では予知・予防のための介入研究がいくつか行われているものの、結論としては予知・予防はまだ十分できないというのが現状です。
ウイルスによって1型糖尿病になるということは、ヒトではまだ証明されていません。動物実験では、「このウイルスが糖尿病を起こす」ということがわかっているものもありますが、ヒトではこのウイルスがそうだと確定できるものはまだありません。
1型糖尿病の劇症・急性発症・緩徐進行の3つの病型のうち、ウイルスの関与が一番大きいと考えられているのは劇症1型糖尿病です。劇症1型糖尿病の患者さんのうち、およそ7割の方は何らかの先行感染、つまり発病する前に風邪をひいたとか、微熱があったというような症状がみられ、その後1週間ぐらいで発病するとされています。そのため、ウイルス感染がひとつのきっかけになって、何か体質的な素因を持っている方に発病するのだろうと考えられています。
このように、1型糖尿病の中でも劇症・急性発症・緩徐進行の3つの病型でそれぞれ少しずつメカニズムは違うものの、基本的にはその遺伝背景と何らかの環境要因がマッチして免疫反応が引き起こされ、膵臓のβ細胞が破壊されていくということに変わりはありません。
β細胞が破壊されるスピードがそれぞれ異なる理由についてはよくわかっていませんが、おそらくβ細胞を破壊するTリンパ球の力が非常に強い場合は破壊のスピードが速く、その力が弱ければ、じわじわとゆっくり破壊されていくのだろうと推定されます。
急性発症と緩徐進行との違いには、β細胞を破壊するTリンパ球の強さだけではなく、壊される側、つまりβ細胞側の要因も関係するのではないかといわれています。β細胞はいったん壊されても、その後に何らかの形で再生していると考えられます。ヒトの場合にはまだ完全な形で証明されていませんが、動物実験ではβ細胞が再び増殖し、非常にきれいに再生することが確認されています。
β細胞が再生する力は遺伝的にある程度規定されていて、同じようにTリンパ球がβ細胞を壊し続けても、早く発病する人となかなか発病しない人がいると考えられます。もしもβ細胞が再生する力が弱ければ早く発病し、再生する力が強ければ壊されてもまた修復するということを繰り返し、発症までの時間がより長くなっているという可能性があります。実はその違いが急性発症型と緩徐進行型の分かれ目なのかもしれません。
このように、1型糖尿病の成因にはさまざまな要因が関わっていると考えられます。遺伝的な背景と環境要因、壊す側であるTリンパ球の要因と壊される側であるβ細胞の要因があり、それらのバランスが発症の鍵を握っていると考えられるのです。
埼玉医科大学 内分泌・糖尿病内科 教授、埼玉医科大学病院 内分泌内科・糖尿病内科 診療部長
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